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四章 第一話

 明が三日ぶりに登校してから一週間が経過していた。


「……うん、非常にヤバい」


 そして明は自室で一人、物思いにふけっていた。


 すでに体の半分以上が鬼に浸食されており、今はまだ気を抜いても大丈夫な程度だが、あと十日ほどもすれば一睡もせずに体内の鬼と戦う日々になる。


 この部分だけ抜き出せば彼の体は相当ヤバいように見られる(実際その通りである)が、これでも長く持っている方である。本来なら、とうに彼は寝ずに戦う日々を送っているはずなのだ。


 想定外な、しかしありがたい事に明は感謝しながら、残り少ない余生をどう送るか真剣に考えているところだった。


(遺伝子を残す? 人の根本的な存在意義ではあるけど……、俺の子孫なんてこの状況じゃ嫌な結果しか予想できないしな……)


 下手したら鬼の遺伝子を持って生まれて来てしまう。そもそも明の子供を産んでくれる人がいるのかどうか激しく疑問だ。


(……まあ、今のは気の迷いという事で流そう。うん、高校生がそんなこと考える時点で何かがおかしいよな)


 どこをどう行けばこの選択肢が浮かぶのか、明本人にも疑問だった。


(じゃあ他にできる事は? ……死に抗う? ……論外だ)


 もはや導火線に火はついてしまっている。どれだけ抗ったところで、そう遠くないうちに彼が彼でなくなる事は確定している。


(結局……いつも通りにやるしかないか……。一介の高校生に何ができるわけでもなし)


 鬼となってから、多くの騒動に巻き込まれてはいるが、その結果として得られたものは神楽とキリエの縁ぐらいだ。退魔師の人とはほとんど顔も知らないし、他の組織とのコンタクトも取っていない。


 キリエは最近どこかに連絡を取り合っているようだが、明は特に気にしていない。仲間だとは思っているが、そこまで人のプライベートに踏み込むつもりもないのだ。


(俺のいた証……。生きた証……、俺が俺である証、か……)


 哲学的な事を考えながら、明はぐしゃぐしゃと髪をかき回す。まるっきり答えの出ない、しかし時間は着実に過ぎ去っていく。


「……ああもう! ったく、キツイなこれは……」


 死に至る時間はすぐそこに迫っているのに、何もすべき事が見当たらない。その苦しさを明は一息で吐き出すように言い切り、制服を着てカバンを持った。






「草木? 前々から思ってたんだけど、お前なんか疲れてないか?」


 キリエや神楽と登校した後、明が三上にかけられた第一声がこれだった。


「ん? ……まあ、色々と思い悩む事があってな」


「……チクショウ! マルトリッツさんと七海さん、どちらを取るかで悩んでるんだな! なんてうらやましい……!」


「はぁ……どうしたものか……」


「なぁ、スルーって一番傷つくんだけど知ってた?」


 明の華麗なスルーに三上がひどく傷ついた表情で文句を言う。しかし、今の明に突っ込みを入れようとしう気力はなかった。


「ったく、何でお前はテンションがフラットかダウナーのどちらかしかないんだ? アッパー状態はないのか? ……んで、今度は何悩んでんだ?」


「んー……哲学的ではあるけどさ、人は死ぬまでに何を残せるんだろう……ってさ」


 明のつぶやいた疑問に三上は目を見開き、次に憐れむような目でこちらを見た。


「……何だよその目は」


「お前……そこまで思い詰めていたんだな……、済まない! 気付いてやれなくて……!」


「お前もう黙れ」


 さらに口を開こうとする三上だが、明はそれ以上言わせないために殴っておく。


「イテッ! ったく、マジな質問なのか?」


「俺が真面目じゃない時がいつあった」


「……思い返せばないな。いつも大真面目に突っ込んでた。ボケてる姿って見た事ないかも」


「そういうこった。……んで、ちっと真面目に答えてくれよ。俺はこの答えが気になるんだ」


 残り少ない命で自分が何を成せるか。何を残せるか。


 同時に明は気付いていた。この質問を三上にする事への残酷性を。この質問の数日後に明が死ねば、三上はきっと嘆くだろう。そしてこの質問に込められた本当の意図を見抜き、猛烈な後悔に襲われるはずだ。


 だが、自分が死んだ後の事までゴチャゴチャと考えたくはない。せめて死んだあとぐらいはしがらみから解放されたいものだ。


「そう、だな……。人が死ぬまでに何を残せるか……、ねえ……」


 三上は天井を見上げながら考え始める。明もそれを真剣な眼差しで見つめる。


「うーん……、あんま答えになってないかもしれないけど……そういうのって人それぞれだと思うんだ。ほら、大事にしておきたいものが人によって違うみたいに」


「…………そうだな。続けてくれ」


「だから、俺が死ぬ時は……何か、自分にしかできない何かを残すな。歴史に名を刻むなんて大それた事じゃなくて良い。この世にたった一つしかない自分だけの何かを残したい」


 三上の言葉に明は柄にもなく聞き入っていた。いつもふざけているように見える三上だが、考える事はキチンと考えているのだ。


「……そういや、お前は将来工学系に進みたいんだったっけ」


「ああ! 物作るのって大好きだからな! リサイクル万歳!」


 拳を作って高く掲げる三上。その姿を明はどこかまぶしそうに見つめていた。


(将来の夢、か……。俺、どこでなくしたんだろう)


 いつからだろうか、将来の夢について考えなくなったのは。


 そんな自問自答をするが、明の中で答えはハッキリと出ていた。




 ――あの日、一年前に両親を失ってからだ。




 あの時は交通事故で片付けられたが、よくよく考えればおかしな話だ。明は死体の確認すらしてないのだから。


(確か……遺体の損傷がひどく、とても身内に見せられる姿ではない、だったか……。けど、DNA診断で両親と判断された……アホくさ)


 今考えれば穴だらけの内容だと自分でも思う。だが、明も両親が亡くなった事に対するショックでまともな思考など到底不可能だった。


 その日から明は一人で生きて行く事になった。そして、未来を見失ってひたすら今を生きる事に固執した。


 当然の生き方であると人は言うのかもしれない。しかし、明の場合は今を生きているのかどうかすら定かではなかった。ただぬるま湯のような日常に浸って腐っていただけだ。


 そんな日々を良くも悪くも破壊したのがキリエたち鬼喰らいと彼女たちが戦い続ける鬼である。明はそれに運悪く巻き込まれ、挙句の果てには鬼と鬼喰らい両方の因子を内包するどちらにも属さない存在になってしまった。


 明はそれで精神に異常をきたし、草木明を構成する根幹の部分すら変わってしまった。己を省みず、他者を救うなどという異常極まりない精神構造になってしまったのだ。


 あるいは人間をやめた事から、無意識的に明が人間であることを確認したいがためにそのような行動を取っているのかもしれないが。


「俺は結構恥ずかしい事言ったぞ。お前は将来の夢とかないのか?」


「俺は……」


 明はそこで言葉に詰まってしまう。昔に失くしたものをもう一度探すのは今この場では無理そうだった。


「……分かんね。ただ、何か決まったら真っ先に伝えてやるよ」


「おお! 約束だからな!」


 明が答えを先延ばしにしたにも拘らず、三上は笑って約束してくれた。明は友人思いの親友を得られた事に感謝しながら、再び物思いにふけっていった。






「なあ、キリエ、神楽……」


「なによ」


「何ですか? あ、今日のお弁当は卵焼きが入ってないのが不満なんですね」


「いや、それぐらいで不機嫌になるほど子供じゃないから。それよりもさ……将来の夢って考えた事あるか?」


 神楽の指摘を明は手を横に振って否定する。卵は好きだが、なければないで我慢できる。というか基本的に明の好きな物は美味しい物だ。そして神楽の作るご飯は誇張なしに美味しいと言えた。


「将来の夢ぇ? あたしはこのまま鬼喰らいやってくけど。正直、今こうしている事だって異常なのよ? あんたを見張る仕事が終われば、またすぐ日本で鬼退治でしょうよ」


 あたし今は日本支部所属だし一応、とキリエはそこで言葉を切る。


「うーん……つまり、お前はもうやるべき事が決まってるってことなんだな」


「平たく言えばそうね。まっ、学生の身分であるあんたから見れば社会人かしら? ふふん、敬いなさい後輩クン?」


「神楽はどうだ?」


「スルーすんな!」


 キリエの抗議を無視しながら明は神楽に話を振る。それにいきり立ったキリエが拳を握るが、明がしっかり手首を掴んで防御していた。


「わたしも似たようなものですね……。わたしも退魔師として二年ほどやってますから。明さんの監視はわたしにも課せられた任務であって、この学園生活もその延長線でしかありません」


「なんか寂しいな……。それにお前らも将来はもう決まってる、というよりもすでに走り出してる状態なんだな……」


 明は道を決めて走り出している二人を見つめ、そして自分を省みてため息をつく。


「それにしてもいきなりどうしたのよ。あんたも将来について考える時期になったわけ?」


「いや……何となくだよ。何となく。ただ、みんないろいろと考えているのかなあ……」


 明のつぶやきにキリエは逆に呆れた顔をする。その意味が分からない明は首をかしげる。


「あんたねえ……。あたしたちが異常なだけであって、周りの人間だってそんなハッキリとは見定めてないわよ。将来なんて。ぶっちゃけ、その時にならなきゃ分からない事って結構あるんだから」


「キリエさんの言う通りです。何かになりたいと思うのは重要ですが、それに成れて夢を叶えられる確率なんてほんのわずか。たとえば、明さんが社会に出て、普通にサラリーマンをやってる未来だってあり得るかもしれないんですよ? 他にはヤのつく方とか」


 神楽の例えに苦笑いするが、明の心の一部では神楽の言葉にも一理あると納得していた。


「それは神楽の言葉を借りてその時にならないと分からないとして……。人間って、死ぬまでに何か残せるのかな」


「残せるに決まってるじゃない。何言ってんのよ」


 明の疑問に対し、キリエはさも当然のように返答する。明が目を見開いてそちらを見るのをキリエは不思議そうに首をかしげ、




「生きるって事は常に残し続けているのよ。未練であれ、物であれ、思いであれ、ね……」




「死ぬっていうのはその人がこれ以上何も残さなくなるだけ……って何よ二人して。人を珍獣を見るような目で見て」


「キリエ……お前って意外とロマンチストなんだな……」


 意外過ぎる場所から意外過ぎる答えが返ってきたため、明は開いた口が塞がらないようだった。キリエは明の評価に不満そうに頬を膨らませてしまう。


「なによ。いつ死ぬか分からない人間の考えなんて大体こんなもんよ。カグラもでしょう?」


「わたしですか? わたしは……そう、ですね……。わたしも残せると思います。少なくとも、わたしが死んで悲しんでくれる人はここにいますから。その人たちの心に残るという事実がある以上、わたしに何も残せないなんて事はあり得ません」


「神楽もそういう考えなのか……」


 では自分はどうだろう? と明は自問自答する。すでに親はおらず、親戚とも友好的な関係が築けているわけではない。キリエと神楽は言葉通りビジネスライクな関係のはず(この時点ですでに明は大きな勘違いをしている)だ。


「……なんか、俺だけがガキみたいだな」


「そうでもないわよ。あんたの言ってる問いは答えが出たから大人で出なかったら子供って感じに二元論で分けられるもんじゃないでしょ? だったら、」


 キリエが言葉を切って、明の肩を優しく叩く。




「あんただけの答え、絶対にあるから見つけてみなさいよ」




 叩かれた肩が嫌に熱を持った瞬間だった。

四章スタートです。初めに断っておきますと、この章では割と鬱展開多めです。




……どこでこんなダークな雰囲気になったんだろうか。

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