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四章 第六話

「お前ら無事だったのか……。三人そろって休んでるから、爛れた休日でも過ごしているものだとばっかり……」


 楪はキリエを間違えて殴ってしまった事を謝罪し、笑いながら明たちを教室内に迎え入れた。


 どうやら一つの教室内に生き残っている生徒や教師をかき集めたらしく、中はかなり狭くなっていた。


「殴りますよ? いくら先生でも容赦なしに殴りますよ?」


 明はこれだけの生徒が生き残った事に安堵を隠し切れないが、同時に一つの教室に収まる程度しか生き残らなかった事に大きな悲しみを感じていた。


「はは、悪い悪い。……それにしても、どうやってここまで来たんだ? 言いたかないが、外はかなりひどい有様になってるはずだ」


「……ひどいものですよ。街の中まであのバケモノが入ってます。俺たちはどうにかこうにか倒してきましたけど」


 明の言葉に楪はかなり驚いた顔をしたが、すぐに納得したように顎に手を当てた。


「なるほどね……。お前は別だろうけど、キリエたちは鬼を倒せるのか……」


「な、何でそう思うんですか?」


 楪の正確な予想――というより断定に明はたじろぎながらも何とかごまかそうとする。しかし、キリエ自身がそれを無にした。


「……アヤメの言う通りよ。あたしと神楽は鬼を倒す事ができる。あたしたちはもともとそれを生業にしてきたんだから」


「キリエ!? 言っていいのか!?」


「こんな事件があった後だし、どうせこれ以上の長居はできそうにないわ。だったら居候させてもらった相手にはせめて全部話してから行くのが筋でしょう」


 明の驚愕をよそにキリエは実に淡々とした反応だった。おそらく、似たような状況を何度か体験しているのだろう。その顔にはある種の諦観が浮かんでいた。


「……まあ、こんな状況で無傷なんてあり得ないからな。何となく予想はついてた。でもまさか七海までとはな……」


 楪はあからさまな驚きこそないものの、やはり信じ切れないような目でキリエを見つめる。


「黙っていた事は悪いと思っております。ですが謝罪するつもりはありません。わたしたちは偶然知ってしまった人以外には自分の事を話さない掟がありますので」


「そうか。それならあたしから言うべき事はねえな。普通、こういう状況なら何で話してくれなかった、って相手を詰問する場面だろうけど……。それはこっちの独りよがりな都合だしな」


「いえ、あなた方がわたしたちを責める権利は正当な物です。すぐそばにあるかもしれない危険を言わなかったんですから……」


 楪はあまり気にした様子もないが、神楽は誰かにずっと隠し続けていた事を負い目に感じていたらしく、楪と顔を合わせずに下を向いていた。


「……今はそんな事をしている場合じゃないだろ。今後の行動方針を決めるべきだ」


 神楽と楪の間に気まずい空気が流れ出したのを明は敏感に察知し、これからの事を持ち出して話題を変える。


「草木の言う通りだ。それにしても、お前も落ち着いてんなあ……。予想はつくけどな」


「まあ、そうでしょうね。……ところで、三上はいますか?」


 明は心から案じている顔で三上の無事を聞く。楪はそんな明に苦笑しながら頭をポンポンと叩いた。


「安心しろ。あたしのクラスの人間はみんな無事だ。……ただ、みんな憔悴してる。三上辺りはお前の心配もしてそうだから、顔は見せといた方が良いぞ」


「そうします。キリエたちはこの人たち連れて脱出するか、このまま立てこもるかのどちらかを決めておいてくれ」


「分かってるわよ。……どっちを選んでも絶対の安全はないけどね」


 その通りだな、と明は内心でキリエに同意する。第一、この状況自体が鬼喰らい側からしても異例中の異例なのだ。まともな対策など思いつくはずがない。


 何より厄介なのが鬼の神出鬼没性だ。文字通り出現するため、どこにいても安全圏というのが存在せず、言い換えればどこにいても等しく安全で等しく危険なのだ。


「……だけど、不安にさせるわけにはいかない。後手後手に回るしかないとしても、俺たちが不安を見せるべきじゃない」


「それも分かってるっての……。ああもう! あたしたちは数で押されたらこんなにも無力なの……!?」


 爪を噛んで己の無力を嘆くキリエを明は見るが、上手い励ましの言葉など咄嗟には思い浮かぶはずもなく、結局彼はそそくさとそこを離れる事しかできなかった。


「……ん? 草木! おまっ、無事だったのか!?」


 三上は疲れ切った顔で下を向いていたが、明が目の前に立つと顔を輝かせた。


「まあな。いきなりあんなバケモノが出てきたから焦ったけど……クラスのみんなが無事でよかったよ」


「ああ。でも、あの時姐さんが率先して俺たちを誘導してくれなかったらとっくに死んでたかもしれないけどな……。それにしても一体何なんだ!? 外はどうなってる! 家族は!? 他のクラスの連中は!? ……本当、何が起こってるんだよ……」


 しかし、顔を輝かせたのも束の間だった。すぐに顔色を蒼白にして明に詰め寄る。


「……外も似たような状況だ。悪いけど、お前の家族の事は分からなかった。……ひどいもんだぞ」


「そんな……」


 三上は泣き始める寸前の顔で力なく床に座り込む。明はそんな弱々しい姿の友人に何も言えない自分に歯噛みしながらその場に立ち尽くす。


 そのまま二人の間に何とも言えない沈黙が漂い始めた頃、三上が重い口を開いた。


「…………お前に当たってもしょうがないんだよな。スマン」


「……いや、お前の心配ももっともだ。それにこんな状況、誰かに当たらなきゃやってられないだろうさ……」


 それっきり、二人は言葉を交わさずに背中合わせで座ったままとなった。






「アキラ、ちょっといい?」


 お互いに黙って気まずい空気が流れていた空間にキリエが入り込んでくる。明はそれまでの暗い顔を払拭し切れていない顔を上げる。


「……方針が決まったのか?」


「ええ、ここに篭城する事にしたわ。本音を言えば食料調達とかがしやすい食堂が良いんだけど、そこに移動するのは……難しいわよ」


 ほら、と言ってキリエは廊下の方を指差す。それで明も納得してうなずいた。


 廊下にはもはや人の行き来する場所とは到底言えないほどの血や臓物が散乱しているのだ。こちらに来た時は気が動転していて気に留める余裕などなかっただろうが、比較的落ち着いている今あのような光景を見せられたらパニックになるのが明らかだった。


「あたしたちは良いけど……。クラスのみんなが大丈夫だと思う?」


「……無理だな。卒倒するか、パニック起こして騒ぎになるかのどちらかしか予想できない」


「アキラの予想が当たってると思うわ。だからうかつにここから動かすのは賛成しない。だったら、動ける奴ら数名が食料調達をした方が効率が良い」


 キリエの考えた籠城の作戦に明は同意し、重い腰を持ち上げた。


「草木!? ……どこ行くんだ?」


「……俺は今回の事件と無関係じゃないんだ。だからあのバケモノ相手にも多少は戦える」


 明の告げた真実に三上は信じられないような顔をする。自分の友人だと思っていた相手がバケモノと面識があり、戦えるとまで言っているのだ。この反応はむしろ当然の部類に入るだろう。


「ウソ、だよな……?」


「……悪いな、今まで隠してて。でも、本当なんだ。……ここから動くなよ。キリエたちがお前らを絶対に守ってくれるから」


 呆然とする三上に済まなそうに謝り、明は立ち上がって教室のドアに手をかける。


「な、なあっ! 草木!」


 ドアを開けて廊下に出ようとしたところを三上に呼び止められ、明は何の用かと振り返った。




「その……気をつけてな!」




 気の利いたセリフなど何一つ思いつかない三上。しかし、それだけでも言いたい事は十二分に伝わった。


 明の唇は緩やかな弧を描き、手をひらひらと振ってそれに応えた。


「さて……頑張りますか!」


 今までがひどい状況だったため余裕のなかった明の心に少しだけ余裕が生まれ、それが明のやる気に繋がった。


 気合をみなぎらせ、今生きている人のために全力を尽くそうと心に誓ってから明は廊下を走り出した。






 相変わらず死体の散乱した廊下を歩く事は気が萎える上、何度か止まって吐き気を堪えなくてはならない場面があるものの、明はどうにかこうにか食堂までたどり着いた。


「うぷっ……。やっぱキツイな……」


 どうしても心の片隅で思ってしまうのだ。この事態を招いたのは自分なのではないか、と。


 もちろん原因などキリエどころか奈美音でさえ把握し切れていない以上、明の所為だと言う権利は誰にもない。


(ちょっと、考え方がそっちに向いてんだろうな……)


 最近何かと騒動に巻き込まれてきたため、何かがあると自分に関係あるのではないか、と思ってしまうのだ。


「……今は考えないようにしよう。とにかく食料調達が第一だ」


 気にしないなんて選択肢は最初から存在せず、ずっと頭の片隅でしこりのように残り続けるそれを努めて無視しながら、明は食堂の棚を漁って何か食べられそうな物を探した。


 しばらく探して見つかったのは調味料の類と小麦粉、他に茹でてない麺類などがあった。米は炊飯器ごと持っていくつもりだ。他にも作り置きされていたおかずなどが豊富にあり、これだけの食料があれば一週間は軽く過ごせそうな内容だった。


 何度か分けて運ぶ事にしよう、と明は調味料をいくつかポケットに入れ、炊飯器を片手に担いで来た道を引き返し始めた。


「明さん!」


 歩き始めて少ししたところ、神楽が廊下の向こう側から走ってくるのが見えた。何か想定外の事が起きたのだと判断した明は自分からも駆け寄る事で距離を縮め、少しでも早く用件を聞こうとする。


「どうした!? 何かあったのか!?」


「はい! ……キリエさんが、鬼の気配をそこかしこに感じるって言って……早く来てください!」


「分かった! でも、こっちは感じてないぞ……? 向こうだけが感じているのか……?」


「どちらにせよ急いでください! キリエさんだけじゃ持ちませんよ!」


 神楽の言葉にその通りだと明は炊飯器を担ぎ直し、来た道を全力で走り出した。その速度は神楽にはとてもではないが追いつけないほどだった。


「明さん! ……神様。これ以上、あの人が傷つかないようにしてください……!」


 神楽は明を追いかけながら、両手を胸の前で組んで神に祈る仕草をした。






「キリエ!」


 明が部屋に駆け込んだところ、キリエは刀を構えて全方位に警戒をしているところだった。


「アキラ! サッサと来て警戒しなさい! ……いるわ!」


 キリエが異常なまでに警戒しているので、明もそこでようやく周囲に鬼の気配がある事に気付く。背筋を冷たい汗が流れ、死神に鎌を突き付けられているような気分になる。


 しかし、それを見せて周りを怯えさせるわけにもいかないため、表情に出ないようにする。


「あたしは自分から打って出るわ。その方がこっちに来る鬼も減るだろうし……安心しなさい。無理はせず戻ってくるわ」


「……頼む。俺はここを死守する!」


 キリエとすれ違いざまにハイタッチを交わした明は不安そうにこちらを見る人々に視線を合わせないようにしながら背を向ける。


「……楪先生。生徒たちをお願いします」


「分かった。……お前ら! 例えこいつらが信用できなくっても良い! けどな、絶対に死に急ぐ真似はするな! 特にこいつらが信用できないからって一人で行動しようとかするなよ! サスペンス物とかでは真っ先に死ぬからな!」


 誰もしないってそんな事、とは明含めた教室全員の総意。しかし、楪の言葉でだいぶ場がほぐれたのもまた事実。


「……ありがとうございます。先生」


「気にすんな。……あたしには正直これぐらいしかできねえからな。バケモノ相手にはほとんどお前たち任せだ。……本当に済まな――」


 言葉はそこで途切れた。途切れてしまった。




 後ろから出現(、、)した鬼が楪の首を吹き飛ばしていたからだ。




「あ、あ、あぁ……! アアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァーーーーッッ!!」


 恩師と呼んでも差し支えない人が目の前で、それもひどくあっさりと死んだ事に明は一瞬で頭に血が上り、楪を殺した鬼の首に手を突っ込む。


「先生を……先生を! 返せええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 涙に濡れ、怒りでさらに鬼へと傾いた膂力を用いて口から縦に思い切り引き裂く。だが、そんな事をしても楪は帰ってこない。


 実のところ、明はギリギリで鬼の存在を感知できていた。鬼の姿になって身体能力を最大限まで引き上げれば何とか対応もできたはずだった。


 それを躊躇ってしまった。拒絶されるのが怖い、自分が自分でなくなるのが怖い、という理由で足踏みをしてしまった。


 その結果が目の前で倒れている楪だったモノだ。


 途方もない嫌悪と後悔が身を包み、今すぐにでも跪いて泣きたくなってしまう。


「死んだ……死ん、だ……? う、うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 しかし、明が悲しみに暮れる暇も与えられず、今度は教室内の人がパニックを起こしてしまう。


「くそっ! ……このぉっ!」


 言葉でどうにかなるレベルを遥かに超えている事が容易に判断できたため、明は実力行使に出る事にした。平たく言えば教室から出ようとした奴には鉄拳制裁。


「な、何を……!」


「黙ってろ! 俺は……俺は! ここにいる人たちを誰も死なせちゃいけないんだ!」


 すでに楪という掛け替えのない人物を死なせておいて都合の良い、とは明自身も重々理解している。しかし、彼の残り少ない命はこれぐらいにしか使えないと思っているのだ。


「だから俺はお前らを死なせない! ……けど、それ以外は何だってやる! 腕の一本や二本なくなっても良いっていうんなら来い!」


 両目から止まらぬ涙を流しながらの悲痛な叫びに誰もが沈黙する。そして、誰とも言わずに楪だったモノの片づけが始まった。


「……チクショウ、チクショウ、チクショウッ!! どうして……どうしてこんな……。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 明は止まらない涙をぬぐいながら、ひたすらに楪への謝罪を行った。


(もう……何を失えば神様は満足するんだよ……。もう……何もないってのに……)


 がらんどうになってしまった胸の内で、神様への禅問答を続けながら。

鬱展開その一です。もう何も失いたくないと思っている明。その目の前で亡くなった楪。明の心の傷は計りしれません。




蛇足ですが、もうすぐ私がなろうデビューして半年になります。早いなあ……。

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