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二章 第三話

「ところでさぁ……キリエ」


 キリエに襲われ、二度寝して遅刻した日の午後、屋上で卵サンドをぱくつく明がちょっと思いついた疑問を口に出す。


 ちなみに神楽はここにはおらず、何やら楪に呼び出されていた。


(この前の授業でやらかした『わたしのそばに寄らないでください! わたしだけに見える霊がいます……!』って発言のせいだろうな……)


 明とキリエはその発言が出た瞬間、寝た振りを決め込んでいた。誰も好き好んで火中の栗は拾いたくないのである。


「なによ」


 そんな事はさておき、キリエはスカスカになった財布を寂しげに眺め、自分の分であるアンパン(安い)を食べていた。


「いや、ふと思った事なんだけど」


「だからハッキリ言いなさいよ。あたしが知ってて、答えても問題ないような内容だったら答えるから」


「じゃあ聞くぞ……神楽の目ってなに?」


 キリエの口がピタッと止まる。明はそのリアクションを見て、答えられない事を確信した。


「……一応、推測は着くけど……。正直、あのいきなり目を押さえて苦しみ出す理由までは分からないわ」


「ああ……あれは……ポーズじゃねえの?」


 お互いに遠い目になって、神楽の姿を思い出す。容姿と性格、どれをとっても大和撫子の称号がふさわしいと言える……のだが、あれが魅力を食っていた。


「うーん……自由にコントロールできる能力に苦しむなんて話、聞いた事もないし……」


「……言いだしっぺの俺が言うのも何だけど、この話やめない? なんか、このまま追求したら気付いちゃいけない事に気付きそうだ」


「……賛成。世の中、知らない方が良い事ってたくさんあるわよね」


 これ以上考察したらヤバいと思った二人は即座に話題を切り上げる。結局、神楽の目の謎は分からずじまい……、


「待て。せめてあいつがどんな力を持っているかぐらいは教えてくれ。推測でいいから」


 にはならなかった。キリエの発言をしっかり聞いていた明は神楽の能力の詳細を聞く。


「え? ああ……忘れてたわ。うーん……説明が難しいけど、あれよ。鬼喰らいの能力をそれっぽく言ってるだけじゃないかしら。ちょっと発現場所が特異ではあるけど」


「それだけなのか……? なんか、あの口ぶりだともっとありそうな気がするけど……」


 何というか、神楽の場合は懐から札を出しても不自然じゃない何かがある、と明は思っていた。


「……やめよやめよ! 本人に聞くのが一番よ!」


「……まあ、その通りだけどさ。素直に答えてくれんのか?」


 素直に聞いて答えてくれるとは思えなかった。キリエの能力は実際に見た事もあるから大体のところは分かっているのだが、それは例外だと明は考えている。自分の命綱である能力をそう他人にホイホイ教えるわけがない。


「ある程度ぐらいはね。たぶん、監視もしている以上、弱点が露見しないギリギリぐらいは教えてくれるわよ。向こうだってこっちの信頼稼いでおきたいでしょうし」


「そういうもんかね……」


「まっ、これもあたしが勝手に推測してるだけだから何とも言えないけど」


「結局、あれこれと分からない事を話しても分からずじまいって事か……」


 妙な敗北感と疲労感に包まれながら、明が最後の卵サンドを食べる。ちなみに五個目だ。


「……ねえ、あんた、卵好き?」


 先日の料理も卵尽くしであった事から、明はかなりの卵好きである事が予想できたキリエが恐る恐る聞いてみる。


「大好き」


 一切の躊躇なく答える明にキリエは頭痛を感じた。このまま彼の食生活に付き合っていたら卵尽くしな日々になってしまう。それは何としても避けたい。


 アキラの家に泊まるのはほどほどにしよう……、内心で決意するキリエだった。


「さて……昼休みも終わるし、次の授業は古典だ。早く戻って予習でもしておいた方が良いんじゃねえの?」


「うげっ、古典!? どうしてあんなのが授業にあるのよ?」


「偉い人に聞け。……ええい俺に八つ当たりしようとするな! ……だからと言って縋りつくな! うっとうしい!」


 明がぞんざいに腕を振るってキリエを叩き落とす。今までの仙人状態ならつつがなく受け入れていたのに、今ではまるで別人のようだった。むしろこちらの方が本人に近いのだが。


「うっとうしい!? そんな事言われたのあんたが初めてよ!」


「雰囲気も何もない、おまけに暑い! そんな日にくっつかれて嬉しい奴があるか!」


「ったく……あんた、いつからそんな怒りっぽくなったのよ。もっと昔のあなたに戻って!」


「それっぽく言っても無駄。これが俺の地だ」


 お前と会ってからの俺が異常だったんだよ、と言って明は踵を返す。キリエもその姿を見送って、ため息をつく。


「……変わり過ぎよあいつ。……いや、あいつの言う通り、本当にあたしに会ってから変わったのかもしれないけど」


 どちらが明の素なのか、出会って間もないキリエには判断がつかなかった。しかし、本人が特に気にしてなく、キリエ自身も今のままなら別に問題ないと判断し、今は古典の問題に頭を悩ませるべきだと考える。


「どうしてあんなのがあるのよ……そもそも、外国人に古典とか間違ってるわよ……」


 無駄とは分かっているけど、とりえあず明か神楽のどちらかに助けてもらおうと決心するキリエだった。






「……明さん、ちょっといいですか?」


 放課後、帰る支度をしていた明に神楽が声をかける。


「ん? 何だ?」


「あの……お願いしたい事があるんですけど、お時間よろしいですか?」


「別に構わないけど……引き受けるかどうかは内容にもよるぞ?」


 それで構いません、と神楽は返事をして教室を出る。


 そのまま廊下をズンズンと進み、職員室前で止まる。明はその後ろ姿をぼんやり見つめながらついて行く。


「……何で職員室? あれか? パシリか?」


「いえ、明さんにはもうちょっと大変な事を頼むつもりです」


「さて、今日の夕飯は親子丼にでもするかな……」


 無償でやっても良い頼み事のレベルを超えそうだと判断した明は即刻帰る支度を始める。


「ま、待ってください! 真面目な話なんです! せめて話だけでも――ぐっ……鎮まってください……、わたしの浄眼よ……」


 明の袖を掴もうとした手で右目を押さえて苦しみ始める神楽を見て、明はかなりげんなりした表情をして、渋々ながら話を聞く姿勢を取る。


「……俺はお前とは他人の振りして帰りたいんだけど、一応話は聞くぞ。何やらせる気だ?」


「本音をもう少しオブラートに包んでくれたっていいじゃないですか……。まあ、お願いっていうのはちょっとした事です。そんなに危なくもありません」


「はいストップ。お前は少しでも危険のある場所に俺を連れていくつもりか」


 明は神楽の言ったセリフの中に含まれる怪しい単語をしっかり聞き取ったため、及び腰になる。危ない場所に嬉々として行けるほど、彼の神経は図太くない。


「……まあ、あなたに拒否権はないんですが」


「……どういう事だよ」


 神楽の聞き捨てならない言葉に明の顔も剣呑なものになる。同時に、彼の頭はこれからお願いされる内容が半ば予想できてしまった。


「わたしの所属する組織から直々の依頼です。あなたを指定された場所に連れて来いとの事です。それで、その場所がやや遠くにあるので二日ほどお休みが欲しいわけです」


「……断ったら?」


「生かす価値もないと判断されて処分です」


 そちらに勝手に決めてもらう事ではない、と思う明だが、無力な自分にはどうしようもできない事も同時に自覚してしまう。


「……チッ」


 それがひどく腹立たしく、舌打ちしかできない自分が悔しかった。


「……安心してください。命令を聞けば当座の自由は保証されます。わたし、という監視付きではありますが」


 明の苛立ちが分かったのか、神楽がほんのわずかに頬を緩めて慰めの言葉を口にする。


「………………そうだな」


 もちろん、それで機嫌が完全に良くなる事などないが、それでも神楽に当たるのは間違っていると判断した明はうなずいた。


「では、楪先生から欠席のプリントをもらいますよ。さすがに無断欠席はマズイですからね」


「分かったけど……。どうやって?」


「まあ見ててください」


 なぜかやたらと自信満々な神楽に引きずられながら、明たちは職員室の中に入った。


「おう、お前らか。どうし……草木、女は大勢囲った方が良い、なんて思ってるんならやめとけ。……刺されるぞ」


「違います! 誤解しないでください!」


 楪が明たちを見た瞬間、異様に生温い目になって明の肩を叩いてくる。明は悲鳴のような絶叫を上げ、全力で無実を叫んだ。


「誤解も何も、この状況を見てそう思わない方が難しいだろ」


「う……、って神楽! 手を離せ!」


「あ、すみません。あまりに面白かったのでつい」


「わざとだな!? わざとやったな!?」


 神楽の言葉に思わず耳を疑ってしまう明。こんな一面があるとはまったく気付かなかったのだ。驚きもする。


「はいはい、振ったあたしが言うのもどうかと思うが、ここは職員室だから静かにしようなぁ。分かったか?」


『イエスマム!』


 楪に頭を掴まれ頭蓋骨がミシミシと悲鳴を上げている状況で、彼女に逆らうなんて選択肢は存在しなかった。


「よろしい。んで、用件は何だ?」


「はい。ちょっと実家の都合で二日ほど休みたくて。今日はそれを言いに来ました」


「問題を起こさなければ構わないが……。わざわざそれを言いに草木まで連れて来たのか?」


「ええ、わたしと懇ろな明さんも一緒に、と実家の両親に言われて」


 わざとらしく両手を頬に当て、くねくねと身をよじりながらの発言に明は度肝を抜かれた。


「はぁ!? 初耳だぞ!」


「言ってませんから。という事で、明さんも二日ほど休んでもらっていいですか?」


「だから俺はそんな事承諾してな――ごっ!?」


 なおも喚き立てる明の鳩尾に神楽の肘が容赦なく突き込まれる。呼吸すらままならずにパクパクと口を開け閉めしながらうずくまる明を尻目に、神楽が楪に許可をもらってしまう。


「ありがとうございます。それでは、また明々後日に」


 神楽は丁寧に頭を下げ、うずくまった明の頭を引っ掴んで職員室を出ようとする。


「あ、ああ……。…………草木、大変だと思うけど頑張れ」


 楪が明の肩を叩いて慰めるが、明はそんな事よりこの暴力巫女から助けてほしいと思っていた。


「たす……け……て……」


 明の声は誰にも聞かれる事なく、空気に紛れて消えていった。






「……で、あんたはこれから二日間、カグラと一緒に過ごすわけ?」


 その日の夕方、明は自宅でキリエに事情を説明する。説明し終わった時、キリエの顔はなぜか不機嫌になっていた。


「そうなるんだけど……。お前は来ないのか?」


「……あたしの見てないところで死なれても困るからね。でも、上からの命令って事じゃ迂闊に行動はできない。あたしにはそんな命令来てないし」


 わざわざ理由を説明してからの言葉に明は苦笑いするが、言葉には出さなかった。藪をつついて蛇を出す必要もないと判断したからだ。


「さいで。……まあ、そんな遠くには行かないみたいな口振りだったから、あんまり心配しなくても大丈夫だぞ」


「誰が心配なんてするか! あたしが不安なのはあんたが得体の知れない奴に殺される事だけよ!」


「はいはい、お前がそう言うんならそうなんだろうさ。俺にお前の気持ちなんて推し測る事しかできないしな」


 おざなりに手を振って、明はその話を打ち切る。なんか非常に大人の対応を取られた気のするキリエとしてはあまり面白くなかった。


「……カグラが上からの命令って言ってたらしいけど、気をつけなさい。組織の上層部が善人だけの集まりじゃないってのはどこ行ってもお約束だからね。何やらされるか、分かったもんじゃないわ」


「ん、了解」


 キリエは本気で心配しているのだが、今一つピンと来ない明は適当な返事をしてしまう。


「……フンッ!」


 それに気を悪くしたキリエはカバンを掴んで何も言わずに明の家を出ようとする。


「あ、おい!?」


 明の制止も聞かず、キリエは家を出る。直前、


「明日の鍛錬、行けなくて悪い!」


 見当違いな謝罪が来て、それがキリエの機嫌をさらに下降させた。


「人の気も知らないで……」


 キリエの拗ねたようなつぶやきは誰にも届かず、空に霧散した。






「ったく、何なんだあれ……?」


 一人残された明はキリエの不可解な行動に首をひねりながら、明日からの事について思考を巡らせていた。


(神楽の言ってる退魔師ってのも何か気になるし……。どの道、行くしか選択肢もないんだ。毒を食らわば皿まで。…………でも、痛いのも嫌だから死なない程度にやるか)


 覚悟を決めているんだかいないんだか分からない決意のようなものを固める明。それと同時に思いだされるのはキリエの行動である。


(ハッキリとした理由が分からないしなあ……。そんな状態で謝っても余計怒らせるだけだろうし……。何より、理由ぐらいは聞いておきたい。それが分かるまで謝罪は保留、と)


 意味も分からず謝るのが嫌だ、という子供じみた思いが明の中にあるのも事実だ。とにかく、後の事は後で考えよう的な思考のまとめ方をして、明は寝泊まりの準備を始めた。


(……何事もありませんように)


 誰からの命令でそうなったのかを考えれば百パーセントあり得ない願望とともに。

神楽と二人だけの旅行フラグが立ちました。しかしそれだけで終わるはずなどありません。


次回をお楽しみにしていてください。

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