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三章 第二話

 放課後、明たちは四人で草木家への道を歩いていた。先頭を明と三上が。後ろからキリエと神楽の二人が歩いていた。


「……なあ、草木」


「何だよ」


「いや、今さらな質問なんだけどさ。お前、いつの間にあの二人と仲良くなったんだ? 特に七海さんなんて、転校してきた時からお前の事知っていたみたいじゃないか」


 意外に鋭い指摘に明は内心ドキリとする。そしてその事に対する言い訳を考えてなかった過去の自分を呪った。


「そうだな……。キリエの方は俺が学校案内とかしたから……ってのは話した事があったな。神楽の方は完全に偶然だ。あいつが転校する前に俺とちょっと話したんだよ」


 正確には明がいたから神楽は転入してきたのだが、その部分を話すと必然的に裏の事情も絡んでくる。そのため、明は当たり障りのない言葉でごまかす事にした。


「……本当だろうな?」


「ウソついてどうする。俺にメリットがないだろ」


「そりゃそうだけど……納得いかない」


 はいはい、とため息をつきながら三上の戯言に付き合う明。そして後ろでは、


「……カグラ、古典できる?」


「はい、できますけど……? ああ、分かりました。任せてください」


「カグラっ、あんたが知り合いにいて良かった!」


 ひしっ、と神楽に縋りつくキリエと、それを苦笑いしながら背中をさする神楽。普通に和やかな空間が展開されていた。むしろこれこそテスト前の学生の会話であると言えよう。


「さて、我が家にようこそ」


 そんな事を話している間に草木家に到着する。キリエと神楽は何度も来ているため、勝手知ったる人の家と言わんばかりにずかずかと上がり込む。


「三上は……あれ、何だかんだ言ってウチに来るの初めてか?」


「んー、そう言われりゃそうだな。お前が俺んちに来た事はあるけどな。一回だけ」


「あんなゴミ屋敷一回行きゃ充分だっての……」


 げんなりと返す明の脳裏に再現されるのは足の踏み場どころか、人の入れる空間を探す事すらできなかった三上の部屋。どうやってあそこで寝ているのか、明には怖くて聞けなかった。


「……まあいいか。ほら、早く入ろうぜ」


 三上もキリエたちに続いて中に入り、最後に明が入る。


「んじゃ、あたしはカグラに古典教わるから。アキラはどうする?」


「俺は……とりあえず、部屋に置いてある参考書でも取ってくる。一応全教科揃ってるから使いたいのがあれば言ってくれ」


「じゃあ、わたしは英語をお願いします」


「カグラ、英語が苦手なの? それじゃ、あたしが教えてあげるわ。古典を教わるんだし」


 神楽の言った一言に反応したキリエが神楽に英語を教える事を立候補する。明はそれを微笑ましげに一瞥してから、三上に視線を移す。


「お前は何かないのか? できれば一度で済ませたいんだけど」


「全部! ……は無理ですね。じゃあ、数学をお願いしますハイ」


 三上は全部、と言おうとしたのだが、明の氷河のごとく冷たい視線を受けて断念した。


「取ってきたぞ。んじゃ、さっそく始めよう。お互いの邪魔にならないようにな」


 明の鶴の一声で、勉強会が始まった。






「草木、この問題どう解けばいいんだ?」


「んー? ああ、そこはこの公式を入れろ。そうすれば解けるはず」


「キリエさん、この英文ってどう訳せば……」


「そこは熟語になってるから、それさえ気をつければ簡単よ」


「草木、これの答えは何だ?」


「自分で探せバカ」


「草木、ここってどうすれば解ける?」


「いい加減にしろ!」


 勉強会が始まって四十五分。三上からの質問責めにとうとう明がキレた。


「お前どんだけ俺に聞く気だよ! 少しは自分で考えろ!」


「考えた結果として分からないから聞いてんだろ! というかこの参考書難し過ぎだ!」


 明は標準的な物を選んだつもりだったのだが、三上の標準とは違うようだ。当たり前の事ではあるが。


「はいはい、あんたたちストップストップ。ちょっと疲れてんのよ。授業が終わってからほぼ休みなしに勉強会だから。カグラ、何か飲み物用意してくれる?」


「そうですね。ちょっと早いですが休憩にしましょう」


 明と三上の話をキリエが遮り、それを落ち着けるべく神楽が飲み物を取りに立ち上がる。


「……そうだな。ちょっと頭に血が上っていたかもしれん。いったん休憩するか」


「そうしときなさい。怒っていたって良い事ないわよ。ところで三上くん、ちょっと聞きたいんだけど」


 キリエが明をたしなめ、そのまま三上へと視線を向ける。


「え? な、何かな?」


 三上は体をガチガチに硬直させながら、それでも精いっぱい格好良く見せようとポーズを取った。明から見れば、その姿は微笑ましい通り越して痛々しいくらいだった。


「今回のテスト、自信ある?」


「………………もちろん! こんなテスト簡単簡単!」


(墓穴掘りやがった……。あのバカ、良い格好したいからってウソついてんじゃねえよ)


 見栄を張りまくった三上の言葉に明は先ほどまでいがみ合っていたのも忘れ、憐憫に満ち満ちた視線を投げかける。


「じゃあさ、一人で勉強した方が良いんじゃない? アキラ含め、あたしたちってその辺の自信がないから……」


 そしてキリエは三上の掘った墓穴を見逃すほど、甘い性格をしていなかった。三上のウソを見抜き、それでいて相手の傷つかない言葉を選択して逃げられない状況を作り出す。


 明はそれをサラリとやってのけたキリエに対して心から戦慄した。そして彼女相手に下手なウソはつかない事を心に決める。


「………………すみません。ちょっと良い格好したくて見栄張りました」


 だが、キリエの誤算は三上が自分の予想以上に己の非を認められる素直な性格をしていた事だろう。普通の奴なら、自分の言い出した事を下げられずにすごすごと帰るところなのだが……彼に限ってそれはなかった。


「はぁ……。ったく、さっきは俺も悪かったよ。今度からはもうちっとマシな質問をしろよな」


 明もそれを見越していたのか、ため息をつきながらも三上をかばう事を言う。


「すまん! ここは人助けと思って……」


「はいはい、分かったって」


 もはや見栄を張る余裕すらなくした三上が明に土下座し、明もそれを苦笑しながら受けた。キリエは自分の作戦が上手くいかなかった事には腹を立てていたが、結果として三上が邪魔をしなくなるであろう事だけは予測できたので、良しとする事にした。


「はい、麦茶です……って、皆さんどうかしましたか?」


 そこへ折り良く神楽が麦茶の注がれたコップをトレーに持ってやってきた。


「ちょうどいいや。ほら、再開するぞ。こんなところでダベってる暇すら危ないんだからな」


「アキラの言う通りね。真面目にやりましょう」


 良い感じに肩の力も抜け、四人は再び白い紙に字を走らせる作業に戻った。






「あ、もうそろそろ夕食にしないと」


 神楽の声を切っ掛けにシャーペンの音が途絶える。明は凝ってしまった肩をほぐしながら時計に目をやる。


「うん? ……ああ、もう七時か。ずいぶんと長くやったなこりゃ……。メシにするか」


「あ、草木。今回は何の用意もできなかったから、礼はまた後日って事でいいか?」


「ん? 気にすんな。夕飯ぐらいおごってやるよ」


「いや、そういうわけにはいかないだろ。今度きっちり持ってくよ」


 明はご馳走しようとしたのだが、妙なところで律儀な面のある三上はそれを断る。断り切れないと反出した明は苦笑しながらもそれを受け入れ、食事の準備に入った。


「神楽が全部作るから、俺たちは食器並べたりしてようぜ。キリエもだ。手伝えよ」


「うぅ……。まだ古典の単語覚え切れてないのに……。だいたい、何で現代語とまったく違う意味になってんのよ、そこまで外国人が覚えられるわけないでしょ……」


 キリエは古典単語帳を見ながら頭から煙を出しており、明が声をかけたのを後悔するほどだった。確かにドイツ人に日本の古い言葉を覚えさせるのは意味がない気もするが、ここは日本なのだ。どうしようもない。


「……ところでさ」


 仕方なく三上と明の二人だけで机を片づけて食器を並べていたところ、三上が唐突に話しかけてきた。


「七海さん、何でああも淀みなく動けるんだ? 普通、他人の家で料理作る時って勝手が違うから苦労するもんじゃないのか?」


「………………」


 今までも唐突に鋭い言葉を放ってくる事で定評のある三上だが、今回の指摘は群を抜いていた。


 さすがにそんな部分まで突かれるとは思っていなかったため、明も何の言い訳も用意していない。背中に嫌な汗を流しながら、何とかこの場をごまかせる上手い言い訳を考える。


「えっとだな……その……」


 しかし、こんな状況に対する言い訳など咄嗟に思い浮かぶものではない。内心で途方に暮れながら必死に頭を回転させる。


「あら……? ちょっとゴメン、席外すわ」


 明の窮地を救ったのは、キリエの携帯のバイブ音だった。キリエが携帯電話を取り出し、画面を見ると急に顔が険しくなり、その表情を維持したまま部屋をすたすたと出て行ってしまう。


 携帯電話に後光が差して見えた明だが、すぐにキリエの表情に気付いて心構えだけでもしておく事にする。


「あれ? 俺の質問は? 無視?」


「そんな事もあるって事だろ。こんな家、どこにでもありそうな家だし」


「そう……なのか?」


 三上の追及をぞんざいに振り払った明はソファーに座ってキリエの事を待つ。キリエが部屋を出て行ってから、腹の奥が冷え切るような悪寒が引かないのだ。明の今までくぐった二度の修羅場との経験と照らし合わせて、これは何か嫌な予感であると彼は確信していた。


「おい、どうしたんだよ。そんな怖い顔して……」


「ん……、悪い。キリエの電話に出てる相手が気になってな……」


「……嫉妬してんのか?」


 確かに明の言葉をそのままに受け取ればそう取られても仕方ないだろう。だが、ここでの意味はまったく違っていた。


「……そんなところだ」


「ほぉ……。あの表面上は冷淡なお前がそこまで言うとは……いやはや、人は変わるもんだねえ」


 明は核心に迫られないように適当にぼかしたつもりなのだが、それを聞いた三上は何やら非常に感慨深そうな顔をする。


「何だよそれ……。ほら、食器並べるぞ。神楽のメシがもうすぐできそうだからな」


 今、怖い顔をしても何も始まらない。重要なのは今できる事をやる事だ。明は振り切れない悪寒をそう思い込む事によって忘れようとして、食器を並べる作業に没頭した。






 いつもは三人のところが四人に増えた状態での食事が終わった頃にはすでに時間が夜遅くになっていたため、家の遠い三上は家に帰る事になった。キリエと神楽はもう少しいる予定である。キリエが何やら話したい事があるらしい。


「んじゃ、また明日な。草木」


「ああ、また明日」


「……頑張れよ!」


 下世話な笑みを浮かべてサムズアップする友人に、明は大きなお世話だ、と苦笑しながら手を振ってドアを閉める。


「さて……、キリエのお話を聞こうか」


「そうね……。さっきあたしのところに来たメールなんだけど」


 キリエが鬼喰らいの表情で口を開く。




「――最近、鬼喰らいの間で行方不明事件が起こってるみたい。それも日本限定で」

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