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二章 第一話

「えー、それでは第一回アキラの心を取り戻す会議を始めたいと思いまーす」


「わー」


 企画者はキリエで参加者は神楽一人。ちなみに明はこの会議の存在を知らずに入浴中。


「さて、本日の議題は分かりやすく、あのバカの精神疾患をどうにかして治す事にあります」


「はい、そうですね。普通の心の病とは違いますから、医者にどうこうできるとも思えませんし」


 精神の病気というのは根源を理解して初めて治せるものであり、明の場合は原因は分かり切っているのだが、そこからどうすればいいのか一切不明という実に難儀な状態なのだ。


「おまけに現在進行形……。今はアキラが自覚してるから進行も遅くなってるけど、いつまで持つものやら……」


 それに肝心の本人も気合は入っているのだが、方法が何一つとして思い浮かばないため、現在は我武者羅に図書館で調べ物の日々だ。


 ……だが、人間から別の存在になったため精神に異常をきたしています、なんて症例が存在するはずもなく、未だ五里霧中の状態である。


「……それはそうとカグラ。あんた海水浴に行ったあとからアキラと仲が良くなったみたいだけど、何かあったわけ?」


「え? 自己紹介をしたくらいですよ」


 それは良く考えれば、海に行くまで明はただの名も知らぬ他人と同レベルに思われている事になる。先日の海水浴で初めて、明は人間として認められたのだ。


「そ、そう……。あたしより扱いが冷たいわね」


 神楽の言った事の意味に気付いたキリエは額に汗を浮かべ、そんな状態の神楽とずっとコミュニケーションを取ろうとしていた明の苦労を割と本気で称えた。


「ま、まあ、それはさておくとして。問題は方法よね」


「やはりわたしたちだけでは難しいと思います。鬼を専門に調べている組織でもあればいいんですが……」


「期待薄ね。そんな組織があるんならあたしたちが気付いているはずだし、何よりほとんどの鬼をあたしたちは喰ってるから」


「……疑問なんですけど、どうして鬼を喰らうんですか? 調べるためには何体か生け捕りにした方がいいのでは?」


 神楽の疑問にキリエは実にあっけらかんと返した。


「ああ、無駄なのよ。あいつら死後腐敗の進行速度が異常だから」


「え? それってどういう……」


「あたしたちも何とかしようとはしたのよ? 防腐剤使ったり、ホルマリン漬けにしようとしたり。でも結局断念。あいつら、死後十分も有れば余裕で土に還れるわよ」


 だからあたしたちは無駄にしないように早めに喰ってるわけ、とキリエが肩をすくめて話を切る。神楽は自分が知らなかった事をふむふむと感心しながら聞いていた。


「……ところで、キリエさんってずいぶんと鬼の歴史に詳しいですけど……、この世界に入って長いんです?」


「まあ、七年以上いるからそれなりに古株には入るでしょうね」


 鬼喰らいの業界は結構入れ替わりが激しく、弱肉強食の世界だ。弱ければ鬼に喰われ、強ければ鬼を喰らってさらに強くなれる。


 キリエはその中では割と強者の位置に立っていた。能力が強力な事も一因にあるし、彼女自身の戦闘センスもそれを後押ししていた。


「へぇ……。って、話がずれてましたね」


「……結局、雑談で終わるのかしら」


「わたしたち、いえ、人類全体が鬼に関して知ってる事が少な過ぎます……」


 自分たちの無知を一しきり嘆いた後、このままではいけない事に気付く。だが、何も分からない。


 悪循環ではあるが、突破する方法がない。今日もキリエと神楽はため息をつくしかなかった。


「……ん? 何してんだ?」


 二人が自分たちの無力を感じてほんのり鬱になっていると、明が濡れた髪をタオルでガシガシ拭きながら現れる。どうやら二人が雑談をしている間に風呂から上がってしまったらしい。わずか五分足らずの短い時間で。


「相変わらず短いわねえ……。そんなんで本当に体洗えるの?」


「お前らが異常だ。男なんてざっと入る程度で充分なんだよ」


 キリエと神楽は平気で三十分近く入浴に時間をかける。そちらの方が明にとっては理解できない事だった。


 以前、入浴時間の限界に挑戦した事があるのだが、十五分で飽きが来てしまった。女性というのは不思議な存在だ、と結論付けたのは二日ほど前だった。


「んで、キリエはそろそろ帰れ。先生が心配するだろ」


「ああ、大丈夫。今日は泊まるから」


「そういうのは事前に言え」


 常識に当てはめれば信じられない言葉なのだが、今の明に欲情するほどの情動はなく、ただ淡々と苦言を弄するばかりだ。


「……なんか思うところないわけ?」


 キリエとしてはせめて慌てふためいてもらえば、それが状況の改善への切っ掛けになるかもしれない、と打算めいたものもあったのだが、見事に打ち砕かれてしまった。


「いや、今言った事が思った事だけど」


「……もういいわ」


 疲れたようなため息をついて、キリエは首を横に振る。明は何が何だか分からないと言った風に首をかしげていた。


「まっ、今の話は置いといて、そろそろあんたを本格的に鍛えようと思うわけ」


「ふむ、なるほど」


 キリエの言葉に明は以前、二人で鬼を倒し終わった後、キリエがそんな事を言って自分は受け入れた事を思い出す。


 あれから十日前後経過している。キリエの性格を考えれば、今まで何もやらなかった日々の方が異常だろう。


「アヤメから許可はもらってるし、しばらくは泊まり込みであんたを徹底的に扱くわ。具体的な内容は伏せておくけど」


「なぜに」


「……知りたいの?」


 絶望したいの? と聞かれている感じがしたため、明はブンブンと首を横に振った。誰だって好き好んで地雷原に足を突っ込んだりはしない。


「ああ、それとアヤメから伝言。『不純異性交遊はほどほどに』だそうよ」


「帰ったら伝えといてくれ。『外れだと分かっている相手に自分から手は出さない』って痛いんだが」


「だ・れ・が、外れ、ですって!?」


 女性に対してあまり言ってはいけない発言を悪びれもなく言う明に、キリエは鉄拳制裁を加える。明も明で特にダメージを受けた素振りも見せずに平然としていた。


「とにかく! 明日は四時から鍛錬だからね! 寝坊したらぶった切るわよ!」


「ずいぶんと物騒な事で。……分かった。四時だな。神楽はどうするんだ?」


 明はひょいと肩をすくめ、神楽の方を見る。


「わたしは帰ります。もう少し支部の方で鬼に詳しい人を連れて来れないか掛け合ってみます」


「お願いするわ。あたしは日本の支部はあまり詳しくないから……」


「それは仕方のない事です。キリエさんはキリエさんで頑張ってください」


 そう言って神楽はふんわりほほ笑む。だいぶ打ち解けてきたな、と明も頬を緩めてその光景を見る。神楽もキリエとは最初から普通に接していた、という事実には目をつむる。まともに考えたら悲しくなりそうだったから。


(……まあ、ちょっと荒療治だけど、やってみる価値はあるわよね)


 神楽が帰り、明たちも各々の寝室に潜ってから、キリエは一人覚悟を決めたような顔をしていた。






「……四時にここを指定したのはあいつなんだがなあ」


 四時十分前に明はキリエに指定された場所――図書館近くの広場に突っ立っていた。


 あまり人も通らず、思いっきり動ける広い場所。その条件を満たしている場所はここしかなく、明もキリエもそれで納得していた。


 まだ太陽も昇り切らない薄暗い外で明は動きやすく、なおかつ破れても大丈夫な服を着てキリエの到着を待っていた。


「言った本人がいないってどういう了見だか」


 本来なら苛立っても良い場面でも、明は肩をすくめているばかり。一見すればおおらかな人にも取れるが、明のそれはすでに無心の領域である。


「にしても、鍛錬ねえ……」


 明は己の手のひらを握ったり開いたりを繰り返しながら、以前の自分と変わったところを考えてみる。


 まず、自由自在に鬼の姿へ変わる事ができるようになった。この時はキリエを超えるほどの身体能力を身につけ、鋼の高度を誇る皮膚で防御もできるようになる。おまけに精神の高揚もあるため、敵に対しても恐れずに立ち向かえる。


 その代わり、人間の姿に戻った時に全身の筋肉がねじ切れるような激痛に襲われる上、鬼になっている間は鬼喰らいとしての能力は一切使えなくなってしまう。


 次に鬼喰らいの力。再三にわたる検証の結果、連続で使える回数は二回までが限界だという事が分かった。二回使ったらもう寝る事しかできないくらい激しい虚脱感に襲われるため、戦闘も考慮に入れると一回が妥当な線だ。


 そして、能力の内容は一度だけの潜在能力の開花。緑色の光に包まれている間は成長限界に到達している状態と同じになるのだ。一度攻撃をすれば効果は消えてしまうが、破格の能力と言える。


 ただし、能力の発動中は一切の身動きはおろか、話す事すらできなくなってしまう。おまけに相手に触れなければ能力強化は行えないため、前線にいる必要がある。


 前線で無防備に止まっている人間がいかに危険かは言わないでも分かるだろう。明は鬼喰らいとして前に出てはいけない能力を持っているにも関わらず、能力を使うためには前に出る必要があるのだ。


 鬼としての身体能力と鬼喰らいの異能を併せ持つ。こう書けば聞こえはいいが、実際は両立させる事などできず、どちらも不完全が良いところなのである。


 身体能力は高いけど、体術などの部分がへっぽこ。異能としては破格だけど、何回も使えず、使用中は無防備になる上、相手に触れる必要があるから常に前にいる。


 キリエでも扱いにくい事この上ない明のスペックを冷静に見て思わず、


「使えなっ!」


 と言ってしまったほどだ。そして明は三時間ほど部屋に引きこもった。


「うーん……どうやって鍛えるつもりなんだろう……」


 自分でも不便な体だな、と思いながらキリエの訓練メニューに疑問を持つ。


 どう考えても鬼喰らいとしてのデメリットは改善不可能だ。相手に触れずに強化をする事や、使える回数を上げるくらいなら何とかなるかもしれないが、他の事は難しいと言わざるを得ない。むしろ能力の破格ぶりに比べれば少ない方かもしれないくらいだ。


 ならば、短時間で行えるものは身体能力の向上と体術のイロハを教わるのが関の山だろう。


「まあ、本人がいない以上、いくら予想したって意味はないんだけど」


 そこまで考えて、思考を意味のないものとして打ち切ってしまう。


「にしても……あいつ遅いな……」


 すでに四時も半分を過ぎている。言いだしっぺなんだから遅刻はマズイだろう、そんな事では世の中苦労するぞ、と明はキリエに言っておくべきか真剣に悩む。


「……ん?」


 その時、周りの音が消えている事に気付く。今までは鳥の鳴き声や、風によってざわめく葉がこすれる音などがあったのに、今はそれがない。


「…………」


 何かがおかしい。そう思った明はわずかに警戒の姿勢を見せる。


 次の瞬間、明の体は横に吹き飛ばされていた。


「……っ!?」


 声も出せずに吹き飛ばされる明。正体不明の衝撃を受けて錯乱寸前の意識が人影を捉える。




 それは鬼と対峙している時と同じくらい酷薄な表情をして、蹴りに使ったであろう足をゆっくりと下ろすキリエの姿だった。

二章スタートです。この章で新キャラを出す予定は特にありません。


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