第55話 伊吹、語る
ウルイァはヴァンパイアという種族だった。
人の血を食し、夜を生きる人間。魔法を操り、魔族の中に溶け込む。
でも、血を操れるのは、ウルイァだけのようだ。
ウルイァもここまで大量の血で試したことはなかったらしく、それでも大量の血でもできそうだったからやってみたらしい。
血が出た場所は血で塞ぐことができるらしく、怪我が治るまでは血で補強している。
ウルイァは貧血と傷によって、寝込んでいる。
トーマは解毒されて、元気になったのか、ウルイァの部屋に入り浸っている。
「あれは大丈夫じゃないよな?」
俺は食堂で、杏奈に聞いてみた。
まだ、怒っているのか、俺まで睨まれた。
「当たり前でしょ! 二人とも死ぬかもしれなかった!」
「だ、だよな」
俺とノジャは、杏奈の怒りを鎮めるのをツトムに任されている。
「皆生きているのじゃ」
「死ぬかもしれなかった!」
杏奈はさっきの言葉を復唱した。まだ怒りで震えている。
「伊吹も危ない目にあったし」
「それはわしのせいなのじゃ」
「あ、ごめん。それはノジャのせいじゃないわよ」
「わしのせいじゃ」
ノジャはそれについてはずっと譲らなかった。
「ノジャのせいじゃないって。それに俺、生きてるし、怪我まで治っている」
「……伊吹」
ノジャは俯いてから、顔を上げて隣にいる俺の方を体ごと向いた。
「怖くはないのか?」
「また腹に穴が空いたら怖いけど、異世界は楽しいことも多いよ。もちろん、ノジャと異世界を歩くのも」
「なぜそう思うのじゃ?」
「んー。皆優しくしてくれるし、皆強いから心配することがなくなったというか、慣れもあるかも」
ノジャはそれ以上話さなかった。
俺たちの中に沈黙が訪れる。
「やっほー!」
その沈黙を破るかのように、食堂の扉が開かれて、元気な声が聞こえた。
話したことはあまりないが、ビーナスだった。腰までの金の長い髪が揺れた。金の猫目がキラキラと光っている。
「なあに? 辛気臭い〜」
「今は元気になれない」
ビーナスの言葉に、杏奈はテンション低めで応じた。
「まあまあ。気分を上げてとは言わないけど、ウルイァはそれを望んでないんじゃない?」
杏奈はゆっくりとビーナスの顔を見る。
「私たちは弱い人たち……広く色んな人たちを助けるためにギルドを立ち上げたのよ? 伊吹を助けるのは悪いこと?」
「そうは思わないけど、それでウルイァが傷つくのは違う気がする」
「力のある者が、力のない人を助けただけよ。それに、ウルイァは勝算があって戦った」
「博打みたいに感じたけど」
「ウルイァを信用できなかった?」
「そうじゃないけど……」
ビーナスは、はあとため息吐いた。
「杏奈は相変わらず、誰かが傷つくのは苦手よねえ。伊吹はどう思う?」
「え! 俺?」
「そうそう。助けてもらったのは伊吹じゃない」
「俺は……助けてもらえて嬉しかった。ウルイァが傷つくのは嫌だけど、ウルイァが助けてくれた事をなかったことにはしたくない」
杏奈は驚いたように俺を見た。
「今まで、異世界に来て、色んな人に助けてもらった。俺はお礼を言うくらいしかできないのに。でも、いつか何か物になるもので、お礼がしたい。それに、皆の助けてくれた気持ちや行動を大事にしたい」
「伊吹……」
ノジャが涙目でこっちを見ていた。
「思いつくお礼は、小遣いで美味しいご飯を奢るくらいだけどな」
「……伊吹がそう言うなら、私はこれ以上ウルイァやトーマを責めない」
杏奈は俺を見ながら、そう言った。




