表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/59

二章 第四話

「おはようございます、明さん。……あれ? どうかしましたか? なんだか疲れてる様子ですが」


 駅に到着した時、神楽はすでに退魔師の正装なのか定かでない巫女服に身を包んで立っていた。人の視線を集めているのに気付いている様子はなく、明は他人の振りをすべきか本気で考えそうになった。


 ……まあ、神楽の方が向かってきたため、そんな事を考える必要もなくなったが。


 先ほどまで考えていた事などおくびにも出さず、明は神楽の心配を苦笑で受け流す。


「ん? ……ああ、ちょっと昨日な」


 キリエが何で怒ったのかを気にし始めるとどんどん気になってしまい、一睡もしないで考え込んでしまったのだ。それでも明の中で答えは出なかった。


 しかし、隈もできていないし頭もスッキリしている。明はこっそりと鬼の体が持つ体力に感謝していた。人間のままだったら、まず間違いなく眠気に襲われまくっていた事だろう。


「はぁ……。行く前から無理をしないでくださいよ。ちょーーっとだけ荒事があるかもしれませんから」


「……鬼になるとか無茶な事言うなよ。まだ反動がどのくらいなのか掴み切れてないんだ」


 体の激痛だけが反動であると思いたいところだが、人間から違う存在に変わっているのだ。もっと目に見えないような変化があってもおかしくない。


 ……その事を考えると、昨日のキリエの行動はあまり褒められたものではないのだが、最終的には明が感情を一部思い出したため結果オーライとも言える。


「あ、大丈夫です。明さんの事情を知らない人もいるでしょうから、鬼になる事は絶対にありません。むしろなったら殺されます」


「……だったら、鬼喰らいの方を使うのか? あれ、連続使用は二回が限界だぞ」


「わたしも詳しい事は聞いてないんです。さっ、まずはこの電車に乗りましょ?」


 そう言って神楽が指差すのはシャープな流線形をした乗り物だった。電車らしい四角い面がどこにもない。


「……人はこれを新幹線と呼ぶのでは?」


「そう遠くには行きません。隣の駅ですから」


「新幹線で隣の駅って結構遠い気がするんだけど……」


 下手したら隣の県に行ってしまう。どうやら自分は神楽の言う近場の意味を取り違えていたようだ、と気付かされてしまう明。同時にキリエに適当な事を言った昨日の自分が悔やまれる。


(……まあいいか。向こうが勝手に怒ってただけだし)


 だが、どう考えても自分に非があるとは思えない明はこの事を思考の彼方に投げ飛ばす事にした。


「安心してください。本当に隣です。具体的には徒歩三十分くらいの」


「短っ! だったら徒歩で行こうよ! 燃料問題って結構深刻なんだよ!?」


「まあまあ、様式美ですよ」


 組織って分からない……、と明は神楽の所属する組織への不信感を別の意味で高めた。






 結局、神楽の押しに負けた明が新幹線に乗って振動に揺られる事五分。ようやく明たちは目的地に到着する。


「ようやくってほどでもないけどな……」


「ここから歩きますよ。目的地は山の奥にありますから」


 そう言って神楽が指差したのはかろうじて視認できるほど小さな山だった。ここからでは小さく見えるが、実際に近づけば相当な高さがある事が容易に予想できた。


「……明らかに徒歩三十分で着く場所じゃないな」


 あんな場所に向かうのならさっきまでの新幹線は何だったんだ、と思う明。しかし、突っ込んではいけない部分な気がしたため、黙っておく。


「ほらほら、チャキチャキ歩かないと夕方までに到着できませんよ」


「……本当に明日帰れんのか?」


 明は果てしない不安に苛まれながら、神楽の後を追い始めた。






 うっそうと茂る木々に覆われた斜面を休憩も取らずに黙々と歩き続けること三時間ほど。明たちはようやく山のふもとに到着した。


「あ、明さんは大丈夫なんですか……? あのペースを保つのはわたしだって苦しいんですけど……」


「ああ、俺は別に平気」


 神楽も一般人を遥かに超えた身体能力と体力は持ち合わせているのだが、本物の鬼である明ほどの体力はない。


「何の苦労もしないでそんな身体能力が手に入るなんて……」


「苦労はしたぞ。一歩間違えれば理性なくしてキリエに喰われてたし、今だって不発弾抱えているようなもんだ」


 心外だと言わんばかりに明も言い返す。神楽も今の言葉は失言だったと思い、謝罪をする。


「今のは浅慮でしたね。ごめんなさい。あなたの体は潜在能力を秘めている分、相当不安定な状態にあるはずですから」


「自分じゃ分からんね。……ところで、まだ歩くのか?」


 すでに山に入って二時間が経過している。時計はすでに正午を回っていた。


「割と早いペースで進んでますから、あと一時間ほどで到着するはずです。ここらで休憩にしましょうか」


「……息荒れてるぞ。お前が休憩したいだけじゃないのか?」


 神楽の体調に目敏く気付いた明はニヤニヤと笑いながら、手近な岩に腰掛ける。


「……わたしの右目がうずきます」


「やめろ。ちょっとからかっただけで撃とうとするな。それ痛そうだから」


 神楽の攻撃は右目からレーザーみたいなのを発射する事だ。明は受けた事がないため確証は持てないが、まともに受ければ鬼の体でもたやすく貫く事が予想された。


 ……もっとも、レーザーはさほど大きくないため、正確に急所を撃たれない限り致命傷にはならないのだが。


「どうぞ、お弁当です」


 明のセリフにしぶしぶ右目の眼帯から手をどかした神楽が、背負っていたリュックサックからおにぎりを取り出して明に手渡す。


「サンキュ」


 明は特に警戒する事なくそれを受け取り、包みを開いて大きく頬張る。その顔が緩むのを見て、神楽も自分の分を食べ始める。


「ん、美味い。相変わらず上手だなあ……」


 裏のない明の褒め言葉に神楽も照れたように笑って謙遜する。


「慣れてますから。家が古くて、父親が厳格で……」


「それって『女は料理ぐらいできなければいかん!』みたいなやつか?」


「あはは……近いですね。わたしはこんな異端の目を持ってますから、この技術を活かせるか分からないですけど……」


「異端って……」


 確かにそうだけど、神楽に使われるとなんか引いてしまう明だった。


「……今、俺たちが食事に困ってないだろ。十二分に活かせてるじゃないか。別に気にしなくていいんじゃないの? 結婚なんてしない人もいるんだし」


「……わたしが人並みの幸せを得られると思ってるんですか?」


「うん。得ようと思えば誰だって得られると思うよ。別に幸せになるのに資格が必要なわけでもないし」


 神楽のある意味己を卑下しているともとれる言葉にあっさりと返答する明。彼自身、特に意図して行っている事ではなく、神楽も明の言葉には呆れてしまった。


「……バカ言わないでください。殺人犯が牢屋に入れられた後、幸せになれると思いますか? 無理でしょう?」


「世間一般の幸せは無理かもしれないけど、その人が幸せと思えれば幸せなんじゃない?」


「…………それもそうですね」


 まったく理解していない明に、神楽はため息をついて話を切り上げる。なんだかこのまま彼と話していたら自分がひどく滑稽になるのではないかと思い始めたのだ。


 明は幸せになるのに資格なんていらず、なりたいと思えば誰にだって求める権利はあると考えている。そもそも、その人にしか分からない幸せを取り上げる事は不可能に近い。


 だが、それを言っても神楽には届きそうになかった。明は価値観の違いだと考えてそれ以上の言葉は発せず、黙々とおにぎりを食べた。


「……そろそろ出発しましょう」


「分かった」


 言葉少なに昼食を終えた二人は再び、山道を歩き始めた。






 神楽の言う通り一時間も歩くと森が開けて、神社がポツンと建っているのが見えた。


「ここが……?」


 軽く汗の浮いた額をぬぐいつつ、明がそれを見上げる。


「はい、今回の目的地です」


「……あまり規模は大きくないみたいだな」


 軽く見渡してみるが、鳥居に本殿、後は倉庫ぐらいしか見当たらない。


 まったく神社の中などに詳しくない明でも、これはかろうじて神社の体裁を保っているに過ぎない場所であると分かるほどであった。


「ええ。ですが、こんな場所でもわたしたち退魔師――キリエさんに言わせれば鬼喰らいの拠点です」


「はぁ!? こんな小さな場所がか!?」


 こんな小さな場所に鬼を狩る人々が集まっているのかと思うと、明でも驚きの声を上げざるを得ない。


「まあ、今となっては半ば形骸化してますけどね。ほら、わたしたちにも生活ってありますから。それにこういう場所に固まっているより、分散していた方がいざという時に対応し易いんですよ」


「そりゃ……分からんでもないけど……」


 ここ以外にも支部はあるのだろう。しかし、一か所に固まるよりも何箇所かに分けて配置した方が守りやすいのは自明の理だ。


「普段は馬場さんという神職の方がいらっしゃいます。何も力は持ってませんが、この神社も誰かの管理が必要なので」


「売っちまえよ……役に立ってる形跡が見られないんだけど……」


「あはは……。ほら、何かの拍子でみんなが集まる時には必要なんですよ。こういう場所も役に立つ時がありますから」


 明の指摘に神楽は困ったような笑いでごまかし、本殿の中にズンズンと入っていく。その足取りに迷いがない事を確認して、明もそれに続く。


「誰かいるのか?」


「はい。わたしはここに明さんを呼び出すのが仕事でしたから、必ず誰かいるはずです」


 神楽はどんどん奥に進み、とうとう私室らしき場所にまで到達する。


「誰かいるならこの場所に……」


「あ、おい……」


 さすがに誰かのプライベートな場所に断りもなく入るのはどうかと思った明が止めようとしたのだが、止める間もなく神楽が中に入る。


 中はちゃぶ台とタンスが一つだけの簡素な部屋だった。押入れの中を明が見ると布団が置いてあり、ここで人が寝泊まりするのだと予想がついた。


「……誰もいない?」


「は? そうなのか?」


 明も続いて中に入り、周囲を見渡す。神楽の言う通り、そこには誰もいなかった。


「ということは……やっぱり」


 一瞬だけ驚いた様子を見せた神楽だが、すぐに落ち着きを取り戻して視線を下に向ける。


 ちゃぶ台の上に茶封筒が置いてあった。何やら普通の封ではなく、妙な字が刻まれているそれを神楽が手に取る。


「それって……」


「ある程度の実力を持つ退魔師にしか解けない封印です。試してみますか?」


 神楽が封筒を明に手渡す。本当に解けないのか気になっていた明も手に取り、開かないか試してみる。


「……へえ、開かないものなんだな。紙なら破れる力で引っ張っているのに」


 神楽を信じていないわけではないのだが、彼女が時々起こす訳の分からない行動という懸念事項があったため、半信半疑だった明は感心したような声を上げる。


「ここに書いてある字が封筒の保護も兼ねているんです。さ、そろそろ返してください」


 封筒を返すと神楽は真剣な表情で目をつむり、集中力を高める。


「……破っ!」


 神楽の念を受けた封筒がひとりでに開いていく。それを感動したような面持ちで明が眺める。こういう危険の少ない未知は大歓迎だった。


 中から紙を取り出し、神楽がざっと読み込んでいく。どんどん表情が険しくなっていくのが分かるため、明としてはちょっと戦々恐々だ。


「……で、どうだって?」


「……………………」


 勇気を振り絞った明が聞いてみるのだが、書かれていた内容に相当な不満があるのか、神楽はむっつりと押し黙っている。


「……この辺りに悪霊が出るそうです。あなたの鬼喰らいとしての能力も活用して、それを退治しなさいという命令でした。ちなみに馬場さんはすでに避難しているそうです」


「はぁ……。それのどこにお前の機嫌が悪くなる要素があるんだよ」


 悪霊というのがどんなものなのか気になる明だが、今は神楽が不機嫌な理由を探る事が先だと判断する。


「……悪くなってません」


 眉間にしわを寄せた神楽がごまかしにならない嘘を言う。明は心底呆れながらも、それは追及しない事にする。追求したら鳩尾を殴られそうだから。


「……わたしが支部に一番近かったのも納得します。それに今日一日誰もいなくなって手薄になってしまうのも分かります」


「か、神楽さん……?」


 ブツブツと独り言を言い始めた神楽に明は物理的に五歩下がる。何だか今の神楽からは近寄ってはいけない人の雰囲気がするのだ。


「ですがっ! これではわたしが納得できません!」


 溜めに溜めたうっぷんを全て吐き出すような勢いで神楽が叫ぶ。明はヤバいと直感で判断したため、耳を塞ぐのはギリギリで間に合った。


「い、一体何だって言うんだよ……」


「わたしにもプライドがあるんです……。悪霊なんて鬼にも劣る存在、わたし一人で充分です……!」


 どうやら悪霊というのはキリエと明が戦った鬼よりは下位の存在であるようだ。一人納得する明を尻目に、神楽は今にも部屋を飛び出さんとしていた。


「神楽、落ち着け。頼むから前後の説明を頼む。俺には何がなんだかさっぱりだ」


「…………そう、ですね。取り乱してしまったのは謝ります」


「いや、気にすんな。とりあえず説明を――」


 頼む、と明が言おうとした瞬間、神楽が右目を押さえる。


「この感じ……! さっそくお出ましですか……! 待ってなさい! 魔を打ち消すこの眼で浄化して上げます!」


 聞いているこっちが居た堪れなくなるセリフを吐いて、神楽は部屋を飛び出してしまう。明は止められる位置にいたのだが、神楽のセリフで硬直してしまったためできなかった。


「あの……思春期娘が!」


 おそらく彼女は悪霊と呼ばれる存在を倒しに行ったのだろう。悪霊という呼び方から考えても、良い存在だとは思えない。つまり何らかの危険がある可能性が高い。


 そこまで思い至って、追いかければ被るであろう命の危険に足がほんの少しの間、すくんでしまう。


「……っ! そんな場所にあいつを一人で行かせられるか!」


 臆病者の足を叱咤し、明は即座に走り出した。


 やたらと痛々しい言動が多々ある、優しい少女を心配して。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ