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一章 第十一話

 鬼の剛腕が明の体を薙ぎ払うべく振るわれる。その速度は巨体に似合わず恐ろしく速い。


 それを前に進む事で回避する。鬼の体は相当な大きさであり、さらに手は地面に対して四十五度ほどの角度で振るわれていた。そのため懐の方に空白が生まれ、そこに入り込んだのだ。


「てぇぁっ!!」


 ガラ空きになった胴体に五指を開いた爪を抉るように叩き込む。


 だが、それは鬼の皮膚と火花を散らして虚しく弾かれてしまった。


(火花? 何で皮膚と皮膚のこすれ合いで?)


 違和感を持った明は自分の皮膚と相手の皮膚の違いを見比べてみる。自分の鋼色の皮膚は強度も鋼に近いものがあるらしい。拳を使い捨てるつもりで殴っても全然損傷がない。


 それはともかくとして、攻撃を弾かれた事によってバランスを崩した明に鬼が容赦なく追撃の突きを見舞う。


 横に身をひねる事でかろうじて避ける事には成功するが、完全には避け切れずにわき腹が裂ける。


 鋭い痛みと熱が傷口を襲い、生まれてこの方重傷なんてほとんど負った事のない明は思わず傷口を押さえてしまう。


 そんな大き過ぎる隙を見逃すはずもなく、鬼が勢いをつけて両腕を振るう。かすっただけでも重い傷を負うような腕から明はバックステップする事で逃れる。


 所詮この勝負は時間稼ぎに過ぎない。明はキリエに約束した通り、五分間の時間を稼げば目的は達せられるはず。


 だが……女の子に全てを任せて自分は倒れている、というのも彼の癪に障る。


「シッ……!」


 ならば、倒す勢いで戦うしかない。


 すでにわき腹の傷は跡形もなく消え去っていた。鬼の再生力は致命傷ではない限り治すというすさまじいものがあるらしい。


 体の芯を狙った致命傷になる攻撃だけは避けるようにし、当たらないと判断したもの、当たっても大した事ないと判断したものは避ける素振りすら見せずに鬼へ向かって疾駆する。


(こいつの攻撃、遊びがないからやりやすい……!)


 暴風雨のような攻撃ではあるが、鬼の攻撃にはフェイントが一切存在しないため、喧嘩慣れしていない明でもかろうじて避ける事ができる。


 ……とはいえ、一撃が当たったら死亡確定なのは変わらないが。


 いくら攻撃が直線的でも動きが速過ぎて、まともに反撃の糸口すら掴めないのが現状だ。


「っ!」


 縦に振り下ろされた爪が右腕の肉をごっそり削る。目もくらむような痛みに意識を飛ばしかけるが、すぐに治ると己を奮起させて、振り下ろされた右腕に足を乗せた。


「まともに殴っても効かないなら――」


 鬼の方も明の意図に気付いたのか、急速に腕を戻そうとする。しかし、この一瞬の素早さだけは明が上回っていた。


 肩の方まで駆け上がり、右手を振りかぶる。


「効く場所を殴るまでだぁっ!!」


 目を貫き、脳まで破壊する勢いで拳を繰り出す。


 それは確かに目を貫き、何やら生温かくて柔らかな球体上の物を破壊する事に成功した。明はその感触をひどく気持ち悪く感じ、吐き気を催しながら腕を引き抜く。


 この世のものとは思えないおぞましい叫びが明の耳に直撃し、ほんの僅かにバランスを崩してしまう。だが、その程度であればすぐに立て直せるはずだった。




 何事もなかったかのように振るわれた鬼の右腕がなければ。




「ご……っ!?」


 あまりに想定外の動きで避ける事すらままならず、直撃してしまう。左肩はゴキリと嫌な音を立てて痛覚以外の一切がなくなり、よく見たらひしゃげてすらあった。


 生きているだけでも僥倖な攻撃を受け、明の体は軽々と吹き飛ばされる。


「うがああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 六、七メートルほど宙を飛んだあと、さらに地面をこすりながら三メートルほど滑る。滑るのが止まってから、明は肩を押さえてのたうち回る。


 今までにない激痛が――いっそ死んだ方が楽と思えるほどの――肩から全身に発せられていた。


 痛みは容赦なく明の意志を折ろうとする。苦痛というのは相手に対して最も手っ取り早い意志の折り方であり、それに耐え切るには特殊な訓練と異常な精神力が必要なほどだ。


 明は後者の方は満たしている。鬼となり本能が出やすい状態と、それによる精神の異常によって、心が強くなっているのだ。皮肉な事ではあるが。


 それでも、生物というのは死に向かう在り方をよしとせず、明の決意は到底認められるものではなかった。


 本能が死の恐怖と地獄の苦痛から逃げろと叫んでいる。しかし明の中にあるナニかは決して折れる事なく、前を見据えていた。


 どちらを取るかなんて、考えるまでもなかった。


「ぎっ……」


 奥歯を噛み砕くほどの強さで噛み締め、全身を襲う苦痛をないものとして無視しながら上半身だけでも体を起こす。


 すでに左肩は再生が始まっており、肩の関節部分が猛烈な熱を持っていた。この調子で治癒するのなら、翌日には治るだろう。命があれば、の話だが。


 未だ理性を保つ半端な鬼の明でさえそうなのだ。対し、混じり気なしの本物の鬼であり、なおかつ非常に強そうな目の前の鬼の再生力など、想像を働かせる余地すらなかった。


 見るとそこには穿ったはずの左目は治り、こちらを両目で見下ろす鬼の姿があった。


 意志は折れていない。だが、体が思うように動いてくれなかった。


「チク……ショウッ!」


 体を襲う痛みなんて心を覆っている悔しさに比べればなんて事ない。むしろひどく矮小なものだ。そう心から思っている。なのに、体が動かない。


 不甲斐ない己に対する怒りとキリエに喰われる事なく鬼に殺されることへの悔恨で視界が赤く明滅する。


 そんなこと知った事ではないと言わんばかりに鬼が腕を振り上げ――




 ――響き渡った銃声がそれを止めた。




「ったく、鬼に内部破壊なんて効果ないわよ。やるとしたら首を飛ばすか頭を破壊するかのどっちかにしなさい」


 明が襲われた日の邂逅も含めて、出会ってからわずか三日足らず。一緒にいた時間なんて三ケタにも満たない。それでも、聞き慣れてしまった声が心地よく耳朶を打つ。


「それにしても手ひどくやられたわね……。ってもう再生が始まってるのか。鬼の体って便利ねえ」


 まるで気安い友人に話しかけるような態度で鬼喰らいが肩を押さえて地面に倒れている鬼に近づいて行く。


「さて、あんたのおかげで体力も回復したし、ここからはあたしの時間よ。あんたは下がってなさい」


 鬼喰らいの少女――キリエは明に労わるような微笑みを見せて背中を向け、敵である巨体と対峙する。


「冗談じゃねえぞ……! お前、傷が治ってねえじゃねえか!」


 キリエのわき腹は簡単な止血が施されただけで、血は止まっていなかった。当然である。鬼喰らいとして人を逸脱した能力を持つとはいえ、ほとんど鬼になっている明ほどのデタラメな再生力を有しているわけではない。


「たった五分で傷が治るわけないでしょ! 応急処置しただけマシだと思いなさい! ……あ、結構無理して来たから頭がクラッときた」


「休んでろよ!?」


 傷の痛みも忘れて突っ込んでしまう。キリエは冗談だと言って笑い、真面目な声で話を切り出す。


「――正直、あたし一人であいつがどうこうできるとは思えない。今まで見てきた奴でもあいつは段違いに大きい」


 話しながらもキリエは鬼と戦い始めていた。明のようなスピードはないものの、相手の出をキチンと読んで回避している。


「……んで、どうするんだよ」


 明はかなり再生が進んでいる左肩を押さえながらゆっくりと立ち上がる。傷の痛みは未だ激しく、先ほどのような動きは期待できそうにない。つまり役立たず状態。


「単刀直入に言うと、今のあんたは鬼喰らいにも目覚めかかっている」


 大振りの攻撃を避け、そのわずかな合間を使ってキリエが明に耳打ちする。


「はぁ!? んなバカな事があるかよ! 俺の親が鬼喰らいなわけねえだろ!」


 いきなり聞かされた信じられない内容に思わず否定してしまう。


「確かに鬼喰らいは親から子に受け継がれる。……でも何事にも例外ってのは存在するのよ」


 キリエが手に持つ拳銃を能力を使わず使用する事で鬼を威嚇し、その間にも説明は続く。


「ごくたまに普通の人間に能力が発現する事ってのはあるのよ。あたしもその口で能力が発言したのは七歳の頃だったわ。あんたの場合は……きっと鬼の因子を取り込んだ事が切っ掛けで目覚めたんでしょうね。それならあんたの体に起こっている現象も一応の説明がつく」


 根拠はないけどね、とキリエは苦笑するが、意志の強さで鬼になってしまう事を抑え込んだ、なんて話よりはよほど信憑性がある。


「……確かに納得はできるかもしれないけどさ、それがどうしたっていうんだよ」


「あたしたちみたいな奴らの能力は総じて強力なものになりやすい。その代わり、一代限りのもの。――分かりやすく手短に言うわ。今すぐ鬼喰らいとして目覚めなさい。さもなくばあたしたちが死ぬわ」


「んな無茶苦茶な……」


 呆れるしかない暴論だった。だが、それは一面で真実でもあった。


 少なくとも、二人が揃っていてもあの鬼には勝ち目がなく、生き残るためにはもっと他の方法が必要であるからだ。


「……なるほどね。人間ってのは、よくできているもんだ」


 人間、熱を測って熱があると自覚すると急に頭が痛くなる事がある。それは熱があると頭が認識する事で『熱がある。故に体の調子が悪い』と判断して、休ませるために体に苦痛のサインを送るのだ。


 いきなり例え話を持ち出してしまったが、要するに――




 ――今の明の手には優しい緑色の光が生まれているという事だ。




「やればできるじゃない。あんた、自分の体がどうなっているか分かる?」


「え? ……あ、人間に戻ってる」


 緑色の光が生まれた瞬間、明の体は人間のそれに戻っていた。角も引っ込み、爪も短くなっている。皮膚も鋼色から肌色に変わり、柔らかくなっていた。


 人間に戻ったため、もはや明に鬼と戦うのは不可能だった。あの皮膚に何度も命を助けられているのだ。あれがなかったら普通に即死だ。


「鬼であり、鬼喰らい。今のあんたは極めて不安定な状態にあるみたいね。それはまあ後で考えるとして、その光使えそう?」


「………………」


 キリエに問いかけられた明はダラダラと脂汗を流す。それを見たキリエにも冷や汗が浮かぶ。


「ちょっと?」


「……この光、何?」


 どんな能力か以前に、明にはこの光が何なのかすら分かってなかった。


「……まあ、お前に当ててみるから何かあったら言って」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それ、もし触れた者を一瞬で消し飛ばすとかだったらどうするのよ!」


「俺もお前もお陀仏。いいじゃん。どうせここまで来た事自体がバクチなんだから、今さら一つや二つ危ない橋渡ったってどうってことないって」


 明は半ば以上腹をくくっていた。もともと、鬼になったとはいえ一般人に過ぎない明が鬼に立ち向かう事自体、すでに自殺行為なのだ。今さらバクチの一つや二つで動じる精神はしていなかった。


「……あー、もう! 分かったわよ、やってやろうじゃない!」


 明の揺るぎない目を見て覚悟が決まったのか、キリエが弾を撃ち尽くした拳銃を放り投げて鬼にぶつけ、明のもとに戻る。


「……忘れてないでしょうね。あんたは鬼でもあるんだから、いつかあたしが喰うのよ」


「忘れてねえよ。その時は大人しく喰われてやる。だから今は――」




『――あいつを倒す!』




 明の手にある光が、キリエを包み込んだ。

そろそろ一章が終わりです。思えば駆け足だった……。


……最近、睡眠がどうやっても八時間以上取れなくなりました。眠いのに……同じ姿勢を取り続けて腰が痛い……!

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