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五章 第三話

 目が覚めたのは、日も完全に暮れた頃だった。


「……ん?」


 目を薄っすらと開くと、そこに映るのは藁葺きの天井。


 あれ、俺何でこんなところで寝てるんだろう、という思いが一瞬だけ頭をよぎる明。


「……ってそうだ! キリエ!?」


 だが、すぐに意識を覚醒させて、隣で寝ているはずのキリエの姿を確認する。


「よかった、無事みたいだな……」


 すやすやと寝息を立てながら眠りこけるキリエの姿がそこにあったため、明は安堵の息を吐く。同時にリュックサックの確認もして、中身が減ってないかを見た。


「よし、武器も万全。食料もまだ豊富、っと……」


 沙弥が何かするとは思えないのだが、念のためだ。


 手持無沙汰になった明は部屋を見回し、沙弥が帰ってきていない事が妙に気にかかった。


 もうすでに日も暮れている。今が現代なら別に問題のない事なのだが、時代は平安だ。電灯なんて便利な物もない以上、日が暮れたら戻るのが当然ではないだろうか。


 そんな疑問を抱いた明。一瞬だけ探しに行くべきか、という考えも浮かんだが、すぐに彼女は村の住民であって自分などよりよほど土地勘がある、ならばいずれ戻ってくるはずだから気にする事ではない、と明は結論を出して再び地面に横になった。


「もうひと眠り……はできそうにないや」


 体内の感覚から言っても三時間ほどしか眠っていないのだが、やはりどうにも目が冴えてしまう。鬼の力以前に気が昂ぶっている一面も有りそうだ。


 それに今、明の体内で鬼の力は不気味なほどに鎮まっていた。神楽の渡してくれた丸薬が恐ろしい効果を発揮しているのだろう。


「まあ、どのくらい効果が続くのか確認しない事には何もできないし……」


 未だに持続している事に若干の驚きが隠せない明だが、同時にこれさえあればしばらくは人間として持たせられる事に気付く。


(まだ生きたい? ……冗談じゃない。俺が、生きる? それこそ笑い話だ)


 もう少し自分でいられるかもしれない、という事実に明は一瞬だけ喜ぶ。しかし、すぐに自分の取りこぼしたものが脳裏をよぎり、自虐的に口元を歪めた。


 元より長く生きるつもりはないと言ったのはどこの誰だ。そもそも、これで生き永らえる事ができたところでせいぜい三日が良いところであり、結局のところ明は五日も生きられない体である事に変わりはない。


 生きたい、と少しでも思ってしまった自分を激しく嫌悪するが、同時にそれがやはり拭い切れない自分の意志である事にも気付いてしまう。


「はぁ……バカバカしい」


 数え切れないほどのものが手のひらからこぼれ落ちた。そして今の明に拠り所などなく、こんな事になった奴への復讐心のみで自分を支えている状態だ。


 すでに振り返って得られるものは苦いものだけになってしまった。そして前には確定した崖が存在する。


「……まあ、やる事は変わらないか」


 とはいえ、成すべき事に変わりはない。それに行動の原動力が復讐だろうと偽善だろうと、成した事に貴賎が出るわけにはならない。


「……アキラ、起きてる?」


 明が結論を出して、もう一休みするかと横になろうとした時、キリエの方から声がした。


「ああ、ついさっき起きた。キリエは? 眠れないのか?」


「あたしもさっき起きたとこ。ん……しょっと。体は動くみたいね」


 キリエは体を起こし、明の隣ににじり寄る。


「……あたしたち、なんだかすごい事をやってるわよね」


「まあな。時間移動なんて、人類の夢だろうよ」


 明は肩をすくめてキリエの言葉に答える。キリエは明の言葉に少しだけ笑みをこぼす。


「あはは……。まったく、こんな事になるなんて予想もしなかったわよ。アキラと知り合って、カグラと出会って、色々な事を一緒に解決して……」


 キリエがしみじみと一つ一つの思い出を追憶するように語る。明も目をつむり、これまでの事を改装し始めた。


 鬼に襲われるという非現実的極まりない出来事の真っただ中、明はキリエに命を救われた。


 そして――鬼になった。


 あわや鬼の意志に呑み込まれる、という寸前で明は鬼喰らいにも覚醒した。そのおかげで彼の生命は首の皮一枚で繋がった。


 それが何もかもの始まりであり、明の終わりでもあった。


 徐々に精神を侵食されていき、一時は感情が消えかけた事だってある。キリエの荒っぽいやり方で感情は戻っているものの、少なくとも精神汚染の影響は出ていた。


 だが、不安定極まりない侵食とは裏腹に明はどんどん力をつけた。神楽を追い抜き、キリエに肉薄する領域にまでわずか一ヶ月足らずで到達したのだ。


(もっとも、その代償は果てしなく大きかったわけだが……)


 神楽とともに倒した人語を理解する新種の鬼は大した事なかった。明が散々痛い目に遭わされたが、痛いだけで何も失わなかった。今まで起こった出来事の中では充分マシな領域に入るだろう。


 しかし、明が暴走してしまった時の代償は大きかった。人を殺すという平和な日本に住む高校生には重過ぎる咎を明は背負ってしまった。


(後悔はしてないんだけどな……)


 とはいえ、あんな事をやった最上を許す気など明には微塵も存在しなかった。きっと時間移動してあの瞬間まで戻ったとしても、明は同じ選択をするだろう。


(ただ……今日の事だけは夢であってほしいかな……)


 明を取り巻く全ての世界が崩壊を始めた日だった。いや、過去形にするほどあの出来事から時間は経っていなかった。


 すでに終わりの見えている明だけは執拗に生き残り、他の人間は誰もが死んでいった。楪も、三上も、だ。


 どうやら神様は俺の事が嫌いらしい、と昔から分かっていた事を改めて再確認した明。そして、それでも終わりまでは走り続けてやると決心を一層固めた。


「ああ……、長かった」


 時間に換算し直せばせいぜい一ヶ月程度だろう。しかし、過ごした時間の密度は一年や二年ではきかないほどだ。


 特に明などは命のロウソクが消えかかっている状態で過ごした日々だ。感慨などもひとしおだろう。


「アキラ……、大丈夫?」


 目を閉じ、胸に去来する様々な思いを噛み締めている明にキリエがおずおずと声をかける。


「大丈夫……って言い切れるほど落ち着けたわけじゃないけど……。それでも、もう止まるつもりはない。何があっても成すべき事を成し遂げてやる」


 成功失敗に関わらず、明の死は確定した事だった。ゆえに、明は死者への弔いは全て後に回す事にして、今は前を向く事を決めていた。


「……あんた、強いわね。どうして普通の高校生に身を置いていたのか不思議なくらい」


「強い? 冗談だろ。俺はな……もう止まれないんだよ」


 後ろに通じていたはずの階段はすでに崩れ去り、前の方には不自然に途切れた崖がある道を歩いているようなものなのだ。余所見などできないし、前を向いている事しかできないのだ。


「……ねえ、アキラ。あたし、あんたに出会えて良かったわ」


 キリエが神妙な顔でそんな事を言うので、明は目を見開いてキリエの方を凝視してしまう。


「……いきなりどうしたんだよ。お前らしくもない」


「あたしだって自覚してるわよ。ただ、言っておきたかっただけ」


 明の指摘に不貞腐れたように頬を膨らませながらも、キリエは明の方を微笑みを湛えた顔で見つめていた。


「あんたと出会って、あたしは強くなれたと思う。能力的な面ももちろんだけど、何よりあんたの姿を見て心が鍛えられた」


 そう言うキリエの頭によぎるのは明の姿だった。一般人なら発狂してもおかしくないほどの状況に放り出され、それでも自分を見失わずに真っ直ぐに歩き続ける姿をキリエは克明に思い出せる。


「だから……あんたを喰うのはあたしよ。これは絶対に変えるつもりはない。あたしだって分かってるのよ? あんたの体がもうほとんどヤバい状態だって事ぐらい……」


「……まあ、さすがにバレるか」


 一応、隠していたつもりなのだが、そこまで必死になって隠していたわけでもない。明は肩をすくめながらキリエの言葉にうなずいた。


「……もう、戻れないのよね」


「最初っから分かってた事だろ。俺の命はどんどん削られて、代わりに鬼の力が強まっていく。おそらく、今がピークだな」


 明にこれ以上の成長は望めなかった。少しでも鬼の肉片を口に含めば、その時点で明は完全な鬼になるだろう。それほどまでに彼の体は侵食されているのだ。


「……アキラ。前にも言ったけど、あんたの命はあたしのモノよ」


「ああ。それがどうかしたか?」


 特に気負う様子も見せずにキリエの言葉にうなずく明。そんな明にキリエは人差し指を突き付ける。




「あたしに断りもなく、勝手に死ぬなんて許さないからね」




「……へいへい。分かってるよ」


 ある意味傍若無人な言葉に明は苦笑して両手を上げた。だが、キリエの追及は止まらなかった。


「ウソ。あんた、ここで死のうとしてる」


「……ハッ、お前の方こそウソだ。俺は、こんな場所で死ぬつもりはない」


 キリエは確信を持っているようだが、明としてもこればかりは見抜かれるわけにはいかなかった。バクバクうるさい心臓の鼓動を何とかごまかしながら、適当にはぐらかそうとする。


「あり得ないわよ。あんたの目、クソアマを殺した時と一緒。淀んでて、何もかもをぶっ壊してやるって感じがビシバシする」


 どうやらキリエは明の想像以上に明を見ていたようだ。明は目までは分からないなあ、と頭をかきながら少しだけ唇を持ち上げた。


「……だから、何の事だって。俺だって死ぬんなら自分の生きた時代で死にたいっての」


 それでも、明に退く気はなかった。自分の抱えている心をほとんど見抜かれたとしても、これだけは誰にも言わずに墓まで持っていくつもりだった。




 ――自分が死ぬ覚悟ではなく、消える覚悟をしているなんて。




 この時代にいるかどうかは定かではないが、鬼の親玉を倒せばきっと未来の世界に鬼はいなくなるだろう。推測でしかないが、なぜか明はこの推測に確信を抱いていた。


 そうなった場合、自分はどうなる? 鬼でもなく、鬼喰らいでもなく、かといって人でもないこの体は?


 それを考えたが、明の中ですぐに答えは出た。


 力の強い方が残る、である。


 そして現在、明の中はほとんど鬼の力が占めている。その鬼が消えれば――待っているのは消滅だ。


(……まあ、覚悟した事だしな)


 もう誰の記憶に留まらなくても構わない。自分という存在の残滓すら残らなくても良い。




 ――ただ、成すべき事を成したと胸を張って言えれば、それだけで自分の生きた意味はあった。




「……もういいわ。あんた、何言っても口割りそうにないしね」


「ない口を割らせるなんて無理だよ」


 胸に秘めた決意など微塵も感じさせない苦笑で明は答える。キリエはその明を不安そうに見るが、すぐにため息をついて離れた。


「そうね。今は目の前の事に集中するべきだわ。……ところで、サヤは?」


「沙弥さん? ……そういや遅いな」


 すでに日もどっぷり暮れている。さすがにこの時間でまだ祭りの準備などはあり得ないだろう。


「ちょっと探しに行くか……って、あれ?」


 立ち上がった明の視界に何かが映った。走っているようで、一歩一歩歩くたびに翻る髪が特徴だった。


「すみませんっ、遅くなりました! あと、これからお祭りが始まるので、お食事はその時にお願いします!」


 明の予想通り、こちらに向かっていたシルエットは沙弥だった。何やら煌びやかな服に身を包み、おめかしをしている様子がうかがえる。


「分かりました。キリエ、いい加減歩けるな?」


「当然じゃない……まあ、この明るさならあたしの髪が咎められる事もないか」


「大丈夫ですよ。キリエさんみたいに綺麗な髪、みんな珍しいはずですから」


 その珍しいが危ないんだけどな……、とは明とキリエ二人の感想。


 ただ珍しいで済むなら構わないのだが、人間というのは珍しい、だけで思考が止まるような生物ではない。


 考えられるのは享受か拒絶の二択のみ。そして二人の脳内では後者の方が圧倒的に強かった。


(……何とかなるだろ。ヤバい時はその時だ。今はご相伴に預かろうぜ)


(それもそうね。サヤは楽しみにしてるみたいだし、これを断ったらかこっちが悪者よ)


 明とキリエはにこやかに笑いながら、沙弥の後をついて行く事にした。

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