1.プロローグ
「よくぞ戻った、タカマサ! よくぞ魔王を倒してくれた!!」
王城の玉座の上から、この国の王が、目の前に跪くタカマサと言われた青年を賞賛する。玉座の側に座る王妃もにこやかに微笑み、その側に座るタカマサと同じくらいの年齢の王女も嬉しそうにタカマサを見ていた。
「はっ、もったいないお言葉、ありがとうございます」
タカマサは王に忠実な兵士の様に、その場で振る舞っていた。
「うむ、やはり女神アリシアのお告げの通り、異界の勇者が魔王を滅ぼすというのは本当だったか」
「そうですね、陛下。タカマサ様は誰も成し得なかった魔王討伐と言う偉業を一人で成し遂げてしまわれましたわ。これは大きな報酬が必要ですね」
王妃はそう言って、王に目配せをした後、視線を王女に移した。
「メイリア、良いですわね?」
「ええ、もちろんですわ…!」
王妃は再び、タカマサに視線を戻す。
それを見て、王はタカマサに魔王討伐に対する褒美を高らかに告げた。
「タカマサ・タナカ! 魔王討伐見事であった! 褒美として、我が娘メイリアを下賜し、この国での生活を子孫共々、我々王家が担保しよう!!」
その王の言葉に周りに居た、各大臣達は拍手をし、近衛兵たちはうらやましげにタカマサを見た。
この大陸一番の美女であり、他国にも有名な、第1王女メイリアとの婚姻。そして、この国での生活を子孫も含め、王家が面倒を見るという破格の報酬。
魔王を倒し、この世界を救った勇者と王女の結婚。
巷に出回るおとぎ話のような出来事であり、その場にいる全員がその展開を予想していた。
しかし、タカマサの口からでた言葉は周囲の予想とは全く違っていた。
「…いいえ、陛下。その報酬を私は受け取ることは出来ません」
跪きながらそう言ったタカマサに周囲は沈黙する。誰もが驚きを隠せず、唖然としていた。
「な、なぜだ、タカマサ」
王が尋ねる。王も戸惑っているようで、少し、玉座から腰を浮かしている。
そんな周囲のことは何も気にしていない素振りで、タカマサはつげる。
「理由は、旅立つ前にも申し上げた通りでございます。私は故郷に家族や友を残してきております。それ故、故郷に戻り、元気な姿を見せ、安心させたいのです」
王は、タカマサの言葉に、渋い顔をする。
王としては、タカマサという単騎で魔王を倒す様な強力な戦力を手放したくはない。しかも都合の良いことに、美しく育った娘であるメイリアはタカマサに惚れている。故郷に戻りたいとは聞いていたが、美女と今後の生活を保障すれば、こちらに残ると踏んでいたのだ。
しかし、故郷、つまりはタカマサは自分の世界に帰りたいと言う。
「そ、それは、確かに聞いておったが…。こちらで幸せに暮らしていくと言うのはどうだろうか?」
「陛下、私は帰りたいのです。確かに、陛下のおっしゃられた報酬は魅力的です」
「では…!」
「ですが、私には私の暮らし、故郷があります。…この世界に未練がないとは言いませんが、私は別の世界の人間。このまま残っては、この世界的にも良くないと思います」
そう言って、タカマサは王の目をじっと見つめる。何を言ってもこの考えを変えることはないという固い意思を持って。
「……っ、はぁ」
王は諦めた様に、顔を覆った。浮かしていた腰を玉座に掛け、背もたれにもたれかかった。
「…分かった、元の世界に戻そう。…賢者リーン」
「はっ」
王は、大臣の達の最前列にいた、老人を呼び寄せる。
老人はこの国では勇者に次いで、魔法が得意な人物であり、タカマサをこの世界に呼び出す魔法陣を描いた者でもあった。
「タカマサを元の世界に戻す。準備を始めろ」
「はっ」
こうして、タカマサは元の世界に戻ることとなった。
***
「王よ、よろしいのですか。本当にタカマサを返してしまって」
王の執務室にて、賢者リーンは王に尋ねた。
「…わしとしても、返したくはない。タカマサにはこの国に居て、我らの守護者として居て欲しい。…そして何より、このまま返してしまっては、世界を救ってくれたにもかかわらず、何も礼ができぬ」
王としては、この国を守って欲しいという考えはあったが、一人の人間として、礼が出来ない事も王は気がかりだった。
「ですな。彼には礼をしてもしたりない。叶うことならば彼にはこの先、何不自由のない生活を送って欲しい」
「…とは言っても、タカマサの意思を無視して、この世界に縛り付けることは出来ぬ。それでは恩を仇で返すとものだ」
王は窓の外から覗く月を見ながら、仕方ないのだと、そう言った。
「だからの、リーン。タカマサを送り返す魔法陣に一切の失敗は許さぬからの。完璧にタカマサを送り出すのだ」
「もちろんでございます、王よ。既に魔法陣は完成しておりますゆえ、ご安心を」
「うむ」
賢者リーンは王との会話を終え、部屋を出て行く。
タカマサがまだこの世界に来て間もない頃、魔法を教えたのはリーンだった。タカマサの才能はずば抜けていて、教えうる全ての魔法を彼は習得した。そして、魔王を倒すために旅立ち、見事帰ってきた。
リーンからすれば愛弟子であり、彼と別れることはひどく、悲しいものだった。この世界を去ると言うことは、彼はもう二度と戻っては来ない可能性が高いということ。
自分の年齢を考えても、恐らく、最後になるだろう。
「…仕方がない…ですな」
彼のつぶやきは悲しげだった。
***
二日後。
タカマサは王城の地下にある、転生魔法陣の上に居た。タカマサが初めてこの世界に来たときに呼び出された場所だ。
「…では、タカマサ様、よろしいですかな?」
「ええ、お願いいたします。賢者殿」
タカマサの帰郷の日。その場には多くの魔導師と賢者リーン。そして王家と大臣達、近衛兵達が居た。皆が少し、悲しそうではありつつも、笑っている。
「…タカマサ。この世界に残れないことは残念でならないが、本当に、この世界を救ってくれて感謝している」
王がそう言った。その顔は穏やかに笑っている。
「タカマサ様、本当にありがとうございました。向こうの世界でもお元気で」
王妃が告げる。王と動揺に笑ってはいるが、その目には少し涙がにじんでいた。
「タカマサ様! どうか! お元気で!」
王女も泣きそうになりながらも笑う。タカマサに想いを寄せていた。彼の妻になることを望んではいたが、彼の望みを蔑ろにする事は出来ない。でも、それでも彼に会えなくなるのは悲しいのだ。
「…はい。皆様、お世話になりました。皆様と過ごした日々は一生忘れません。皆様もお元気で」
タカマサはそう言って、微笑んだ。優しげに、少し悲しげに。
「総員! 勇者タカマサに敬礼!!」
近衛騎士がそう叫び、そこに居た全員がタカマサに礼を示した。
右手を握り、左胸に当てる。この世界で何度も見た、最も敬意を表す、礼。近衛騎士の声に会わせて、王までもが、敬礼をした。
それを見て、タカマサの胸には、言葉に出来ない感情がこみ上げる。
この人達の為に、世界を救って本当に良かった。世界を救えて本当に良かった。
「…では、タカマサ殿、始めますよ」
賢者リーンがそう言う。
「ええ、師匠。本当にお世話になりました。…どうか、お元気で」
タカマサは最後に、魔法陣に魔力を込めるリーンへと頭を下げた。
魔法を、戦いを教えてくれた、師匠。彼にとってはかけがえのない存在だった。
タカマサを見て、リーンも微笑む。
「ええ、タカマサ殿。元の世界に帰っても、我々のことを覚えていて下さいね。我々も忘れませんので」
「…もちろんですよ、師匠。ここに居る全員のことを私は忘れません」
やがて、魔法陣に魔力が行き渡り、青白く光り始める。
数瞬後、タカマサの視界は真っ白に包まれた。
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