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6.タカマサ 心に誓う

 

「私はレベッカ・ロードストーン。この学園では悪名高い愚かな女よ」


 

 レベッカはそう言って、目を伏せた。

 まるで、タカマサがどのような反応をするのかを、見たくないかのように地面に向けた目を動かさなかった。


「へえ、君がレベッカか」


 レベッカは、タカマサの言葉を待つ。

 この学園でレベッカを知らない者はいない。誰もが、彼女を忌避し、嫌悪する。彼女の噂を信じ、悪女だと蔑む。レベッカはそんな環境で学園生活を送ってきた。


「会いたいと、思っていたんだよ」


 てっきり、タカマサもその噂を知っており、この場からすぐに立ち去るだろうと思っていたレベッカは驚きから、タカマサを見る。


「…会いたい?」

「ああ、先日、君の友人から君の話を聞いてね。どんな人物なのかと思っていたんだ」


 …友人?


 レベッカはタカマサが誰のことを言っているのか分からなかった。

 友人なんていない。かつて親友だった友も、仲良くしていた人も、みんな離れていった。


「…どんな人物…ね」

「ああ、単純な興味本位だよ」


 タカマサはその場から動かない。

 レベッカはこんな体験はここ最近は全くなかったため、少し戸惑う。しかし、それと同時に、危惧していた。

 学園中に忌避され、嫌悪される自分。そんな自分と一緒に話しているところを見られたら彼はどうなってしまうのかを。以前、レベッカの悪評が広まりだしても一緒に居てくれた人が一人居たが、彼女も忌避され、そしていじめられ、学園に姿を現さなくなった。

 

 だから、レベッカはタカマサを遠ざけようとまくし立てるように、言葉を紡ぐ。


「…あなたも知っているでしょう? 王太子に捨てられ、誰にも味方されない愚かな女が私よ。生徒の中では、王太子が目を掛けている子をいじめているなんて噂も出回っているわ。…だから、あなたも私の近くに居ると変な噂をたてられてしまうかも知れないわよ。以前、私を助けようとした人も、王太子に嫌われてしまってね、今では不登校になってしまっているわ。だからあなたも、私のことは無視して生活するといいわ。あっちが教室があるところだから、いけば先生が迎えてくれると思う」


 早くこの場から離れてくれと、願いながら。

 しかし、


「…それは周りから見た君だろう? 俺が知りたいのは、君がどういう人物かだよ」


 目の前の男はそう言いながら、無遠慮に隣に腰を下ろした。

 そして、優しげな目をして、語りかけてくる。


「君が何を好きで、どういう考えを持った人物なのか」

「…先ほども言ったでしょう。だれも味方になりたがらないようなのが私よ」

「…そうかも知れないね。でも俺が話した感じだとそうは思わないな」


 何を言っているのか分からなかった。

 この短時間で一体何が分かったと言うのか。

 レベッカは、何を考えているか分からない、男を前に、黙り込んでしまう。

 

 二人の間に、沈黙が流れた。




 


「君はこのまま、学園生活を終えるのか?」


 沈黙を破ったのは、タカマサの言葉だった。

 唐突に尋ねられた、レベッカは、声に驚き、体がビクッと跳ねる。


「…何が言いたいの?」


 レベッカは少しいらつきを覚える。

 このままで良いかだと? そんな訳ないじゃないか。誰が好き好んでいじめられる生活を、友も味方もいないような生活を送りたいと思うのだ。

 沸々と、彼女の中で湧き出てくる。


「嫌悪されたまま、友人もいないまま、卒業していくのかってことだよ」


 不躾に聞いてくる。

 何が分かると言うのだ。つい最近、この学園にきた人物に。


「…そんな訳ないじゃない」

「だろうな。どうにかしようとは思わないのか?」

「…うるさい」

「少しでも味方を増やそうとは思わないのか? 何で一人で居ることを選ぶんだ?」

「…できないからよ」

「できるさ。やってないだけだろう。君は」


 タカマサがそう言った瞬間、彼女の中の感情が弾けた。


「うるさいわね!! 私だって出来たらやっているわ!! でもね! 出来ないのよ!! 自分の味方をした人がいじめられて、だめになっていく時の感情があなたにわかる!? 自分に関わった人が嫌われていく感覚が分かる!?」

「……」

「何も知らないくせに、変なこと言わないで!! これ以上、私のせいで誰かが傷つくのは見たくないのよ!!」

「……」


 レベッカはベンチから立ち上がり、涙を浮かべながら、タカマサへと叫んだ。

 そうだ。できるならやってる。でも、そのたびに誰かが傷つくことを考えると、行動に移せない。結局は何も出来ないのだ。

 自分は、無力なのだ。


「そうか。言ってくれて、ありがとう」


 怒鳴りつけたはずなのに、タカマサは優しげに微笑んでいた。

 まるで、子供を見るかのような、慈愛に満ちた目で。


「…何よ。言いたいことがあるなら言いなさいよ」


 タカマサの顔を見たレベッカはそう言った。


「いや、君はやっぱり優しい人だと思っただけだよ」

「……」

「人が傷つかないように、誰にも助けを求めないんだろう?」

「……」

「でもね、レベッカ。だからと言って君が傷つく必要はないんだ」


 優しげだった彼の声が、急に力強いものに変わる。


「君が、辛い思いをする必要はないんだ。そんな理不尽は許されるべきじゃない」


 タカマサの目に、確かな憤怒が生まれる。感情が瞳の中で荒れ狂うように渦巻いている。


「だから、レベッカ。俺は君の友人になろう。君が泣きたいときは側にいるし、楽しい時は一緒に笑おう」


 力強い言葉。

 目の前の男に、すがりたくなってしまう。でも。

 

「…私と一緒に居ると、王太子に嫌われるわ」

「いいよ、俺、今の話聞く限り王太子嫌いなタイプだし」

「…いじめられるわよ」

「編入試験満点だぞ? それなりに鍛えているし大丈夫だろ」

「…体の話ではなく、精神がもたないわ」

「精神か、まあ確かにそうだけど、君と一緒なら気にならないね」

「…王太子に嫌われたら未来が全て潰れるわ」

「大丈夫、大丈夫。その場合、俺が王太子潰すから」

「……」


 レベッカは伏し目がちに涙を流す。

 目の前に男は自分から離れるつもりはない。何を言っても揺るがない。その事実が彼女に取ってはとても嬉しかったのだ。



  今まで自分と関わろうとする人なんていなかった。味方をしてくれた女子生徒が不登校になったあの一件からはなおさら、皆が自分を避け始めた。

 今では同じ空間に居ることすら忌避するまでになっている。その中にはかつては共に遊んでいた友人や、親友とも呼べる人物もいた。王太子が流した噂を信じている人からは嫌悪の目を向けられ、軽蔑の目を向けられる。それが、今後も続くのだと。そう思っていた。



 しかし、目の前の男は、一緒に居たいと、こんな状況の自分の側に居てくれると言ってくれた。心が弱っているのかも知れない。本来ならば遠ざけて彼が傷つかないようにしなければならない。一緒に居てはいけない。でも、居て欲しいと思ってしまった。思ってしまったのだ。

 

 誰もがそうであるように、自分がつらいとき、今にも崩れそうなとき、差し伸べられる手は何よりも輝いて見える。救われたと感じる。心は歓喜を上げるのだ。


 「っ…、……っく」


 

 目からこぼれ出る涙。それを手で拭いながら、必死に止めようとするが、止まらない。堰が切れたように彼女の目からは涙が止めどなく流れていた。


「……無理に止める必要はないよ、レベッカ。君はそれほどつらかったんだろ? 大丈夫だよ、安心していい。俺はいなくならないから、いつまでも君の友人として君と関わるよ。例え、君が俺を遠ざけようとしてもね」


 タカマサはそう言って、レベッカの側に座った。

 

「っく…つら…かった。誰も味方が…いなくて…皆が…私から…遠ざかって…」


 彼女は泣きながら、心境を語り始める。

 その様子をタカマサは優しげな目をしながら見ている。


「…そうか、これからは俺がいるからな」

「…それでも私は…侯爵家の…娘だから…この学園を…辞めれなくて…」

「そうなのか、よく頑張ったな…」

「でも、独りぼっちで…、恐くて…」

「大丈夫だ、これからは独りじゃない」

「…っ!」


 彼女は泣き続ける。

 タカマサの言葉を聞いて、安心と感謝の念を抱きながら。



 そんな彼女を見て、タカマサは二度と彼女を独りにはしないと自分に誓った。



 



 

 


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