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五章 第二話

 沙弥と名乗った少女に明はひどい違和感を覚えた。


 何というか……、儚い感じがするのだ。ちょっとでも目を離したら消えてしまいそうなほどに。


 儚げな雰囲気を纏った少女というのはごくたまにいる。だが、目の前の少女の纏う雰囲気は儚げ、で済ませられるほど簡単な物ではなかった。


(儚いというより……現実味がない? ……いや、これは……ああ、そうか。分かった)


 似ているのだ。少し前に死を受け入れ、怠惰に生きていた頃の自分に。


「? どうかしましたか?」


 明が沙弥の顔をマジマジと見つめている事に沙弥はほんのりと頬を染めて聞いてくる。


「いや……、少し立ちくらみがしただけです。それより、これからどこへ行くのでしょうか?」


「立ちくらみ……大丈夫ですか? 異国から来たのでしょう。さぞ長旅だったはずです」


 異国? と明もキリエも首をひねる。キリエだけなら別に分からなくもないのだが、明はどう見ても日本人だ。一体どこに異国の人と判断する物が――


(服、か? 沙弥って子も着流しを纏ってるし……)


 今の明は動きやすさを重視した野暮ったいジャージに無地のTシャツを着た姿だ。少なくとも、着物を着ているようには見られないだろう。


 しかし服だけで異国の人間と判断されるとは、と明は心の中でここが異郷の地である事を実感していた。


 異国の人間については特に追及する事なく、明は沙弥の話の続きを待った。


「こんなところにいつまでも異国の方々を置いてはおけません。私の家に来てください。大丈夫です。今はお祭りも近いので村の人たちに何か言われても問題ありません」


 そう言って胸を張る沙弥。明は何で祭りが近いから大丈夫なんだ、と疑問に思った。


「分かりました……。ところで、さっきから動けない仲間が一人いるのですが、そいつも連れて行って構いませんか?」


「もう一人いるんですか? もちろんですよ。私の家、狭いですけど……」


 沙弥は明の頼みを快諾してくれた。明はキリエをその辺の茂みから引っ張り出してくる。


 キリエの燦然と輝く金髪に沙弥は見惚れて、非常に好奇心旺盛な瞳でキリエに近づく。


「あ、あの……。やはり異国の方なんですね! 少し触ってみても良いですか!?」


 キリエが明に目線を投げかけてどうする? と聞いてきた。明はそれに対して肩をすくめ、どっちでも良さげな返答をした。


「……少し、ですよ。あと、あまり引っ張らないでくださいね?」


 明と話す時とは別の余所行きの言葉遣いで、キリエが沙弥のお願いを聞いた。


「はいっ」


 キラキラした瞳で、しかし壊れ物を扱うかのように恐る恐る沙弥の手がキリエの髪に触れる。サラサラと手のひらで流れる金糸の煌めきに沙弥は目を奪われたようだ。


「すごい……綺麗……」


 うっとりとキリエの髪を見つめている沙弥を眺めている明は邪魔しちゃ悪いな、と考えてしばらくの間は口を出さない事にした。






 しばらくして正気に戻った沙弥が何度もキリエにお礼を言った後、明たちは沙弥の案内を受けながら村に到着した。


「ここが……」


 畑と藁葺きの家しかない村だった。というより、ここまで来ると現代なのかどうかも怪しくなってきた。


(おいキリエ。……もしかすると、もしかするんじゃないか?)


 嫌な予想に行き着いた明は背負っていたキリエに小声で確認してみる。


(いやいやいやいや……。まさか、ねえ……)


 キリエは否定したいけど否定する材料がないといった感じで冷や汗をかく。そんなキリエを見て明の嫌な予感は加速した。


「……あの、沙弥さん」


「はい、何でしょう?」


「ちょっと伺いたい事が……。……ここ、日本ですよね?」


 明の質問の意味が分からないといった風に沙弥が首をかしげるが、律儀に答えようと口を開いた。


「そうですよ。当たり前じゃないですか。……もしかして、知らなかったんですか?」


「えっと……ちょっと忘れてしまっただけですよ。アハハハハ……」


 乾いた笑い声を上げてその場をごまかす明だが、他になんて質問するべきか分からず、途方に暮れてしまう。


(……どうしよう。他にどんな質問すればいい?)


 沙弥になるべく怪しまれず、それでいて明たちの知りたい事が分かる質問だ。明の頭でそれは思い浮かばなかったため、キリエに丸投げしてしまう。


(……そうね。今の都はなんていう? で良いと思うわよ。あたしの考えが間違ってなければ、今は平安京になってるはずだから)


 シャレである事を疑いたかった明だが、あいにくとキリエの口調は大真面目だった。


「……あの、今の都ってなんて言いましたっけ? 旅から旅の根無し草なもので、世情に疎くて……」


「なに言ってるんですか? 平安京に決まってるじゃないですか」


「そう……ですか……。そう、ですよね。あはははははははは……はぁ」


 もはや笑い声しか出ない明だが、それすらも止まってしまう。


(……あたしの嫌な予感、ピタリ的中ってわけね)


 どうやら、明たちは過去に来てしまったようだ。それも、鬼が生まれ出る時代に。






「ここが私の家です。何もありませんけど、ゆっくりしてください」


 沙弥が向かった家は小さな藁葺きの家だった。電灯なんて物は存在せず、空から降り注ぐ日光だけを頼りに中を見る明たち。


 中には野菜などが置いてあり、煮炊き用の釜などもあるが、他は何も見当たらなかった。


 現代生まれの都会っ子には驚くべき光景だろうが、明は田舎育ちである上、キリエはやや浮世離れした一面がある。


 それに二人ともこの程度で驚いていては命がいくつあっても足りない場所に身を置いていた猛者だ。ゆえに眉一つ動かす事なく、沙弥の家の中に荷物を置きてくつろぎ始めた。


「ちょっと待っててくださいね。私はお祭りの準備がありますから」


「はい。ありがとうございます」


 沙弥は何度もこちらを振り返りながらも、視界から遠ざかっていく。明はそれを見送ってから、キリエの隣に座った。


「……あたしが言うのもどうかと思うけど、とんでもないとこに来たわね」


「同感だ。まさか過去に行くとはね……」


 明たちは人生ってままならない、と揃ってため息をついた。だが、これは見方によってはチャンスにもなる事だった。


(……って事は、だ。この時代で俺たちが根源を倒せば、鬼は生まれなくなるはず。それなら、鬼に殺された先生と三上、そしてキリエの両親はどうなるんだ?)


 死の運命は変わらず、何か別の要因がそこに割り込むのかもしれない。だが、鬼の手によって殺される事がなくなった以上、殺されない未来になるかもしれない。


(とはいえ……。親玉を倒して鬼が消えるか、と聞かれれば分からないんだよな……)


 結局のところ、明の考えている事は都合の良い夢物語でしかなかった。少なくとも、彼の中で楪と三上の死はすでに起こってしまった事であり、何をしても変えようのない事実だった。


「……ねえ、アキラ。これからどうする?」


 床に横たわったキリエが明の方を見上げて問いかける。明はしばし考えた後、口を開いた。


「そうだな……。ここに鬼がいる確証もないし、少し休んだら出て行こう。んで、もう一度世界移動だ。今度こそ成功させろよ」


「分かった……。でも、おかしいのよね。手応えはあったんだからこの世界にあたしたちの目当てがいるはずなんだけど……」


 キリエの能力は感覚頼みな部分が大きいため、明としてもアドバイスができなかった。それ以前に明の能力だってほとんど感覚任せに使っている以上、どっちもどっちだった。


「とりあえず……悪いとは思うけど、沙弥さんに一泊させてもらおう。日も落ちてきたし、強行軍するメリットが見当たらない」


 現在地不明、目的のものがここにあるかどうか不明、これではやみくもに動いたところでまったく無駄な行動になってしまう。


 明は今日の移動をすでに諦めたらしく、キリエの近くで横になり始めていた。


「……アキラ」


「何だよ。寝るんなら早くしろ。というか寝た方が回復早いだろ」


 横にはなっているものの、どうやら明に寝るつもりはないようだ。返事はハッキリしたものだったし、眠気に浮かされている様子も感じられない。


「その……大丈夫なの? 丸一日のんびりしている時間なんて……」


「ないよ」


 キリエの心配するような声にあっさり答える明。その答えにキリエは目を見開いて体を起こす。


「体起こすなよ。まだ治り切ってないんだろ」


「んな事どうだっていいのよ! あんた……もう……!」


「うん。ほぼ九分九厘鬼になりかけてる。いや、さっきから妙に体が動くし……、今は九十五パーセントくらいかな?」


 明は自分でも理由が分からないらしく、首をひねっていた。神楽から渡された丸薬は一錠たりとも飲んでいないので、他の何かが明の体内に作用したと考えるのが妥当なのだが……その何かが分からなかった。


「あんたねえ……、そういう事は早く言いなさいよ! で、どうしたら侵食を止められるわけ!?」


「まあ……、今は特に危険もないだろうし、薬を飲んでも問題ないか」


 キリエが必死の形相で迫ってくるので、明は薬をリュックサックから取り出す。丸薬は五つ入っており、その一つを手に取る。


「それ飲めば大丈夫なの!?」


「一時的なものだがな。どのくらいの効果があるのかは俺も知らん」


 キリエの食いつきが先ほどから尋常じゃない事に明は内心疑問に思うが、帰り道がなくなったら困るしな、と結論を出して丸薬を口に入れた。


 薬特有の苦味はあまりなく、明はするりと喉に流し込む。


「あ……?」


「ど、どうなの!? 何か効果あったわけ!?」


「うん……。体が軽くなった。確かにしばらくは持ちそうだ」


 だが、同時に体内で常に渦巻いているはずの鬼の力が一切感じられなくなってしまった。神楽の言った通り、しばらく鬼になる事は難しそうだ。それどころか、鬼の因子で強化された身体能力すら消えてしまっている。


 つまり、今の明は完全な人間の力しかないという事だ。


「あ、ヤバ……。こんなに眠くなるのなんて久しぶりかも……眠い……」


 今まで気を張っていたのもあるが、明は鬼の因子を体内に取り込んでから明の体調は異常に良かった。風邪を引く事などあり得なかったし、頭も非常に冴えていた。


 その弊害で明は夏休み明け以来、睡眠時間は二時間程度で十二分に回復するようになっていた。


 睡眠時間を削って働いている人には贅沢だと言われるかもしれないが、たまにはたっぷり眠りたかったのだ。


「じゃあ寝なさい。あたしも寝るから……ふわ、お休み」


「ああ、お休み……」


 明は久しぶりの安眠に心躍らせながら、徐々に意識を闇へ落としていった。

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