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三章 第十話

 明の話した作戦が行われる直前、明たちの逃げ込んだ部屋に備え付けられていたモニターに最上の顔が映る。


「クソアマ! その顔引っ込めなさい! 見てると吐き気がするのよ!」


 最上の顔が出てきた瞬間、キリエがすさまじい形相でモニターを睨みつける。しかし、最上はどこ吹く風と言った風に気にしない。


「それは残念ですねぇ。わたしはあなたと仲良くしたいのにぃ。……まあ、今のわたしの用件はキリエさんではなくてぇ、」


 モニター越しの指が明を指差す。


「あなたなんですよぉ。草木さん?」


「……俺?」


 自分が指されるとは思ってなかったのか、呆けて最上の方を見つめる明。


「ダメよ! クソアマの顔をまともに見ちゃダメ! 催眠術にかけられるわよ!」


「心外ですねぇ。そんな事できませんよぉ。わたしは心理学専門ではありませんからねぇ。できる事は……、ここで行われていた実験内容を話す事くらいです」


 キリエがとんでもない理屈で明を遮ろうとするが、さすがに明もその理屈だけは呑めなかった。


「……何を話すつもりだ? 俺なんかに実験内容を話したって、キリエほどには怒らないぞ?」


「そうでしょうかぁ? ……まぁ、こちらをご覧ください」


 明は最上の企みが無駄である事を証明するかのように、表情はフラットを保っていた。例え人の死体を見せられたとしても、死体を食料と捉えかねない明の精神に揺るぎは少ないはずだ。


 しかし、最上の見せた映像は明のそんな自信を粉々に打ち砕いてしまうほどの威力があった。


「……顔写真?」


「ええ、わたしたちも無作為に集めているわけじゃないんですよぉ。最近のネットワークなら他人の経歴くらい簡単に調べられますしねぇ。ですから、なるべく警察沙汰にならない、なっても揉み消しのできる人を狙うんですよぉ」


「ふーん……、で?」


 最上の説明にピクリとも関心を寄せない明。知らない人がどれだけ死んでいようと、所詮それは対岸の火事である。明にはもうどうしようもできない事であるし、気に病んでも意味がないと割り切っている。


「……ところで草木さん。わたしが何であなたの名前を覚えていたか、分かりますかぁ?」


「は? そりゃ……俺が前例のない存在だからだろ。裏の世界ではそこそこ名前が売れてるって聞いた事がある」


「それは正解なんですけどぉ……。実のところ、あなたはそれほど重要視されているかと言われればそうでもないんですよぉ。敵になったとしても所詮は一人。若干の被害は出るかもしれないが、壊滅的な被害までは絶対に受けない……。組織人のほとんどはそう考えて、あなたを放置しているんですよぉ」


「はっ、そりゃありがたいこって。んで、話がずれてるぞ?」


「おおっと、失礼しましたぁ。話を戻します。……では、こちらの方々に見覚えはありませんか?」


 そう言った最上がある男女の写真を出す。それを見た瞬間、明の目が見開かれた。


「な……何で……」


「アキラ!? 一体誰なのよ!」


「………………まさか」


 キリエは顔写真の人に見覚えがないらしく明に聞こうとしているが、神楽は見覚えがあったらしく、戦慄した表情を隠せなかった。


 なぜなら、写真にあった人の顔は間違えようもなく、




「父さん……母さん……」




 明の両親のそれだったからだ。


「そんな……、あ! 確かにアキラの家には二人の遺影が……」


「キリエさん!」


 神楽が咎めるように叫び、キリエも自分のミスに気付いて口をつぐむ。


 明は二人のやり取りなどまるで聞こえず、食い入るようにその写真を見つめる。


「何で……。何で二人がここの写真に乗ってるんだよ!」


「言ったじゃないですかぁ。こ・れ・は・実験材料に使ったデータだってぇ」


「……………………」


 明の顔から一切の感情が消え、顔をうつむけて誰にも見えないようにする。最上はそんな明を楽しそうに見つめながら、モニター越しに話を続ける。


「あ、もちろんこの二人はただの一般人ですよぉ。鬼喰らいの因子が先祖にあったとか、そんなのもありません。まぁ、先ほど狙う人は吟味すると言いましたねぇ。これもその通りでぇ――」




「――無力なガキしか残らない家ですからねぇ。格好の的ですよぉ」




「……あんたねえ! あんたは! あんたは!」


「……………………」


「明さん……」


 キリエは当事者である明を気の毒そうに一瞬だけ視線を寄せ、次の瞬間には烈火のごとき怒りをモニター越しに叩きつけていた。あまりの怒りに言葉すら上手く出ないように見える。


 神楽は何も言わずにうつむいている明を心配そうに見つめ、そっと寄り添うように立っている。明はそれにも気付かず、ただうつむいて拳を震わせていた。


「わたしも実験材料なんて一々覚えちゃいませんがねぇ。草木さんがその特異体質になったのを切っ掛けに調べてみたんですよぉ。そうしたら何と驚く事に! 草木さんの両親がここにいたじゃありませんかぁ。これも運命ってやつですかねぇ?」


「ふざけんじゃないわよ! そんな腐れ切った縁が運命なわけないでしょ! 運命って言葉に失礼よ! 百回死んで人生やり直して来なさいっての!」


「ひどい言い草ですねぇ……。傷つきますよぉ」


 わざとらしく泣き真似までする最上。その人をバカにした姿にキリエは顔を真っ赤にして怒りの形相をする。


「あんたは……この世のありとあらゆる苦痛を味あわせて死なせて下さいって懇願しても殺してあげない! あたしが生きている限り、永遠の苦痛を背負わせてやる!」


 本来なら明が言うべきセリフなのだろう。しかし、今の明はほとんど自失状態にあり、まともな言葉を発する事すら難しい状態だ。怒りやら悲しみやらがない交ぜになって、どんな顔をするべきなのか、どんな事を言えばいいのかすらわからない状態なのだ。


「おやぁ? 先ほどは殺すとか言ってたじゃないですかぁ。それはやめにするんですかぁ?」


「バカ言ってんじゃないわよ! あんたのやってきた事はたかが(、、、)死ぬぐらいで許されるもんじゃないって言ってんのよ! もちろん地獄の苦痛を味あわせても許さないけどね!」


「明さん! 悲しいのも悔しいのも心中察します! ですから今は成すべき事を成しましょう!」


 キリエが最上へ投げかけている言葉が、明は一人ではないと教えてくれる。神楽が己を案じてくれる言葉が明の心を軽くする。それでも――




 ――明の心に宿った昏い炎を消すには至らなかった。




「ウウゥ…………」


「……アキラ? あんた、だいじょう――」


 ぶ、と言おうとしたキリエだが、その言葉は途中で遮られる事となる。今の明からは歴戦の戦士であるキリエでさえ声をかけるのを躊躇させる何かがあった。


 ギリギリと歯ぎしりをして、さらに瞳はギラギラと獣の輝きを宿して一心不乱にモニター越しの獲物を見つめている。


「フウウゥゥゥ……」


「明さん……?」


 神楽も明の全身から発せられる異常な気配に気づき、恐る恐る声をかける。しかし、明の視線は完全にモニターに向いており、神楽も、キリエでさえ眼中になかった。


「ヤバいわよ……、良く分かんないけど、あれは絶対にヤバい!」


「あははははっ、わたしの話を聞いて怒りましたかぁ? 面白いですねぇ。今までの理性は草木さんの意志によって保たれていた。それにひびが入るとこんなに脆く人である事を捨てる! あははははははっ! あなたは本当に飽きない研究対象です!」


「この期に及んで何言ってんのよ! あんたなんて生きようが死のうがどうでもいいけどね! こいつのヤバさは尋常じゃないわ!」


 目を合わせているわけではないとはいえ、明と同じ部屋にいるキリエと神楽は明から発せられる怒気を間近で感じていた。そのため、今の明がどれほど異常な怒りに身を任せているかも薄々とではあるが理解できるのだ。


「大丈夫ですよぉ。ここに来るまでには三千体近く実験体を配置してますからねぇ。もちろん、一から培養したのもいれば世界中からさらってきた人をベースにしているのもありますよぉ。もしかしたらぁ、草木さんの両親もその中にいるかもしれませんねぇ」


 最上のその言葉が引き金となり、明の手からゴキボキッ、とすさまじい音が響く。拳を強く握り過ぎて骨が砕けたのだ。


「オ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!」


 天を裂くような叫び声を上げ、明の体に変化が現れる。体が膨張して服は破れ、筋骨隆々の――平たく言ってしまえば鬼らしい鬼の姿へと変わっていく。


 同時に今までの知性を宿した瞳は跡形もなく姿を消し、今は獣の本能がギラギラと宿る深紅の目に変わっていた。おそらく、体の異常強化に伴って目に血が行き過ぎたため、色が変わってしまっているのだろう。


 そして憎悪の視線をモニター越しに一瞬だけ投げかけ、明は部屋を飛び出そうとする。


「明さん!」


「カグラ、ダメ! 今のあいつに理性はない!」


「…………しっつれいだなオイ」


 かすれたような声が明の方から届き、二人は目を見開いて明の方を見る。


「あんた! ……意識、まだあるわけ?」


 咄嗟に大声を上げそうになるキリエだが、最上に聞かれるとマズイと思い直し、小声で聞き直す。


「お前たちと会話している時はギリギリな。正直、クソアマ相手に理性を保つのは無理っぽい」


 明の方も小声でささやくようにキリエと話す。その合間に最上を威嚇してそれらしく見せるのも忘れない。


「明さんもそう言うんですか……」


 明とキリエの二人が最上の事をクソアマ呼ばわりする事に神楽は嫌そうな顔をする。あまり下品な言葉は好きではないのだ。もちろん、だからと言って最上を擁護するつもりはさらさらないのだが。


「……今の俺はかなり鬼寄りになってる。だから再生力とかも今までの比じゃない。――キリエ、作戦は行うぞ。俺を止める振りをして上手くやってくれ。神楽はキリエのフォロー頼む」


 明が手短に理由を説明し、両手を大きく広げて吠える。その瞬間を狙い、キリエが神楽の助けを借りて明の背中にしがみつく。


「アキラ! いい加減落ち着かないと喰らうわよ! 大人しくしなさい!」


「ウガアアアアアァァァッッ!! ゴアアアアアアアアァァァァァ!!」


 迫真の演技だ、とキリエは感心するが、実は半ば本気の演技である。さっきはああして普通に話していたが、割といっぱいいっぱいな状態である明は理性と本能の綱引きをしている状態にあった。


「この……っ! 落ち着きなさいって言ってるでしょう!」


 怒った振りをしたキリエが二の腕に思いっ切り噛みつく。明は二の腕にかかった鋭い痛みに顔をしかめるが、同時に鋼の硬度を誇る皮膚に歯を突き立てたキリエの心配もする。


「鬼喰らいの歯を……舐めんじゃないわよ……。あたしが鬼の死体を喰ってるの見た事あるでしょう……」


 強気で言い切るキリエだが、その目には涙が浮かんでおり、相当痛かった事が容易に分かった。


「……それにしても、あんたってかなり美味いわね。病みつきになりそうだわ。あと、体の痺れはかなり取れたわ。ありがとね」


「……悪い。余裕がないから先に行く」


 キリエが陶酔したように何かをつぶやいたのだが、明は聞く耳を持たずにキリエを振り落とす。


 神楽がキリエを支えているのを視界の端で捉えながら、ぼんやりと思う。


(ああ……。これで……あとは――)




 この体を焦がす憎しみに身を任せればいい――




「ゥオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 自分を押さえる必要がないという解放感に身を任せ、明は全力で握った拳一振りでバリケードを吹き飛ばし、部屋を飛び出した。

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