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二章 第六話

 明がしばらく全力で走っていると、ちょうど良く洞窟らしき横穴を見つける事に成功する。これ幸いとその中に滑り込み、神楽を下ろす。


「大丈夫か?」


「はい」


 そう言う神楽の視線は虚ろで、明の言う事をちゃんと聞けているのかすら疑問だった。


「ったく……雨まで降り出すとはな……。ついてないったらねえよ」


 道中、雨が降ってきたため明たちの体はびしょ濡れであった。明はすぐさま上を脱いでその辺に放り出すが、この湿気ではすぐに乾く様子もない。


「……霊は水のあるところに集まりやすいって言葉があります。今回はわたしが意図的に霊が集まりやすい状況を作ったので、雨が降り出す事も珍しい事じゃありません」


「ふーん……」


 比較的まともな言葉が返ってきた事に安堵しつつも、イマイチ理解できない話に生返事をする明。神楽は眼帯を戻しもせず、青い目と黒い目でただじっと地面を見つめている。


(相当落ち込んでるな……。原因にも大よそは当てがあるけど、確信が持てるわけでもないし……。本人が言い出すのを待つか)


 明自身が動いて無理に聞き出せるのならそうしたいところだが、その手の話術が不得手な明には土台無理な話だった。


「……ちょっと奥の方見てくる。何かあるとも限らないし」


 気まずい空気に居た堪れなくなった明はそそくさと奥の方へ消えていく。神楽はそれをほんのわずか見送ってから、また地面に視線を戻す。


 明は一応、宣言した通りに奥へ進む。だが、一分も歩かないうちに行き止まりに当たってしまう。どうやら、ここは洞窟ではなくただの横穴のようだ。


「…………はぁ」


 こちらの事を見向きもしない神楽にため息をついて、その隣に腰を下ろす。


「そんな深いわけじゃないみたいだ。奥に行ってもすぐ突き当たる。……これからどうするんだ?」


「…………わたし、バカでした」


「は? 何言って――」


 神楽が唐突に話し始めたのを怪訝に思う明だが、途中で口をつぐんで先を促す。


「慢心して……、何事にも例外はないというのに……こんな事になるなんて……」


 ぽつぽつと神楽の口からこぼれる言葉を、明は黙って聞いている。


「わたしは退魔師失格です……。素人である明さんを危険にさらし、あまつさえその明さんに助けていただくなんて……」


 血を吐くような言葉に明は神楽の瞳に流れる涙を幻視する。かなり落ち込んでいる。それを分かった上で、明はあえて厳しい言葉を選んだ。


「……んで、お前はこれからどうするつもりだ? ここで愚図っていたって意味はないぞ」


「そんな言い方……!」


 冷たいとも取れる明の言葉に神楽が激昂しかけるが、すぐにうずくまってしまう。


「……冷たいんですね」


「あいにく、俺にお前の苦労は分からん。プロとしての矜持なんだろうけど、それを言うにしたってまずは成すべき事をやるべきだ。仕事をして、それに評価を得てこそ誇りを保てるってもんだろ?」


 縋るようにすら見える神楽の視線を明はバッサリ切り捨てる。どちらかと言えば彼の方が被害者であり、神楽に文句を言う権利はあるくらいだ。


 顔も知らない人の都合で巻き込まれて、さらに言った先ではその道の先達者である神楽が先走って、おまけに想定した敵より数が多い。ぶっちゃけると踏んだり蹴ったりである。


 しかし、様々な強制などがあったにせよ、最終的に行く事を決めたのは明自身だ。自分で選んだ事を他人に当たっても仕方がない。明もそれが分かっているため、何も言わないのだ。


「……明さん、社会人でもないのに達観してますね」


「自分でやると決めた事なんだから自分で責任取るのも当然だろ。とりあえず、上の方で不備があったんだろうし、そっちへの文句は後で言ってやればいい。今は――」


 明が横穴の外に目を向ける。そこにはチラホラとグロテスクな存在が見え隠れするようになっていた。明たちを追ってきたのか、それとも新たに出現したのかは分からないが、少なくとも明たちが雨宿りしている場所は安全地帯ではなくなったようだ。


「――助けを呼ぶぞ。そして俺たちに有利な場所で戦う」


 明はすでに腹をくくった顔をしていた。逃げられないし、相方も頼りにならないと判断したのか、自分で切り抜ける気持ちで気合を入れる。


「他力本願極まりないですね……。ですが、賛成です。この数はわたしたちだけで何とかできる範囲を越えてます」


 神楽も落ち込むのは後にして、今は目の前の脅威と戦う決意した。ついでに明を壁として使う気満々でもある。


「まずは……っと」


 ポケットから携帯電話を取り出した明は電話帳からキリエに電話をかける。


『もしもし、どうかしたの?』


「色々あって結構ヤバい。助けてくれ。場所は知らん」


『ちょ……!? 無茶振りもいいとこよ!? どうやって調べろってのよ!』


「んなもんそっちで何とかしろ! あ、新幹線で五分かかってさらにそこから三時間くらい歩いたぞ」


『それでどこか分かる奴は人間じゃないわよ! ……ああもう! やってやろうじゃない! 一時間だけそこで待ってなさい! あんたの姿を見つけ出してあっと言わせてやる!』


 耳鳴りがするほどの声で叫んで、キリエは電話を切った。明はキンキンする耳を何度か叩いてから、当たり前の事を疑問に思った。


(あれ? ここ、電波届くのか? ……まあ、用件は伝えられたし気にする必要もないか)


「もういいですか? ……携帯の電波だけを送受信するというのも結構疲れるんですよ」


 やはりというべきか、神楽が便宜を図ってくれたらしい。小器用に何でもこなす神楽に改めて退魔師ってすげえ、と感心する明であった。


「にしても……今さらだけど、退魔師ってできる事が鬼喰らいよりも多いんだな」


「鬼喰らいは鬼専門ですけど、退魔師は文字通り“魔”を“退ける”存在ですから。対応範囲が広い分、汎用性も高いんです」


「へぇ……。俺にもその術って使えるか?」


 鬼喰らいとしての使いにくい能力よりそちらの方が使いやすそうだった。


「無理です。人間なら修行次第で誰でもできますけど、あなたや鬼喰らいは不可能です。鬼喰らいは人間の範疇を一歩踏み出した人間の亜種とも言うべき存在ですから」


「……ほお」


 何だか知りたくない事実まで教えられてしまい、明は何とも言えない気持ちになる。そもそも、鬼と鬼喰らいを両立させた存在である自分は何なのだ、という疑問にも行きつくのだが。


「あ、ちなみにわたしの浄眼はあと五回くらいが限界です。それ以上やると視神経を痛めてしまい、ずっと使えなくなる可能性もあるくらいなので」


「分かった。期待するなって事だな!」


「違います! 背中を預ける相手の状態ぐらい知っておけって事です!」


 言うが否や、神楽が雨の降り注ぐ外に飛び出していく。明はあの金切り声を何度も聞くのは勘弁してほしいため、一気に決めるべく鬼の姿になる。


「――っ、鬼! って明さん!?」


「一回見てるだろ! 一撃で決めるならこっちの爪の方が便利なんだ……よっ!」


 神楽の隣に立ったと思ったら、その爪で近くにいた悪霊を引き裂く明。その堂々とした姿はそこらの駆け出しには見えなかった。


「さっきまでは悪霊を見てビビり、倒した断末魔を聞いてビビっていたのに……」


 明の姿に神楽が感心したようにつぶやく。明は不満げに神楽を睨むが、まったく取り合わない。


「慣れりゃどうって事はない。っつーかあれを初めて見る人は誰もがビビると思う」


 心臓が弱い人が見ていればショックを起こしてもおかしくないくらいだった。特に叫び声は神楽でさえ明ほどではないが、一瞬だけ硬直していたほどだ。


「そして来ると分かってさえいれば対応も可能!」


 明の近くに寄って来たもう一体を引き裂き、同時に耳を全力で塞ぐ。明が耳を塞いだ直後にこの世のありとあらゆる絶望を溜めこんだような叫びが辺りに響くが、耳を塞いだおかげでダメージを最小限に抑える事ができた。


「頼もしい限りです……。理性がない相手には充分戦力になりますね……」


 明の戦いぶりを神楽は小声でそう評価する。近寄る悪霊は爪で引き裂き、常に動き回って囲まれないようにする。相手が理性のない悪霊である事もプラスに働き、獅子奮迅の働きを見せていた。


 神楽の言う通り、明は鬼となる事によって身体能力も跳ね上がり、下手な鬼喰らい以上のレベルを誇っている。そして実戦に立つ上で最も重要な勝負度胸も彼は持ち合わせていた。


 ……もっとも、明の勝負度胸は自分から進んで動き出さないとエンジンがかからないという厄介な代物だが。彼の真価は譲れないものがある時に発揮される。


「――っ!? 危ねえ!」


 神楽も浄眼を使ったり明のサポートに回ったりしながら戦っていたのだが、動きを止めた瞬間を例の気配のない悪霊に狙われ、そこを明がギリギリで助け出した。神楽の立っていた場所を悪霊の牙が通り過ぎ、何とも言えない生温い風が通り抜ける。


「どうやらあいつがお前も知らないタイプみたいだな……」


 明は早くもギシギシ言い始めた肉体に危機感を覚えながらも敵から視線は外さない。


「そうみたいですね。気配も感じられませんから、見失ったらヤバいです。……はぁっ!」


 神楽の浄眼が煌めき、収束された青い光を放つ。それは見事に悪霊を貫いて霧散させる事に成功する。


「……よし。気配が分からないだけで、攻撃自体は通用するな!」


「他の悪霊よりも感触が違います。気を付けてください」


「任せろ!」


 神楽の忠告を肝に銘じながら明がまた別の一体を薙ぎ払う。末期の悲鳴を耳塞ぎによって耐え、さらに別の奴に爪を向ける。


(こりゃ……短期決戦じゃないとマズイな……)


 よくよく考えたら昨日も鬼になって戦っている。そして今でも全身の筋肉が悲鳴を上げ、少しでも気を抜いたら地面に倒れそうなほどだった。倒れたら死ぬのが分かっているため、倒れるつもりはないが。


「神楽! 数は減ってるのか!?」


 一向に減らない悪霊の数に耐えかねた明が大声で神楽に問う。


「おそらくは! このままいけば勝てます!」


 神楽の方も大声で返し、攻撃に専念する。明も周囲を見回して数えるが、確かに残りは七体ほどに減っていた。


 神楽の言う通り、このまま何事もなければ勝てる運びだった。何事もなければ。


「……っ!?」


 近くにいた悪霊を倒し、悲鳴も防いだ直後、明の背筋にザワザワとした悪寒が走る。この感覚は以前にも味わった事があった。そう、それは――




「鬼が来る! 神楽、下がれ!」




 鬼喰らいとして覚醒してからハッキリと分かるようになった――鬼の気配だ。


「な……っ!? 冗談でしょう!?」


「こんなウソつくか! ……上だ!」


 そう言った明の足元に丸い影ができる。上を確かめもせずに前へ飛ぶ。


 直後、明のいた場所に鉛色の皮膚をした巨大な鬼が着地する。


 着地した際、泥が周囲に飛び散って明や神楽の服や顔にも付着するが、どちらもそんな事を気にしていられる余裕がなかった。


「……おい、どうする?」


「……絶望的ですね。最悪、あなただけでも逃がすようにはしてみせますが……。まったく、組織の方も怠慢過ぎます……」


「いや、これはただの不幸な気が……」


「それは言わない約束です」


 神楽の背中から薄暗いオーラが漂ってくるあたり、相当気にしているようだった。どちらかと言えば明の不幸な気もするが。


 ボソボソとお互いの不幸を嘆き合っている間に鬼は特殊な行動に出始めた。


 なんと、鬼が口を開けるとそこへ悪霊が吸い込まれていくのだ。明たちの周囲にいた悪霊は一体残らず鬼に吸い込まれ、辺りに静寂が訪れる。


「こんなの……前代未聞です……」


 神楽が熱に浮かされた病人のような顔でぼそぼそとつぶやく。隣にいた明には前代未聞なのかは分からなかったが、これがとにかくヤバい状態である事は分かったらしく、首を縦に振っていた。


「…………」


 どんな行動に出るか分からないため、明も神楽もその場で身構えてすぐさま対応できるようにしておく。


 だが、次に鬼が取った行動はさらに驚くべきものだった。


『……ふむ、やはり人間の方が食いでがあるな』


『しゃべった!?』


 明と神楽が声を揃えて同じ事を言ってしまう。それほどに目の前の鬼が取った行動は驚くべきものであった。


 低くしわがれた、ある意味予想通りとも言える声が二人の耳朶を響かせる。同時に背筋の凍るような恐怖を明たちの心に染み込ませる声だった。


『ああ。先ほどは歯牙にもかけなかったが、いるではないか。そこに二匹』


 そう言った鬼がこちらにゆっくりと歩み寄る。獲物が逃げるなんて事、想定すらしていないのが分かる悠然とした歩みだった。


「……っ!」


 ヤバい。今までとはケタ外れにヤバい。しかし、逃げられないのも同時に理解してしまう。


 目の前の存在は格が違う。相対した時点で生存は諦めろ、という事を。


「……明さん、下がっていてください。わたしが刺し違えてでもあれを止めます。あなたはそのうちに逃げてください」


「……悪いが、できない相談だ。女の子を置いて逃げ出すのが嫌だって意味もあるけど……。何より、神楽が犬死にするのが分かり切っているからできない」


「…………」


 かなり失礼な事を言っている明だが、神楽からの反論がないところを見ると、どうやら神楽自身もそう思っているらしい。


「だったら、俺たちが生き残る道はただ一つ。――倒すぞ、あれを」


「……それしかありませんね。明さん、あなたは前をお願いします。……すみません、まだ経験の浅いあなたにこんな役目を負わせて……」


 申し訳なさそうに神楽が目を伏せるが、そこは明も向き不向きは誰にでもあるからと割り切っていた。


 それよりも明はこの場にキリエがいない事を嘆いていた。キリエさえいれば、以前の鬼を倒した手段がそのまま使えたのだ。


(まあ、ないものねだりしてもしょうがないか。できる事をやるだけ……ってね!)


「任せろ。……今度、お詫びに夕飯を作ってくれればいいよ。飛びっきりのな」


 ニッと笑って見せ、明は返事を待たずに駆け出した。


 恐怖の象徴であり、二人の命を刈り取ろうとする鬼へ向かって。

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