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武士道MBA  作者: P-4
第0章
1/10

プロローグ「入学編~異国の侍~」

これは私がアメリカのビジネススクールで在学中に、実際に経験し、学んだたことを元にした小説です(もちろん竜神崎はいませんでしたが…笑)。少しでもリアリティーを持って、ビジネススクールがどんなところなのか?ということを面白おかしく感じ取っていただければと思っています。

 時は現代、ここはアメリゴ合衆国カルヨーク州。西海岸の南方に位置する穏やかなこの地には、名門「バーバード大学アルバイン校」、通称「BBA大」が佇んでいた。


 今日もまた、秋の柔らかな日差しがキャンパスを照らし、澄んだ空の青と、そよ風に揺れる赤茶色の木々が美しく映える。広々とした芝生の庭、趣深いレンガ造りの校舎——それらが織りなす風景は、まるで一幅の絵画のようだ。学び舎には学生たちの活気あふれる笑い声が響き、楽しげに話しながら歩く足音がリズムを刻んでいる。


「Good Morning! How are you?」

「Perfect! And you?」


 互いに軽やかに挨拶を交わす学生たち。日常の何気ないやり取りでさえ、ここBBA大では特別な光景に見える。誰もがこの場所で未来への夢を追い、学び、挑戦する。そんな希望に満ちた一日が今日も始まろうとしていた。


 そして、舞台はこの大学のビジネススクールへと移る——。


 BBA大のビジネススクールは、全米でも一、二を争う名声を誇り、その実力と指導方針で多くの若者たちが夢を叶えるために集まってくる。ここから少し離れた場所には、「シリコンテック」と呼ばれる新興企業が集まるハブが形成されており、BBA大の学生たちにとっては学びと実践の場がすぐ近くにあるという恵まれた環境だった。ある者はビジネスの頂点を目指し、またある者は既成概念にとらわれない新しい価値観を創造しようと、情熱を燃やしている。


 そんなBBAビジネススクールでの、平凡ながらも刺激的な一日が始まろうとしている。ここには全国各地から集まった若き精鋭たちが集い、切磋琢磨し合う姿がある。彼らは現実の厳しさに向き合いながらも、未来に希望を燃やし、やる気に満ちた瞳で授業やプロジェクトに臨んでいた。


 ある意味では、ここでの日常はどこにでもあるビジネススクールの風景とも言えるかもしれない。高い志を持った学生たちがあつまり、互いに切磋琢磨し、最先端のビジネスを学ぶ——。


 しかし、ただ一つ、普通と違うことを除いて——。

 ________________________________________


 教室内は、いつものように教授の講義が静かに進められていた。しかし、教室の後方には異様な緊張感が漂っている。まるでそこだけが別の空気に包まれたかのように。


 ここはBBAビジネススクール、全米屈指の名門であり、輝かしい実績を誇る数多のエリートたちが日々学びに励む場である。全国から集まった一流企業のビジネスマン、新興ベンチャー企業の社長、著名な弁護士、医師、会計士——各界のエリートが己のキャリアを一層磨き上げるべく、この学び舎に集まっていた。


 その中で、ある一人の男が、他とは一線を画す存在感で場を支配している。彼の風貌と佇まいには、どこか時代錯誤とも言える異様なものがあった。教室の最後方に座るその男は、異様な袴姿。鋭く教授を睨みつける眼光には、ただならぬ緊張感が漂っている。周囲の学生たちは彼の存在を恐れるかのように視線を外し、教授もまた、その男の視線に怯えながら、敢えて無視するように講義を続けていた。


 その名は江川英竜、字を崎衛門という。身長は6尺、体重は20貫(身長約180㎝、体重80kg)と、まるで鋼のような体躯と威風堂々たるその姿から、人は彼を「竜神崎(Ryuga-Misaki)」と呼び、そしてその姿はまさに侍そのものだった。この現代に、武士の魂を宿すかのような存在がここにいた。かつて戦いに身を投じた彼は、いかなる目的でこの地に現れたのか——。


 ここにいる誰も、まだその男の正体も、彼が抱える真実も知らない。ただ一つ言えるのは、その異様な存在感が教室中に重くのしかかっていることだった。袴姿で後方に佇む彼の鋭い眼差しは、まるで切っ先鋭い刃をこちらに向けているかのようだ。


 教授をはじめ、周囲の学生たちは息を潜め、まるでその存在に気づいていないふりをする。目を逸らし、気にかけぬ素振りをしながらも、彼の放つ威圧的なオーラから逃れられない。竜神崎の視線に晒され、誰もがその冷たい重圧に押しつぶされそうな思いを抱いていた。


「えーっと、今日のテーマはリーダーシップについてですが…」


 教授の言葉の一つひとつに揺らぎが見える。教授の気持ちを汲み取るかのように、竜神崎は厳しい眼差しを向け、表情をさらに険しくした。彼の目がふと閉じられる——そこに蘇るのは、遠い昔の記憶。


 己が刀を手にし、信念に従い戦い抜いた日々。その中で築いた強き意思と、不動の覚悟。思い出の断片が浮かび上がり、彼の心を一瞬包み込んだ。


 この時代、そしてこの場に何を求めてきたのか——彼の中で何かが再び静かに動き始めていた。

 ________________________________________


 それは、彼自身も予期せぬ事ことだった。気がつけば、時代は戦国——。


 場面が移り変わり、竜神崎は暗雲の立ち込める京に続く街道を馬で駆けていた。身につけた甲冑が夕暮れに輝き、耳には馬の蹄が大地を打つ音だけが響く。彼の表情は険しく、どこか焦りが感じられる。主君、織田信長(Orita Shinjo)——天下に恐れられたその男の親書を手に、竜神崎は京へと急いでいた。

 

 与えられた使命は絶対、そして時間は残り少ない。一刻も無駄にできぬ思いで道を駆ける彼を、突如、数名の賊が取り囲むように現れた。黒装束に身を包んだ賊たちが、無言で剣を構え、容赦なく彼に襲いかかる。


 竜神崎と共にいた侍たちは即座に刀を抜き、必死で敵に立ち向かう。だが、賊の数は多く、激戦の末に次々と倒れていく。やがて、竜神崎自身も多勢に無勢となり、身体を剣で切り裂かれ、地に伏す。激しく鼓動する心音が耳に響く中、彼の視界が次第に暗転していく。


「こんなところで…殿…申し訳ございませぬ…不甲斐ない拙者をどうか許してくだされ…」


 力尽き、意識が遠のく中、目の前に幾重もの光景が現れ始める。まるで走馬灯のように、過去の出来事が脳裏に映し出されていく。燃え盛る寺の光景、立ち尽くす信長の姿、そしてその手に握られた刀——。


「これは走馬灯…?いや、こんな記憶は知らない…!」


 目の前に映る光景は、自らの知るはずのない未来のもの——それは、彼がその場に居合わせなかった、歴史の一幕だった。彼が果たせなかった任務、その先で起こり得た悲劇が、ありありと浮かび上がる。


「これは拙者が倒れた後の未来か?なんてことだ…私が務めを果たしていれば…」


 心の奥から湧き上がる後悔と、湧き上がる怒りと悲しみ。信長が自害を決意するその瞬間を目の当たりにし、竜神崎の中に封じられていた何かが揺れ動いた。


「拙者は…一体、どこで間違えてしまったのか…。殿!いつか必ずお助けいたします!」


 その誓いが口をついた瞬間、竜神崎は激しい叫び声と共に現代へと引き戻される。教室の椅子に座ったまま、彼の全身は汗に濡れ、鋭い息を繰り返している。周囲の学生たちは驚きに目を見開き、ただ彼を見つめるばかりだった。


 彼は深い息をつきながら、心の奥底に宿る強い誓いが今も消えることなくその胸に燃え続けていることを、改めて感じ取っていた。時を越え、場所を越えてもなお、主君に誓った想いが、まるで彼の心の羅針盤のように揺るぎない方向を示し続けているのだ。


「今、ここにいるのも何かの思し召し…」


 竜神崎は静かに呟く。


 周囲の学生たちには聞こえないほどの微かな声だったが、彼の中でその言葉は確かな響きを持っていた。自らの命運が、なぜこの現代の地に導かれたのか——その理由を見極めるためにも、彼はここで成すべきことを成さねばならない。これこそが、今の自分に課された「天命」であると、彼は強く信じる。


「拙者はここで何かを成し遂げる。それが拙者の今の天の思し召しなのだ…」


 自らに言い聞かせるように、竜神崎は胸の内で再びその決意を固める。彼が背負った使命、その果てに何が待ち受けているのかは、未だ見通すことはできない。しかし、彼にはわかっている——いずれ、この場での出来事が、かつての誓いと何かしらの形で結びつく日が訪れるであろうことを。


 竜神崎は静かに瞼を閉じ、再びゆっくりと呼吸を整えた。目の前には、今もなお続く講義と、未来を夢見る学生たちの姿が広がっている。自らの使命が果たされる日を夢見ながら、彼はただ静かにその時を待つのだった。

 ________________________________________


 ――時間は少し前にさかのぼる。

 竜神崎がふと目を覚ますと、そこは見知らぬ地だった。石造りの堂々たる建物が連なり、まるで異国の地のように感じられる。目の前に広がる景色には、見慣れない装束を纏った人々が多様な人種で溢れている。周囲には活気ある学生たちの声が響き、場所はBBAビジネススクールのキャンパスであった。


「はっ…ここは…どこだ…」


 竜神崎は辺りを見回しながら呟いた。


 見るものすべてが異様だ。洋装を纏った学生たちが行き交い、異なる言葉が飛び交っている。竜神崎はその光景に困惑し、まさか異人の世界にでも迷い込んだのかと驚愕する。


「異人!?異国…?これは夢か…?そうだ、み、密書は!?」


 彼は慌てて懐を探ると、かろうじて信長から託された親書が無事であることを確認し、少し安堵する。しかし、ふと自分の姿を見下ろした瞬間、再び驚愕に打ちのめされた。


「な、なんだ!?このハイカラな装束は…洋装?なぜ拙者がこんな格好を?私は…一体誰なのだ…?」


 見慣れない西洋風の衣装に身を包んだ自分の姿に、竜神崎はさらなる混乱に陥る。どうやら自分の意識はこの地に来たものの、身体はまったく異なる者のものであるらしい。


 実は、竜神崎は日本人留学生の木下寛之(Moccha・Kanji)の身体に転生してしまっていたのだった。寛之君は留学のためにバーバード大学を訪れていたが、突然のてんかん発作で意識を失い、キャンパスの芝生に倒れていたのである。


「これは、これはどういうことだ?賊はどこだ?友は?そして…殿は!?」


 竜神崎は混乱しながらも周囲を見回し、再び親書を確かめる。すべてが夢のようで、現実感がどこか遠のいていくように感じられた。彼の心は焦燥と混乱に覆われていたが、次第にここが彼の知る世界ではないことを理解し始める。


 その時、ふとスーツ姿の紳士が近づいてきた。物静かでありながらどこか威厳を漂わせたその男は、穏やかに竜神崎に手を差し伸べる。


「Are you OK? You look really panicked…」


 彼は静かに、しかし力強く語り掛る。


「…異国語か?」


 竜神崎はその言葉に耳を澄ませると、なぜかその意味が理解できる自分に気づく。


「だが、なぜか意味がわかる…これは…元の?体の…持ち主の能力なのか…?」


 しかし、言葉を返す余裕はなく、彼はつい日本語で小さく呟いた。


「ああ…すまぬ…かたじけない…」


 紳士の顔に僅かな笑みが浮かぶ。彼は誠実な雰囲気と共に、どこか威厳を纏っている。竜神崎は、彼の手を握りしめた瞬間、目の前の男にかつての主君、信長の面影を感じる。


 その威厳に満ちた姿は、まさに信長の姿を彷彿とさせる。信長がかつて竜神崎に託した言葉が、ふと耳の奥で蘇るように聞こえた。


(共に…この国を…変えようではないか…)


 その声に応じるかのように、竜神崎の顔には自然と笑みが浮かんだ。かつての失敗、命を助けられた記憶、すべてが一瞬で彼の心に蘇り、静かな決意が心を満たしていく。


 紳士は優しげな眼差しで竜神崎を見つると、


「You look much better now. I have to go. Take care!」


 と言い残して立ち去ろうとする。


 竜神崎はふと現実に引き戻され、去りゆく紳士に向かって慌てて声を上げた。


「あっ!せめて…せめて御名だけでも、礼を申し上げたい!」


 しかし、紳士は振り返って一瞬だけ微笑むと、言葉を残さずにその場を去っていく。その後ろ姿が、竜神崎の脳裏に残る信長の面影と重なり、彼の心に新たな誓いの火がともった。

 ________________________________________


 その紳士の名前はスティーブン・イーロンバーグ。バーバードビジネススクールの卒業生の一人であり、今や世界でも有数の実業家であった。


 竜神崎はスティーブンが去っていった方向をじっと見つめていた。そこには「バーバードビジネススクール」と書かれた立派な石造りの建物が聳え立っている。彼はゆっくりと気持ちを落ち着け、覚悟を決めると、目の前の建物に向かって一歩を踏み出した。


「彼はきっと私に“ついてこい”と言いたかったのだな…。ならば、国が違えど、進むべき道は一つ…!いざ行かん、新たなる世界へ!」


 竜神崎は深い決意を胸に抱きながら、大きな石造りのドアを押し開けた。建物内に一歩足を踏み入れると、彼の想像をはるかに超える光景が広がっていた。威厳ある石柱と彫刻が目を引く伝統的なデザインに加え、壁の一部には最新のデジタル画面が設置され、次々と情報が映し出されている。周囲には高機能な電子機器も並び、伝統と革新が見事に調和する美しい空間だった。


 行き交う学生やスタッフが、忙しそうにそれぞれの業務をこなしている。竜神崎はしばらくその光景に見入っていたが、やがて興味と驚きの入り混じった表情で呟いた。


「ほう…まるで城内のようだな。石造りに金属…これがこの国の寺子屋というものか…」


 その場で立ち尽くしていた彼は、ふと受付のデスクに目を留めた。そこには学生スタッフが座り、来訪者に対応しているようだ。意を決して竜神崎は近づき、声をかけた。


「拙者、江川竜神崎と申す。この寺子屋で学びたく候!」


 学生スタッフは少し戸惑いながらもにこやかに応じる。


「Hello, how can I help you?」


 竜神崎は困惑しながらも、バッグを漁り始めた。倒れていたときに持っていた寛之のバッグから、パスポートや履歴書、入学申請書などを取り出して机に並べる。


「……これか?これがその…書類?なのか…?」


 学生スタッフは慎重にそれらを確認しながら、少し首を傾げた。


「Ok, let me review it… Are you… Mr. Mocha, right?」


「いや!拙者は、名は江川英竜、字を崎衛門と申し候!竜神崎と呼んでいただきたく!」


「Humm… Your identification looks different… but your face matches. Oh, is it your middle name? Mister…?」


「江川英竜、字を崎衛門と申すもの!竜神崎と呼び下され!」


「Ok, you are… Mr. Egawa, and preferred name is Ryuga-Misaki, right?」


 竜神崎は誇らしげに頷く。


「Yes, I am!」


 学生スタッフは少し戸惑いながらも作業を進めていたが、やがて手が止まった。推薦状の部分が未提出であることに気づいたのだ。


「Hum, everything looks fine… except for a recommendation letter. Do you have it?」


「推薦状…?それは…?」と竜神崎は一瞬戸惑うが、すぐに胸を張り、懐から巻物を取り出して掲げる。


「これはきっと、身上書のようなものだな…ならばこれをお納め下され!」


 彼は古びた和紙に墨で記された信長の親書を丁寧に広げ、学生スタッフの前に差し出した。


「Um… what is this?」


 学生スタッフはおずおずと訪ねるも、竜神崎はさも当然のように堂々と答える。


「これは、殿からの親書にてござる!花押もここに。これが私の正統性を称するもの。これにて入学を願いたい!」


 学生スタッフは困惑した表情で和紙を手に取り、その不思議な文字に目を通そうとするが、内容は理解できない様子だ。仕方なく、隣にいたアカデミックアドバイザーを呼び、相談することにした。


「どうします?何が書いてあるのか全然わからないんですけど…」


 アカデミックアドバイザーは眉をひそめつつも、興味深そうに竜神崎を見つめる。


「うーん…なんか…変わった人だし、もし暴れられても困るしな…とりあえず話だけでも聞いてみようか…」


 学生スタッフは不安げな表情を浮かべながらも、そっと竜神崎に話を続けるよう促した。竜神崎は胸を張り、再び堂々と親書を掲げながら語り始めた。

 ________________________________________


 竜神崎は面接室に案内され、アカデミックアドバイザーと向かい合って座っていた。室内は簡素ながら、壁には名門校のシンボルが誇らしげに掲げられ、どこか威厳を感じさせる空間である。アカデミックアドバイザーは彼の履歴書を手に取り、静かに質問を始めた。


「So… Mr. Egawa, tell me why you want to join the BBA Business School.」


 竜神崎は胸を張り、力強く答えた。


「拙者、武士道を胸に異国の地で己を鍛え、未来を切り開きたく存じまする!」


 竜神崎の堂々たる返答に、アカデミックアドバイザーは思わず眉をひそめた。相変わらず、何を言っているのか全く理解できないものの、その異様な言葉遣いと厳格な表情に妙な説得力を感じつつ、わかる範囲で丁寧にメモを取り続けている。周囲の静けさが、竜神崎の言葉の重みをさらに強調していた。


「Maybe… I see. And what exactly do you hope to achieve with an MBA?」


 その問いに、竜神崎は一瞬じっと相手の目を見据え、思い切りよく立ち上がった。その動きには毅然としたものがあり、どこか武士としての威厳すら感じさせた。


「天下を取る!いや、経済を制し、民を豊かに導くことが、拙者の志でござる!」


 彼の力強い言葉と真剣な眼差しに、アカデミックアドバイザーは息を呑み、しばし言葉を失った。室内には凍りついたような静寂が流れ、数秒の沈黙が続いた。やがてアカデミックアドバイザーは顔を上げ、戸惑いの混じった微笑みを浮かべる。


「Well, that might be… very ambitious. But, okay… Do you have any references, besides… this?」


 竜神崎はその意図を察し、堂々と懐に手を入れると、誇らしげに信長公の親書を取り出し、丁寧にアカデミックアドバイザーの前に置いた。巻物の古風な様相に、アカデミックアドバイザーは一瞬驚き、慎重に手を伸ばして巻物を広げようとする。


 その時、竜神崎の視界がふいにぼやけ、室内の光景が遠ざかっていった。アカデミックアドバイザーの姿が霞む中、竜神崎の心には、過去の記憶がまるで波のように押し寄せてきた。次の瞬間、場面は暗転し、信長との過去の誓いが浮かび上がる――

 ________________________________________


 薄暗い光の差し込む戦国の館。竜神崎は厳粛な面持ちで信長の前にひざまずき、頭を深く垂れていた。信長の背後には壁にかかる家紋が浮かび上がり、彼の姿をより一層威厳あるものにしている。信長の瞳は冷徹でありながらも、どこか憂いを含んでいた。薄暗い光が差し込む戦国の館。竜神崎は厳粛な面持ちで信長の前にひざまずき、頭を深く垂れていた。信長の背後には壁にかかる家紋が浮かび上がり、彼の姿をより一層威厳あるものにしている。冷徹でありながらも憂いを帯びた信長の瞳が、鋭く竜神崎を見据えていた。


「竜神崎よ、この密書を京へ届けよ。時は来たのだ。」


 信長はゆっくりと竜神崎の前に歩み寄り、その手に重厚な巻物を手渡した。巻物には厳かな紋章と、信長自らが記した花押が刻まれている。受け取った竜神崎の手には、その重みと責任の象徴がじわじわと伝わり、手のひらでずっしりと感じられた。


「もし道中で命を落とそうとも、この密書だけは何としても守り抜け。これは我が志を後世に残すものである。」


 信長の冷静な声に、竜神崎はその場で胸を叩き、力強くうなずいた。その目には、武士としての使命感が宿り、微塵の迷いもなかった。


「承知致しました、殿!この身に代えようとも、必ずやお届けいたします!」


 信長はその決意を見届け、静かに頷いた。そして、立ち去る竜神崎の背中を見つめながら、わずかに呟く。


「共に…この国を…変えようではないか…」


 場面は変わり、竜神崎が道中、山深い街道を進んでいた。空はどんよりとした暗雲に覆われ、まるでこれから訪れる災厄を予兆するかのように感じられる。風に揺れる木々の隙間から、突如として賊たちが飛び出してきた。


「くっ、賊か…!」


 竜神崎は咄嗟に刀を抜き、賊たちと激しく斬り合った。だが、数が多く、賊たちの凶悪な剣筋に次第に追い詰められていく。敵の刃が肩に食い込み、さらに別の剣が膝を斬りつけ、彼は膝をついてしまう。視界が徐々に暗くなる中で、痛みに耐えながらも彼の心は抗っていた。


「…ここで…果てるのか…我が使命は…」


 その時、ぼんやりと霞む視界の向こうから、どこか遠く信長の声が響いた。彼の脳裏には、信長が厳かに命じたあの瞬間が再び浮かび上がる。


(お前にはまだ、果たすべき使命がある。立ち上がれ、竜神崎よ!)


 信長の言葉が彼の魂に新たな力を吹き込むようだった。意識を取り戻しかけた竜神崎は、重い身体を動かそうと必死に力を込めたが、その瞬間、再び意識が遠のいていった――


 現代の面接室に戻り、竜神崎はふと我に返った。親書の巻物をじっと見つめる彼の表情には、過去と現在が交錯するような感覚があった。信長から託された使命の重さが、時代を越えて今もなおその巻物に宿っているかのようだ。胸の奥から、再び使命感が燃え上がり、彼は静かに親書を握りしめる。

 信長との誓いは消えず、この異国の地でもなお彼を突き動かし続けていた。

 ________________________________________


 竜神崎の意識は現代に戻り、面接室内の張り詰めた空気の中、不意に静かな足音が響いた。竜神崎とアカデミックアドバイザーが振り返ると、そこにはスーツに身を包んだスティーブン・イーロンバーグが立っていた。彼は穏やかな微笑を浮かべ、軽やかに会話に割り込んだ。


「Excuse me. I couldn't help but overhear. It seems we have an interesting candidate here。」


 その瞬間、アカデミックアドバイザーは驚きの表情を浮かべ、息を呑んで言葉を失った。彼の視線には信じられないものを目の前に見たような色が宿っている。


「A… are you Mr. Ealonburg!? Really!? Why are you here!?」


 スティーブンの登場に戸惑うアカデミックアドバイザーを横目に、竜神崎もまた、その男をじっと見つめ、一瞬言葉を失った。どこか信長の面影が重なるように感じられたのだ。


(この男…どこか殿に似ている。いや、違う…だが、同じ魂を感じる…!)


 スティーブンの洋装姿の背後に、信長の威厳ある佇まいが重なって見え、その瞳の奥にはかつての主君と同じ強い意志と決意が宿っているように思えた。


「You seem to have a rare spirit, one that is hard to find in today's world. How about joining us and helping to shape the future together?」


 その言葉が竜神崎の胸に響いた瞬間、彼の目にはスティーブンと信長の姿が重なって映り、過去の記憶が鮮明に蘇った。かつて信長が彼にかけた言葉が、遠い時を越えて再び竜神崎の耳に響く。


「竜神崎よ。お主にはほかの誰にもない魂がある。わしの忠実なる家臣として、共にこの国を変えようではないか!」


 信長のその言葉が竜神崎の心の奥に再び火を灯した。かつての誓いがよみがえり、目の前のスティーブンがその意志を引き継ぐ存在であるかのように思えた。竜神崎の目には感動の涙が浮かび、彼は感謝と決意を込めて深く頭を下げる。


「お受け致す!拙者、全力を尽くして参る!」


 スティーブンはその誠実な姿をじっと見つめ、微笑みながら静かに頷いた。戦国の魂と現代の志が交差する瞬間、竜神崎の心には未来に向けた新たな使命が力強く刻まれていった。


 スティーブンスティーブンは竜神崎の肩に手を置き、確信を込めてアカデミックアドバイザーに向かって静かに促した。


「…Ok, now everything is clear, right?」


 アカデミックアドバイザーは困惑しつつも、しばらく竜神崎とスティーブンの様子を見守り、やがて入学許可書にサインをした。ため息交じりに頷き、少し疲れた表情で念を押す。


「Okay… now you're in. Welcome to BBA Business School. Just… don't cause any trouble, okay?」


 入学手続きが完了し、アカデミックアドバイザーは次に授業料の支払い方法について説明を始めた。


「Ok, the next step is tuition payment. Do you have any preference for the method of payment?」


 授業料の話を聞き、竜神崎は一瞬焦りながらも、カバンの中から寛之の財布を取り出して中を探り始める。


「拙者には…これしかござらぬ…」


 財布から紙幣と硬貨をいくつか取り出すが、それが学費に足るのか見当がつかない。アカデミックアドバイザーは財布の中にクレジットカードを見つけ、安堵の笑みを浮かべた。


「Oh! You have a credit card. This will be much easier!」


(何だ?あの板のような物は…?)


 竜神崎は困惑しながら見守る中、アカデミックアドバイザーはそのクレジットカードを手に取り、カードリーダーに通して操作を進めた。カードが機械に吸い込まれる様子に、竜神崎は目を丸くする。


「何をしておるのだ?これは…一体何の術だ?」


 アカデミックアドバイザーが微笑んで尋ねる。


「Do you have your pin code?」


「か、鍵の番号だと…?な、何も知らぬぞ…?」


 見慣れぬ機械に面食らいながらも、竜神崎はふと頭の中に浮かんだ数字を入力してみた。それは、何故か記憶の奥底にあった「1582」という数字だった。


 数秒後、カードリーダーから乾いた音が響き、レシートが印刷される。アカデミックアドバイザーはその紙片を手に取り、確認してから竜神崎に微笑んだ。


「All done! Your tuition has been paid in full.」


「なんと…それはあの板一枚で全ての学費が支払えたというのか?」


 竜神崎はクレジットカードとレシートを交互に見つめ、まるで魔法のような出来事に戸惑いを隠せなかった。


「Yes, exactly! It's all set now.」


「かたじけない…異国の術、実に驚異的でござる…」


 礼儀正しく頭を下げ、異国の不思議な技術に感嘆しつつも、異国での新しい生活がいよいよ始まったことを実感していた。

 ________________________________________


「...Now you're officially a student. Welcome to BBA Business School!」


 アカデミックアドバイザーがほっとした表情で告げると、竜神崎は満面の笑みを浮かべ、深々と礼をした。感謝の念を込めたその姿はどこか堂々としており、侍としての誇りが漂っていた。次いで彼はスティーブンにも向き直り、再び頭を垂れる。


「感謝致しまする。武士の誇りを胸に、学びを続ける所存!」


 彼の胸には、遠い戦国の世で信長に誓った志と、今まさに目の前にある新しい道への決意が交差していた。竜神崎は感謝の意を告げると、晴れやかな表情でビジネススクールのキャンパスへと歩み出した。その背中には武士としての誇りと、新たな未来への期待が溢れている。


 一方で、アカデミックアドバイザーは少し冷めた表情で立ち上がり、スティーブンの横に立ち、そっと彼に語りかけた。


「本当に…これで良かったんですか、スティーブンさん…?」


 スティーブンはアカデミックアドバイザーの言葉に応え、目を細めながらニヤリと笑い竜神崎の後ろ姿をじっと見つめる。まるで何か遠い未来を見通すかのような眼差しだ。


「ああ、彼は私と共に、この国…いや、世界の歴史を変えることになるだろう。」


 その言葉には確信がこもっており、竜神崎の中にかつての信長の魂を見出しているかのようだった。スティーブンには、竜神崎の一歩一歩が異国の地で新たな歴史を築き始めていると感じられていた。


 夕暮れのBBAビジネススクールのキャンパスに、竜神崎の姿があった。オレンジ色に染まる空が彼の影を長く映し出し、周囲に流れる静寂が一日の終わりを告げている。だが、竜神崎の瞳には、夕陽のごとく強い決意が宿っていた。


 彼は異国の地で始まった新しい挑戦に、胸を膨らませながら静かに歩みを進める。道行く学生たちが彼を不思議そうに見つめていたが、彼の内にある信念と誇りが揺らぐことはない。


「この異国の地でも、武士道精神をもって生き抜いてみせる…!」


 彼の心の中には、かつて信長のもとで誓った言葉と、今この地で築くべき新たな未来が静かに響き渡っていた。竜神崎の一歩一歩が、未来への橋をかけているように感じられる。夕陽が彼の背を押すように輝き、キャンパスは静かにその影を見守っている。


 こうして、異国の地で武士道を胸に新たな道を歩み出した竜神崎の物語は、ここからさらなる展開へと続いていくのだった――

次回 第1章1話「ストラテジー講義編~初めての友情~」

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