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二章 エピローグ

「……ところで、キリエはどうやってここまで来たんだ?」


「え? さっき言ったじゃない。カグラの命令を、」


「そうじゃなくて。移動手段だよ」


 明の傷も治り神楽の任務もやり終えたため、三人は帰りの山道をのんびり歩いていた。そこでふと気になった事を明が聞いてみたのだ。


「走った」


「…………」


 何やら信じられない答えが返ってきたため、明は念入りに耳をほじくってみる。だが、どうも耳垢はないようだ。


「……神楽。鬼喰らいってそんな事できるの?」


「普通はできないと思いますよ……。きっと、キリエさんがおかしいんだと……」


「誰がおかしいですって?」


 こそこそと小声で話していたつもりなのだが、耳ざとくキリエに聞き付けられてしまう。神楽は愛想笑いでごまかしながら、明の方を見る。


 明はすでに土下座の姿勢に移行していた。清々しさすら感じる変わり身の早さである。


「ったく、あんたたちを心配して急いだっていうのに……。まあ、さすがのあたしも走っただけじゃないんだけど」


「どうやったんだよ?」


「アヤメの車に乗せてもらったの。それで途中まで連れて来てもらったわ。いやぁ、誰もいない道を爆走するのは楽しかったわよ」


 キリエはからからと笑うが、明と神楽にはまったく笑えなかった。先生、速度違反はナチュラルに犯罪です。


 さらに明はそこで非常に怖い事に思い至る。理由は神楽が楪に伝えた休む理由だ。




『実家の両親に明の紹介と挨拶に行きますので、休ませてください』




 要約するとこうなる。そして、それを邪魔した形になるキリエは楪にどう思われるのかと考えると……答えは一つだった。


(帰りたくねえ……)


 今帰ったら絶対に何か言われる。それが冷やかしとかならまだいい。だが、あの楪を相手にそれは望み薄だ。


「それよりもあんた、服はどうしたのよ?」


「泊りがけの予定だったからな。一応、着替えは持ってきてた」


 そう言う明の服は青一色のTシャツにジーンズだ。行く時に着ていた服は鬼との戦闘ですでに見る影もないほどズタズタになっていたため、リュックサックの中に丸めて入れてある。とてもではないが、修繕の見込みなどないので帰ったら捨てるつもりである。


「意外に痛い……。戦闘の度に服が壊れてるんじゃ、いずれウチの財政破たんするぞ」


 変身した後は毎回裸になる類の変身ヒーロー物の主人公とかに聞いてみたいものだ。どうすれば服にかかる経費を減らせるのかを。


「はっ、脆い財政」


 割と切実な明の懸念をキリエは鼻で笑って流そうとする。


「……お前らの食費もかかってるんだけどな」


「うっ……」


 しかし、明がボソリとつぶやいた一言で頬が引きつってしまう。どうやら食費面で負担をかけている自覚はあったらしい。


「それにしても……」


 キリエに追撃する手もあったのだが、明はそれをせずに真剣な表情を作る。


「この前の巨大な鬼といい、今回のしゃべる鬼に気配の感じ取れない悪霊に……」


「ええ。絶対に何か起こってる。鬼の方か、あたしたちかは分からないけど」


 明の言葉に含まれた意図を理解したのか、キリエも賛同する。神楽も重々しくうなずき、同意の意を示す。


「……よくよく考えたら俺が最初の切っ掛けだよな」


 さすがに今回の悪霊騒ぎは明に関係ないかもしれないが、最初にキリエと関わったのも、神楽と知り合ったのも全て明が関係していた。


 鬼でありながら理性を保ち、さらに鬼喰らいの因子まで持つイレギュラー。おまけについさっきは鬼から勧誘を受けたほどだ。


「そう言えばそうかもね。あんたがいなかったらあたしはあそこで死んでいただろうし、神楽とも関わらなかった」


「そしてわたしも今回の騒ぎに巻き込まれて殺されていたかもしれません」


「……あれ? その考えでいくと俺は二人を助けた事になるのか?」


 もしかして俺って偉い? とちょっと胸を張って威張りたい気分になる明。


「んなIFに意味はないでしょ。今ある現実が全てよ」


「まったくです。もしも、を考えればキリがありません」


 威張りたい気分が雲散霧消し、逆に申し訳ない気持ちになってしまう。明はまだ一般人の域を出て切れていないため、どうしても二人に助けられる場面が多いのだ。


「……まあ、その通りだよなあ」


 神楽を何度も助けた事はあるのだが、今それを持ち出すのもバカバカしい。そう考えた明は大人しく同意した。


「ほらほら! あんたたちはあと一日あるんでしょ? その間にどっかでパーッと遊ばない?」


 話がやや重くなってしまったため、キリエが場を盛り上げようと明るい声を出す。だが、それに明が反論した。


「やだ。第一に遊ぶ金がない。次にこの辺に遊べる場所は知らない。最後にお前は学校をサボって来てんだから帰るべきだ」


「えー……」


「そして俺はさっさと帰って寝たい。もう疲れた」


 唇を尖らせるキリエにぴしゃりとダメ押しをして、明はさっさと背を向ける。明の体は鬼化した反動でひどい筋肉痛に似た痛みがあるのだ。それも明日になれば治るだろうが、それでも痛い思いはなるべく短く済ませたいのが人情である。


「……まっ、あたしだけがこの中でピンピンしてるもんね。あたしだけがはしゃいでもしょうがないか」


 二人の満身創痍ぶりを見たキリエも、しょうがないなと苦笑して歩き出す。体力のあり余っているキリエを明と神楽の二人はうらやましそうに見ていた。






 キリエは用事が早く済んだ事を楪に報告に行くため、一足先に帰る事になった。明は余計な事を口走らないよう厳命したが、キリエ本人はこの手の事にかけては百戦錬磨の楪相手にどこまで持ちこたえられるか、と半ば以上諦めた思考をしていた。痛い目見ないうちにさっさとしゃべってしまおうとすら思っているぐらいである。


 非常に大きな不安を抱えたまま、明は神楽を伴って自宅に戻る。荷物の片づけもそこそこに、リビングでダレる二人。


「……もう動けねえ」


「わたしもです……」


 神楽はグッタリとソファの上で横になり、明は床に倒れ込んでいる。


 先ほどまではキリエと一緒に談笑していたが、この二人はつい先ほど死線を越えてきたばかりなのだ。そのため、精神的疲労は計り知れない。


「体はあちこち痛いし……、神楽。夕飯は任せた」


 すでに時間は七時を回り、夕飯を食べるのにちょうどよい時刻となっている。しかし、疲労困ぱいの二人にそんな事は関係なかった。


「食欲、あるんですか……? でしたら、お茶漬けでも作ります……」


「ゴメン、言ってみただけ。あれだけ動いた後に食事は無理……」


 神楽はあまり動いていないイメージがあるが、能力使用の反動で今は激しい虚脱感に襲われている。明もそれには経験があるため、特に何かを言うつもりはない。


 これまで激しい運動などあまりした事のない明は初めて味わっていた。動き過ぎて何も食いたくない、という気分を。腹は減っているのが分かるのに、何かを食べようという気になれないのだ。


「……ところで、まだちゃんと言ってませんでしたね」


「んぁ……?」


 いきなり体を起こし、こちらを正座して見つめる神楽に明は怪訝そうな視線を向ける。


 明の視線を受けた神楽はやや恥ずかしげに体をよじらせながらも、しっかりと頭を下げた。俗に言う土下座の姿勢である。


「なっ!? 何してんだ!」


 明もこれには驚き、体を起こす。神楽はそれには取り合わず、ひたすらに頭を下げ続けた。


「わたしは今日、あなたに数え切れない恩を受けました。退魔師として、いえ、七海家の者として受けた恩は必ず返します。何なりとご命令を」


「は? なに時代錯誤な事言って――」


「七海家のしきたりです。受けた恩は必ず返します。それこそ、望むなら体だって……」


 そう言って神楽は巫女装束を一部はだけさせる。だが、それを見た明は一気に冷静になれた。


「あ、それいらん」


「そこまであっさり断られるのも女として傷つくんですけど……」


「しゃあないだろ。何も感じないんだから。それより、少し頭の中で話をまとめさせてもらっていいか?」


「ええ、構いません」


 神楽も体を起こし、明も床にどっかりとあぐらをかいて座り込む。そして顎に手を当てて一つずつ言われた事を吟味して意味を抜き出していく。


(つまり、神楽は今日の件について恩返しがしたいと思っている。この前の俺とキリエみたいなもんだな。んで、神楽の言い分をそのまま受け取るとそれは七海家とやらのしきたりとなっている。……まあ、恩には恩で返す根性には敬意を示したいけど、これは……)


 そこまでまとめてから、明はチラッと神楽の方を覗き見る。明の視線の先に映る神楽の表情は何やら思いつめているようにすら見えた。


(焦っているように見えるな。そこまで俺に助けられたのが嫌なのか?)


 助けた恩を返してもらうのは明としても別に構わないところだ。個人的な意見としては別にいらないのが本音だが、それだと本人の気が済まないというのであれば特に止めるつもりもない。


 とはいえ、それにしたってせいぜい夕食当番を今後三日間頼むぐらいで明にとっては充分だった。体で支払ってもらうなど毛頭考えていない。というか選択肢の一つにすら浮かばなかった。


「……よし、じゃあ何でも頼んでいいんだな」


「はい、何なりと」


 何でも申し付けください状態の割に、神楽の顔からは表情が消えていた。下手な事を頼んだら一生物の溝ができそうな気配さえするな……、と明は内心で冷や汗をかきながら命令の内容を告げた。




「一週間、お前がメシ当番な」




「……それだけですか?」


「それだけ? バカ言っちゃいけないな。食事っていうのはある種の生命維持だ。それをお前に一週間委ねるんだぞ。立派に俺の命を救っているじゃないか」


 屁理屈と言われればそれまでだが、明はこの論を譲るつもりはなかった。というより、思い付く命令内容がこれぐらいしかなかったのだ。後は自分の代わりに楪に怒られてくれ、ぐらいのものしかない。


「それは……その通りかもしれませんけど……」


「要は見方次第って事さ。考え方を変えれば俺は神楽に一週間命を預ける事になる。もしそこで神楽が何か起こせば、俺は成す術もなく死ぬだけだ。……つーか、俺にはこれ以上の無理難題は思いつかないんだよ。これで勘弁してくれ」


 後半は拝み倒すように神楽に向かって両手を合わせていた。命令する側が命令される側に対して懇願しているという何ともおかしな姿に、神楽は思わず吹き出してしまう。


「……笑うって事は、これで了承ってことかな?」


 明は鬼の首を取ったようにニヤリと笑い、神楽も笑い過ぎたのか目に涙を浮かべながらうなずいた。


「まったく……あなたには敵いません」




 ――ええ、喜んで引き受けます。




 この日、彼らの間で笑い声が絶える事はなかった。

フラグ? が立ちました。この主人公は無欲なため、好かれる人には好かれます。


これにて二章が完結です。次は閑話を挟んで三章に移ります。

三章ぐらいから物語も展開し始める予定ですので、よろしくお願いします。

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