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三章 第一話

 明が神楽とともに鬼退治をした日から二週間ほどが経過した。


 その間は鬼が出現する事もなく、実に平穏無事な生活が続いていた。


 そんな日の朝、明とキリエは――


「はっ!」


「せいっ!」


 ――戦っていた。


 反動が怖い鬼にはならず、明は人間のまま必死にキリエの動きについて行く。


 対するキリエは鞘に入れたままの刀を振るい、余裕の笑みで明を追いつめる。


 身体能力的な面では明が勝っていたのだが、今はほぼ逆転している。以前喰らった鬼は相当良質な存在だったようで、キリエの能力が飛躍的に向上しているのだ。


「がっ!!」


 素早く動き回って攪乱してくるキリエを振り払おうと、大きく回し蹴りを放ったところを避けられ、がら空きになった胴体を鞘で思いっきり突かれる。


「はい、ここまで!」


 まともに食らった明が二メートルほど宙を飛んで背中から着地したところで、その日の訓練は終わりを告げた。


「お疲れ様です。明さん、キリエさん」


 二人の鍛錬風景を見ている神楽がタオル片手に駆け寄ってくる。それを受け取ったキリエは汗を拭き、明はそれを水に濡らして全身の打撲を冷やす。


「まあ、人間のままのあんたじゃあたしに勝つのは無理ね」


「だろうね……あの日以来、ずっと負け続きだし」


 あの日は例外的に明が鬼化する事を認められたが、それ以外は一切認められていない。


 つまり、明はキリエ以下の身体能力(鬼化しなければキリエの方が上)のみで武器を持っているキリエを倒さねばならず、これが非常に難しかった。


 身体能力の差は如実に表れ、おまけにキリエは武器使用。さらに実戦経験の量も遠く及ばない。どう勝てばいいのか、どれだけ模索しても防がれてしまう。


 ぶっちゃけ、どう勝てと。明は半ば以上諦めの気持ちで戦っていた。


「あんたも武器持てば? 鬼になれば体の一部を切り離したり伸縮自由自在なんでしょ?」


「いや、まあ伸縮は自由自在だけど、神経通ってるんだわ。分離する際も同じ」


 キリエの質問に明は遠い目をして答える。


「それがどうしたっていうのよ?」


 明の言っている事の意味が今一つ理解できなかったキリエが首をかしげた。


「……痛いんだよ」


 神経が通っているため、分離させる時は肉の引きちぎれるような痛みを受ける事になるのだ。まさしく諸刃の剣である。


 当然、痛いのは大嫌いな明としてはあまり使いたい手段ではなかった。それに手加減もできないため、鋼の硬度を誇る無数の針がキリエに殺到する事になる。


「……あたしにあんたの痛みは理解できないけど、キツイ事だけは分かったわ」


 明の一言で全て理解したのか、キリエは慈しむような優しい目で明の肩を叩く。どう反応すればいいのか分からない明は曖昧な笑みでそれを受け、神楽の方を見る。


「帰ってメシにしよう。今日はなに?」


「ご飯に味噌汁、出汁巻き卵です」


「そりゃ楽しみだ。……キリエ、どうしたんだ?」


 和やかに会話を交わす二人をキリエは何やら不思議そうに見つめていた。


「前々から疑問だったんだけど……。あんた、ここしばらくはカグラにご飯作らせてない?」


「ああ、それがどうかしたか?」


「いや、当番制じゃなかったあれ? あたしも作った経験あるんだけど……」


 キリエの疑問に明はどう答えたものかと頭を悩ませる。


「その事か……。この前の事で恩返しがしたいってうるさくてな。しょうがないから一週間の食事当番をやらせたんだ」


「でも、あれってもう二週間前の話よね?」


「……そうなんだよ。一週間で終わらせるつもりがズルズルと……。あいつ、料理上手だから俺としても断りにくくて……」


 キリエの指摘に明は苦虫を噛み潰した表情で答える。明としても楽ができて嬉しくはあるのだが、どこか申し訳ない気持ちになってしまう。


「どうかしましたか? 早くしないと時間なくなりますよ」


「あ、悪い。今行く! ……まあ、本人も嫌がってないんだしいいだろ。お前だって俺が作るメシに文句ばっかだったんだから」


「卵尽くしの生活を三日も送らされれば誰だって文句の一つや二つ言うわよ……」


 キリエは明が食事当番になった時の献立を思い出し、身震いする。鶏卵はコレステロールが高いため、何個も食べると健康に良くないのだ。有り体に言うと体重が増える。


「楽園じゃないか!」


「男には分からないでしょうよ……特にあんたには」


 深く考えずに明は断言し、それに対してキリエが憎々しげに明を睨む。ちなみに明、いくら食っても太りにくい体質である。






 食事を終え、例によって三人で登校する。ここ一月は同じ生活が続いているため、向けられる視線も少ないものだ。


 最初の頃は嫉妬の視線やら殺意の視線やらがひどかったのだが、幸いと言うべきか明の感情減退が一番ひどかったのもその時期だった。そのため、明には今一つ嫉妬を向けられていた実感がない。


「よっす草木」


 向けられる羨望の視線にキリエと神楽は辟易しつつ、明は特に気にせずに教室に入る。カバンを置くと、草木の友人である三上が気さくに話しかけてきた。


「おはよう三上。……何だよそのニヤケた面は」


「んー? 今日も両手に花なんてうらやましいなー、とかは決して思ってないんだよチクショウ!」


「…………えと、なんだ、その……元気出せ。な?」


 血涙まで流して嫉妬する男を初めて見た明は、ただ当たり障りのない言葉で慰める事しかできなかった。


(キリエ、助けてくれ)


 三上の肩を叩きつつ、明はキリエの方に視線を向けて助けを請う。しかし、返事は非情極まりないものだった。


(しょうがないわねえ……。貸し一つよ)


(すまん、自分にできる事を何もせずに投げだすのは良くないよな)


 キリエの貸し一つという言葉に嫌な予感を察知した明は会話を切り上げ、神楽に視線を向ける。


(神楽、ヘルプ)


(頑張ってください)


 キリエよりも素早く拒否されてしまう。キリエでさえ貸し一つでやる気はあったというのに、こちらはそれすら存在しない。


 あまりのやるせなさに涙を堪えつつ、明は三上の首をギリギリと締め上げる。どうせだからこのまま意識を落として記憶を奪ってしまえばいいと思ったのだ。


「席に着けー。楪先生の楽しい楽しいホームルームの時間ですよーっと。……おら草木! てめぇも早く座れ! チョーク投げるぞ!」


 ちなみに楪のチョーク投げは当たり所が悪いと気絶する威力を誇る。小さいチョークのどこにそんな運動エネルギーが秘められているのか、学校の七不思議の一つにランクインしている。


(……あれ? そう考えたら、学校の七不思議のうち二つが先生絡み……?)


「おっと草木。それ以上深く考えたらダメだ。生徒を手にかけたくはねえ」


 気付いてはいけない部分に気付きかけた明を楪が牽制する。言い知れぬ悪寒を感じた明は首が千切れる勢いで縦に振った。


「それじゃ、ホームルームで重要な連絡事項は……これだ!」


 楪が何やら紙を取り出し、黒板に貼る。そこには、




『テストまであと一週間!!』




 と真っ赤な字がでかでかと印刷されていた。


「つー事でお前ら、勉強してるだろうな? まあ、赤点さえ取らなきゃあたしから言う事は特にねえ。赤点を取った場合は……分かってるな?」


 ドスの利いた声にクラスメイトは全員が首を縦に振る。それはキリエや神楽も例外ではなかった。


「じゃあホームルームはこれで終了。勉学に励めよー」


 いや、勉強大嫌いだと素で言いそうな人が何を、とはクラス全員の総意。






「……で、どうする?」


 その日の昼休み。明たちはいつものように屋上で弁当をつつきながら顔を寄せ合っていた。


「……非常にマズイわね。あたしもここんところゴタゴタしてたから、あんま勉強してない」


 話の焦点は当然、間近に迫っているテストだ。


「わたしもです……組織との連絡や色々と忙しかったので……」


「俺も……。くそっ、予習復習はしっかりやっておくべきだった」


『はぁ……』


 三人はこれまで勉強できなかった理由をそれぞれ言い合って、一斉にため息をつく。


「……こうしていたって始まらないわ。これから一週間、徹底的に勉強し直すわよ。いい! 赤点取ったらあたしなんてヤバいんだからね!」


 そういえばキリエは楪の家にホームステイをしていた。家主が担任で赤点を取ったらそりゃあ居た堪れなくもなるわな、と明はぼんやり思いながら弁当の蓋を閉める。


 教室に戻ってきた三人を迎えたのは、何やら血走った眼をした三上だった。


「草木!」


「な、何だよ」


 三上はすさまじい形相で明に詰め寄り、両肩を鷲掴みにする。痛そうに顔をしかめながらも、明は三上の方を見る。


「お前、予習復習はキッチリやる方だよな」


 それは疑問の形を取った断言だった。


「いや……。ここ最近は忙しくって……」


「やってないのか!?」


 悲鳴に近い叫び声を上げる三上にさすがの明も反撃してしまう。具体的には喉仏に抜き手。


「ご……ほっ……。じゃあ……お前も……余裕……ないんだな……?」


「そうなるか。で、何が言いたいんだ?」


「お前んとこ集まって勉強会しないか? 俺もヤバいところだったし」


 勉強会。それは学生にとってはお茶会とほぼ同義の意味を持つ言葉。明にとってそれは三上に徹底的にたかられた挙句、ロクに勉強できないという悪夢の言葉。


「ふざけんな。一人でやれ」


「お願いしますっ! 助けてください!」


 明のにべもないお言葉に対し、三上は土下座までしてみせる。それにも一切心動かされない明はまた断ろうとして、


「いいんじゃないの? あたしもアキラの家で勉強する予定だったんだけど」


「あの……わたしも……」


 キリエと神楽、二人の言葉でそれは遮られる。


「……おい草木」


 キリエと神楽の言葉を聞いた三上は明でさえ見切れない神速の動きで、明の服を掴む。


「どういう意味だこれはオイ。何でマルトリッツさんと七海さんという我がクラス二大美少女の双璧がお前の家で勉強なんてするんだ? 答えろ! そうか、やはりあの二人を手込めに――」


「落ち着け」


 答えろと言っておきながら勝手に自己完結しかけた三上の頭を殴り、体を離す。


「分かりやすく説明してやる。あいつら、俺の友人。以上だ」


 細かく言うならキリエはいつか明を喰らう人物で、神楽は明を見張る人物に当たるのだが、そこまで説明する義理も義務も明にはなかった。


「で、マルトリッツさんたちがお前の家で勉強会するんだ。俺が行っちゃいけない理屈はないな?」


 三上の言葉に殺意すら覚えた明だが、ここである考えが浮かぶ。


 こいつは確かに自分と一緒では勉強しない。では、こいつが想いを寄せている(に見える)キリエが一緒にいるならどうなる?


 おそらく、良いところを見せようとして真面目に勉強するだろう。


 その未来予想図が明の頭に浮かんだため、三上のみを断る選択肢は消えてしまった。


「はぁ……分かったよ。んじゃ、放課後ウチに集合な。夕飯とかはどうする?」


「お前んとこでご馳走になるつもりだ。さすがに材料ぐらいこっちで調達するから心配すんなって」


「そう言って公園の野草を持ってきた時の恨みは忘れてないぞ」


 その時の夕飯は野草の天ぷらとなった。意外に美味だったのだが、事前の洗いが足りなかったらしく、しばらく腹痛に悶え苦しんだのは記憶に新しい。


「昔の事は言うなって。安心しろ。俺たちだけならともかく、女性もいるんだ。まともな物持ってくよ」


 やはりこいつは女性が絡まない限りまともな物を持ってくる気はなかったのか、と明は三上に殺意を抱きかける。


「それじゃ、放課後な」


 三上はそう言って自分の席に戻る。三上が戻ったのを確認してから、キリエと神楽も明の方に寄ってくる。


「……まあ、今回は鬼喰らいとか関係ないだろうしね。たまには日常の世界に浸ってみますか」


「わたしも賛成です。それに楪先生の前で赤点なんて取ったらどうなる事やら……」


 ガタガタ震える神楽と、これからの事を楽しみにするキリエ。どちらかと言えばキリエの方が危機感を感じるべき状況なのだが、一切そういった事は感じていないようだ。


 とにもかくも、こうして草木家での勉強会が決められた。

三章スタートです。




……大学が始まりました。今までの更新ペースを保つよう努力はしますが、さすがに日が空いてしまうかもしれません。


…………非常に眠い。

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