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四章 第五話

「それ……ってどういう事ですか!」


 奈美音のもたらした情報は明に多大な動揺を与えた。思わず奈美音に掴みかかって事の真偽を問い質そうとしてしまう。


「言葉通りだ。我々の住むここ――伊織市に鬼の群れが現れた。そういう事だ」


「……っ!」


 何かがおかしいとは明も思っていた。だが、今自分たちの街を覆っている災禍はそんな疑問を押し流すほどの勢いがあるのもまた事実。


「待った! 君が出て行く事は我らも許容できない!」


「うるさい! ここは俺の故郷なんだ!」


 制止しようとする奈美音だが、明は焦りを露わにした声でそれを拒絶する。


「そういう事じゃない! 君にこれ以上戦わせたくないだけだ! もう君は十二分に誰かを助けている!」


「俺は今まで一度だって誰かに強制されて戦っていたわけじゃない! 勝手な事ほざくな! こっちには俺のダチがいるんだよ!」


 今にも駆け出そうとする明だが、それを止めたのはキリエだった。


「ストップ。あんた、この状況がどういう事か分かってる?」


「知るかよ! 街のみんながヤバいって事だけ分かってれば充分だ!」


「それよ。ここにいる人たちだってアキラを殺すような、でも人を助けようとして鬼と戦う連中よ。そんな人間が大勢外にいる中であんたも鬼の姿を取ってごらんなさいよ。結果は見えるでしょう?」


「それは……」


 キリエの言う通りだった。今までは鬼の姿を見る人がキリエか神楽しかいなかったものの、今度は大勢の目にさらされる事になる。


 そうなった時、彼が攻撃されない保証はなかった。いや、すでに乱戦となっている現状では攻撃されない可能性の方が低いくらいだ。


「鬼に狙われて、鬼喰らいにも狙われて、裏の世界全部を敵に回すようなものよ? おまけに助けたはずの人に石を投げられる可能性だってある。それでもあんたは戦えるの?」


「……当たり前だ。誰かが、それも俺の知り合いが死ぬかも知れないんだぞ。他人任せにするつもりはない」


 迷いの一切ない瞳で言い切る明。それを見たキリエはさらに口を開く。


「……まず間違いなく殺されるわよ。どちらに、なのかは分からないけど」


「承知の上だ」


「全然分かってないわよ! あんた、自分の知ってる人に目の前で死なれるのがどんな気持ちになるか知らないのよ! すっごく辛くて、言いようもなく悲しくて! そして……どうしようもなく後悔する! それを押し付ける気!?」


「…………」


 キリエの涙交じりの詰問に明は答えられなかった。次に鬼となった場合、明が明のままでいられるかどうかはもはや本人にも分からない。


「あんたはここにいて……! あたしたちが全部助けてくるから! だからこれ以上自分を削らないで!」


「……やっぱ、色々と変わるんだなあ。キリエが俺の体を心配するなんて」


「病人に優しくしない奴はいないわよ! 今のあんたは重病人よ!」


 否定できないその言葉に明は思わず苦笑してしまう。だが、次の瞬間にはやはり覚悟を決めた顔をしていた。


「でも、行かないと。例え俺が死ぬとしても。何一つ報われないとしても。残り少ない命なんだ。誰かを犠牲にして生きながらえるつもりはないよ」


 それを聞いてキリエは非常に切なそうな顔をする。彼はもう、自分の命を捨てる事を納得しているのだ。


「アキラ……。…………そうよね。あんたの決めた事に従うんだったわね。いいじゃない! あんたが決めた事なら地獄でもついて行ってやるわよ!」


 これ以上何を言っても彼の決意は揺るがないと理解したキリエは、全てを受け入れる事を選んだ。


「という事で、奈美音さんの気遣いは嬉しいですが、俺たちは行きます」


「……そうか。止めても聞きそうにないな。組織の連中には私の方からも一応説明はしておこう。どこまで効果があるかは分からんがな……」


「それで充分です。……行こう。二人とも」


「ええ、付き合ってやろうじゃないの。……神楽も来るわよね」


「誰に聞いてるんですか? ……行くに決まってるじゃないですか。お二人とも、わたしの大切な人たちです」


 明とキリエ、神楽の三人は走り出した。明はその瞳に死さえも恐れぬ意志を乗せ、二人はそんな明の後ろを寄り添うように。






 街は阿鼻叫喚の坩堝となっていた。


 鬼が人々を喰らい、血と臓物が地面に撒き散らされる。


 そんな中で何の力も持たない人間にできる事はただ逃げ惑い続けるだけだった。


「ひどい……」


 惨劇の舞台と言っても差し支えない光景にさすがのキリエも口元を押さえる。感情のほとんどを失っている明でさえ顔をしかめるくらいだ。


「……三手に分散したいところだけどやめとこう。なるべく離れず、一塊になって動こう」


 神楽一人では何匹もの鬼相手に戦える力はなく、キリエ一人では他の状況に対応しづらい。明はいつ爆発するか分からない時限爆弾と同義なので、一人にさせる選択肢すらない。


「了解……よっ!」


 キリエはうなずくと同時に持っていた刀を後ろに振り抜く。


 明と神楽は驚きもせずに振り返り、そこにいた鬼の首が飛んでいるのを確認する。


「目指すは学校! 最短ルートを通るけど、なるべく他の人も助けるぞ!」


 明にとって最優先すべきはクラスメイトである。その前にいる人々も可能な限り助けたいとは思うが、どうしようもない時は見捨てるつもりであった。


「んじゃ……まずはやりますか! こんな数、あたしでもやった事ないけどね!」


 どこを見ても一体はいる鬼の姿に、キリエは舌なめずりでもしそうな顔で刀を肩にかついだ。


「わたしはサポートに回ったほうが良いですね。……これだけの数では、わたしの浄眼はほとんど役に立ちそうにないです」


 神楽は右目を覆う眼帯を外さずに袖口から札を何枚か取り出す。どうやら今回は攻撃に出ず、明たちの補助に徹するつもりのようだ。


「キリエが先頭。俺がその後ろ。神楽は最後尾の警戒頼む。……行くぞ!」


 キリエが刀を振るい大まかな敵を倒し、討ち漏らしやまだ生きている鬼に止めを刺すのが明。そして鬼の動きを止めるのが神楽。


 三人は遅いくる鬼たちを薙ぎ払いながら、目的の場所へ向かって一直線に駆け抜けた。






 校門を越えて校舎内に入ろうとした鬼を背中から切り捨て、キリエは後ろを振り返る。


「学校到着! 二人とも、怪我はない!?」


 未だ鬼の姿にならず、ずっと人の姿で戦っている明だが、そうでなくても身体能力や再生力は人間の比ではない。いくらか服が破けていたが、それ以外は特に問題なさそうだった。


「こっちはちょっとした怪我ならすぐ治る! 神楽は!?」


 キリエに心配された明は神楽を心配する。


「わたしも大丈夫です! それより急ぎましょう!」


 神楽の方は服が破れた様子もなく、至って無傷なようだった。ヤバそうな攻撃は明が代わりに受けていた事も原因の一つになるのだろうが。


「そうね。……ったく、不気味なくらい静かね」


 学校はそこだけ周囲と空間を切り離されたかのような静寂に包まれていた。それを鬼が一匹も中に入っていないというプラスに考えるか、もしくは中の人たちはすでに鬼に喰われた後であるとマイナスに考えるか、キリエは判断に迷った。


 現実的な組織人としての厳しい判断は中に生き残っている人などいないと言っていた。外があれだけの騒ぎになっているのに、ここだけ何も巻き込まれないというのはあり得ない。


 だが、この学校に通う一生徒としての希望はここだけ周囲の惨劇から免れていると思いたかった。


「……中に入るぞ。そうすりゃ全部分かる」


 明も同じ事を考えたのだろう。何が起こっても動じない覚悟を決めた顔をしていた。


「そうですね。……皆さん、最悪の場合は考えておいてくださいね」


「あまり考えたくはないけどな……」


 神楽の言葉に相槌を打ちながら、明たちは校舎に足を踏み入れた。


「うっ……」


 やはり現実は厳しく、廊下にはおびただしい量の血痕と肉片、時には首のない死体などもあった。


 三人は日常の象徴である学校にそのようなものがゴロゴロ転がっている事に吐き気を覚え、口元を押さえる。


「……まだ生き残ってる人がいるかもしれない。鬼の気配も強いけど、探してみよう」


 明は内心祈るような心境で歩き出した。ここにある誰とも知れない遺体が明の知り合いではない事を願いながら。


「神楽、人の気配はどこにある?」


「そういうのは明さんが得意なんじゃないんですか? わたしは心臓の音なんて聞こえませんから」


「……難しいな。鬼の気配が多すぎて人の気配もボヤけてる。いるのは間違いないはずだ」


 明も耳を澄ませてはいるのだが、第六感が鬼の気配で阻害されているため、ハッキリとした事は何も分からなかった。


「地震とかが起こった際の避難場所は体育館が定石だけど……」


「鬼が相手だから定石は通じない可能性が高い。……しらみつぶしに探し回るしかないな」


 キリエの予想を明が否定し、三人で教室のドアを一つ一つ開けていく事で妥協する。


「誰かー! 誰かいませんかー!」


「助けに来ました! もう安心です!」


「早く出てきなさい! また奴らがやって来るかもしれないわよ!」


 明、神楽、キリエの順で大きな声を上げて声が途切れないようにする。生き残っている人たちを探すべく、彼らにできる全ての事をやっているのだ。


 しかし、現実は彼らの希望を裏切り続ける。


 開いたドアの先にはグチャグチャに食い荒らされた死体か、もしくはバケツの中一杯に溜めた血をぶちまけたかのような血痕だけがあるのが全てだった。


「……くそっ、このままじゃこっちの気が先に滅入るぞ。誰か生きてないのか!?」


 真っ先に痺れを切らしたのは意外にも明だった。感情は確かに消えているが、それと同時にこの学校への思い入れが一番強いのも間違いなく彼だ。


「生きてるはずよ! 確かに人は簡単に死ぬ! でも、アヤメとか三上くんとかが簡単に死ぬと思ってるわけ!? それはあんたが一番良く分かってるはずよ!」


「分かってるさ! 分かってるけど……不安なんだよ! みんなが死んでいたらって思うと不安でたまらないんだ!」


「落ち着いてください二人とも! こうしていても意味がない事は分かってるでしょう!」


 明とキリエの二人が声を荒げたところで、神楽が横から割って入る。


 口論一歩手前まで発展した二人は気まずそうに顔を背けながら、どちらでもなく口を開いた。


『……ごめん』


「……ふふっ、それでこそお二人ですよ。それでは行きましょう」


「ああ。……みんな頼む、生きていてくれ……!」


 祈るというより、もはや懇願する勢いで明が声を絞り出し、再び三人は歩き出した。


「……っ! この向こうに誰かいる! それも複数!」


 歩き出してすぐ、明が血相を変えてある教室を指差す。キリエと神楽は喜色満面の明るい顔になり、ドアに手をかけた。


「大丈夫ですか! 助けに来ま――」


「あたしの教え子に手ェ出すんじゃねえええぇぇぇ!!」


 キリエがドアを開けて安心させようとしたのだが、それよりも前に非常に聞き覚えのある声が辺りに響いた。同時に明でも出せないような強烈極まりない打撃音も。


「ごっ!?」


 思いっ切り吹っ飛ばされるキリエを唖然としながら見送る明たち。そんな二人の前に長身の女性が立ちはだかった。


「教え子になんかするんならあたしが相手だ! ……って草木たち!? 無事だったのかお前ら!」


「先生こそ無事だったんですね……。お変わりない姿で」


「褒めんなよ。照れるじゃねえか」


 明の皮肉をサラリと受け流す楪の姿がそこにあった。


 ……ちなみにキリエはまともに殴られたため、ちょっと気を失っていたそうだ。

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