第47話 伊吹、空真と出会う
俺たちが泊まっていた宿屋のロビーに、竜の討伐を終えたリンは汗一つかくことなく現れた。
「すごいな! リン!」
カルメは嬉しそうに、リンに駆け寄った。俺とノジャもリンを囲うように集まる。
「上手く使われた感じはありますが、街への被害がほとんどなくて良かったです。けど……」
リンは後ろを気にするように、目を横にそらした。
「ははは。英雄様だな」
カルメはからかうように言った。
リンの後ろには、リンを讃える人たちが集まっていた。
「すげえぞ!」
「かっこよかったわ」
「旅人のくせに強いじゃないか!」
リンはため息を吐こうとしたのか、口を開けたが、やめた。
「こういうの得意じゃないので、カルメさんが代わりに答えてあげてください」
リンはそう言って、俺とノジャを一緒に部屋に行くように促した。
「え! 俺!」
カルメは驚いたように目を丸くした。
「君も強いのかい?」
「ぜひ、闘技場で殺し合わないか!」
「旅人さんの話を聞かせて」
リンの代わりに囲まれてしまったカルメを置いて、俺たちは部屋に戻った。
「物騒な言葉が聞こえたけど、カルメは大丈夫なのか?」
俺はカルメが心配だったので、リンに聞いてみた。
「カルメさんも英雄になった経験があるので、慣れているでしょう」
「そうなのかの? そうは見えなかったがの。だが、面白そうだから、良いか!」
ノジャは呑気にそう言った。
殺し合いに誘われるのは、面白いのかは謎だった。
「ひと段落したので、寝ましょう。まだ、深夜ですし」
「あ、ああ」
「興奮して寝れないのじゃ」
ノジャは俺が寝ていたベッドに腰かけた。
「伊吹、一緒に寝るのじゃ!」
「へいへい」
俺は諦めて、ノジャと一緒に寝ることにした。
それについて、リンは何も言うことはなかった。
早朝。俺は早く起きてしまった。
ザサツ界という、殺人欲を持つ人たちのいる街で単独行動するのは気が引けたが、少しだけ風にあたることにした。
「気持ちいいな。どこの世界に行っても、風は変わらないんだな」
ぼんやりとしながら、宿屋の壁にもたれた。
「おや。お一人様か?」
俺は不意に話かけられて、驚きながらもそちらの方向を見た。
紫のショートヘア、斜めの前髪が目に少しかかっている。ラフな格好で、フードが付いている。少し近代に近い格好で、頭が混乱しかけた。ここ異世界だよな?
「異世界から来たんだろう?」
「えっと、どちら様?」
「あー。名前? 名前なんて聞いてどうするの?」
「いや、誰だかわからない人と話せないなーって」
「ふーん。……俺は空真。異世界に興味がある。そこで、君に色々聞きたい」
「伊吹だ。答えるくらいなら良いけど」
「危害を加えるつもりはないよ。とりあえず、俺の家に来て」
「え! それは流石に」
「良いから」
空真に問答無用で、腕を引かれてしまい、俺は着いて行かざるを得なくなってしまった。見た目の割に力が強い。
「俺には殺人欲がないから安心しなよ」
「君も異世界人ってこと?」
「ただのザサツ界人さ」
空真の家は宿屋から二キロほど離れたところにあった。早めに済ませて帰らないと。
クリーム色のレンガの家に招き入れられた。
中は、雑に散らかっていた。紙やコップ、袋などが置かれている床。奥にある机らしき物には、大きな紙が広げられたり、科学の実験道具のような物が置いてあった。テーブルや椅子にも物が散乱している。
「邪魔だな」
空真はそう言って、椅子に置いてある物を床に落とした。
「座って」
「う、うん」
「お茶とかないんだよね。水でいい?」
「ああ。ありがとう」
食器棚にある無事そうなコップを掴み、水道で水を入れていた。
俺は物が落ちた椅子に座った。空真も近くの椅子に座る。




