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陶器の人形のような公爵様の元パートナー登場?

「誰だ?」


 リンジーが尋ねると、空気がピリッとした。

 少しだけ間があって、息を吸うような音が微かに聞こえる。


「リンジーさま。わたくしですわ。今、お取り込み中かしら?」


 話し方から察するに、侍女ではなさそうだ。リンジーがゆっくりと立ち上がって扉に向かう。


「構わない。ちょうどよかった、ルビーに紹介しておきたかったんだ」


 俺に?

 親族だろうか。そういえば結婚式場にリンジーの関係者が一人だけ出席していたのを思い出す。

 リンジーがドアを開けると、そこには一人の女性が立っていた。


「彼女はヨランデ。私の元パートナーだ」

「ヨランデです。ようこそ、真紅の薔薇の君。以後お見知りおきを」


 挨拶をされた。貴族の令嬢らしい美しい所作だ。

 ドレスは式に参列したときのものから着替えてきたようだが、彼女は結婚式に参加していた女性に違いない。

 真っ直ぐでサラサラとした銀髪、高級な青玉のように深い色をした瞳を持つ陶器の人形のような女性だ。表情は淡白で、口調もどこか落ち着きを払いすぎた抑揚で喋る。美人だと思うが、どことなく近寄りがたい気配があった。


「俺はルビー。ルビーでもルビでも好きなほうで呼んでほしい」

「わたくしが貴方様の名を呼ぶなど烏滸がましいことでございます。どうか、薔薇の君とお呼びしたく」

「ならば、それで」


 厄介そうなタイプだと察知して、俺は交渉を諦めた。

 そもそも俺が引っ掛かったのはそこじゃない。

 俺はリンジーを見やる。


「なあ、リンジー。元パートナーって?」


 俺とは再婚ということなのだろうかと考えて尋ねると、リンジーは大きく息を吐き出した。


「そのままの意味だ」

「婚姻関係があった、と?」


 俺の問いにリンジーは首を横に振った。


「子を成せるようなら結婚を考えていたんだが、な。どうも私は性愛の対象としているのは男性のようで、その……勃たなかったのだ」

「ヨランデ嬢相手に?」

「ああ。一番好みの相手を選んだのだが」


 無表情のはずなのに隣に立つヨランデは胸を張っているように見える。そこは誇らしげにしていいのだろうか。


「いろいろ試してみたのだが、やはり私は女性なのだろう」

「それで俺を選んだわけか……」


 公爵家を継ぐのも大変なんだな。明け透けに告げるものでもないとは思うが。

 いや、一応夫婦になったのだから話し合うべきことになるのか? よくわからん。

 俺が頷くとリンジーは説明を続ける。


「それはそれとして、私が身籠っている間は誰かを代理に立てなければならないが、女性に代わりを頼むわけにはいかぬ。それで子づくりできるかどうかの確認よりも、婚姻関係を結んでおく必要があった」


 代理の件についてはすぐに納得できた。

 この国の女性は貴族社会での発言力が著しく低い。婚姻関係にある男性を代理人とする発想は奇抜ではあるが、親族以外から後見人を立てるにはこの国では婚姻関係を結ぶことになる。女性に財産を管理させるべきではないという思想のあらわれだ。

 俺は片手を挙げる。リンジーは片手で示して発言を許可してくれた。


「俺が不能だったらどうするんだ?」


 夫婦生活を一年くらい続ければ、健康な男女の間には子どもを授かる。だが、子どもがほしいのに宿すことができなければ、俺は役立たずとして追い出されてしまうのだろうか。

 後見人目当ての同性婚の場合は離婚時に財産を等分にする取り決めがあったよな。俺としては放り出されたらそれを資金に起業するから構わないところではあるが。

 俺の問いに、リンジーは自身の眉間の皺を摘んだ。


「そのときは致し方がない。別の男の精を使う。だが、そのときは財産は君にもきちんと譲る。そのための婚姻だ」


 そうあって欲しくはないと願っているかのような切実さがそこにあった。

 夜は女性の体になるとはいえ、妊娠を考えたら呪いは解いたほうがいいだろうし、俺の力が必要ということか……。


「俺に有利な条件が多い気がするんだが……ほかに何か隠していないだろうな?」


 いきなり結婚になり攫われるような勢いでこの屋敷に連れて来られたのだから、ある程度俺に利点があること自体は望ましい。女性ほどじゃないが長男ではない男も生き抜くには厳しい社会なのだ。

 疑う俺に、リンジーは穏やかに微笑んだ。


「私が君に望むことはオリヴィエ侯爵家の跡継ぎを作ること。それができれば充分だが、ルビーを選んだのはそれだけではない」

「というと?」


 雲行きが怪しくなってきたぞ。俺は気を引き締める。


「この屋敷にある美術品の呪いを解いて、相応しい持ち主に譲りたいのだ」

「え、譲るのか? この屋敷にある美術品」


 呪われているから気軽に触るべきではないと注意されたが、どれも素晴らしい作品に見えた。オリヴィエ公爵家の様子を察するに設備は古びているものの手入れは行き届いているあたり、コレクションを売らないといけないほど困窮しているようにも見えないのだが。

 俺が驚くと、リンジーは頷いた。


「今はまだどうにか維持できているが、今後のことを考えると、な。そのためには目利きが確かで、呪いに負けぬ力を持つものが必要だった」


 俺が美術品について勉強してきたことを知らんような口ぶりだったくせに、調査済みだったってことか。どういう反応をするのか試していた、と。


「呪われる前提でここに連れてこられたってことっすか、俺……」

「私の呪いも一時的には解けるじゃないか。すぐに命を取られることもなかろうよ」

「……あ」


 ここまでのやり取りを踏まえて、俺はあることに気づいた。

 オリヴィエ公爵家に良い噂も悪い噂も他の公爵家と比べて極端に少ないのは、オリヴィエ公爵家が管理している呪われた美術品の効能ではなかろうか。


「どうかしたか?」

「ああ、いえ。なんでもないです」


 もし俺の考えが正しければ、結構厄介な代物がこの屋敷、あるいはオリヴィエ公爵家の宝物リストにあるということだ。

 うわ……深く考えないようにしとこ。

 余計なことを告げて自身に厄が回ってくるのは避けておきたい。俺は明言を避けた。


「それで、ヨランデはなんの用事が?」


カクヨム(KAC)とノベルアップ+(オカルト小説マラソン)を優先しているため週一更新ではなく月一更新です……。

こちらはゆるく進めます。

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