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二章 第二話

 軽々と蹴っ飛ばされた明は地面に何度かバウンドしてから、立ち上がる。


「……いきなり物騒だな。これも鍛錬か?」


 立ち上がって埃を落としながら、明は蹴られた左腕を見てみる。


 骨折はしていないが、感覚がほぼ消えている。じわじわと治ってはいるが、ちゃんと使えるようになるのはこの戦闘が終わった後くらいだろう。


 キリエは明の質問に答えず、左手に持っていた鞘から刀を抜く。鞘を捨て、腰に差していた拳銃を左手に持ち、完全武装だ。


「…………」


 蹴っ飛ばされるまではギリギリ明も冗談で済ませようと思っていたのだが、さすがにこれは笑って済ませられる領域を遥かに超えている。


 殺らなきゃ殺られる。それを本能に叩き込まれる形で理解した。


「……クソッ」


 鬼の姿になるには一瞬の間が必要なため、敵の前で迂闊に変わる事はできない。それを理解している明はまず後ろに下がろうとして、キリエの撃った銃弾で足を貫かれる事によって阻止される。


「っ! くぁぁぁぁぁ……っ!!」


 膝をつき、声を上げないようにしても苦痛の声が漏れてしまう。そんな明をキリエは冷徹な瞳で見下ろす。


(……今だ)


 痛みに耐える事で意識の大半が回される中、かろうじて残った理性の部分で鬼へと変化する。


 皮膚が鋼色になり、少なくとも銃弾で傷を負う事はなくなる。ついでに上昇した再生力で先ほど受けた銃創もすさまじい勢いで治癒を始める。


 あっという間に足の傷がなくなるのをキリエは驚いた様子で見つめ、すぐに第二射を放つ。


 鋭い金属がこすれ合う音と、ほんの少しの火花が明の目前で散る。目を覆っておいてよかった、と安堵する暇もなく、明の頭上に影ができる。


「くっ!」


 直感に従って後ろに跳ぶ。それすらも予測したようにキリエが刀の軌道を修正し、明の腕を斬り付ける。


 鋼の皮膚のおかげで斬り落とされる事こそなかったが、それでも鋭い切り傷が腕に走る。


「いっつ……」


 すぐに治るとはいえ、痛い事に変わりはない。一生に一度負うか負わないか、と言ったレベルの重傷を何度も受けているのだ。痛みに慣れる事はそうないだろう。


 だが、痛みに悶える時間すら与えられずにキリエが追撃に入る。


 全力でバックステップを連発しつつ、キリエの方を見て叫ぶ。


「いったい何なんだよ! 鍛錬にしては物騒過ぎるだろ! 殺す気か!」


「……答える義理はないわ」


 キリエは表情を変える事なく返答し、刀を振り上げる。


 その姿に以前立ち向かった鬼に感じたナニか――死の恐怖を感じてしまう明。


「――っ!」


 今度こそ本気でヤバい。今までの攻撃も避けなければ致死確実の攻撃ではあったが、物理的な攻撃以外の精神的な攻撃で明の心が折れてしまう。


 元より大した恐怖を感じなくなっている現状だが、それでも目的もなくキリエに刃を向ける事はできない。やはり取れる道はたった一つで、




 ――逃げるしかなかった。




 背中を向け、一目散に駆け出す明をキリエは冷静に拳銃で狙いを定める。そして発砲。


「ごほ……っ!?」


 火薬の爆発する音が聞こえた、と思った瞬間、明の体は大きく前方に吹き飛ばされていた。背中には複数の痛みが点在し、一回の発砲音の間に何回も撃たれた事を示していた。


(あいつの……確か多重実像銃撃(パラレル・ショット)だったか。そこまでやってくるのかよ……)


 貫通こそしていないが、皮膚がところどころへこんでいるのが分かる。骨が折れるとも、皮膚が破れるとも違う痛みに顔をしかめつつ、立ち上がって再び逃げの姿勢に入る。


 だが、キリエはそれを許さず刀を振るう。


 背中に袈裟がけの斬撃が走り、赤い筋ができる。


「ぐ……っ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!」


 今までの痛みはあまりの鋭さに声を上げる事すら許されないものだったが、今のは違った。明らかに相手への苦痛を目的として振るわれた攻撃だった。


 痛みにのたうち回る明をキリエが冷たい瞳で見下ろし、さらなる追撃をかけるべく刀を振り上げる。


 明滅する視界でそれを捉えた明は地面をゴロゴロと転がる事でそれを避け、同時に思う。


 ――何でこんな目に遭っている?


 そもそも、今までの自分を振り返ってみても落ち度は感じられない。それなのにこの仕打ちは何だ?


 無様に地面を転がり、砂を噛み、血を流す。どれも自分を喰らうと言った少女が与えた屈辱だ。


 そう考えてしまうと、ふつふつと腹の奥底から何やら熱いものが湧き出てくる。


 キリエと出会ってから久しく感じていなかったこの感情、それは――




「ふざ……っけんなあああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」




 怒りだった。


「ふざけんじゃねえ。ふざけんじゃねえぞ! 何で俺がいきなり殺されかけなきゃならねえんだよ!」


 怒りが苦痛なんてものを塗り潰し、すぐさま起き上がって振るわれたキリエの刀を弾き飛ばす。


 そこで初めて、キリエが驚いた顔をするが、怒りで頭に血が上っている明は気付かずに距離を取る。


 確かに頭に血は上っており、一発どころか百発近く殴ってやりたい気持ちはある。だが、正面から挑んでも返り討ちにあうのがオチだと明の冷静な部分は告げていた。


 ならば、と明は灼熱する思考の中でキリエをボコれる道を模索し、選択する。


 取った行動は再び逃走。しかし、今度は森の中へ逃げ込むように、しかもトップスピードのまま跳躍をして森に入ったため、キリエでもすぐには追えない。


 追撃が来ない事を確認してから、明は地面と平行に浮いたまま人間の姿に戻り、指先に淡い緑の光を生み出す。


 この場で思いついた鬼と鬼喰らいの力を共存させる方法だ。鬼の身体能力で距離を取り、取っている間に鬼喰らいの力を発動して使用する。そうすれば少なくとも敵から距離を取りつつ能力使用は可能だ。


 ……他人にかける場合、自分の体は着地に必ず失敗する事がネックだが。


 その緑色の光を明は見詰め、己の胸に当てる。


(……よし、イケる!)


 キリエの言っていた通り、全身の細胞が力を生み出しているようなゾクゾクした快感がある。そして、今なら何をやっても上手くいくと言った万能感も存在する。


 すぐさま鬼に戻り、着地する。そして、鬼としての潜在能力がフルに発揮されている――つまり身体能力の異常向上を果たした体でこちらから反撃に出た。


 いきなり姿を現した明の姿にキリエは少なからず不意を突かれた様子をして、次に明の体を覆っている光を見て瞠目する。


 そんな隙、普段の明なら絶対に見逃していただろう。しかし、今の彼には首を差し出されているようなものだった。


 今までとは段違いの速度でキリエの背後に回り込み、後頭部を掴んで地面に押し倒す。


「……っ!」


 息が吐き出される音がうつ伏せに倒れたキリエの喉から発せられる。そんな事を歯牙にもかけず、明はキリエの頭を掴んでいる腕を振り上げて今度は仰向けに倒す。


「かはっ!」


 キリエが苦悶の声を上げるが、ここからが本番だと言わんばかりに明は拳を作り、キリエの顔に振り下ろそうとして、




「そこまで!!」




 神楽の声に制止させられた。


「……んだよ。止めんな」


 しかし、現在の明にまともな思考など不可能な話だった。神楽の制止など聞かずに拳を強く握りしめる。


「別に殴っても構いませんが、その場合はわたしの浄眼があなたを貫きますよ」


「………………チッ」


 さすがにここで刹那的に殴るつもりもなかったのか、明は盛大に舌打ちをしながらキリエから手を放す。キリエがごほごほと咳き込んで酸素を取り入れているが、知ったこっちゃなかった。


「……よもやあそこまでキレるとは。予想外だったわね」


「あのな……。あれだけの事やられて怒らないわけないだろ!」


 キリエの独り言に明が律儀に反応し、再び拳を握る。


「ハイ殴っちゃダメですよー。あ、人間に戻ってならいくらでもオッケーです」


 神楽にすかさず止められるが、人間の状態なら殴ってよしとも言われる。


「分かった」


「分かったじゃない! あたしだって悪いとは思ってるのよ!」


「じゃあ大人しく殴られろ!」


 ぎゃあぎゃあと言い争う二人を見て、神楽はひっそりとため息をつく。仲が良いんだか悪いんだか……。


 一しきり言い争った後、キリエは決まりが悪そうな顔をして頭を思いっきり下げた。


「その……ごめんっ!!」


「悪いと思うなら殴らせろ。な?」


 その清々しい謝り方を見てなお、明の怒りは収まらなかった。こちらも一見爽やかな笑顔を浮かべて、拳に力を込めている。


「ちょ……外道過ぎない!? せめて理由を聞いてからでも良いんじゃない!?」


「聞く前にまずはやった事について殴る。内容次第ではさらにプラス」


「本物の悪魔ねあんた! 人の皮かぶった悪魔でしょ!」


「何とでも言え。で、理由は?」


 キリエとのやり取りに疲れたのか、明が先を促す。正直なところ、鬼の体で長時間戦い、さらに鬼喰らいの能力も使っているため、もう一歩たりとも動きたくない状態なのだ。


 ……それでも握った拳は絶対に開かないあたり、キリエに対する怒りは相当なものがあるらしい。


「……あんたの心を治そうと思ったのよ」


「チェストーー!!」


「やめなさい! 一応、根拠はあるのよ!」


 明の拳を手のひらで受け止めつつ、キリエは自分の身に迫った危険に冷や汗をかきながら説明を続ける。


「ほら、あんたの場合、鬼になったり鬼喰らいになったり、色々と不安定な存在を行ったり来たりしたでしょ?」


「……それで?」


「あんたも調べて分かったと思うけど、これを治すには普通の医者じゃ無理」


 キリエの言っている事は神楽含めた三人の共通認識であり、そこからが問題であった。


「それぐらい分かってたさ。だから手詰まりになってたんだろう」


「いやー……荒療治だけどさ、一個思いついたんだわこれが」


「……まさか」


 内容に思い当たった明は頬を引きつらせる。確かにそれが行われた今は、感情というのが明確に理解できているからだ。


「うん。理不尽な極限状態にさらされれば、あんたも怒ってそこから色々と思い出すんじゃないかなー……って思った……ん……です……けど……」


 明から発せられる怒りのオーラに説明がどんどん尻すぼみになってしまう。最終的には正座して敬語になりながら上目遣いで明を見上げるキリエ。


「……………………ダメ?」


「……本当なら、二百発ぐらい殴ろうとしていたんだけど」


 拳を上げる明にキリエは思わず目をつぶってしまう。


 しかし、予想に反して与えられた衝撃はコツン、と言った優しいものだった。


「一応、悪いとは思ってるみたいだしな……。それに結果論で俺のためにもなったわけだし。昼飯に卵サンドおごってくれりゃいいよ」


 思いのほか温情のある言葉にキリエは思わず明をマジマジと見つめてしまう。


「何だよ」


「いえ……あんた、本当に怒ってないわけ? やっぱりまだ完全には治ってないの?」


「俺に聞くなよ……。いや、反省してる奴をさらに責めるのはなんか気分が悪くて……。特にお前の場合、見た目はいいから罪悪感が……」


 割と自分勝手な理屈ではあるが、明としても過ぎた事をグダグダと言うつもりはなかった。攻撃されている時は殺しても殺し足りないくらい怒り狂っていたのに、人間というのは現金なものである。


「……じゃあ、卵サンドでいいわけね。今日のお昼は卵サンドを十個買ってあげるわよ!」


「いや、そんなに食わないから」


「はいはい、お二人の仲は良く分かりましたので、そろそろ話を戻しましょうね」


 話が雑談に切り替わりかけた時点で神楽が話に割って入り、二人もそれに付き合う。


「別にそこまで良くなった覚えはないんだけど……」


「あたしも……」


 当人たちの認識ではまだ友人である。もっとも、二人の場合は一緒にいて体験した出来事が修羅場のみなので、戦友と言った表現の方が近いかもしれない。


「とにかく、明さんの調子はどうですか?」


「俺? ……ちょっと変わった、かな。たぶん、前みたいな事にはならないと思う」


「それは幸いです。……キリエさん、明さんのセンスはどうですか?」


 明の体調を聞いてから、神楽はキリエに小声で質問する。先ほどの攻防にはそういった意味も含まれていたのだ。


 突発的な攻撃に対する応戦の仕方。最初の方は戸惑っていたためひどいものだったが、後半のキレてからの動きには目を見張るものがあった。


「鍛えればものにはなると思う。スペックだけならあたしたち超えてるから、ちょっと基本とか駆け引き教えれば一気に伸びるわね」


 キリエも神楽に耳打ちをして、率直な評価を告げる。もっとも、能力使用有りの勝負でキリエが負けるつもりなど毛頭ないが。


「そうですか……。明さん。今日の鍛錬はなしで、明日から本格的にやるそうです」


「ってか、これから鍛錬やれ言われたら死んでるぞ……」


 今でさえ体が結構ガタガタなのだ。これから学校へ行けるかどうかも怪しい。


「ああ、それと……。今日はわたし、学校には遅れて行きます」


「どうして?」


「ちょっと組織の方から気になる情報が流れてきたので、そちらを確認してみる事にします。何か分かったら教えますので。……うっ、右目がうずく……!」


 フラフラと右目の眼帯を押さえながら、神楽が去っていく。明はそれをおざなりに手を振って見送った。


「……帰るか」


「……そうね」


 神楽のあの姿を見ただけで異常な疲労感を感じた二人は、肩を落として帰路についた。


 ――とりあえず帰って二度寝しよう。


 二人の心は妙な部分で一つになっていた。

キリエさん無双の回です。能力使用なしの明では逆立ちしても勝ち目は薄い相手です。




それともうすぐ大学が始まりますので、この更新ペースを保てるかどうか怪しくなってきました。少なくとも四月まではこのペースを保つつもりですのでよろしくお願いします。

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