辞職の意向
新年の挨拶も終わって、それからしばらくたって、結婚後の新居をどこにするのか、式場をどこにするのか話を進めていたら、さと子から
「今の病院を辞めたい。あんな豚箱みたいなところで、先輩の顔を見ながら仕事をしたくない」
というのである。私は、どこに行ったって先輩後輩の関係はあるものだし、今の仕事を辞めて、他の仕事にうつったら、また一番底辺からやり直しになると思ったので、辞職することには反対であった。私の母にも辞職したいという思いを伝えていたのであるが、母も
「せっかく準看の資格を持っているんじゃから、辞めたらもったいない。何が何でも続けなさい」
そう言っていったが、彼女はどうしても辞めると言って聞かなかった。その間も式場選びや新居探しや、親戚や友人への結婚式の招待状の作成、余興で誰に何をやってもらうのかを決める作業などがあって、毎日のようにさと子と顔を合わせていたが、顔を合わせる度に
「仕事を辞める」
と言っていた。彼女が仕事を辞めるのは、独り身であればそれは自由であるが、結婚が間近に迫っている中で、しかも彼女が仕事を辞めると、彼女がローンを組んで購入していた、50万円もする絵画の支払いや、自動車学校のローンの支払いが私に重くのしかかってくるので、私は
「何が何でも仕事は辞めるな。辞めるんであれば、他の仕事を探してこい」
そういうふうに、きつめにたしなめていたが、彼女は病院側に2月いっぱいで辞職するということを伝えてしまって、病院側もそれを認めてしまった。病院側としては、勤めだして一年以上たつのに、注射の一本も打てずに、患者の名前を呼ぶことと、受付しかできない彼女を雇っていても、何のメリットもないと判断したのであろうか、院長先生も引き留めもせずに、辞職することを認めたようである。こうしてはたから見れば、寿退社というふうに思われながら、彼女は2月末で仕事を辞めてしまった。このころには式場も新居も決まっていたので、住むところに困ることはなかったのであるが、彼女が残した重いローンの支払いが、そのまま私に引き継がれる結果となった。私は彼女と時間を見つけては、ハローワークに連れて行って職探しをしたのであるが、彼女に向きそうな仕事を見つけては
「この仕事は向いているんじゃないか」
などと言って求人票を見せたりしていたが、彼女は一向に仕事をしようというそぶりを見せなかったので、私はいい加減怒りがこみあげてきて
「いい加減さっさと次の仕事を決めろ!いつまでも人に頼ってんじゃねぇよ」
と叱ると、彼女はハローワークを飛び出して、そのまま歩いて帰ると言い出した。
「何も人前であんなに怒ることはないじゃん」
というのが彼女の言い分であったが、一向に働こうとしない態度に腹が立った。




