天蓋付きのベッドに押し倒されて言われたことには
公爵家とあって、王都にある屋敷も立派である。夜会が開かれる他の公爵家の屋敷と同じか、むしろ広いのかも知れない。ただ、違いを述べよと言われたら、その古さだろうか。掃除は行き届いているものの、どことなく古めかしい。
「不便をさせるつもりはない。気になる点があるならなんでも言ってくれ」
不躾に周囲を見すぎただろうか。公爵様は少し困ったような顔をして俺に耳打ちをした。
「いえ。初めて目にしたものが多くて」
廊下に展示されている花瓶や絵画はおそらくいま流行りのものではない。一昔前に流行ったものらしいことは、美術品を売る仕事をしようとしていただけに俺は詳しいのだ。
一昔前というか……骨董品もあるな。遠い異国のものもある……。
「美術品に興味が?」
「ええ、まあ」
公爵様はなにをどこまでご存知なのだろう。俺の能力だけが欲しいのだろうか。まあ、普通に考えたら、このあるんだかないんだかわからん力に期待するよなあ。
今後のことも考えて、俺は曖昧に頷いておいた。
「それらは曽祖父の趣味でな。父はあまり興味がなかったようだが、呪術がかけられているものもあるから迂闊に触れないと言っていた」
「呪術……」
鑑賞は問題ないが、触ったりすることはおろか、売るのはなしなわけだな。
俺は冷や汗が流れているのを悟られないように頷いておいた。
「それで、私たちの部屋はここだ。君だけの私室も用意はしたが、できる限り私と同じ部屋で生活をしてほしい」
そう告げて案内された部屋には天蓋付きの大きなベッドのほか、テーブルセットや本棚がある。想像していたよりもずっと広い部屋だった。
ダンスレッスンもできそうなスペースもあるな……。公爵領の屋敷ならとにかく、こっちの屋敷でこの広さ……いや、うちがこぢんまりしてるのか?
困惑していると、公爵様に手を引かれてベッドに案内された。
「ん?」
油断していたら押し倒された。
天井が高いな、これで天蓋付きか。
そんなことをぼんやり考えていると、公爵様の美麗な顔が割り込んできた。
「んん?」
「結婚したということは、初夜を迎えることになる」
「それはそうでしょうが、律儀にこなす必要が?」
これは男の公爵様に抱かれる展開だろうか。それとも女の公爵様と致す展開なのだろうか。できれば後者がいいんだが……。
俺が真面目に返すと、公爵様は表情を崩した。
「もう少し動揺するかと思ったんだが、君は肝が据わっているな」
笑っているが、公爵様は俺の上から退こうとはしない。俺は小さく息を吐く。
「白い結婚でとも言われていないので」
美女のほうならありがたいと想像してしまったことは黙っておこう。
「なるほど」
「それで、公爵様は抱く方と抱かれる方のどっちが希望なんですかね?」
尋ねると、公爵様は悲しそうな顔をした。
「リンジーと呼んでほしい。私と君は伴侶なのだ」
「ならば、俺のことはルビーと呼んでください。二人きりで愛し合うなら名を呼ぶものでしょうよ」
名を呼ばれないことに彼がショックを受けるとは思わなかった。目的のために一定の距離を保ったままがいいのかと思ったがそうでもないらしい。
まあ、俺は公式に結婚したことになっているから、もうどうにでもなれの心境ではあるのだが。
「そうか。それもそうだな、ルビー」
「わ、わかっていただけたなら、それでいい」
「名を呼んで、ルビー」
「…………」
なんでか小っ恥ずかしい。唇を動かすが、声にならなかった。
いや、別に、名を呼んだら体を重ねることになるわけでもないはずだが。
自分で「愛し合うなら」なんて言わなきゃよかった。後悔はいつだって事態が動いたあとなのである。
「おや、我が花嫁は照れ屋なのだな、ルビー」
「り、リンジーはすぐそうやってからかうのをやめろ」
「ふふ。あまりにも愛い反応をするものだから、つい」
楽しそうであるが悪意は感じられない。多分、彼は浮かれているのだろう。
事情が事情だと、他人と接することも減らしているだろうからな……。
俺は大きく息を吐き出した。
「――さっきはオリヴィエ公爵家の存続のために俺の力が必要なのだと説明していたが、どういうことなんだ? 説明してほしい、リンジー」
部屋は二人きりだ。扉の外には警備の騎士が二人配置されているが、魔法でも使わなければ俺たちの会話は聞き取れないだろう。
この世界に残された魔法なんてごくわずかだろうけど。
名を呼べば答えてくれるかと思って俺は頑張ったつもりだ。リンジーは少し悩んだようにして、俺の上からようやく退いた。
「手短に説明すると、女の私と子づくりをしてほしい」
「………ん?」
期待していた展開だが、本人からそう告げられるとどういう反応をしたものかわからない。
俺は上体を起こしてリンジーを見つめる。
「俺と?」
「ああ、そうだ」
リンジーは真面目に頷いた。
俺は片手をあげる。
「一つ、疑問が」
「なんなりと」
「男の姿では子づくりはできなかったのか? おそらく、リンジーを男にする呪いをかけたのは、公爵家を継続させるためでは?」
「それができていればよかったんだがな……」
リンジーは苦笑して、頭を抱えた。どうやら事情があるらしい。
彼が黙り込んだところで、ドアがノックされた。




