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10.アルフォンス・アイリーン

アルフォンス・アイリーン。


 アイリーン男爵家の長男として生まれた彼は、幼い頃から優秀だった。

 魔法を教えれば、瞬時に習得し、剣術を教えれば、講師をいとも簡単に負かしてしまう。

 皆が口をそろえて天才だと言った。そんな優秀なアルフォンスにアイリーン家は期待した。


 アルフォンスはみんなから天才と呼ばれ、もてはやされて育ったが、その性格が歪むことはなかった。小さなころから、誰かを助け、弱き者の味方であった。

 そんなアルフォンスを皆が慕っていた。



 アルフォンスは学園に入学して初めて、自分より強く賢い人物と出会った。

 レベッカ・ロードストーン侯爵令嬢だ。

 彼女はあらゆる試験で、アルフォンスを上回り、実技の大会では、アルフォンスを完膚なきまでに叩きのめした。


 普通であれば、プライドをたたき折られ、やさぐれたり、投げやりになったりしそうである。しかし、アルフォンスはそうはならなかった。彼女に追いつける様に、努力し、研鑽を積み続けた。

 いつか彼女に追いつける様に。

 その様子に心を打たれた生徒達は、アルフォンスの周りに集まり、互いを高めあった。



 そんなある日、ベリーという令嬢が入学してきた。

 そしてそれを皮切りに、レベッカの評判が落ち始めた。

 ベリーをいじめた。王太子の近くに居るベリーが気にくわないから、彼女にむごい仕打ちをした。

 そんな噂が流れ始めたのである。


 しかし、彼女と最も近くで観察し、追いつこうとしていたアルフォンスはそれが信じられなかった。その噂を信じず、これまでと同じ様に、過ごしていた。

 そうして過ごしていると、王太子殿下に突如呼び出されることになった。



「貴様がアルフォンス・アイリーンか」

「はっ、左様でございます」


 王太子の部屋に呼び出され、行ってみれば、ベリーもおり、王太子の側に座っていた。


「成績がレベッカの次に優秀らしいじゃないか」

「はっ、ありがとうございます」

「そんなお前に、私が役割をくれてやろう」


 そう言って、王太子はにやりと笑う。その笑みは嫌らしげで、アルフォンスから見ればひどく醜悪な笑みだった。


「役割…ですか」

「ああ、最近のレベッカの噂は知っているな?」

「はい、ベリー嬢をいじめているとのことで」

「そうだ。そんな噂が流れている」


 レベッカの悪評。

 そうか、それを拭うために自分を呼んだのか。それを行えと言うつもりだったのかと、アルフォンスは考えた。

 しかし。


「その噂は私が流したものだ」

「…は?」


 理解ができなかった。自分の婚約者であるレベッカの悪評を流す意味が。

 

「私の愛おしいベリーをいじめたのだからな、仕方がない」

「さ、さようでございますか」


 愛おしいベリー。王太子はそう言った。確かに仲が良いとは知っていたが、そこまでの仲だったとは。


「そうだ。それであいつの本性を知らしめるために、事実に基づく噂を流した」

「……」

「しかしだ、それでもまだ、あやつの周りには人がいる」

「……」

「貴様も知っているだろう? あやつと仲の良い令嬢が一人」

「…はい」


 自分が何の役割を与えられるか、薄々、悟り始める。しかし、そんなことは絶対にしたくない。


「あの令嬢が邪魔だ。制裁を加えろ。レベッカと関わるとどうなるか、見せしめにしろ」

「……その役割はお受けすることができません」


 アルフォンスの予感が的中した。

 しかし、自らの心がそれを拒否する。弱きを助け、強きを挫いてきた彼にとって、それは承諾出来ないことだった。


 しかし、王太子はニヤニヤと笑い、再度口を開いた。


「そうか、ならば、覚悟しておけよ?」

「…覚悟?」

「そうだ。私が学園を卒業したと同時に、貴様の家を潰す。男爵家んど吹けば飛ぶような家だ」

「なっ…!」


 アルフォンスは絶句する。

 王太子の醜悪さに。

 しかし、彼にとって、育ててくれた両親が一生懸命働いて保っている男爵家を潰されることを容認することは出来ない。期待をされて送り出された自分が、その頑張りを無に帰すことは出来ない。


「どうだ? アルフォンス・アイリーン。それでも断るか?」


 王太子はそんなアルフォンスを見て楽しげに、笑った。


 アルフォンスは、歯を食いしばりながら、悔しげに言った。


「…その役目、引き受けました…!」





 その日から、アルフォンスに取って地獄の日々が始まった。



 





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