五章 第四話
祭りが行われていると言った沙弥の案内に従い、明とキリエは村の中を歩いていた。
「……あっ! ほら、あの灯りがある場所です!」
「ああ。うん、確かに祭りをしてそうな雰囲気だな」
沙弥が指差す方向には確かにかがり火が焚かれており、煌々と火の粉が舞い上がっていた。明はその美しさに少しだけ見入っていた。
「皆さん、気前が良いんですよ。今日は誰にでもご飯をくれます」
「……そう、なのか」
この時代で誰にでも、という言葉に明は違和感を感じる。しかし、沙弥の満面の笑顔を崩すような真似はあまり気が進まなかった。
「まあまあ。タダ飯食えるんだから儲けもんじゃない。いっぱい食べましょうよ」
対照的にキリエはのんびりとした口調で明に話しかけてきた。明は半眼でキリエの方を見つめる。何やら思うところがあったようだ。
「……な、何よ」
「いや……。お前がずっと俺の家にいたのって、タダ飯目当てなんじゃ……と思っただけだよ」
思い返すとキリエが料理を作った場面がなかった。草木家での料理当番は明と神楽の二人だけでローテーションが組まれていた気がする。
「……そんなわけないじゃない」
「今の間は何だ」
キリエが冷や汗をかいているのを目敏く見つけた明が追及する。キリエは視線をそらし、沙弥の方に向けて話題の切り替えを図る。
「と、ところでサヤ! お祭りって言うけど、何か祀ってるの?」
「はい! 特に今日はすごいんですよ! なんと神様を降臨させるんです」
興奮しているらしく、上気した頬で語る沙弥。その姿は微笑ましいと思えるものだったが、内容に明とキリエは眉をひそめた。
神を降臨させる? どういう意味だ?
「えへへ……、その辺は後のお楽しみという事にしておいてください。ほら、そろそろ着きますよ」
沙弥の言う通り、かがり火はすぐそこまで迫っていた。明とキリエは疑問を横に置き、今は楽しむ事を思って歩き出した。
「アキラ、楽しんでる?」
手に大きな握り飯を持ったキリエが喧騒から離れて水を飲んでいる明に話しかける。
「ん? ……ああ、まあな」
明は遥か遠くのものを見るような視線で祭りを眺めていた。さすがに何人もの人が死んだ後で祭りを楽しむ余裕はないようだ。
「……そっか。でもさ、アヤメたちはあんたを苦しめるために死んだわけじゃないと思うわよ。もちろん、あんたが割り切れるなんて思ってない。楽しむ事を罪悪だと思ってるのも理解できる」
「……そこまで分かってんなら放っておいてくれ。それに俺はこういう雰囲気はあまり得意じゃないんだ」
キリエの言葉に明は不貞腐れたような顔をする。ついでに言えば、彼はもともと静かな雰囲気の方が好きであり、祭りの中で一歩離れてしまうのは癖でもあるのだ。
「ふーん……。じゃあ、あたしもここにいるわ」
キリエは明の隣に腰を下ろし、ご飯を食べ始めた。
「何でだよ。お前は楽しんで来いよ。祭りは嫌いじゃないんだろ?」
「ええ、好きよ。でも、あんたと一緒にいた方が心地良いから」
「……そうかい。好きにしたらいいさ」
キリエの言葉に緩んでしまいそうになる頬を必死に抑えながら、明はぶっきらぼうに言った。
「……あたしたち、本当に過去にいるのね」
「みたいだな」
会う人みんな、服が簡素な着物らしき服だった。ついでに言えば和製英語なども通じないし、そもそも英語なんて通じるわけがなかった。
「おかげであたしは異国の人扱いよ……。まあ、日本語話してれば何とかなるけど」
いや、お前はいつの時代でも日本の中では異人だろう、とは明の内心による突っ込み。
「何にせよ……これが終わったらとっとと戻るぞ。今、こうしてここにいる事自体がイレギュラーなんだ」
そして明には時間がなかった。おそらく、もう一日持てば良い方だ。
「分かってるわよ。あたしの方も力は戻ってきたし。……でもおかしいわね。確かに当たった感じはしたんだけど……」
「その感覚頼みなのが何ともな……」
「なによ。あたしはこの勘に従って助けられた事だって多々あるのよ。あんただって戦闘中、勘に頼った事は何度もあるでしょ」
キリエの言葉に明は声を詰まらせる。当たっていたからだ。正直、戦闘中では勘に頼った部分の方が大きいくらいだった。
「二人とも、こういう雰囲気は苦手でしたか? でしたら私の家にいても……」
喧騒から離れている二人に気づいた沙弥が駆け寄ってくる。しかし、二人は苦笑しながら手をひらひらと振ってそっちは楽しんで来い、という意思表示をした。
「なんだかんだ言っても外から来た人間ですからね。こうしていた方が気楽なんです」
明は柔和な笑みで沙弥に言い、キリエもそれに追従するようにうなずく。
「そう、ですか……。あなた方がそう言うなら仕方ありません。それにもうすぐ終わりますから、疲れたようでしたら先に帰っていただいても構いませんよ?」
「でしたら、もう少ししたら戻らせてもらいましょう。ところで、俺たちはあなたの家に泊まる話にどこでなったのですか?」
明は丁寧な対応を心がけながらも、現状に首をひねっていた。どこをどう転べば沙弥の家に泊まる事になるのだろう。というか、明はその辺の話を一言も持ち出さなかったはずだ。
「え? 泊まらないんですか?」
「いや、もう辺りも暗いですからどこかに泊めてもらえれば幸いですけど……。俺たちは別に野宿でも」
「駄目です。一度知り合った方が外で寝て、その結果風邪でも引かれたら私が困ります。それはもう困ります。付きっ切りで看病しようとか言い出すくらい慌てます。……泊まっていかれますね?」
妙な迫力のある沙弥の一言に明たちは屈するしかなかった。元より泊まる予定ではあったのだから、好都合と言えば好都合だが、そこまで世話を焼かれるのは人としてどうかという思いがあったのだ。
「……じゃあ、お言葉に甘えるわね。でも、せめて恩は返させてほしいわ。だから何かあったら遠慮なく言ってね。できる限り力になるから」
沙弥の申し出を先に受け入れたのはキリエだった。気さくに笑いながら、沙弥に恩を返す事を約束していた。
何気に人付き合いの上手いキリエをうらやましそうに見ながら、どちらかというと口下手な方に入る明は必死に言葉を探していた。
「あー……。お世話になります……。あと、キリエと同じで俺も沙弥さんに何かあったら手伝います。力仕事とか、任せてください」
キリエのようにサクサクと言葉は出てこない明だが、何とか言いたい事は伝える事に成功する。沙弥は明のたどたどしい言葉に頬を綻ばせた。
「はいっ、二人ともありがとうございますっ。私はこれから少し離れますが、お祭りを楽しんでくださいねっ」
歯切れよく話しながら、沙弥は祭りの喧騒に消えて行った。そして大人たちに連れられて神社らしき建物の一角に入っていった。
「ありゃ。何かあるのかな」
その様子を見送っていた明とキリエは首をかしげてこれからやるであろう行事に思いを馳せる。
「そうね。サヤもなんだか楽しそうだったし、きっと面白い事でしょ。今日一日だけとはいえ、サヤが家主なんだから、見て行かない?」
「そうだな。賛成だ」
明は手に持った杯から水を飲み干し、歩き出した。
「すみません。これから何をやるんですか?」
神社に人が集まっているのを見て、明たちは近くにいる人たちに聞く事にした。ある程度の事前知識があった方が楽しめるというものだ。
「ん? ああ、神様を呼ぶのさ。これでも都からのお達しなんだってよ。すげえよなあ」
「はぁ……」
訳の分からない説明に明は曖昧な返事をして、その場を離れた。人込みから少し離れた場所で待っていたキリエに駆け寄り、得た情報を話す。
「神様を呼ぶ……? 何よそれ」
「俺が聞きたいっての。神様なんて本当にいるのか?」
もしいたとしたら、明は言いたい事が山のようにあるのだ。もしくは一発殴りたい。
「知らないわよ。有史以来最大の謎ね、神の存在証明なんてのは。……まあ、きっとどこかの心霊番組みたいなものでしょ。特に気にする事ないわよ」
キリエ自身は特に気にした様子はなかった。そもそも信じていないようなので、明とは考え方が違うのだろう。
しかし、村の人は大真面目に神様が降りてくると信じているらしく、神妙な顔で神社の前に立っていた。
明たちは部外者がその雰囲気を壊すのもどうかと思ったため、集団から少し離れた場所で見物させてもらう事にした。
「沙弥さんは何してるんだろう……。何か舞でもするのかな?」
「だからあたしは知らないって言ってんでしょ。少しはジッと待ってなさいっての。すぐに分かる事になるんだから」
それもそうか、と明は自分がやや焦り気味だった事を反省し、顔を上げて舞台の方を見た。
村の人たちが両手を合わせて拝みながら神妙な気配を醸し出している事も相まって、舞台は全体的に神秘的な雰囲気を纏っていた。
これが祭りの舞台ねえ……、と現代っ子であり、祭りなどにあまり来ない明は興味なさそうにその様子を見ていた。
「……あ、始まるみたい」
「え? あ、ホントだ」
キリエと明が見守る中、雅楽の音が響き渡り始める。
空気が重くなるような、思わず背筋を伸ばしたくなってしまう空間でかき鳴らされる音楽。そのあまりにも荘厳な様子に明たちは緊張した面持ちを作ってしまう。
時にゆるやかに。時に胸の奥から震えるほどの低音で。時に天へ昇りそうだと錯覚してしまうほどの高音で。次々と生み出される音が互いに絡まり合い、一つの音楽へと昇華されていく。
最初は興味半分であった明たちもすぐに聞き入り、目をつむっていた。
いつまでも聞いていたい気持ちになるような素晴らしい雅楽だったが、そんな時間は十分ほどで終わりを迎える。沈黙の余韻すら取り入れた見事としか言いようのない終わりに明たちは聞き惚れる。
「……すごい」
誰も声を発していなかった中、キリエだけが呆けたようにそれだけをつぶやく。
「……ああ」
明はかろうじてそれだけを声に出し、また余韻に浸り始めていた。どうやら神社で行われる雅楽のすごさを理解したようだった。
そんな風に明たちが余韻を楽しんでいると、今度は巫女装束を身に纏った神楽が唇を固く引き結んだ凛々しい顔つきで舞台に進み出る。
舞台の中央に立った沙弥はその場に跪き、何かを一心に祈り始める。
「……マジで神様を呼ぶつもりなんだな」
今までの感動もすっかり冷め切ったように明がつぶやく。キリエも興醒めしたような面持ちでそれを眺めていた。
「……っ!? 待って。この様子、何かおかしい……!」
しかし、キリエと明はすぐに異変に気付き、その場に身構える。
何やら莫大な力がこの辺りに渦巻き始めていたのだ。長い間鬼喰らいとしてやってきたキリエはともかく、心臓などの音がない気配を読む事は不得意な明でさえハッキリと理解できるほどの圧倒的な気だった。
「もしかして、本当に……!?」
――神様なんて、存在するのか!?
明とキリエの驚愕をよそに、沙弥の頭上には強大な力の溜まり場ができていた。
まるで何もかもを呑み込むような底の見えない気配で、それはそこに存在していた。