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三章 第三話

「行方不明事件?」


「ええ、ここ三週間ほど――つまりあんたが鬼になった頃から日本の各地で起こってるわね。この近辺ではそんな事なかったから、連絡も遅くなったみたい」


 明がオウム返しに聞いた言葉にキリエが律儀に答える。次に手を上げたのは神楽だ。


「あの……。鬼との戦闘中に喰われた、とかはないんですか?」


「それはないわ。基本的に鬼喰らいは二人一組で動くのよ。ちなみにあたしは変則だけど、カグラと組んでいる事になってるわ。万が一、あたしが死んだら神楽が組織に応援を要請するの」


「初耳ですよ!?」


「今言ったもの」


 割と重要な事を今になって言うキリエに、明も神楽も呆れ顔だ。特に神楽などはこめかみを押さえ、必死に頭痛を堪えようとしていた。


「話を戻すわね。今回の行方不明事件は二人いっぺんに消えているわけ。一人消えた後に二人目、じゃなくて二人同時。正直、あたしとしても半信半疑なんだけどね」


 鬼喰らいの行方不明事件なんて前代未聞だし、とキリエは肩をすくめて言葉を切る。


「……んで、犯人の心当たりはあるのか?」


「あったらとっくにローラー作戦でも展開してるわよ。とにかく、気をつけなさいって事」


 明の言葉にもキリエは首を横に振るばかり。どうやら行方不明事件が起こっているという事だけが分かっており、それ以外はまったく分からないらしい。


「……それしかないか。まあ、消えていった奴も自分は大丈夫、とか思っていたんだろうな」


「不吉な事言うんじゃないわよ」


 ボソッと明のつぶやいた一言にキリエは寒気がする、と言わんばかりに体を震わせた。






 キリエの情報をもらってから一週間は特筆すべき事もなく過ぎていった。


 強いて挙げるならこの間はほぼ毎日のように勉強会が開かれ、最終的には誰もがおかしいテンションになってテストに臨んだ事ぐらいのものだ。至って平和な証拠である。


「あはは……さすがに最後の三徹は効いたわね……」


「もう、寝ても良いですよね……?」


 テストが全て終わった教室。そこにいたのはドス黒い隈を作ったキリエと神楽であった。


 二人は全身から『自分疲れてます』というオーラを撒き散らしており、お近づきになりたくない雰囲気を醸し出していた。ぶっちゃけると怖い。


 序盤は和やかに雑談などしつつ進んでいったのだが、それではヤバいとキリエたちがようやく気付き、そこからはずっと徹夜の日々だ。


「うん、確かにありゃ苦しかった」


 そしてそれに付き合っていた明は特に疲れた様子もなくケロリとしていた。


「ウソつくんじゃないわよ! あんたケロッとしてんじゃない! その体力を少しは寄こしなさい!」


 明の言葉にキレたキリエが立ち上がり、襟元を掴んで持ち上げようとする。


「はいはい落ち着け」


 いきり立つキリエを明は難なくいなしていた。さすがに疲れ切っているキリエぐらいは何とかなるようだ。


「後は結果待ちか……。そこそこできたとは思うんだけど……」


「できてなかったらあんた八つ裂きね」


「理不尽過ぎないかそれ!? 何の関係があるんだよ!」


「ムカつくのよピンピンしてるあんたを見るのは!」


「本当にどうでも良い理由!?」


 キリエの無茶苦茶な言葉に明が悲鳴のような突っ込みを入れる。神楽はそれを苦笑いしながら見ていた。


「あはは……。まあまあ、帰りましょうよ。ここで話していても時間の無駄ですよ」


「カグラ、あんた言うようになったわね……」


「まったくだ……。人間、日々成長するもんだな……」


 神楽の言葉にキリエは冷や汗をかき、明は何やら遠い目をして感心した表情をしている。神楽はそんな二人を見て、曖昧に微笑むばかり。


 何と言うか、いつもらしい三人の姿がそこにあった。






「……何でキリエまで俺の家に来るんだ?」


「カグラの料理美味しいんだもの。アヤメの食事なんてひどいのよ。……分かる?」


 具体例を出してほしい、と明は思った。しかし、キリエの虚ろな視線を見てすぐさま質問を取り下げる。あれは深く掘り下げたら地獄を見る気がしたのだ。


「まあまあ。わたし個人としては料理を美味しいと言っていただけるのは嬉しいですよ」


「……食費がバカにならねえ」


 キリエと神楽は何も考えずに喜んでいるが、全ての食費は明の懐から出ているのだ。両親の遺産を食い潰して生活している明としては気が気じゃない。


「こんな美少女二人と食事ができるのよ。それぐらい我慢しなさい!」


「人の生命の源食い散らかしてなに言ってやがる! 命と女、俺がどっちを大切にするか分かり切った事だろ!」


 そもそも美少女二人と食事ができるからと言って、手放しで喜ぶほど明はガツガツしていない。だからなに? 程度にしか思っていないあたり彼も枯れている。


「うっ……仕方ないじゃない。さすがに食費までは経費で落ちないんだもの。あたしの銃弾ぐらいは経費で落ちるんだけど……」


「やめてくんない? 銃弾と食費を一緒の視点で見るの。なんか嫌だ」


「まあまあ二人とも……。明さんもごめんなさい。わたしたちがいるから……」


 神楽は二人の仲介役みたいな事をしながら、明に食費などを入れられない事を謝罪する。だが、謝罪されるとされたで気まずい明は後頭部をガシガシとかきながら神楽の方を見る。


「いや……、神楽は別に良いんだよ。メシは美味いし、メシ代だと思えば食費も大して気にならない。けどな……」


 ズビシッ! と明は勢いよくキリエの方を指差した。


「こいつが! 悪びれもせず! タダメシかっ食らってるのが我慢ならん! せめて家事手伝いぐらいしろ!」


「えー。ウチじゃアヤメがうるさいんだし、良いじゃない……」


「ダメに決まってるから! はぁ……、分かった。どうしても嫌だって言うならこっちにも考えがある」


 最初は怒っていた明だが、何かが決まったらしく急に据わった目をし始める。


「な、なによ……」


 明の目に危険を感じたキリエは一歩下がるが、それに合わせて明も一歩近寄ってきた。


「……………………体で払ってもらう」


「……なっ!? あんた、まさか!」


 キリエが自分の体を両腕で抱き、かばうようにするが明はそんなこと知らぬと言わんばかりに声を張り上げる。


「そう! 体で払うという事は――」




「――バイトしろって事だ!」




「バ、バイトですって……!」


「あ、バイトですか……って何でキリエさんは戦慄してるんです?」


 明の言葉に神楽はホッと安堵し、キリエは逆に戦慄の震えを隠さなかった。


「こいつ、容赦がないからきっと……」


「ガテン系でよろしく。短期で高収入だから。体力キツイけど」


「ほら来た! こいつの辞書に労わりとかの文字は存在しないのよ!」


 キリエの体力などをよく知っている明は最も効率よく稼げる仕事を挙げていく。もちろん、本人の要望無視で。


「あ、じゃあわたしも……」


「神楽は良い。ウチでメシ作ってもらえるだけで充分」


「アキラはカグラに甘いのよ! カグラだって真面目に体動かせば相当な体力あるわよ!」


 キリエの言葉も一理あるのだが、明がここで言いたいのは我が家で食事を食っていくばかりで何もしないキリエに何かしてほしいだけであって、何か手伝いさえすれば明もどうこう言うつもりはないのだ。そのため、キリエの言葉を明はしれっと受け流す。


「ああもう! やるわよ! やればいいん……、ゴメン。ちょっと携帯が鳴った」


 キリエにとっては最上の、明にとっては最悪のタイミングでキリエの携帯がバイブ音を出した。明は己の間の悪さに舌打ちしながら、キリエが携帯をいじくる様子を見守る。


「…………」


 またもメールだったらしく、キリエは携帯の画面を非情に険しい顔で見つめていた。これだけならクラスメイトという選択肢も消えないのだが、彼女は普通の交流には一定のラインを引いて接している。ある程度までは簡単なのだが、それ以上の一線が越えられないようになっているのだ。


 ちなみにそのラインを越えているのは未だ明と神楽だけだ。楪でさえ、このラインを越えられないのだ。キリエのガードの固さがうかがえる。


「……んで、何だって?」


「……まあ、あんたも無関係じゃいられないかもしれないわね。でも……」


「何だよ。俺に言えない内容なら耳塞ぐぞ」


 厄介事に好き好んで首を突っ込むほど明は修羅場好きではないため、明は隠し事をされた事には腹も立てない。むしろ本心では聞かないで済む事なら聞かないでおきたいくらいなのだ。ただ、それをしたら後々不幸な目に遭いそうなので、ここにいるのだ。


「いや、でも、これは……カグラ、あんたの意見も聞きたいからちょっとこれ見てくれない?」


「………………」


 さすがに三人の中で一人だけ除け者というのは良い気がしない明だが、自分の置かれている立場も理解しているつもりのため、特に口出しはしない事にした。


「……なるほど、これは難しいかもしれません」


「でしょ? だからあんたの意見も聞きたいんだけど……」


(……何だろう。この寂しさは)


 携帯の画面を神楽とキリエの二人で見つめている光景をぼんやり眺める明。言い知れぬ寂寥感が彼を覆っていた。


「……わたしは言うべきだと思います。明さんはもう充分に戦力として数えられます」


「それは分かってるけど……! あいつ、お人好しだから絶対に放っておけないわよ。あたしたちが行くって言えば必ずついてくる」


「……残酷な事を言うようですが、明さんは知るべきだと思います。わたしたちの世界がもっと殺伐としている事を。……キリエさん、何だかんだ言って明さんに甘いですから」


「バ、バカ言ってんじゃないわよ! あたしはあいつが強くならないまま勝手に死なれるのが一番困るだけであって、他の意味はないのよ!」


「はいはい、分かりました。……それで、正直なところどうします?」


「……話すわ。あいつが無関係でいられないという意見を変えるつもりはないし、あたしたちが見ていない場所であいつがターゲットにされるかもしれない。だったら、攻撃が最大の防御ってね」


(…………全部聞こえていたんだけど、どうしよう)


 二人の誤算。それは鬼の因子を持つ明の聴覚を舐め過ぎた事に尽きる。鬼の肉を以前、わずかとはいえ食べた明の五感は前にも増して鋭くなっているのだ。


 ぶっちゃけてしまうと、今までの会話は全て明の耳に入っていた。そのため、明は自分の事でもめる二人の会話を聞いてしまった事による気まずさが大半を占めていた。


「明、ちょっといい?」


「……ん、何だ?」


 五感が鋭くなった事は話すべきだが、今話したら間違いなく殴られる。それが分かっていた明は特に聞いていた素振りなど見せずに聞き返す。


 それにどちらにせよ、内容には触れられなかったのだ。明自身も話の焦点となっているナニかには興味を持っていた。


「手早く言うわね。この前話してた誘拐事件。その誘拐された鬼喰らいたちがどこへ行ってるのか判明したわ」


「ふぅん……。そりゃ大事だと思うけど、何で俺たちに?」


 明には今一つ説明の意図が分からず、首をかしげる。今回の事件の相手はどう考えても人間。人間が相手なら、別に鬼喰らいでなくとも人間で充分となるはず。そんな情報が鬼喰らいであるキリエたちの元へ来るのは疑問が残る。


「うん、あたしと神楽でそこ行って助けて来いって。ちなみに警察とかは頼れないみたい。あたしたち、意外に秘匿事項多くって……。協力関係にある組織でも全部教えるなんて事滅多にないわ」


「特に相手の規模なんかも分かりませんからね。無駄に被害を出すかもしれない人海戦術よりも少数精鋭で挑んだ方がコストも安くつきます」


「……まあ、理解はした。じゃあ、俺も行った方が良いのか?」


 二人の言い分をキッチリ頭の中で噛み砕き、明なりの解釈をした結果だった。敵は鬼喰らいを集中してさらっている。ならば、鬼であり鬼喰らいでもある自分も狙われる可能性があった。


 キリエたちがいるならともかく、一人になったら明などちょっと五感が鋭くて身体能力の高い一般人である。裏の世界に生きる心構えも何もなってない少年が相手だ。さらうのは容易いだろう。


「その辺の判断はあんたに任せるわ。ついてくるんなら、戦力として数えさせてもらうわよ。ついてこないならそれもまたよし」


 キリエの言葉を受けて、明は瞑目して考えをまとめ始める。


(…………まあ、答えは決まってるか)


「――行くよ。俺も行く。知ってしまった以上、何もしないのは気分が悪い」


 戦闘になれば命の危険はある。反動が分からない鬼になる事もあるだろう。しかし、明にとっては後悔する方が嫌だった。


 自分であり続けると決めたのだ。そして、ここで動かない事は“自分らしくない”はず。


 ならば、明に迷う必要などない。


「そう。なら歓迎するわ。――」


 キリエは明の答えを聞いて、その顔に酷薄な笑みを浮かべた。奇しくもそれは明が最初に出会った頃と同じ笑顔だった。




「――ようこそ。あたしたちの世界へ」

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