表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/77

第3話 伊吹とノジャ

 立ち上がった俺は、少し付いてしまった草を払って、スラックスを絞った。うん、すごく濡れてる。滴る水を手で払い、俺はノジャを見る。

「一人で歩けるか?」

 草履らしいものを履いているノジャに向かって言ったが、それはいらぬ心配だったとすぐにわかった。

 こいつ、浮いていたんだ。

「子ども扱いするな! わしはおぬしより年上だと思うぞ!」

「そんなわけあるか」

 さて、方向もわからないし、どうしたものか。

 俺は空を見てみた。快晴なのか太陽がよく見える。

「今の時間は……午後三時か」

 左手首に付いている父さんに買ってもらった皮の腕時計を見た。

 とりあえず、太陽の方向に歩いていこう。そして、来た道がわからなくならないように何か目印を置いていくか。

 持っていた鞄から、ノートを出して、それをリボン状に手で切り取る。それを近くの木の枝に巻き付ける。

「何をしとるのじゃ?」

「来た道がわからなくならないように、目印を付けている」

「ほー! かしこいのう、おぬし」

「さっきから、おぬし、おぬしって、俺には田仲伊吹(たなかいぶき)っていう立派な名前があるんだけど」

「おー! 伊吹というのか! よろしくのう」

 ノジャは嬉しそうに目を細めて笑った。

 呑気な奴だ。

「それで、君の名前は?」

「わしか? まあ、わしの名前は何でも良い。好きに呼ぶがよい。さすがに、蔑称で呼ばれたら返事せんがのう」

 名乗る気なしか。じゃあ、やっぱりノジャと呼んでおこう。

「少しの間よろしくな。ノジャ」

「ノジャ、か。いい呼び名じゃのう!」


 俺はノートの切れ端を何個か作り、スラックスのポケットに入れた。ノートは鞄に戻して進むことにした。

 ノジャもそれに着いてくるみたいだ。

 後ろをふわふわと浮かびながら歩くノジャと違って、多少ぬかるんでいる地面を歩くのは苦労が必要だった。今日に限って、スニーカーではなく、ローファーで来てしまったのが不幸かもしれない。しかも、新品だ。

 歩いてから三十分くらい経った頃、陽が少し傾き、夜になったらどうするのかが心配になってきた。明かりをつけるものもないし、ノジャにはそれを期待もできない。

「伊吹ー。疲れたのじゃ」

「浮いてて、なんで疲れるんだよ」

「浮くのにも力を使うのじゃ」

 そうなのか。納得はできないが、納得するしかないんだろうなと考える。

 ノジャは、近くの木にもたれかかった。

「今日は時止めも異界渡りもしたから疲れたのじゃー!」

「時止めってなんだよ」

「時を止めるのじゃ」

「そんな魔法みたいな……」

 魔法……今日は非現実的なことがよく起こる気がした。トラックはぶつかる寸前で止まっていたし、いつの間にか知らない土地にいるし。

「異世界転生でもあるまいし」

「ここは異世界じゃよ。伊吹の世界から考えるとな」

 ノジャはそうあっさりと言いのけた。

 俺はその言葉に、疑問しか浮かばなかった。

「それはフィクションの世界だろ?」

「ふぃく?」

「フィクション! 非現実的なことだろ!」

「現実じゃよ。伊吹の世界ではあまりないのか?」

「ない……というか、どこでも有り得ないだろ」

 ノジャはうーんと唸った。目を瞑り、何かを考えているようだった。

「わしは伊吹の世界には先程降り立ったばかりだから、どういう世界かわからんからのう。しかし、これは現実だし、伊吹から見ても、わしから見ても、ここは異世界じゃ」

「異世界ってなんだよ」

 俺はこれ以上考えるのが嫌になって、濡れるのも構いなく、地面に体育座りして、ひざに顔を埋めた。

「伊吹……」

 その時、ズシンと地響きが聞こえた。

「地震か!」

 俺は顔を上げて、周りを見渡した。木々は揺れ、葉が落ちる。地面が震えている。

 ズシンズシンと、地震とは違うような揺れがずっと起きている。その音はこちらに近づいてきてる。

「嫌な予感がするのう」

 ノジャはもたれていたのをやめて、俺の近くに来た。俺に立つようにうながしたので、立ち上がり、音のする方角をじっと見た。

 もうすぐ側にまで大きな音がする。揺れも大きくなり、ガサガサと音が鳴る。

「伊吹!」

 ノジャが叫ぶと、木々をかき分けて、巨体の男が現れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ