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四章 第三話

 いったん落ち着いて話をしようという事になり、先ほど明が気絶させた二人の男性も含めて全員が公園のベンチ前に集合する。


「キリエ、この人がお前の師匠なのか?」


「ええ。不本意だけど。本っ当に不本意だけど、この人があたしの師匠よ。この人に刀の使い方とか能力の使い方なんかを教わったわ」


 不本意を連呼するあたり、割と師匠としては不適切な人なのかもしれない。だが、キリエの目は確実に師に会えた事の喜びがあった。


 悪い人じゃなさそうだな、と明は客観的な目線で判断する。しかし、いきなり明を襲ってきたため、個人的な評価はかなり低めになっているが。


「ああ。彼女がまだ剣の振り方も分からないヒヨッコの時から私が面倒を見ている。聞きたいか? こいつの醜態というか面白い話を」


「あ、別に結構です」


 奈美音のお誘いをあっさり断る明。それを見て、キリエはペラペラ秘密を話されるのは嫌だが、こうしてあっさり断られるのもそれなりに腹が立つ事を学んだ。


「つれない奴だな……。まあいい。本題に入ろうか」


「お願いします……キリエ、痛い」


「うるさいわよ……あんたは黙って殴られてろ……!」


 妙な気迫を放っているキリエが明の背中を何度も叩いているため明は抗議したのだが、まったく取り合う気配がなかった。大して痛くもないので明は叩かれるに任せる事にした。


 ……下手に逆らうと余計に痛くなりそうだったという理由もあるが。


「仲が良いな……、っと今は些事だな。では話に入ろう。まず、君の体の事についてだ」


 明らかに知っている口ぶりで話す奈美音。明も隠し通すのは無理と判断し、苦々しげに口を開く。


「俺の体? ……自分が一番良く分かってる。残り一週間持てば長生きな方だ」


「……は? 冗談、でしょ?」


 話していなかったキリエが信じられないような顔で明を見る。だが、明は首を横に振るばかり。


「ウソだと言いなさい! そりゃ確かにあんたは長くないって言ったけど……。あんたはこんなところで呆気なく死ぬ奴じゃないでしょ! 最後の最後、限界ギリギリまで強くなって――あたしに喰われて死ぬんでしょ!」


「俺の死はお前にくれてやる。だけど……これ以上強くなる事は無理みたいだ」


 明の現在の体でこれ以上の力は求められない。これ以上を求めるとしたら、完全な鬼となって人を捨てる必要が出てくる。


「ウソだって……言ってよ……」


 首を横に振る明にキリエがすがりつくように顔を肩にくっつける。しかし、現実は変わらない。


「…………二人とも、話を戻していいか? キリエもだ。悲しむのは後にしろ。彼はまだ鬼になどなってはいないし、やれる事もゼロになったわけじゃない。私は何度も言ってるだろう?」


 奈美音は言葉を切り、キリエが顔を上げるのを待つ。キリエは若干涙目ではあったが、涙を流した様子もなく奈美音と声を合わせた。




『後悔は後にしかできない。ならば、今は今できる事をやれ』




「……分かってます。すみませんでした、師匠」


「分かればいい。それで明……と呼んでいいのかな?」


「構いません。お話をお願いします」


 明が頭を下げ、奈美音も鷹揚にうなずいて話し始める。


「まず、事の発端はキリエが組織に泣き付いてきたところから始まる」


「ちょ、何でそんな初めの方から話す必要があるんですか!? あたしがお願いしたっていう必要性ありませんよ……あ」


 自爆しまくったキリエが恐る恐る明の方を見るが、明は別段喜びも悲しみも表さない瞳をしているだけだった。


「キリエが言ったのか。なるほど。だから漠然と俺の体がヤバい、という事だけ伝わっていたのか」


「その通りだが……、もう少し照れたりはしないのか? 女にここまで心配してもらえるんだぞ?」


 明のまったく変わらない態度にさすがの奈美音も冷や汗を流し、何とか反応を引き出そうとする。


「はぁ……。何で照れる必要が?」


 しかし、明は本気で分からないと言った風に首をかしげていた。彼の身に起こっている変化だけでなく、精神的な面での変化も相当なものになっている。事実、彼の感情減退は今までになく進んでいた。


 おそらく、今の彼にあるのは人を殺したくないという恐怖ぐらいだろう。他は薄くなり過ぎてよほどの事がない限り表に出る事はないはずだ。


 それでも未だに学校に通ってボロが出ないのは大したものだが、あれは明が意図的に反応を作り出しているただの虚構でしかない。これまでの記憶が残っているからこそ、どのような状況下ではどのような反応が適切なのか理解できるのだ。


 キリエたちも気付いた毎に指摘はしているのだが、どうにも明の心の壊れるペースは変わらなかった。


「ふむ……、キリエから聞いた話では感情減退は回復したように思っていたのだが……」


「……もう俺はほとんど鬼になりかけの状態ですからね。感情なんて不必要な物は真っ先に削られるんでしょうよ」


「アキラ! そんな事言わない!」


「……悪かった。奈美音さん。話を続けてください」


 明の何もかもを軽んじるかのような言葉にキリエが怒りを露わにする。明もキリエに言われてようやく自分が何を言ったのか理解したらしく、素直に謝った。


「分かった。キリエが組織の方に泣き付いた理由は単純明快だ。お前を助けてやってくれと頼まれたよ」


「……無理だと思います。もし仮に俺の体内から鬼の因子を取り出す事に成功したとしても、それはもう俺の消滅を意味します」


 明はもう戻れないところまで来てしまっている。彼を人たらしめる部分はもはやほんのわずかしか残っていないのだ。今はそれにかろうじてしがみついて自我を保っている状態である。


「ああ、今までのやり取りでそれは確信できた。ゆえにキリエには悪いが、君を治療するつもりは毛頭ない。できない事に金をかけられるほど余裕があるわけではないのでな」


「師匠!」


「分かってます。それに俺から頼むつもりも有りません。……で、本題は何ですか?」


 キリエがいきり立つが、当事者である明は至って冷静に次を促す。


「ああ、簡単な事だ」


 奈美音はそう言って、明を真っ直ぐに見つめて口を開いた。




「我々とともに来てもらおう。鬼よ」




「……そんな事だろうと思ったよ」


 明は自分の予想が当たった事に内心苦笑しながら、両手を上げた。






「……ふわぁ、すごいですねぇ、鬼喰らいの組織って」


「あたしとしてはカグラがさも当然のようにここにいるのが不思議でならないわ」


 明とキリエはしばし歩かされた末に到着したビルの地下にいた。キリエはここに来た事があるので特に驚きを示さなかったが、明は自分の街にこのような物がある事に驚きを隠せないでいた。


 中は意外にも清潔に整えられ、以前行った研究所と違って観葉植物なども置かれている。地下だけあって空調が悪いらしく、常に送風もされている。ぶっちゃけ、かなり快適な空間だった。


 周りの人々も各々の武器を磨いたり、何人かで集まってお茶を飲んだりと非常に和やかな空間を作り出していた。


 これらの事にも驚いたが、最も驚いたのは先に家に帰っていたはずの神楽が待っていた事である。


「わたしも招待されたんですよ。明さんに関わる事らしいですからね」


「……否定はしない。けど、俺も呼び出された理由までは分からん」


「なぁに、簡単な事さ」


 明の疑問に奈美音がからからと笑いながら明に人差し指を突き付ける。




「ちょっとばかり我々のもとにいてもらおう、というだけさ」




「……なるほど。いつ鬼になるか分からない俺を普通の生活に置くのは厳し過ぎるって事か」


「説明の必要がなくて助かるよ。……どうすべきか、君なら分かるね?」


 そうだな、と明がうなずこうとした時、横からキリエが割り込んできた。


「師匠! 待ってください!」


「ん? 別に監禁するわけじゃないさ。当然動ける場所は限られるが、少なくとも部屋から一切出てはいけないわけじゃない。監視に付けた奴の体力が持たないだろうからな」


 鬼との体力勝負なんて馬鹿げている上、監視が暴走しないとも限るまい、と奈美音は理由を説明する。


「分かりました、それでお願い――」


「待ってくださいって言ってるでしょ! 師匠! こいつをここに縛り付ける事に異論はありません。あたしが助けを求めた理由も半分はそれです。彼が学校内で鬼になった場合を考えると、今でも背筋に寒気がするくらいです」


 一気に言い切るキリエに明はややたじろぐ。今まで意図的に考えないようにしていた『都合の悪い事実』を突き付けられてしまったのだ。いくら感情が薄れていたとしても、わずかながらの動揺はある。


「ですから! 監視の役目、あたしとカグラにやらせてくれませんか!?」


「いや待て。どこからその結論に飛躍した。……まあ、構わないがな。どうせお前に頼むつもりでもあった」


 奈美音はキリエの突拍子もない言葉に突っ込みを入れながらも、キリエの頼みをキチンと受け入れた。そしてキリエの肩を叩いて、耳に顔を寄せる。


「……彼の残り少ない余生、なるべく幸せに過ごさせてやってくれ。これは鬼喰らいとしてでも師匠としての命令でもない。私の個人的な頼みだ」


 奈美音の頼みにキリエは頬がつり上がるのを感じた。厳しい面が多くあり、組織の上に生きる人間として冷酷な判断もできる彼女だが、本質は暖かな人間である事をキリエは知っていた。そしてその一面を見れた事が嬉しいのだ。


「分かってますよ、師匠。……最初に彼を巻き込んだのはあたしなんですから」


 今でも思い返すと胸が痛む、あの事件。明が鬼となり、キリエと出会ったあの日から全ては始まった。


 明本人に言わせればあの時失うはずだった命をキリエが助けているのだから、むしろ今生きているだけでも奇跡だと思うだろう。


 しかし、キリエはそう思っていなかった。自分が巻き込んだから、彼はあのように人としての命をすり減らし、感情をなくし、今まさに死を迎えようとしている。


 あれは第三者から見れば誰の責任でもないだろう。だが、当事者としてはそう受け取れるほど割り切れるものではないのだ。


「キリエ、これからしばらくの間、よろしく頼むな」


 キリエの覚悟など何一つ知らない(というか彼の中ではすでに済んだ事であり、罪の意識を感じる必要すらない事になっている)明はのほほんとキリエの肩を叩いた。


「アキラ……。ま、あたしが喰うって言ってんだからね。あんたのそばにいないと喰えないでしょ」


 キリエはわずかに切なげな顔をするが、すぐにいつもの強気な表情を取り戻した。


「わたしもいるんですからね。……明さん。わたしは諦めませんから、あなたも諦めないで生きる方法を探してください」


「そうは言ってもなあ……。俺にできるのは抗う事だけだと思う。専門的な事は何一つ分からないし……、俺は俺のままで死にたい」


 もうすでに半分以上違うがな、と明は肩をすくめながら言う。そのあまりにも自然体な姿にキリエも神楽も背筋が寒くなる思いをした。


「どちらが世話をするにせよ、だ。これからしばらく、君はここで世話になってもらう。荷物は私の方で取りに行かせるから、気にせずくつろいでくれ」


「分かりました。……キリエ、神楽、悪いけど部屋に行こう」


 明は快諾したものの、キリエと神楽以外の鬼喰らいの視線はかなり厳しい物だった。当然である。いつ本物の鬼になるか分からない存在が近くにいるのだ。本音を言ってしまえば、すぐにでも明を殺したいのだろう。


 明はそんな視線に気づいているため、これ以上彼らを刺激しないように自分が引っ込む事を選択した。


 こうして、明に残された日々は光の当たらないビルの中で送られる事となった。

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