12.エピローグ
翌朝。タカマサは中庭に居た。
あの後、ベリーは倒れていたと言う事にして、保健室に寝かせ、タカマサは寮へ帰り睡眠を取った。
悪魔がこの世界にも干渉をしている。その事実はタカマサに少しばかりの不安を植え付けていた。悪魔は人間ではあらがえない。どれだけの力を持つ人間でも、ほぼ不可能である。
そんな存在が、この世界に来て数日で目の前に現れた。そのことに漠然とした不安を感じていたのだ。
「タカマサ、おはよう」
中庭の花を見ながら、考えていると、レベッカがやってきた。
「おはよう、レベッカ」
「こんな時間に中庭に居るなんて珍しいわね」
「あ、ああ、少し伝えることがあってな」
タカマサはいつも、授業開始時間ギリギリに学園へとやってくる。故に、レベッカからすれば、こんな朝早くから中庭に居るタカマサは物珍しかったのである。
「伝えること?」
「ああ、王太子のことでな」
「……何かあったの?」
レベッカは心配そうな顔をして、タカマサを見た。
最近、タカマサがいじめられていることはレベッカも知っている。何も気にしていないという風を装いながら、タカマサは自分に接するが、もしかしたら精神的にはきついのかも知れないと日々考えていた。
そんな矢先に、王太子のことで伝えたいことがあると言われれば、何かあったのではないかと心配にもなる。
しかし、そんな心配とは裏腹に、彼の口から出てきた言葉は良い報告であった。
「王太子に、直接話を付けてきたよ。…レベッカのことも、もう何もしないと言っていた」
良い報告ではあるが、反って心配になる報告でもあった。王太子の醜悪さはレベッカもよく知っている。気に入らないことがあれば権力を笠に着て暴れ出す。自らの地位を理解しているため、誰も手を付けられない。
そんな王太子が納得した? 敵視しているレベッカのことを?
到底、信じられる話ではないが、目の前の男が嘘をつくような人では無い事はよく知っている。
「何を…したの? あなたは大丈夫なの?」
だからこそ、彼が何か取引をして、レベッカへの手出しはしないという約束を取り付けたのだと判断した。
「ああ、大丈夫だ。何の問題もない」
「…本当に?」
「本当に」
「…何があったのかだけ教えて」
せめて、何があったのかは知りたい。自分の為に動いてくれた、タカマサが何か不利益を被るような取引をしていないか、本当に彼は大丈夫なのかを確かめる為にも。
そう思いながら、タカマサを見つめる目は、揺るがない意思を持っていた。
もしかしたら教えてくれないかも知れない。でも、自分はそれを知るべき立場にある。ならば、何としてでも聞き出す。
「いいぞ。簡単に言うとな、王太子は魔物に騙されていたんだよ。そしてその魔物の魅了魔法に引っかかり、あんなことをした。だから、魔物を倒せば一件落着ってわけだ」
意外にもあっさりと教えてくれた。
しかし、魔物という言葉は聞き捨てならない。
「魔物? あなた魔物と戦ったの?」
「でも、弱い魔物でね。人に寄生することで生きる魔物だったんだ。そしてそれがベリーさんに寄生してしまった。少し魔法をあったら消えていったよ」
「そ、そうなの、そんなに弱い魔物だったなら、良かったわ」
魔物。人を襲う恐ろしい化け物。普段は騎士団や傭兵が駆除をしている。
しかし、時には恐ろしく強い魔物も現れる。そんな魔物ではなく、弱い魔物だったようで、レベッカとしても一安心である。
「じゃあ、ベリーさんも被害者ってこと?」
「そうなるな。今回の件で加害者だったのは魔物だ。それにとりつかれ、魅了された王太子やベリー、そして王太子に従うしかなかった人達、全てが被害者だ」
「…そうなの」
「ああ、でもだからと言って、やったことが消えるわけじゃない。レベッカが関わりたくないと思う人や許せないと思う人とは無理に接する必要はないと思う」
「……そう、そうね」
正直、レベッカとしてはタカマサ以外とは関わろうとは思わない。でも、誰もが被害者ならば、無理に拒絶することも出来ない。それをすれば、次は彼ら彼女らを傷つける側に回ってしまう。それは絶対に嫌だった。
「とまあ、そんなところだ。レベッカがいじめられたり、避けられたりすることはもうないんじゃないかと思うよ」
タカマサはいつもの優しい笑顔でそう言った。
その顔を見て、レベッカはほっとする。
「ええ、そうね、ありがとう! タカマサ!」
「おうよ!」
レベッカは心から感謝する。
誰も味方がいないにも関わらず、自分の友で居てくれたタカマサに。そして、自分の為に魔物と戦う危険なことをしてまで助けてくれたことに。
生きてきた時間は短いけれど、過去最大の感謝の念をタカマサに抱く。
「本当に、ありがとう」
レベッカは朗らかに笑った。心の重荷が取れたように、晴れやかな表情で笑った。
***
その日の夕方。とは言ってももう日がほぼ沈んでいて薄暗くなっている。
「まずは計画通りと言ったところかな?」
その場に居た、一人の人物がそう呟いた。
「ええ、悪魔などと言う邪魔者のせいで少し狂いましたが、元通りです」
背の低い人物がそう言った。
「それにしても、女神は良い物を送り込んでくれました」
「ですねぇ、悪魔を一発で倒すなど聞いた事がありません」
「ええ、その矛がこちら側に向かない様に、気をつけないと、ですね」
「まぁ、向いたときは殺せば良いのです。いくら彼でもアレには叶いませんしね」
「ふふっ、それもそうですね」
楽しげに二人は笑う。
その顔は闇に溶けて見ることは出来ない。しかし、笑っていることだけは確かである。
「とにかく、計画を進めましょうか」
「そうですねぇ、彼女には魔王になって貰わなければ」
そう言って、二人は姿を消す。
最初からそこには誰も居なかったかの様に一切の痕跡を残さず、消えた。
これにて一章完です!
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