15. タカマサ VS レベッカ
編入試験満点合格。魔物との戦闘で勝利。そして、アルフォンス・アイリーンへの勝利。
これまで、レベッカが見てきたタカマサは謎であった。
初対面の自分の味方になり、いじめの対象になっても、挫けない。そして、アルフォンスや、魔物に勝利し、王太子までも説き伏せた。
彼考えていることや、性格はまだよく分からない。知らない。
でも、彼が強いと言う事はこれまでのことから分かっている。精神も、戦闘力も。
だからこそ、思ってしまった。挑んでみたいと。戦ってみたいと。
レベッカは自分よりも強いかも知れない同年代とは会ったことがなかった。もしかしたらタカマサは自分よりも強いかもしれない。
その思いは彼女の闘争心に火をつけたのである。
***
「始め!!」
アロラインの合図を聞いて二人は相手に向かって奔る。その速度は凄まじく、周りの生徒は目で追うことに必死だった。
タカマサに迫るのは、左下からの切り上げ。絶妙なタイミング、速度と間合いを完璧に読み切った攻撃。その攻撃をタカマサは剣を沿わせるようにして当然のように受け流す。
対して、レベッカは、織り込み済みという様子で受け流された力を利用して回転し、二撃目を放つ。
単調な攻撃。
タカマサはその剣筋を読み、その剣筋に剣を合わせようとする。
「!?」
その瞬間、嫌な直感がタカマサに奔る。
瞬時に、選択肢を変え、タカマサはその場から後ろへと跳んだ。
タカマサが居た場所をレベッカの剣が切る。
ブォンッ!!
女性が振ったとは思えない重く低い剣の音。
彼女の振った剣には先ほどまでとは違い、淡い光が宿っていた。
「…さすがね」
レベッカは構えを直して、タカマサへとそう言った。
「そっちこそ。あのまま受けていたら剣が折れてた」
彼女の剣にはあり得ない重力が宿ってる。彼女が持つには重すぎる、いや、誰が持つにしても重すぎる重力が。
あのまま、彼女の剣を受ければ、俺の剣は折れ、使い物にならなくなっていただろう。下手をすれば俺の体に傷を付けることも可能だった。
「それが、君の切り札か?」
「…ふふっ、そんなわけっ!!」
レベッカは再びタカマサへと迫る。
飛び出した瞬間、彼女は姿を消す。
いや、消えた様に見えるほど高速で移動していた。
タカマサの目は、しっかりと彼女を捉える。
先ほどと同様、左下からの切り上げ。先ほどは剣を合わせたが、次はその剣を体をひねって避ける。
しかし、避けたはずの剣は再度、元の位置から切り上げてきていた。避けたタカマサに向かって剣が迫る。
「ふっ!」
瞬時に剣に魔力を通し、そして迫る剣に合わせる。
合わせた瞬間、あり得ない重量を持った剣と、あり得ない強度を持ったタカマサの剣が大きな音を立てた。
「…やりますね」
「レベッカも、なかなかだ」
タカマサは剣を押し返し、レベッカを弾き飛ばした。
弾き飛ばされたレベッカは当たり前の様に、空中で体勢を立て直し、着地する。
着地したレベッカは非常に不満げな顔をしていた。
「…攻めて来ないのね」
「そうだな」
「…なぜ?」
「君の力を見るためだ」
「…随分と余裕なのね?」
「ああ、君もまだ本気を出していないだろう?」
レベッカの問いにタカマサはそう答えた。
そのタカマサの答えがレベッカに火をつける。
「…私が出せばあなたも、本気で相手をしてくれるのかしら」
「やばくなれば、俺もそれなりに本気を出すさ」
「そう」
レベッカの姿がぶれる。
瞬時に、タカマサの前に姿を現す。これまでと同じ攻め方。違うとすればそれはレベッカの姿が3つ、迫っていたと言うことだった。
…分身か。
三方向から迫る剣。そしてそれぞれの剣には魔法が施され、重量を増している。
タカマサは素早く剣を振り、それぞれの切っ先に少しだけ擦るようにし、切っ先を逸らす。重力の大きな剣はそれだけ強く、固いが方向を逸らすことはタカマサにとっては容易であった。
その剣は確かに逸らした、しかし、再び、その事象はなかったかのように、剣は元の位置に戻り、迫る。
…まただ。これは分身とは違うな。
タカマサは再度、その剣を避ける。
二度目の剣を避けた時、その剣は空を切った。元の位置に戻って再び迫ることはなく、空を切ったのだ。
分身もそうだが、アレは何だ。剣が戻る。いや、これは…
「!!」
タカマサの頭上からレベッカが迫る。咄嗟に飛び退き、避ける。その瞬間、レベッカの姿が消え、再度タカマサの頭上に現れた。
「…なるほど」
タカマサは迫るレベッカへ剣を構える。そして頭上に迫る剣を受け流し、その腹に掌底を入れる。
「っ!!」
吹き飛ばされたレベッカは受け身も取れず、地面へと転がった。しかし、すぐに起き上がる。
「…レベッカ、君の魔法は分身、加重、そして事象戻りの魔法だな」
「…よく、分かったわね」
「良い魔法を持っている。どれも高難易度の魔法だ。なかなか使える魔法じゃない」
タカマサは純粋に彼女を褒めた。
分身魔法はその名の通り分身する魔法。魔力で自分を象り、動かす。全てを分身を思い通りに動かすには繊細な魔力制御が必要である。そしてこの魔法の強力な点は分身全員が魔法を使用することが出来、威力も何ら変わらない。つまりは分身を増やすだけ、威力を倍増することが出来るのである。
加重魔法は触れた物の重さを増やす魔法。恐ろしいのは増やせる重さに上限がないこと。使用者が重さを感じることはないことである。
そして事象戻りの魔法。法則をねじ曲げ、なかったことにする。例え、腕がちぎれようと、体を貫かれようと、そして、例え死んだとしても。
分身、加重、事象戻り。火や雷、水などの属性魔法とは違い、無属性の魔法。無属性魔法は高難易度か難易度の低い魔法しかない。高難易度の魔法は強力だがそれだけ習得が難しい。そして何より、無属性魔法は強力であるが故に消費魔力が馬鹿みたいに大きい。通常であれば、一つの無属性魔法を使用するだけで普通の魔法使いの魔力は枯渇する。
それをレベッカは三つ同時に使用し、多用している。さらに魔力切れの様な様子は全く見られない。
間違いなく、魔力量、魔法技術共に規格外であった。
しかし、レベッカは不満げである。
理由は単純。先ほどからタカマサは避けて、退けているだけ。一切、攻撃をしてこないからである。
「…これでもまだ、真面目に相手をしてくれないと言うの?」
「いや、君が本気を出してくれたんだ。俺もそれなりに応えよう」
レベッカの要望に応えるために、タカマサは魔法を行使することにした。
しかし、レベッカの言うとおり、本気で魔法を使うと、大惨事になりかねない。ただでさえ、タカマサの魔力や戦闘能力、魔法技術はこの世界では異質であり、強力すぎる。
そのため、タカマサは、本気を出したと思われる程度の、ほどよい魔法を使うことにした。
「いくぞ、レベッカ」
タカマサはそう言って、レベッカを見る。レベッカは防御魔法を行使し、何重にもそれを重ね、タカマサの魔法に備えていた。
レベッカからすれば、自分の本気を出しても余裕綽々の相手が魔法を使うのだ。全意識と全魔力を自分の身を守ることに向けていた。
タカマサは魔法を体内で構築し、魔力を通していく。強力すぎても、弱すぎてもいけない。絶妙な魔法。
『炎竜』
タカマサは脳内でそう唱える。
すると、荒れ狂う炎がタカマサの背後から出現する。
突然放出された炎は灼熱をまき散らし、強烈な熱波をレベッカのみならず、周りで見学をしている生徒まで飛ばしていた。
やがて、その炎は、翼を生やし、爪を生やし、牙を生やした。
そこには竜を象った炎があり、レベッカを上から見下ろしている。
「なっ!!!!」
突如、バリンッと音を立てて、レベッカの防御魔法が破られる。
分身を使い、効力を何倍にもしている防御魔法が一瞬で消え去った。
攻撃はされていない。ただ、竜を象った炎が出現しただけ。
たったそれだけにも関わらず、竜の発する熱でレベッカの防御魔法は崩壊していたのである。
(あまりにも差が大きすぎる…。タカマサは強いとは思っていたけど、…これほどなんて。こんな魔法、アロライン先生にも使えるかどうか分からない。…差が、ありすぎる)
レベッカは意気消沈する。見せられた差に、大きすぎる壁に。
しかし、
「さあ、レベッカ。君はどうする」
タカマサは試すようにそう言った。その顔は決して嘲笑うような顔ではなく、レベッカに期待をしている顔。お前ならこの程度で挫けないだろう、と確信して笑っている。
タカマサがそんなことを言ったのは、彼女に強くなって欲しいと思ったからだ。彼女の魔法技術はタカマサから見ても高い。さらに高めることが出来れば今後、魔王となる存在と相対した時に強力な助っ人になるかも知れないと感じていた。
タカマサが軽い考えで放ったその一言が、圧倒的な魔法の差を見せつけられ、敵わないと思っていたレベッカに火をつけた。
「どうもこうもないわ。真っ向からたたき伏せるまで!!」
そう言って、レベッカは再度、剣に加重を掛ける。分身も使用し、際限なく、剣に重さが増していく。そして、外した時の為に、事象戻しを頭の中で構築し、備えておく。
いくら魔力量が規格外とは言っても無限ではない。この一撃が、残存魔力からして、最後の一撃。レベッカはそう実感していた。
「行くわ!!」
「ああ! 来い!」
レベッカは身体強化魔法を使い、飛び出した。
竜の放つ熱波が、近づくにつれて増していく。残り少ない魔力を行使し、防御魔法を構築し、壊され、それでも再度構築し、近づいて行く。
狙うは竜ではなく、タカマサ本体。
彼に剣を当てることさえ出来れば、加重を掛けたこの剣は間違いなく彼を打ち砕く。竜は、自分に何もしてこない。炎を使って自分を退けることもせず、ただ灼熱の熱波を放っているだけ。
しかしそれだけでも脅威であった。
(…熱い。熱が増していく。息がしづらい)
防御魔法を使っていても、息苦しい。
チリチリと自分の髪が少し焦げているのが分かる。顔や腕はヒリヒリと痛い。恐らく、やけどをしているのだろう。
それでもレベッカは走った。
そして、ついに間合いにタカマサを捉える。
タカマサは変わらず、笑みを浮かべているだけ。防御魔法も使っていない、剣も握っていない。
しかしそんなことは関係ない。
レベッカはタカマサを倒すことだけを考えていた。
「はぁっ!!!!」
レベッカは間合いに入ったタカマサへ剣を振り下ろす。
自分の魔力を全て詰め込んだ渾身の一撃。
剣はあと数センチでタカマサの右肩へと接触する。
それでもタカマサは動かない。微動だにしない。
(勝った!! いくらあなたでもまともに食らえばっ!)
レベッカは勝ちを確信する。この距離、あとコンマ数秒で剣が到達する距離であってはどれだけタカマサが速くてもどうにも出来ない。
先ほどの戦闘によってレベッカはタカマサの速さを把握したつもりであった。
加重によって凄まじい重さになった剣が、タカマサに到達する。
ーーーガッ
「なっ!」
剣がタカマサの肩で止まる。
確かに剣は当たっている。しかし、剣は止まっている。本来であれば、その重さからタカマサの肩は潰れているはずである。
このまま、タカマサが肩を潰されるわけがないと薄々感じてはいたものの、止まるなど思ってもいなかった。
「良い、一撃だった」
タカマサはそう言って満足げ笑う。
そして、レベッカが驚愕の表情でその顔を見た瞬間、腹部への強烈な衝撃と共に意識を手放した。




