2学期スタート・児童館のバイトへ
夏休みが終わって、新学期がスタート。2学期は体育祭や文化祭など、大きな行事があるため、一番楽しい時ではないかと思う。夏休みが終わってしばらくした後、清田からある提案が持ち掛けられた。清田がバイトしている県の児童館の人出が足らなくてバイトを募集しているのだという。1日8時間働いて3700円ほどがもらえるという。私も新聞配達があるため、どうしようか何日か迷ったが、私の両親としては朝早く自転車で出かけていかなくてはならないため新聞配達の途中で事故に遭うんじゃないかと言う懸念もあったので、児童館のバイトの方がいいんじゃないかと言っていた。確かに朝4時半ごろ起きて自転車をこいで新聞を配るというのはかなりの重労働であった。そういうことで、9月いっぱいで新聞配達をやめることが決まった。新聞販売店のご主人にもきちんとやめることを伝えたうえで、残りの期間、精一杯頑張ろうと思った私である。そして清田には児童館でのバイトをするということを伝えて、児童館の館長さんに伝えてもらった。そして、児童館でバイトをするにあたり、面接が行われることになった。私は学校の制服を着て面接が行われる児童館に向かった。面接と言うのは高校入試以来で、少し緊張していた私である。面接の結果、私は無事に採用されて、翌週の日曜日の朝9時から16時30分までの間、子供たちの相手や、子供たちが危ないことをしていないか喉を見て回る仕事が任された。児童館にはいろんな遊具があって、両親に連れてきてもらった小さな子供から、自分で自転車に乗ってこれる小学生や中学生くらいまでの子供たちがたくさん遊びにやってくる。屋内遊具遊びの部屋では、隣接して設置してある卓球のラケットの貸し出しや、卓球台の設置も私の担当の作業であるため、貸出時間が20分と決められているため、返却時間を記入したカードを渡したり、貸出時間が来ても返しに来ない利用者にはラケットの返却を告げに言ったり、まぁ、やることはいっぱいあった。最初は児童館の職員の方がついていてくれたが、次からは私一人で体育ルームを受け持つことになって、忙しくとも楽しいバイトが始まった。新聞配達の時は、誰かを相手にして話すということもなく、黙々と新聞を投函していくだけであったが、児童館の仕事は大勢の子供たちが遊びに来るので、いろんな子供や保護者と話をすることが出来るし、お昼休みの間は事務室でお弁当を食べながら、職員の方たちと話をすることもできるし、新たな出会いや交流が生まれた。基本的には清田とは交替でシフトに入っていたため、バイトが重なるということはなかったが、連休になるといつもに増して大勢の子供たちがやってくるので、同じシフトに入ることもあった。ただ、受け持つ担当部署が違ったので、お昼休み以外は顔を合わすこともなかったが…。そしてバイト代は一日の仕事が終わったら、その時点で支給されることになっていた。1日のバイト代はおよそ3700円。このバイト代で児童館からにお帰り道の途中にあった、小さな書店に行って、文庫本を買って帰るのが私のちょっとした楽しみであった。推理小説をよく読んでいて、鉄道大好きな私は、よく西村京太郎さんの本を読んでいた。バイト代の使い道としては、私の好きなアーティストのCDを買いに商店街に出かけることであった。チェッカーズやC-C-B、アルフィーや杉山清貴さんなどのCDをよく買っていた。
新聞配達をしていた関係で朝早く起きることには慣れていたので、毎朝6時には起きてラジオでニュースを聴きながら朝食を済ませて、学校に行く準備を整えて、7時半ごろに家を出て、学校に着くのがだいたい8時くらい。新聞配達をやめてからは、夜はだいたい23時ごろに寝るようになったであろうか。1日にの出来事をラジオニュースで聴きながら布団に入って寝る毎日となった。22時を過ぎてミニコンポでラジオを聴くと音が響いて両親の睡眠を妨げることになるので、小さいラジカセを買って、それでニュースを聴くようになった。このころからテレビで観るというと、当時ゴールデンタイムで放送されていたアニメを観るか映画番組を観るか、テレビニュースを観るかくらいであった。部活が終わって家に帰ると夕食の後は、学校から出された課題や宿題をしたり、バイト代で買ってきた本を読んだりしながら過ごすことが増えていった。




