16.タカマサとベリー
「先生、終わりました」
腕の中で意識を失っているレベッカを抱えながら、アロラインを呼ぶ。
アロラインはその声を聞いて戦闘が終わったことを確認し、タカマサの元へと走りながらやってきた。
「…レベッカ君は大丈夫なのかい?」
「はい、気絶しているだけかと」
「そ、そうかい。…ならよかった」
レベッカが突然、ぐったりと意識を失ったので、アロラインは心配しているようである。
しかし、タカマサから問題ないことが告げられると、アロラインの興味はタカマサへと移った。
「…それはそうと、タカマサ君! 素晴らしい戦闘能力だ!」
「あ、ありがとうございます」
「あの炎の魔法の威力は凄まじいものだったよ!! 素晴らしい! アレが君の切り札ってことかな!?」
興奮したアロラインは、少し引き気味のタカマサなど気にすることなく、目を爛々と輝かせていた。
「あ、いや、ええ。そんな所です…」
「そうなのか! あの魔法はすごい魔力が込められていたよね! 君の魔力量ってどのくらいなんだい!?」
「たくさん…としか…」
「じゃあ、レベッカ君とどっちが多いのかな!」
「さ、さあ、俺かもしれませんし…レベッカかも」
「すごいね! 君は炎以外の魔法も使えるんだよね!?」
「あ、ええ」
タカマサはタジタジである。
このままでは質問が延々と続いてしまいそうな雰囲気である。
「先生、タカマサが困ってるんでその辺に…」
困っているときにアロラインに声を掛けたのはいつの間にか、近くまで来ていたアルフォンスだった。
「…む、これは失礼したね。いつもの悪い癖が出てしまったようだ」
アロラインは声を掛けられ、興奮を収めた。
前回の時と同じ様に、アロラインの調子はいつもどおりに戻る。
「…すまなかったね、タカマサ君。とにかく、レベッカ君を医務室に連れて行ってくれないかな?」
「え、あ、はい」
「うん、ありがとう」
急にまともに戻ったアロラインの指示で、タカマサはレベッカを医務室へ連れて行くことにし、実技棟の入り口へと足を向けた。
「じゃあ、諸君! 各自、準備をして再開だ!」
アロラインはタカマサから目を離し、隅でざわざわしている生徒達に声を掛け、授業に戻るように言った。
***
「さて、戻るか」
医務室にレベッカを運び、医務室の先生に事情を話し、任せたあとタカマサは実技棟へと戻るために、廊下を歩いていた。
授業中で静かな学園の中を一人で歩く。
そこでふと、廊下の先に桃色の髪をした学生がこちらを見ながら立っているのを見つけた。授業中にもかかわらず、静かにこちらを見ていた。
タカマサが気づいたことに気づくと、彼女は深く、腰を曲げ、頭を下げた。
「タカマサ・タナカ様、でお間違いないでしょうか」
頭を上げて、彼女はそう言った。
「ああ、そう言う君は、ベリーかな」
ベリー。以前、悪魔に取り憑かれていた聖女である。
王太子のあの一件以来、姿を見せなかった彼女が、タカマサの前に姿を現したのである。
「はい、ベリーで間違いございません。悪魔に取り憑かれた私を救って下さり、誠にありがとうございました」
そういって彼女は再度深く頭を下げた。
悪魔に取り憑かれていたときの様な、欲と浅はかさにまみれた様子はなく、知的で冷静な雰囲気を醸し出している。
「もう、大丈夫なのか」
「ええ、あの後、聖都にて治療を受け、先日戻ることが出来ました」
聖都。この大陸の端にある都市であり、アリシア教、つまり女神を祭る宗教の本拠地である。そこで治療される程の人物。そして聖なる力をもつと言うことから、タカマサは彼女を『聖女』だと断定していた。
「そうか。なら良かった」
聖都にて治療を受けたと言う事は恐らく、悪魔による後遺症なども特にないと言うことだろう。まあ、タカマサが対処したことで後遺症の可能性は元々ゼロに近いのだが。
タカマサとしてもベリーに問題がないと知って安心していた。王太子のことなど知ったことではないが、ベリーはただの被害者である。彼女が不利益を被るのはタカマサとしても望むものではなかった。
「タカマサ様のおかげです。あなたがいなければ私はあのままでした」
「いや、良いんだ。気にしないでほしい。…それはそうと、なぜ君はあの悪魔に取り憑かれたんだ?」
ふと浮かんだ疑問を投げかける。
聖女とは本来、悪魔に対処するために、アリシアが能力を分けているはずである。さらに言えば、悪魔がこの世界に存在するには依り代が必要であり、聖女が依り代にならない様に悪魔と相反するようにアリシアの加護が宿っているはずなのである。
今回は、その聖女を依り代として悪魔が存在していた。つまり、加護が発揮されていないのだ。
「…その様子だと悪魔に詳しいのですね」
「ああ、そんなに不思議か?」
「ええ、普通、悪魔のことなど知らないはずですから」
「…何だって?」
おかしなことを言う。
悪魔の存在は人間にとって最も脅威であり、警戒すべき存在だ。
それを、普通は知らないとは一体どういうことなのか。
「…悪魔の存在は、伏せられていると言うことです。悪魔は女神の加護無しには戦えない。つまり、私の力無しには人類は抗うことが出来ない。悪魔のことが広まれば、この世界は不安で満ちてしまう」
「……」
「それ故、悪魔の存在はアリシア教の上層部、各国の王達しか知らないです」
「悪魔が現れたらどうする」
「各国に散る聖騎士にて結界を張り、聖女が現地に赴き対処するというのが基本です」
「結界?」
「聖女の力が込められた杖を使い、簡易的な結界を張るのです」
「それで悪魔が止まるのか?」
「ええ、余程高位のあくまでない限り、数日程度、拘束することが出来ます」
「数日で、いけない距離の場合はどうする」
「行けないことなどありません」
「なぜ」
「それは言えません」
どうやら、話せるのはここまでの様である。
なぜ、数日でたどり着けると断言できるのか。それについてはこれ以上聞いても教えてはくれないだろう。
「…それで、なぜ君は悪魔の依り代となっていたんだ?」
「…それが、分からないのです」
「加護はどうした」
「…発動されませんでした。その場に現れた悪魔を祓おうとしましたが、なぜかその場では聖女としての力が使えなかったのです。そして、聖女と仕手の力を使えない私はあの悪魔に取り付けた、と言う事です」
「使えなかった……だって?」
「ええ、原因は分かりません」
「今は使えるのか?」
「ええ、今は問題無く」
今は使えるとしても、非常に危険であった。聖女の力を消す。そんなことが出来るとなれば悪魔達は大喜びでこの世界を荒らすだろう。
そもそも悪魔がこの世界にやって来ることは希だが、それでもない訳じゃない。来たときの対策として聖女がいる。聖女が機能しなければ、抗う術がないのである。
「…それ故、私はこの学園に戻ってきたのです」
タカマサが険しい顔をしながら思考を巡らせているとベリーがそう言った。
「なぜ、使えなかったのか。この学園にその答えがある。私はそう思うのです」
「なんでそう思うんだ?」
タカマサは彼女にそう言った。何か、聖都において情報を拾ったのか。この学園が怪しいと思う理由があるのか。それが気になったからだ。
しかし。
「ただの直感です。ですが、私の直感はよく当たるんです。……それに、ここにはあなたがいるので、もしまた悪魔が出ても、タカマサ様を連れて行けば済むでしょう?」
「……」
そう言って、ベリーはにこりと笑った。
…違った。聖女になるくらいだから、知的で冷静で、思慮深いと思っていた。実際に以前の世界の聖女はそうだった。だから、ベリーもそうだと思っていた。さっきまでそう見えていた。
でも違った。こいつ、感情で動いてやがる。考えてなんかない。
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもない」
「なので、タカマサ様、クラスは違いますが、これからよろしくお願いしたます」
「あ、うん、よろしく…」
ベリーは微笑んでいる。
微笑んでいるだけだと、美人で、知的そうな雰囲気で、思慮深そうである。口調も丁寧だし。
そんなベリーは言いたいことは言ったのか、タカマサに一礼をして去って行った。
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