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閑話 前編

 それは残暑激しい日の事だった。


 キリエ、神楽という二人の転校生ラッシュも落ち着き、少なくともざっくばらんな一面のあるキリエはクラスに馴染み始めた頃だった。


『なあ、親睦会も兼ねてみんなで海行かないか?』


 そんな提案が出たのは。






 正直な話、明としてはあまり興味がなかった。確かに暑さは感じるが、別段騒ぐほどうっとうしく思っていたわけじゃない。


 これも鬼としての変質かな、と気楽に考えて思考を止める。最近、楽観主義が激しくなってきているのだが、本人が気に留めていないため大して問題にもなっていない。


「あたしは行くわよ。アキラ、あんたも来るのよ」


 傍観に徹していた明の前にキリエがやってきて、いきなり命令口調で話しかけてくる。


「……何でまた」


(あのね、あんたを見張るって言ったでしょ。あたしが行くところにはあんたがいないとダメなのよ)


 不満の声を隠そうともせずに上げようとするが、キリエが耳打ちして黙らせる。


(だからってな。それは理不尽ってもんだろ。七海さんかお前、どっちか片方が見張っていればいいじゃないか)


 最初の方は監視を息苦しく思ったのだが、最近ではそれも慣れてしまった。それに元を正せば鬼となった自分が悪いのだ。仕方ないと言えばそれまでである。


(……それじゃあたしに自由がないじゃない!)


(俺だってない状態だ。ってか海ぐらい一人で行ってくりゃ良いじゃないか。こっちには七海さんがいるだろ)


 逆ギレ気味のキリエに明も淡々と返す。だが、キリエはなぜか顔をしかめてさらに明へ詰め寄る。


(あっそ、嫌なら別に良いのよ。カグラと気まずい時間でも過ごす?)


(う……、それは……)


 大抵、明の家にはキリエか神楽のどちらかがいる。キリエは楪の家にホームステイしているため、週に二日程度だが、神楽は泊まる事すらある。もちろん、部屋は別だ。


 神楽が泊まる際、明は何度も『襲いませんよね?』と念を押されていたが、的外れも良いところだ。キリエの考え通り、仙人のごとくあるがままを受け入れるようになった明に神楽を襲う意志など湧くはずがなかった。性欲ってなに? とか思い始めている。自らの環境に対して運が良いのか悪いのか。


 それはさておき、二人が家にいる時の会話は基本的にない。明の方でコミュニケーションを取ろうと何か話しかけたりはする。しかし、返事はいつもつれないものだった。


 そのため、神楽と明の二人だけの空間は非常に気まずい。明でさえ途中で逃げ出そうとした事があるくらいだ。


 ……そしていきなり右目を押さえて苦しみ始めるのはやめてほしい。対処に困る上、自分の妄想を暴露させられているみたいで心がグサグサ痛む。


(それにほら、カグラもこのままじゃ馴染めないだろうし……。ちょっとくらい手伝ってやってもいんじゃない?)


 キリエはキリエで神楽をクラスに馴染ませようという思惑があったらしく、それを自分一人の我がままで無碍にするのは憚られた。


(……まあ、仕方ないか。確かにあのままじゃ俺も胃がやられそうだったし……。もう少しくらい砕けてくれてもいいよな)


 あの口調は癖みたいだからこちらが慣れるしかないが、せめてあの固い雰囲気は直してほしいと常々思っていた明に否やはなかった。


「ってことで、カグラも来るわよね?」


「えっ? わたし、もですか?」


 いきなり話を振られた神楽が慌てて明の方を見る。『行くんですか?』と無言で聞いているのがありありと分かる。


「俺とキリエは行くつもりだけど」


「草木さんが行くなら……わたしも行きます」


 字面だけみれば誤解されそうだが、この二人の間にそんな暖かい感情など一片たりとも存在しない。明の方はせめてその態度だけは何とかしてほしいと思っている。


「草木……お前、我々の血の盟約に背く気か……?」


 キリエとは気の置けない付き合いをして、さらに神楽には男冥利に尽きるセリフを言われている明を三上は人を殺せそうな声を出した。


「そんな盟約を交わした覚えはない」


「ウソだ! 俺とお前は前世からその盟約によって結ばれていたはずだ!」


「気色悪い」


 三上を殴り飛ばして物理的に黙らせる。当然、手加減込みだ。本気で殴ったら首の骨がへし折れている。


 さしたるダメージを受けた様子もなく立ち上がる三上に全員が呆れた視線を向ける。手加減したとはいえ、明もそれなりに力を込めていた。事実、殴られて二メートルくらい宙を浮いていた。


「いってぇ……。ったく、ちょっとくらい手加減しろよ」


「へいへい、悪うござんした」


「謝る気ないだろ……。これは今度、我が家に招待せざるを得ないな」


「正直、悪かったと思ってる。だからそれは勘弁してくれ」


 即座に謝罪の姿勢に入る明に対し、みんなが呆れた視線を向ける。特にキリエなんかは蔑みすら感じるレベルだ。


「なっさけない……。なに? 三上くんの部屋に招かれるのがそんなに嫌なの?」


 キリエの質問に一も二もなくうなずく。それを見て、キリエも眉をひそめる。


「……どんな感じ?」


 この上なく深刻な表情で、額に汗をにじませながら明に問う。


「……ゴミ屋敷」


 たった一言で説明は充分だった。明含む全員が三上から一歩離れる。特に神楽などは綺麗好きなのか、壁際まで後退していた。


「な、何だよお前ら。それと草木! あれはゴミじゃない! 宝の山だ!」


「部屋の片づけができない奴はみんなそう言うんだ。つまり飲酒者と同じだな」


 三上の言葉に間髪入れず反論する明。最近、割とよく見られるようになった光景だ。


 前は明が途中で逃げていたため、こんな事になるなど誰にも予想できなかっただろう。悪い変化ではないので、誰も気にしていないが。


「って俺の部屋の事はどうでもいいんだよ! みんな、海来るのか!?」


「あー……俺は行く。何だかんだ言って今年初めてだし」


「あたしも行くわよ。日本の海って初めてだから楽しみー!」


「わたしも……ご一緒させていただきます」


 明たちは参加の意を示す。三上はキリエと神楽の了承が得られた事にガッツポーズ。


「っしゃあ! 草木はどうでもいいけどこの二人はレアだ!」


「もうちょっと本音は隠そう。長生きできないぞ?」


 額に青筋を浮かべた明が再び拳を握る。それを見て慌てて逃げ出そうとする三上。


 とまあ、こんな感じで明たちの海水浴は決定した。






「……なあキリエ」


 場所は変わって草木家の食卓。明は自作のニラ玉を口に放り込みつつ、ふと思った事をキリエに聞いてみる。


「なによ」


 向かいに座っているキリエは卵スープをすすりながら明の方を見る。


「お前、水着って持ってんのか?」


 ドイツから来た際に捨ててしまっているのではないだろうか、という純粋な疑問からの質問だったのだが、キリエからゴミを見るような目で見られたため、意図は通じなかったようだ。


「……変態」


「まったくです」


 キリエだけではなく、隣に座っている神楽にまで変態扱いされて泣きたくなる明。ちょっとした疑問を口に出しただけなのに。


「……持ってるわよ。あたしだって海に行った事がないわけじゃないし、今年の水着ぐらい用意してあるわ」


「わたしも一応……」


 控えめながらもキリエの言葉に神楽が追従する。


「こっちも心配で言ったんだけどなあ……」


「男がそんな事言うんじゃないわよ。あたしたちの水着姿に興奮してればいいの」


「へいへい」


 からかうように投げかけられた言葉を明はサラリと流す。あまりにあからさま過ぎたため、明もさして動揺する事なく対応できたのだ。


「それにしても……卵料理多くない? ってか、今日の献立卵尽くしよね」


「それのどこが悪い。卵。味、栄養価、コストパフォーマンス。どれを取っても素晴らしい万能食材じゃないか。そもそも卵とは古来より栄養食としてだな……」


 キリエが何気なく振った一言が明のスイッチを押してしまったらしい。卵の素晴らしさについて熱弁する明を見て、キリエは二秒前の自分を殴り倒したい衝動に駆られた。


「……ふぅ」


 明とキリエのやり取りを見つめていた神楽は、何かに疲れたようなため息をこぼした。






 海水浴の当日は適度に暑く、絶好の海水浴日和とまではいかないが、少なくとも海で寒い思いはしなくて済む程度の気温だった。


 それが功を奏したのか人もあまり多くなく、好き勝手に泳いでも問題はなさそうだ。


「海だー!」


「いきなり叫ぶなウザい」


「ウザい!?」


 海が見えた瞬間、テンション高い叫び声をあげた三上に明の突っ込みが入る。


「そいつは失敬。……いやぁ、海だよ海!」


 明の突っ込みを受けても、特にひるむことなく三上は明の肩を掴む。明の方も迷惑そうに顔をしかめているが、逃れようとはしない。


「見りゃ分かる」


 明は三上のハイテンションに若干ついていけないようだった。到着早々、ひどく疲れた顔をし始めている。


「……お前。男俺たち二人、他全員女性なんだぞ! この状況で興奮しない奴がいないか!? いや、ない!」


 急な決定だったため、行ける人数はかなり少なかったのだ。他にも、三上が徹底的に暗躍した結果でもあるとかないとかの未確認情報が明の耳に届いている。明自身、特に追及するつもりはないが。


「わざわざ反語まで使うな。それに他全員つったって、先生とキリエたちだけじゃん。俺たち含めたって五人しかいないぞ」


 楪は引率役兼キリエの保護者として海水浴に同行していた。ちなみに現在、女性陣は水着に着替えるべく更衣室に入っている。


 男である明と三上の水着はトランクスタイプの至って普通な代物。お互い、この辺にお洒落を狙うような繊細な神経はしていない。


「ずいぶん古いな……どこで買ったんだ?」


「去年拾った」


「お前にこの手の質問をした俺がバカだった」


 三上の返答に明は頭痛を覚えた。彼の貧乏性もここまで来ると一種の病気に値する。


 ズキズキ痛むこめかみを押さえていたところ、明は鬼特有の第六感でキリエの接近を感知した。


「……もうすぐ来るぞ。三人とも一緒だ」


「え? ああ、ほんと……う……だ」


 不自然な部分で言葉が切れ、それを訝しんだ明が振り返ると、そこには鼻血を噴射させながら倒れる三上の姿があった。


(興奮で鼻血出す奴、初めて見た……)


 できるだけ他人のフリをしようと三上から距離を取り、明も三人の水着姿を拝ませてもらう。


 キリエは動きやすそうなビキニタイプの水着を着ており、どこまでも実質を求めていると思わせるものであった。


 かといって似合わないか、と言われればそれは全力で否定される。むしろ女性でありながらもそこらの男性より引き締まった長い手足と、外国人らしいモデル体型が相まってすさまじい破壊力を醸し出している。男性限定の。


 歩いている男性の視線をほぼ全て受け止めながらも堂々とした歩みを崩さないのもポイントが高い。最も、明はそれに対して眉一つ動かさなかったが。


 神楽の水着は白いワンピースだった。清楚な雰囲気が彼女のイメージとマッチしている。そして艶やかな黒髪と白い水着のモノクロな違いもまた彼女の魅力を増加させている。


 極めつけは胸。明と一緒にいる時はいつも巫女服だったので分からなかったのだが、水着の胸の部分が不自然なまでに盛り上がっている。神楽の控えめな性格からして、パッドを使うとは思えないのであれは自前という事になる。


 すげぇ、けどあんな不自然な体型で健康的に大丈夫なのか、と明は感心と同時に相手の体を心配していた。決して欲情には結びつかないあたり、彼も枯れている。


 ……ただ、こんな時でも外さない眼帯があるため、神楽はチラチラと視線を向けられるだけで話しかけられる事はなさそうだった。


 最後は楪。パーカーを羽織っているため上に何を身につけているかまでは判別できないが、さすが大人の女性、と言わしめるような妖艶な魅力がそこかしこから漂っていた。


 熟れた果実を思わせる完成したプロポーションはキリエたち青い果実には出せない魅力に溢れていた。だからと言って明が何かを思ったか、と問われれば答えは否なのだが。


「お待たせー。………………三上くん、遅いわね」


 キリエはまず明に声をかけ、次に三上だった物体(すでに血が周辺の砂を赤く染めている)を視界に入れ、冷や汗をかきながらその存在をなかった事にして話し始める。賢明な判断だった。


「まったくだな。あいつトイレにいつまで入ってやがる……」


「え、えと……」


「黙っとけ七海。今はそういう事にしておくんだ」


 明もそれに合わせる。神楽あたりは倒れ伏している三上を放っておけなさそうな視線を寄こすが、楪によって阻止されていた。


 ……しかし五分後、何事もなかったかのように三上は立ち上がる。ここで三上非人間説が浮かんだのは決して不自然ではない。


「ま、ここまで来たんだ。徹底的に遊ぼうか」


「草木の言う通り! 俺、ビーチボールとか持ってきたんだ!」


「アキラ! あっちで焼きそば売ってるんだって! あたし日本の焼きそばって初めてだから買って!」


「あ、あの……わたしは草木さんと一緒に……」


「七海。お前さんはあたしと荷物の見張りを少しだけしようや。肌が弱そうだからオイル塗らないとな」


 五人五色の事を言いながら歩き出す。彼らの海水浴は前途洋々な始まりを見せた。

早過ぎるかもしれませんが、海水浴イベントです。女性陣の水着の描写が非常に難しく、おまけに書いていて虚しくなるものでした……。何でこんな必死になって女性の水着の説明をしているんだっていう。

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