11.タカマサと王太子
勇者タカマサには悪い癖があった。
それはめんどくさくなると、全てを無視して元凶を叩こうとすることだった。故に、前世界の時も修行をし、魔王を倒せるだけの武具や力を手に入れると、真っ先に魔王を倒し、統率を失った幹部達を倒し、残党は国の兵達に任せると言った手法をとった。
困っている人がいれば助けるし、助けを求める人には寄り添う。しかし、毎回、めんどくさくなり、元凶を潰すのだ。タカマサは善人であると同時にめんどくさがりでもあったのだ。
そしてそれは今回も同じだった。
***
「ああ、ベリー、なんて可愛いんだ…」
「ああっ! だめですっ! そこはぁっ!」
ベッドの上で王太子とベリーは情事に勤しんでいる。
その部屋に歪みが生まれる。空間にひずみが生まれ、渦を巻き始める。
しかし、二人はそれには気づかない、お互いに必死に腰を振っている。
やがて渦の中から一人の人物がその場に降り立った。
「…お楽しみのところ申し訳ないが、お前が王太子か?」
そう言ってその人物、タカマサは不躾に二人に向かって問い掛けた」
「「!?」」
二人は突然現れたタカマサに驚き、体を起こす。ベリーは慌ててシーツで体を隠し、王太子はベリーを守るように、ベリーの体を隠す様にベリーの前に出た。
王太子は見た目はさすが王族と言った感じで、美形であった。
そんな王太子は近くに置いてあった、本物の剣を近くに寄せ、タカマサへ叫んだ。
「な、なんだ貴様は!」
「タカマサだ。知ってるんだろう?」
「…タカマサ…、なるほど、貴様がレベッカの友人などとほざいているタカマサか」
「そうだ」
王太子は現れた人物が、学園の生徒であると分かると、途端に態度を変え、傲慢な振る舞いへと変わった。
「そうだ、だと? 貴様、誰に口をきいているのか分かっているのか?」
そう言って、タカマサをねめつける。しかし、タカマサは王太子の睨みなど気にしないどころか、軽蔑したような目で、王太子を見た。
「分かっている。お前こそ自分の状況が分かっていないらしいな?」
「ふん、何かするつもりか? 私がここで大声を上げればすぐに衛兵が飛んでくるぞ?」
「やってみるといい」
「ふん、おい! 衛兵! 不届き者だ! 捉えて牢に入れておけ!」
王太子が声を荒げて、衛兵を呼ぶ。王太子はニヤニヤしながら、衛兵が来るのを待った。
しかし、数分経っても、衛兵は部屋にやってこない。
「…おい! 聞こえないのか! 衛兵!」
王太子が再度叫ぶがやはり変化はない。
「き、貴様ぁ! 何をした!」
「そんな簡単なことも分からないか?」
わめく王太子に、タカマサは鼻で笑うように言った。
王太子は顔を赤くして声を荒げる。
「貴様ぁ!!」
「…音が聞こえていない…?」
その傍らで、妙に冷静なベリーがそう言った。
「そうだ。この部屋の音は今、どこにも届いていない。それどころかこの空間は孤立している」
「…孤立?」
「そう、まあ、誰も入って来れないし、出られないと言う事だ」
タカマサはこの部屋を空間ごと切り取っていた。タカマサの魔法の中の1つで、タカマサが設定する範囲を空間ごと断裂させ、孤立させる。孤立した空間は外からの中への干渉も、中から外への干渉も出来ない。
「貴様! 今すぐここから出せ! 私にこんなことをしてただで済むと思っているのか!? 私が王になったら貴様は打ち首だ!」
ギャーギャーとわめく王太子。
タカマサは変わらず、軽蔑の視線を向けている。
「黙れ」
そう言って、タカマサは手に黒い剣を生み出す。そして、それを王太子の首に当てた。
それは一瞬で、王太子は首に当てられて初めて、黒い剣の存在を認知する。
「ひっ」
「…王太子。お前はなぜ、レベッカにあんなことをする。なぜアルフォンスにあんなことをする」
「……レ、レベッカは、私の、可愛いベリーを、い、いじめたからだ。だからいじめ返しているのだ」
「ほう、それは実際に見たのか? いじめているところを」
「…実際に破られた教科書があった…」
「違うな。俺が聞きたいのはレベッカがそれをやっているところを見たのか、と聞いている」
「そ、それは…」
「はっきりと言え、どうなんだ」
タカマサは煮え切らない態度を取る王太子に強めに剣を押し当てる。
「どうなんだ?」
「み、見ていない…! す、全て、聞いた話だ!」
「だろうな。それで? アルフォンスに脅しを掛けているのはなぜだ?」
「…都合が良いからだ。私は王族で、生来、指示を出す側だ。…あいつは実力も家柄も丁度よかったのだ…」
「…クズめ」
そう言って、タカマサは王太子の首から剣を離した。
王太子は首がつながっていることを確認しながら、荒く息を吐いている。
「ベリー、次はお前だ。正直に答えろ」
「…はい」
先ほどから妙にベリーは大人しい。
反抗するわけでも、わめくわけでもなく、大人しく、タカマサに従っている。
「レベッカはお前をいじめたのか?」
「……いいえ、全て自作自演です」
すんなりと白状する。
こんなにあっさりと、口を割ると思っていなかった、タカマサは少し拍子抜けしてしまう。
「…ではなぜ、そんなことをした」
「簡単な話です。未来の王妃になる為です」
「なっ」
ベリーの口から騙られる真実に、王太子は目を剥く。
「ベ、ベリー?」
「何でしょうか、殿下」
「う、嘘だったのか? レベッカにいじめられていたというのは。私を愛していると言うのは」
「ええ、もちろん、嘘ですよ」
「な……」
王太子は絶望に顔を染める。
王太子は以前から自分よりもできの良いレベッカに劣等感を抱いていた。そんな時、声を掛けられ、一緒に行動するようになったのがベリーだ。ベリーは王太子の悩みを理解し、力になってくれた。そしてそれを面白く思わなかったレベッカがベリーをいじめた。自分はそれを守り、悪女であるレベッカに制裁を下していた。そう思っていた。
「で、私達をどうするんですか? タカマサ様?」
ベリーは王太子などもう用なしだと言った様子で、タカマサに問いかけた。
「分からないな。ベリーなぜ、お前はそこまで白状した? なぜそんなにも冷静で居られる?」
「もう、用がないからですよ。この王太子には」
「用がない?」
「ええ、こうなってしまった以上、あなたは真実が何かを知るまで、ここに居るんでしょう? なら、さっさと言ってしまった方が楽です。そうなれば、この出来損ないの王太子など気に掛ける必要もありません」
「…お前の目的は王妃になることじゃないのか?」
「ふふっ、そうですね、元はそれでしたが、王妃なんてめんどくさそうなのでやめます」
「……お前は一体何を言っている?」
タカマサには理解が出来なかった。これまで、王妃になるために行動してきて、他人を陥れてきた人物がいきなり、その全てを壊した訳が。
「私はね、面白半分で、やってみたんですよ」
「なんだと?」
「面白半分で、こちらに来てみたんですよ」
彼女がそう言った瞬間だった。
彼女の目が黒く染まり、額から角が生える。魔力が吹き荒れ、部屋の中の物がガタガタと揺れる。
「ひいっ」
絶望をしていた王太子も、彼女の急変に驚き、あろうことか、タカマサの後ろへと隠れた。
「なるほど、お前は悪魔か」
タカマサの一言に、ベリーはにやりと笑った。
口調も雰囲気も変わる。
「ほう、知っているのか」
悪魔。魔族とは違う、上位の存在である。
悪魔は魔神が作り出した魔界と言われる世界に住み、その世界と女神が作る世界は表裏一体の世界となっている。つまり、魔界からは女神の作るどの世界にも繋げることが出来る。
故に、タカマサは前世界でも、悪魔と対峙したことがあった。
そしてふと、タカマサは思い出す。
「彼女の体にはどうやって入った? 彼女は聖なる力を持っていたはずだが」
ヒューズから聞いた、ベリーは聖なる力を持っているという話。
聖なる力は本来、女神から与えられるある種の権能。魔物などにも協力だが、本来の目的は悪魔に対抗する力となる。
すなわち、ベリーは悪魔に対しては強いはずなのである。
「こいつはなぁ、この世界に来た俺を祓おうとして失敗したのさ。代わりに乗っ取ってやったよ」
「…そうか、彼女も被害者か」
「そうなるな。あとは、学園の連中にも少し洗脳をかけて遊んだぞ?」
ベリーは笑いながらそう言った。
「洗脳だと?」
「そうさ、学園の生徒の何割かにレベッカへの悪感情を植え付けたのさ」
「……やけに噂を信じる生徒が多かったのはそういうことか」
「そうだ! いやぁ、楽しかったぞ? 騙されているとも知らずに、石を投げる様子は」
「随分と、楽しそうだな」
「ああ、、楽しませて貰ったよ!! …で? お前はどうするつもりだ?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、タカマサへと投げかける。
「簡単な話だ。お前を殺して、万事解決だ」
「ブフッ! ハッハッハッハッハッハッ!!」
タカマサの答えを聞いて、ベリーは大声を上げて笑った
腹を抱えて、楽しそうに。
「お前が? たかが人間で、聖女でもないくせに? アッハッハッ!!」
「そうだな」
「ハッハッハッハッハッハッ! …はあ、人間ごときが、死ね」
そう言って笑い転げていたはずの、ベリーは突如、黒い球体を生み出し、それを高速でタカマサに放った。
それには悪魔特有の高密度な魔力が込められており、常人が触れれば跡形もなく弾け飛ぶ。
そしてそれは間違いなく、タカマサに直撃し、弾け飛ぶように爆発し、煙が舞う。
それをみて悪魔はにやりと笑う。
「人間が悪魔に生意気な口をきくからだ。怯えて逃げればいいものを」
悪魔はタカマサを殺したと疑わなかった。
だからこそ、煙がはれた時、平然とそこに立っていたタカマサに驚きを隠せなかった。
「どうした? そんな顔をして。何を驚いている」
「……なぜ生きている」
「分からないか? 悪魔のくせに。魔力には何よりも敏感なはずだが?」
タカマサはそう言う。
ベリーはその言葉に違和感を持ち、タカマサを注意深く見る。
魔力を探ろうと。
そして、恐怖一色に包まれた。
自分では敵わない。そう、直感で感じてしまったのだ。明らかに魔力量が違う。密度も量も。こんな魔力は見たことがない、魔界でも、自分よりも上位の悪魔でもこんなことはなかった。
「…貴様、何者だ」
「タカマサだ。タカマサ・タナカ。…これ以上、話すこともない」
タカマサは魔力を高めていく。悪魔を消滅させるためには、ただの魔力ではいけない。聖なる魔力か、悪魔と同じだけの密度の魔力が必要となる。
密度を高め、それを、右手に集中させる。そして。
「死ね、悪魔」
ベリーは必死に逃げようとしたが、この空間は孤立しているため、この部屋からは逃げられない。タカマサは右手をベリーの体に叩き込んだ。体は壊さないように。悪魔がいる体の中にある核だけに高密度の魔力を流し込む。
「ぐふっ…!!」
それをくらったベリーは、崩れ落ちるように、その場に倒れ落ちる。
そして、角が消え、目の色も元に戻っていく。
消える寸前、悪魔は思い出した。タカマサという名前を以前聞いたことがあったことを。
そう、数年前に、魔界で恐れられた、勇者の名前がそうだった。
勇者タカマサに出会ったら、戦わず、逃げろ。
皆がそう言っていた。
今となってはもう遅いが、そんなことを思い出しながら、悪魔は消えた。
***
「王太子」
「ひっ」
タカマサは王太子に振り返って、目を合わせた。
王太子は目の前に起きた出来事は理解出来ないが、化け物をタカマサが倒したと言う事は分かり、タカマサに怯えていた。
「分かったな。これ以上にレベッカに何もするな。何もさせるな」
「わ、わかった…」
「それならいい。あと、お前のしたことを反省するなら、直接頭を下げて回れ」
「……」
「そうか。まあいい。なら、更生した様子でも見せるんだな」
タカマサは王太子をその場に残し、ベリーを抱えて、その部屋から出て行った。
王太子はタカマサが出て行った後も、しばらくの間、その場から動けなかった。




