三章 第四話
「んで、場所はどこだ?」
いったん解散し、キリエは武器を取りに。神楽は札などを用意し、明は特に用意せずに再び集まる。
「この近辺。あんたたちで言うところのゴミ山に当たるわね」
「ゴミ山が!? あそこ、学校からちょっと足伸ばせば到着する場所じゃねえか!」
ゴミ山とはもちろん正式名称などではなく、明たちが勝手にそう呼んでいるだけの山であり、そこそこの標高を誇る。
その山がゴミ山と呼ばれる所以はゴミが大量投棄されている場所だからである。町のルールを守りたがらない大人や、時には外から来た人たちがゴミをその山に捨てていくのだ。
町でも立ち入り禁止にしたり警備員を置いたりと、対策を施したりしているのだがあまり効果は発揮されていない。
「木を隠すには森の中……、っていう言葉に真っ向からケンカ売ってる場所よね。でも、あそこにはあまり人も来ないから理に適ってると思う」
「……それもそうか。よし、行こう」
ここで問答していたって意味はない。三人は目を合わせてうなずき、歩き出した。
「ゴミ山とはよく言ったもんだわ……。臭い」
「ひどい臭気です……、鼻が曲がりそう」
「……もう、ダメだ……」
キリエたちの言う通りこの辺りは生ゴミやら不燃ゴミやらが無造作に捨てられているため、非常に臭う。特に五感の鋭い明なんかはすでにグロッキー状態だ。
「アキラ!? あんた、白目になりかけてるわよ!?」
キリエが目敏くそれに気付き、これはヤバいと焦った声を出す。明はその声を聞いてかろうじて意識を保つ事に成功した。
「安心……しろ。まだ……なんとかなる」
とはいえ、すでに明の状態は気絶まで秒読み段階に入っていた。神楽もキリエもそれが分かっていたため、歩く足を速める。
フラフラと危なっかしい足取りで二人の後を追う明。二人はそんな明の様子を見てひそひそと小声で話し合っていた。
「あいつらしくない姿よね。基本的に泰然自若としてるじゃないあいつ」
「それは同意します。あの人、よほどの事がない限り落ち着いてますからね。その余裕がないくらい今回は厳しいんでしょう」
「んー……。あたしも鬼喰らいだから五感は鋭い方だけど、あいつほどひどくはないわよ。鬼って相当五感が鋭いのかも……」
生ゴミがそこかしこに落ちている地面にキリエが嫌な顔をしながら一歩一歩踏みしめて進む。遠くから見た限りでは緑生い茂る森にしか見えないのだが、こうして実際に歩くとひどいものだ。
「……二度と来たくないわね。こんな場所」
「賛成です。早く終わらせましょう」
キリエと神楽は虚ろな目であらぬ方向に進もうとする明の手を引っ張りながら足を速めた。
「……で、どこにあるんだ。お前たちの破壊すべき場所は」
しばらく奥へ向かって進むとゴミの数も減り、明もようやく人並みの状態に戻る事に成功する。
キリエたちに醜態をさらしてしまった事をわずかに恥じながら、それでもいつも通りの表情でキリエたちに問う。
「まだまだ歩くわよ。……にしても、意外と奥地にあるのね。そういう場合って補給とか大変なはずだけど……」
「補給? ……ああ、食料とかか」
あらかじめ大量に用意しておいたとしても限りはある。それを補充する度にこんな場所から人里まで降りるのはちょっとどころじゃなく大変だろう。
「他にもその時その時で必要な物ってのは出てくるからね。その度にこの山を降りるなんて面倒極まりない。……まあ、中だけで衣食住が完結してるようならその問題もクリアされるんだけど」
「そこまで考えても仕方がないし、これから壊しに行く以上、どちらにせよ関係ない」
キリエの言葉を明が引き継ぎ、それに神楽もうなずく。
「その通り。……ストップ。何かある」
話をまとめ、先に進もうとしたところでキリエが二人を止める。明と神楽は思考を真剣なものに切り替えて辺りを警戒する。
「罠は警戒しないでいいわ。それより向こうを見て」
キリエが指差した先には森が開けており、白くて四角い何かが見えていた。
「……建物、か?」
「おそらくは。ってか、こんな場所で真っ白くて四角いもんなんてそれくらいしかないでしょうよ」
明の確認するような声にキリエが適当に答え、さっさと歩き始める。
「あ、おい! 罠とか警戒しないのかよ!?」
「しないんじゃない、できないの。あたし、罠とか詳しくないから」
「………………ウソ?」
「事実よ。鬼喰らいがどうして罠なんて覚えないといけないのよ。直接戦闘の技術だけ磨けば充分だっての」
開いた口が塞がらない明と、何おかしなこと言ってんですか、と明の疑問が分からない顔をする神楽とキリエ。
「いやいやいやいや! そんな事だったら初めっから対人戦闘のエキスパートに任せようよ! 俺たちヤバいじゃん! 入り口前で待ち伏せ受けて終わりだよ!?」
「そうならないようにするのがあたしたちの役目よ」
明の悲鳴にも似た危惧をキリエは力強く笑って吹き飛ばしてしまう。
「あたしたちは近接戦闘のエキスパート。それに関してはこの世の誰にも負けるつもりはない。チャチな小細工なんて踏み潰せばいい!」
「……格好良い事言ったつもりなんだろうけど、それってただの現実逃避じゃないか……?」
キリエの言葉に感銘を受けたのか、何度もうなずく神楽。そしてそこまで楽観思考を持てない明はヤバいかも、と自分の身を案じていた。
「ほらほら、進むわよ。罠があるなら潰す。なければ壊す。簡単じゃない」
今回はダメかもしれない……、と明は悟り切った表情で二人の後を追っていった。
建物の全体像が見えるくらいの距離まで近づくと、さすがのキリエもその場にしゃがみ込んで様子を見始める。
「……いくらあたしでも正面から入る気はないわ。別の場所を探しましょう」
「よかった……! こいつがまともな思考してくれて本っ当によかった……!」
正面から突っ込んでハチの巣になる未来しか見えなかった明からしてみれば、泣いて喜びたいほどの事だった。というか普通に泣いた。
「こんな事で泣くんじゃないわよ……。あたしだって勇気と蛮勇の違いくらいわきまえてるわよ。ほら、回り込むからついて来なさい」
三人でしゃがみ込みながら草むらを移動し、正面以外の入り口を探す。窓なんかもいくつか見受けられるのだが、窓を割って侵入などしたら一発でバレる。
「……あ、あれなんかいいんじゃない? ほら、あの通気口」
「……通れるのか? 遠目で見た感じ、小さい気がするんだけど」
キリエの提案に明が渋い顔をする。というより、人が通れるサイズの通気口なんて今どき滅多に見当たらないのだ。
「なによ。じゃああんたは良いアイデアがあるわけ!?」
「いや、……言うべきか迷ったんだけど言う事にするわ。――あの中、人の気配がほとんどないぞ」
いきり立つキリエに明は戸惑いながらも、自分の意見を言う。
「……え? 何でそんなの分かるわけ?」
「いや、窓から見える人の動きとか一切ないし、足音とか衣擦れが一切聞こえないから」
「……何で分かるわけ? あんた、そんなに五感鋭かった?」
キリエが真剣な表情で明を見る。今までも彼の五感が鋭いのは分かっていたのだが、これはさすがに異常である。見過ごせない神楽も明の方を凝視する。
「……この前の戦闘で少しだけこの体の使い方が分かってな。それの応用だ」
明はそう言うと、腕の一部を鬼の皮膚である鋼色に変化させる。
「なに、これ……?」
「鬼の性質で体を自由自在にこねくり回す事ができる。腕を伸ばしたり、一部を大きくして盾みたいにしたり。それは前に言ったな? んで、ちょっとやり方をひねって今回は一部だけを変化させたわけ。ちなみに今は聴覚だけ変化させてる」
その方が負担も少ないし、と明は続ける。何て事のないように話しているが、キリエと神楽は開いた口が塞がらなくなっていた。
「……ねえカグラ。こいつ調べれば鬼の性質全部分かるんじゃない?」
「そうかもしれません。というより、明さん最近やたらと強くなってませんか?」
「体術とかはまだまだだけど、スペックが高過ぎるわ……。身体能力だけで鬼とタメ張れる奴なんて後にも先にもあいつだけよ」
「そこ、聞こえてるぞ。……話を戻して、入るのか?」
明は好き勝手言われる事に多少げんなりしながらも、別段怒る場面でもないと思い直して二人の話を戻して先を促す。
「行くに決まってんじゃない。こんなところでいつまでも道草食ってらんないのよ」
刀を携えたキリエが颯爽と立ち上がり、スタスタと歩き出す。
(大丈夫かなあ……)
確かに明は人の気配がないとは言ったが、罠がないとまで言ったわけではない。いくら聴覚を強化したとはいえ、罠がどこにあるかなど素人の明に分かるはずがなかった。
しかしそんな明の危惧は外れ、中に入っても何の変化も見られなかった。
リノリウムの硬質な地面と壁がひたすらに続く無機質な空間。観葉植物すら見受けられない、ある意味虚無的な室内を明たちは周囲を警戒しつつ歩き進める。
「……なんか息が詰まるな」
不気味なまでの静寂を保つ空間を息苦しそうに見ながら、明が耐えられないと言った風にぼやく。
「まったくね。せめて観葉植物くらい置きなさいよ。こんなんじゃ、中の人たちも辛いでしょうね」
「……急ぎましょう。先ほどから右目がうずきます」
「……そうだな。あんま、良い予感はしない」
最近になってようやく神楽の行動を流せるようになった明が話を締め、再び進行を再開する。
「近くにあるドアを片っ端から開けていくわよ。見取り図が見つかればラッキー。なくてもその部屋を潰していけばいずれ破壊はできる。文句はないわね?」
「……もういいよ。正面から突っ込むなんて言い出す時点で色々と諦めてたから」
「わたしはキリエさんの案の方が好きですよ? 手っ取り早いですし」
「どうしてこいつらは好戦的なんだ……」
神楽の意外な一面(キリエは想定の範囲内)を見てしまい、明はさらにげんなりする。頭痛まで感じてきたのか、こめかみをもむ仕草までして見せる。
「……いい? 開けるわよ」
明が現実を嘆いている間にキリエは手近なドアを見つけ、壁に背をくっつけながらドアに手をかけていた。つまり開ける気満々だ。
「お願いします」
神楽は右目の眼帯に手を伸ばしていつでも攻撃に移れる姿勢でキリエに答える。
「ああもう……こうなったら何でも来い!」
諦めと悟りで一気に腹をくくった明も腰を落として、何があってもすぐに行動を起こせる姿勢を取った。
「良い覚悟よ。じゃあ……御開帳!」
キリエが勢い良くドアを開け、明と神楽は何が出て来ても対処できるよう身構える。
しかし、中からの反応は彼らの予想を超えていた。
「うっ……!」
神楽とキリエは思わず鼻を押さえ、明に至っては壁に背を預けるほどの臭気が中から漂ってきたのだ。
――鉄と内臓の臭気が。
三十一話目……一日一投稿のペースでちょうど一ヶ月です。月日が過ぎるのは早いとしみじみ実感できます。
これからもよろしくお願いします!