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五章 第九話

「……よし、治った!」


 一方、明は怪我の治癒に全力を注いでいた。


 元より表面の傷は治っていたのだ。あとはしばらく休むだけで完治する程度の傷に過ぎない。例え両足が砕けるほどの怪我であっても、だ。


 明は何度かその場で軽く跳躍し、足の具合を確かめる。特に痛みが走らない事を確認してから、次にいったん人間の姿に戻ろうとした。


「まだどのくらい人間でいられるか……」


 人間の姿に戻ったと主観で判断した明は湖を鏡代わりに自分の姿を確かめる。




 そこには、鉛色の皮膚をした赤い目の人が映っていた。




「……とうとう皮膚も、か」


 爪や牙はまだ生えてないので、そっちには安どの息をつく。


 だが、そこで明は一つの疑問を持つ。


 鬼の侵食がここまで来ている状態で、鬼喰らいの力は使えるのだろうか?


 もし使えなくなっていたら非常にマズイ。使いどころが難しい能力ではあるが、同時に切り札でもあるのだ。あれを使えば明の身体能力をさらに上げる事もできるし、キリエの能力も底上げする事ができる。


 それが使えなくなってしまうと明はほとんど囮ぐらいにしかならない。不安に襲われた明は右手に鬼喰らいの力を集中させてみる。


「……よかった。力はまだ使えるみたいだ」


 見慣れた緑の光が右手に集まる光景を見て、明はホッとする。出し続けているだけでも消耗はあるため、すぐに消して立ち上がった。


「キリエ、待ってろよ!」


 明は鬼の姿に戻ってから、その場から大きく跳躍した。






 明が鬼の足元まで来たのは数分後の事だった。


「ったく、近くに見えたのに意外と遠いな!」


 全力で駆けてきたのだが、それでも時間がかかってしまった。出遅れてしまったため、急いでキリエの姿を探す明。


 彼女の金髪は非常に明るい色をしているため目立つのだが、この暗闇でなおかつ鬼の足に邪魔される中では探すのにも手間取ってしまう。


 さらに、


「何だよこれ……。何で鬼がこんなところに!?」


 明と同じくらいの大きさの鬼がいたのだ。先ほどまでは確かにいなかったのだが、今は無数の鬼が蠢いていた。


(一体どうして!? ……あ、待てよ!)


 この場に鬼が出現している理由に明は思い当たる節があった。


 沙弥が死に、鬼のいる空間への道が開かれた時である。あの時の空間はまだ閉じていないのではないだろうか?


 そう考えればつじつまは合う。むしろ今まで姿を見なかった事が不思議なくらいだ。


(どちらにせよ……倒すのみ!)


 明は近くにいた鬼を何体か伸ばした腕で薙ぎ払い、吹き飛ばされたところを串刺しにしてとどめを刺す。キッチリとどめまで刺しておかないと、再生する可能性が高いのだ。


「いるなら返事しろーー!!」


 明は声の限り叫んでキリエを探しているのだが、鬼の足が木々を薙ぎ払う音の方が遥かに大きい。おまけにうじゃうじゃといる鬼にも気を払いながら探さないといけない。


「この……っ!」


 こちらに飛びかかってきた鬼を胸から伸ばした針で突き刺して動きを止め、同時に両腕で首をもぎ取る。


 そうして探しているうちに、キリエはまさかこの鬼に喰われてしまったのではないか? という嫌な想像が頭をよぎる。


「おいこらキリエ! 早く出てこないと殺すぞ!」


 不安に襲われた明は半ばすがるような声音で叫ぶ。その声が聞こえたのか、一瞬だけ金色の何かが明の視界に映る。


「うっさいわね! あたしはちょっとでも気を抜いたら死ぬ場所にいるんだから少しくらい気を遣いなさいよ!」


 そこには鬼の返り血にまみれ、凄絶な美しさを誇った戦乙女がいた。


 その凄艶な姿に明は一瞬だけ見とれてしまう。だが、すぐにキリエの周りを鬼が複数取り囲んでいる事に気付き、すぐさま思考を切り替える。


「キリエ! これは一体何なんだ!?」


 キリエの近くにいた二体は両腕を針のように鋭くした状態で伸ばす事で突き刺す事で対処し、残りは足に体から生やした針を刺す事で動きを止めた。


「あたしだって知りたいわよ! ただ、こいつらあの親玉の血から生まれた! それは間違いない!」


「あいつから!? って事は……」


 キリエからの情報をまとめると、明の脳裏にとんでもない予想が浮かぶ。


 理性はそれが正解だと言っているのだが、感情はそれを認めたくなかった。それほどに明の出した答えは悪夢のような代物なのだ。




 ――そう、明たちが今倒している鬼という存在は、この巨大な鬼から生まれたのではないだろうか? という予想に。




「こいつの肉が鬼を作り出す。こいつの血が鬼を作り出す……! 夢なら覚めてほしいな……」


 明は冷や汗を流しながらそんな事を言うが、キリエが切りつけた部分から流れる血が鬼の体を形作っているのを見て、これは現実だと突き付けられてしまう。


「ったく、これじゃあいつをなんて言えばいいのかしらね。鬼と鬼じゃ分かりにくいわよ? 指示も飛ばしにくいし」


 キリエは明の後ろに背中合わせで立って、飛びかかってきた鬼を一刀のもとに切り捨てる。


「そうだな……じゃああっちを神、とでも呼ばないか? 鬼を全てあいつが生み出していたのなら、分からんでもないだろ」


「神、ね……、いいじゃない。あたしたちを散々コケにしてくれた奴だしね。あんたにしてはなかなか皮肉の利いたネーミングよ」


 二人は背中合わせに笑みを交わし合い、鬼の親玉――神に視線を向ける。


「さて、やるか。俺がキリエの援護に回るから、キリエは神の方を狙ってくれ。周りの雑魚は俺が倒す。大勢いる敵を倒すのは得意だ」


「分かった。任せるわ。……もしかして、さ。こうして二人で戦うのなんて初めてなんじゃない?」


 キリエに言われて、明もほんの少し昔に思いを馳せる。一緒に戦った思い出がないわけではないのだが、あの時は明が鬼喰らいに覚醒したら戦闘が終わっていたため、こうしてキチンとした戦いを潜り抜けたわけではなかった。


 神楽とは一緒に戦って、連携も取った覚えがあるのだが、キリエは逆になかった。実験体の時は体が動くままに暴走していた。


「……かもな」


 そこまで思い返すと、実質明の戦った実戦は三回ほどしかない事を改めて実感する。それだけでここまで至ったのだから、まさしく身の程知らずとは彼のためにある言葉だろう。


「それでこんなに戦えてるんだから、あたしたち相性良いんじゃない?」


「かもねっ!」


 キリエに近づいた鬼を明は爪を尖らせた足でわき腹をえぐるように蹴り飛ばす。


 上半身と下半身が泣き別れして吹き飛ぶ鬼を尻目に、明たちは会話を交わす。これが落ち着いて会話できる最後のチャンスだと言わんばかりに。


「さて……行くぞっ!」


「あ、待って!」


 こちらを警戒している鬼に向かって駆け出そうとした明をキリエが慌てて引き留める。首根っこを掴まれたため、明は思いっ切り首を絞められてしまう。


「ゲホッ! て、てめっ、何しやがる! 呼吸止まりかけたぞ!」


「あのさ……。これが終わったら、言いたい事があるんだけど、いい?」


 首を絞められた明が怒ってキリエの方を見るが、キリエはいつになく弱々しい様子でお願いをしてきた。だが、内容はうなずいたら死ぬような内容だった。


「……やれやれ、仕方ないな。聞いてやるよ。いくらでもな」


「本当!?」


「真剣な頼み事に茶々は入れない主義だ。……それに、こっちの利害も一致するしな」


 さらに言えば、死ぬ直前に行える最後の約束事だ、と明が自分に決めているからでもある。しかし、それをキリエに言うつもりはなかった。


「頑張るわよ! アキラ! ……気を付けて」


「お前こそな! なんてったって、相手は神様だからな! 気張れよ!」


 明とキリエは一瞬だけ手を触れ合わせ、お互いの定めた敵のもとへ疾駆した。






「邪魔だぁっ!!」


 明は両腕を伸ばして振り回す事で自分の周囲にいた鬼を残らず薙ぎ払い、さらに胴体部分から生やした棘で追撃をかける。


 脳天を正確に貫き、それでも動いている奴にはさらに内部破壊をする。これで地上にいた鬼はあらかた片づけられる。


 他にも上空から飛びかかってくる鬼に対し、明は伸ばした腕を戻して地面に密着させる。


 さらに勢いを付けて足を地面から離し、逆立ちの体勢となる。そして足を離す前に付けた勢いのままに下半身を回転させ、それに合わせて腕を動かす。


 腕と同じように伸ばし、なおかつ鋭くして切れ味も付与した足がすさまじい勢いで周り、近寄ろうとした鬼を片っ端から切り飛ばす。


「……よし、この辺りは片付いた!」


 回転の勢いを利用して起き上がった明は周囲の気配を感じ、鬼の気配がしなくなっている事を確認してからキリエの方に向かう。


「キリエ! ……ってひどいな」


 神の足元で戦っているキリエは無傷なのだが、その足元には明が倒した覚えのない鬼の死骸が無数に転がっていたのだ。大方、キリエが傷つけた部分から生まれたのだろう。


『ぐおおおおおぉぉっ!! わずらわしい羽虫どもがぁっ!!』


 神が思い通りにならないキリエに業を煮やしたのか、奈落の底からすくい取ったような低いうなり声を上げ、体を丸める。


 その姿に直感的な危険を察知した明は警告する暇もなく、キリエを突き飛ばして自分が盾となる。


 やはりというべきか、目の前の存在は鬼の生み出す存在である以上、鬼の特性を兼ね備えていた。つまり、体を自由に操る事ができるのだ。


「が……っ」


 キリエがいた場所を鋭い針が何本か連続して通り、明の体を貫く。貫かれた苦痛で意識を飛ばしかけるが、明は体内に潜り込まれた針の危険性を何よりも理解していたため、痛みを堪えて即座に距離を取った。


「アキラ!」


「心配ない、ヤバそうな個所は外した!」


 急所を全て覚えているわけではないが、最低でも心臓と脳、首はかばった明。しかし、肩や太ももにはいくつも針が刺さった傷があり、非常に痛々しい。


「それより耳貸せ。……今度こそあいつを倒すぞ」


 傷を受け、血を抜いた事で明の頭が冴えてきた。キリエの持つ刀と能力、そして自分の能力。この二つがあって初めて成り立つ作戦だ。


「……もうここまで来たら死ねって言われても従うわよ。内容は?」


「まあ、色々とその場任せな事もあるんだが……要するに、だ」




 お前の最大最強の攻撃を、あいつの顔面でぶちかませ。

五章も残すところあと一話です。やはりいつでも終わりというのはこちら側でも感慨深いものです。


……今やるような話ではありませんね。では、残り二話、よろしくお願いします!

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