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五章 第十話

 明の話した作戦は作戦と言えるものではなく、ただどうすれば神を倒せるか、という内容を示しただけのものに過ぎなかった。


 行動も八割以上が臨機応変に動く事が求められている上、成し遂げるための過程は至難を極める。


 本当なら誰もが拒否するような作戦。だが、キリエは迷いなくうなずいた。


「分かった。後ろは任せるわ」


 具体的な内容も聞かず、キリエは神に向かって駆け出す。


「頼む! お前が頼みの綱だ!」


 攻撃力はすでに彼女の方が高い。明の攻撃ではいくらがんばったところであの皮膚に傷を付ける事は敵わなかったが、キリエの刀と技術なら神に傷を入れられる。


 例え明がキリエの刀を持ったところで、刀など扱った事のない明ではただの鈍器にしかならない。この時点で、神を倒す人間は決まっていたのだ。


(この手で仇が取れないのは悔しいけど……頼む!)


 明はキリエに全てを託して、今は目の前の鬼に集中する事にした。


「邪魔を……するなぁ!」


 両腕を針のごとく鋭くし、近寄る鬼を次々と突き殺していく。同時にキリエへと指示を飛ばす。


「余計な攻撃はするな! どうせ大したダメージにはならないし、無駄に鬼が増えるだけだ!」


「分かってるわよ! でも……どこから攻撃が来るのか分からない!」


 キリエは神の体から次々と現れる針を避けるので手一杯になっていた。おまけにかわしたと思っても、また針が曲がったり伸びたりしてくるのだ。厄介極まりない。


「というか助けて! あたし一人じゃ近づく事すら無理!」


「ああもう世話の焼ける!」


 一通りの鬼は退治したところなので、明がキリエの要請に応えてキリエを助けに向かう。


 キリエは一応無傷ではあるものの、何度かきわどい場面があったらしく服がいくらか破けていた。


「ちょ……っ、見ないでよスケベ!」


 近寄ってきた明に対し見られたくないのか、キリエが明の方に刀を向ける。


「じゃあどうしろと!?」


 それでもキリエを助けようとしている明が近くにある棘を払いながら、悲鳴を上げる。ぶっちゃけ、今はそのような事を気にしていられる場合じゃない。


「冗談よ。本気にしないでよね。……それよりどうするの? あたしじゃ近づけそうにないわよ。あんたが露払いしてくれるのはありがたいけど」


「確かにな……」


 改めて思う。自分と同じ能力を持っている相手がこれほどまでに厄介だとは予想外も良いところだ、と。


 しかも鬼の原点である神の持っている能力だ。性質としては明の能力の上位互換に近いだろう。だからこそ、これほどの速さで連続して攻撃に移れるのだろう。


 明では鬼の性質を使った攻撃から攻撃までのタイムラグがほんのわずか存在するが、神にはそんなもの存在しない。


「…………やっぱり、これが一番現実的だろうな」


 この状況下で実行可能で、なおかつ神に勝てる布石、あるいは勝ちを拾える方法は明の頭では一つしか思いつかなかった。


 苦虫を噛み潰したような苦々しい事この上ない顔で、明はキリエの方を見る。


「なによ」


「……今から言う事をしっかり聞いて実行しろ。拒否権はない」


 明は手短に内容を話そうとしたが、キリエは最後まで聞かずに激昂した。


「ふざけないで! そんなアイデア実行できるわけないでしょ!」


「できないわけないだろ。お前ならできるはずだ」


 いきり立つキリエとは対照的に、明は覚悟を決めた者特有の涼しい目で言い返す。先ほどまでの苦々しい顔はどこにもなかった。


「できるできないの問題じゃないわ! あたしはやりたくないのよ!」


「手段を選べる余裕がある戦いじゃないだろ! この……っ!」


 キリエのワガママとも言える言い分に明は頭を抱えながらも、キリエの体を抱えてその場から脱する。


 今まで彼らの立っていた地面を足元から生えた針が襲いかかり、明たちのいた空間が串刺しになる。一瞬でも判断を間違えていれば、自分たちはズタズタになっていた事実にキリエたちは背筋に嫌な汗を感じる。


「上下左右足元に上空。どれも向こうのテリトリーだ。ハッキリ言って、俺じゃ手も足も出ない」


「だからってねえ! こんな……こんな……!」




 あんたを盾にするようなやり方、できるわけないじゃない……!




 明の話した作戦とはそういう事だった。要するに自分がキリエの盾となり、キリエは一心不乱に上を目指す。そして顔面に最強の一撃を叩き込む。


 まとめればたったこれだけの作戦。だが、支払われるであろう代償はあまりにも大きい。


「……あんたに聞いたあたしがバカだったみたいね。これはあたしの役目。あんたは大人しく自分の役割を果たしなさい」


 何とか心の平静を持ち直したキリエは深呼吸をしながら明に思いとどまるよう言う。だが、明は首を横に振った。


「それができる状況じゃないだろう。……生半可な攻撃は意味がないし、かといって強力な攻撃を当てるには越えるべきハードルが高過ぎる。とても一人で越えられるものじゃない」


 明はある意味、誰よりも現実を見据えているのだ。もはや自分の命が持たないからこそ、無謀とも思える役回りを平気で志願できるし、冷静に成功率のみを見た作戦も立案できる。


 しかし、それを人が受け入れられるかどうか、という話になると無理だと言わざるを得ない。


 キリエは明を死なせたくない。だが、明はすでに己の死を受け入れている。この時点で絶対的な差があるのだ。この場合では、見解の相違と言った方が適切かもしれない。


「それでもよ! あんたを生かすためなら道理でも運命でも何でもぶっ壊してやるわよ!」


 キリエが言った内容は明が頬を緩めるのに十二分な効果を発揮した。だが、明はキリエの肩に手を置いて、ゆっくりと話す。


「…………サンキュな。……でも、頼む。一生のお願いなんだ」


「一生のお願いなんて生きてれば三百回は使うわよ! だから……頼むわよ……。生きたいって言ってよ……」


 明の願いをバッサリぶった切ったキリエ。そしてついに正直な心情を吐露した。


「……生きてほしい、か。……悪い。それについては後で話す」


 明は地面から神の動かしている針が迫ってくるのを鬼喰らいとしての勘ではなく、ただの第六感で感じ取りながらキリエを両腕に抱える。


「後でじゃなくて今……きゃっ!?」


 重要な話であるため、すぐにでも答えを聞きたかったキリエだが、明が急に自分の体を抱えて大きく跳躍したため、言葉は途切れてしまう。


「もう余計な事を話している暇はない。たぶん、これが最初で最後のチャンスだ」


 宙にいるため身動きの取れない明を狙って、神の体から人間など軽くバラバラになりそうなほどの大きさを誇る棘が生み出される。


(まだ……まだ……今っ!)


 明はそれをギリギリまで引き付けてから、キリエを上に向かって投げ飛ばす。


 そしてすぐさま人間に戻り、右手から緑の光――鬼喰らいの力を引き出して収束させる。


(力を使うのはこれが最後! だから頼む! 今までで最高の力を!)


 右手に生まれた光をキリエに渡すべく、明は人間の姿のまま腕を伸ばしてキリエに触れる。


 全身から力が抜け、能力の発動が確認されると同時、明の体を神の体から伸びた棘が貫いた。


「ゴハッ……」


 腹の真ん中を正確に貫かれ、痛みというよりも体の内部に直接お湯でも流されたような熱さが発せられる。


 明の動きが止まった瞬間、四肢が細い棘に貫かれてダラリと垂れ下がる。明はもう、痛みに身悶えする事すらできずに意識を保つ事で必死だった。


(今度という今度は……ヤバい)


 急速に薄れゆく意識の中、明はキリエが神の目の前で大きく刀を振りかぶっているのが見えた。


「…………け」


 明には緑の光を纏ったキリエが己の希望を叶える天使のように幻視された。そして、今まで明の運命を弄び続けた神に対し、親指を下に向けてやる。


「いっけええええええええええええぇぇぇぇぇっ!! ぶちかませえええええぇぇぇぇっっ!!」


 キリエの振るった刃が無数に増殖し、神の体を埋め尽くすのを最後に明の意識は途切れた。






 次に明が目覚めた時、真っ先に視界に入ったのはキリエの泣き顔だった。


「やっと……目が覚めた……。あたし、あんたの目が覚めなかったらどうしようかと思って……」


 ポツ、ポツとキリエの眼球から生まれる水滴が明の頬に落ちる。明はキリエの涙を拭ってやりたくて、腕を伸ばそうとするが、そこで気付く。


 全身の感覚がほとんど消え失せている事に。


「俺……もう……」


 かろうじて自分の頭が何やら柔らかいものの上にある事と、視界にはキリエと月が恐ろしく輝いている事が分かった。


「うん……。分かってる。あいつを倒してから、あんたの体が透け始めて……」


 全ての鬼は神の体から生み出される。そして鬼の姿が確認されたのはこの時代、この日からだ。


 つまり、明たちが神を倒した事で未来に鬼は存在しない事となる。


 これは一見すれば素晴らしい事だ。だが、キリエにはまったく喜べない理由があった。


 明はすでに鬼に近づき過ぎていた。今は体も消え始め、あと五分もすれば草木明という存在はこの世から消え失せる事だろう。


「あんまりじゃない……。あんた、何やったっていうのよ……」


 キリエはどんな手段を用いてでもどうにかしたい、だがどうにもできない目の前の現実に涙を流し、明の身に襲いかかったこれまでの苦難を思い返す。


 ずっと明には苦しい道ばかりを強いた。それは運命なのか、因果なのか、はたまた人間には認識すらできない本物の神様がやらせたのか、何もかも分からない。


 ゆえに、だからこそ、キリエは思う。




 ここまでの苦しみに耐え抜き、何もかもに決着を付けた彼には何か報いがあるべきなのではないか?




 成した事への褒美すら与えない世界になど、キリエは興味がなかった。もし、ここで明が本当に消えるようなら、キリエは自分の能力を暴走させて世界丸ごと消し去っても構わない覚悟だった。


「……っく、くはははは……」


 物騒な決意をキリエが固めていると、明の口元からささやくような吐息が漏れる。耳を澄ませると、それは笑い声である事が分かった。


「アキラ? 何か楽しい事でもあった?」


「ああ……、楽しい。……だって、やっと――」




 ――仇が討てた。




「それに……生きた意味も見つけた。そりゃ……確かに消えるのは怖いけどな……」


 明は泣いていた。静かに涙を流しながら、最期の言葉をポツポツとつぶやく。


「でも……俺は満足だよ。何も救えなかったけど……掴めたものはあった……」


 すでに向こうが見えるほどに透けている腕をかざし、何かを掴むように拳を作る。


「……あんたは、救われた?」


 何を言っても無駄だと分かったキリエは、ただ静かにそれだけを問う。


 明は何も言わずにゆっくりとうなずき、それを答えとした。


「そっか……。じゃあさ、最後にあたしのお願い、聞いてくれる?」


 キリエの言葉に明は返事をする余裕もなくなってきているのか、弱々しく首を縦に動かす事だけしかできなかった。


「恥ずかしいから短く言うね。えっと――」




 ――好きよ。アキラ。




「返事は帰ってから、ね……。だから生きて。それが無理でも無謀でも不可能でも……生きて」


 最後に優しく微笑み、キリエは明の頬に唇をそっと触れさせる。そしてそれを最後に、キリエの体から鬼喰らいとしての力が発せられる。


「……あたしもお別れみたい。……帰った先の世界がどうなっているか分からないけど、あたしはあんたを忘れない。……絶対に」


 それは世界が行ったのか、キリエが自分の意志で行ったのか、明には分からなかった。確かな事は、キリエがこの時代から消え、自らのあるべき時代へ戻ったという事だけだ。


「……生きて、か……」


 明は自分という存在が薄れゆく感覚に戸惑いながらも、キリエが明に言った言葉を反芻する。そして、わずかに苦笑を浮かべた。


「……ハッ、あそこまで言われちゃ……頑張るしかないか……」


 そう一人ごちて、明は右のポケットに手を伸ばした――

……明日で完結っ!!

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