第57話 伊吹、ハクマイと出会う
未来界にいたのは短時間だった。
トーマは相変わらずケラケラと笑いながら、アセロラを困らせたままだった。
トーマに案内されて、神界へ続くゲートの大広間に連れられた。
大きな広間の中心に白い透けた板だけの階段。その頂上に、金色の縁のゲートがあった。ゲートの中は波打っている。
「あれが神界に繋がるゲートだよ」
「本当に行く気?」
「え? 俺は行かないよ?」
トーマは笑うのをやめて、アセロラを見た。
「はあ?」
「杏奈とリチャイナは行ったことあるんでしょ? それで大丈夫でしょ」
「はあ?」
アセロラは、はあとメンチを切ることしかしなくなった。
「俺が行くと警戒されるし、知り合いがいるでしょ?」
「まあ、いるけど」
杏奈が答えると、トーマは誰だいと聞いた。
「ラウルやカスクとか」
「うんうん。友好的な神様だね。大丈夫そう!」
「ハクマイ様に見つかったら、どうするのよ!」
アセロラは抗議した。
「え〜。そこまで、運は悪くないでしょ」
その言葉はフラグだったのだ。
神界。ゲートを潜った先には、巨大な図書館があった。天井が見えないほどの大きな部屋に、高い本棚が置かれている。奥行きは永遠にありそうで、本がズラーっと並んでいる。
ゲートの先で初めに目があったのは、目の下のクマがすごい人……神様だった。
五部袖の服から見えているのは、普通の腕ではなくて紙のようだった。膝までのパンツから覗くのも長い紙だった。
灰色のショートヘアで、金色の瞳がこちらをギョロリと見ていた。
「は、ハクマイ様……」
神様に様を付けないでお馴染みの杏奈が、様を付けた神様だった。
「杏奈、リチャイナ。と、あと誰だ?」
ハクマイ様が穏やかな声色で言う。
「伊吹とノジャです。えっと、お久しぶりです」
杏奈は相手の様子を伺うように答えた。
未来界で聞いたのは、ハクマイ様は毎日忙しく働き、常に怒っていることだった。神界のトップ2が何かの事情で抜けていて、そのツケがハクマイ様にきているそうだ。
怒っているようには見えない。
「久しぶり」
杏奈は震え出した。その杏奈を庇うように、リチャイナが前に出た。
「じゃあ、僕たちは先を行きますね」
「ほう。俺に説明なくか?」
「忙しそうなので。あと、些末な事ですから」
「へえ。君たちが持ってくる事で些末な事なんてあったかな?」
ハクマイ様はリチャイナの顔に顔を近づける。
「なあ」
「……ラウルに会いに来ただけです」
「ほう。誤魔化す気か?」
「いいえ、そんな事ないですから」
これ、もしかして、怒っている?
うっすらとした笑顔のままだが、怒っているのだろう。
「俺は忙しいんだ! こんな問答をしている間も惜しい! 早く要件を言え!」
アセロラ……俺たちは運が悪いみたいだ。
ハクマイ様への説明はリチャイナがしてくれるみたいだった。
俺たちは今だにゲート前にいた。
「そうか。それなら、ラウルでもいいな」
「そうですよねえ」
リチャイナは真剣な顔つきが消え、笑顔になっていた。
「あと、神界を一般人の救助に使うな。今回だけだぞ」
「わかりました〜」
「リチャイナだから許したのだ。その辺りをよく理解しておけ」
そう言い残し、ハクマイ様は巨大な図書館の上へと行ってしまった。




