第九話 美少女×美少女のテスト勉強①
第九話 美少女×美少女のテスト勉強①
「じゃあ、あたしは図書館に荷物取りに行ってくるから先に2人は先に校門で待ってて」
琴音はよほど春原との勉強が楽しみなのかダッシュで図書館に向かう。
「よかったのか?」
俺は短く尋ねる。
「よくはないけどあそこまで頼み込まれたら断れなかったわ」
自分の荷物をまとめながら答える春原。
「あいつに勉強を教えるのは菩薩のような心の広さが必要だ。平静を保てるように自分は人間に勉強を教えているのではなく、サルに教育しているくらいに思ったほうがいい。サル相手に教えていると考えれば大半のことは目をつぶることができる」
「そこまで言うの?」
「これでも同じ哺乳類で例えてるから控えめな言い方だ」
「あなたはよくそんな人と付き合いを続けていられるわね」
驚き、呆れ、賞賛が混じった声と目線が俺に向けられる。
「慣れだな。それとなんだかんだずっと一緒にいるからいないと逆に落ち着かないんだよな。もはや家族みたいものだ。
物心つく前から知り合ってたし、お互いの両親の帰りが遅いときは一緒に留守番していたから家族よりも会話しているかもしれない。
だからめんどくさいと思っても最終的には手伝っちゃうんだよな。後で絶対後悔するんだけど」
かなり恥ずかしいことを話した気がする。
中学までは地元の人間しかいなかったからみんな俺と琴音の関係を知っていた。だから琴音との関係を聞かれるのは久しぶりで少し話し過ぎた。
「長い付き合いなのね。どうりで性格が合わなそうなのに仲が良いわけね。学校で友達を作ろうとしないあなたにそこまで大きな存在がいたなんて意外。
私はそんな風に大切に思える人がいることがうらやましい……」
やけに切実に自分の願望を述べた表情は暗かった。
「お待たせー!」
元気すぎる声と一緒にドンと背中に衝撃がきた。
「痛った!」
「か弱い女の子のスキンシップでリアクションが大袈裟すぎるぞ、ミッチー」
「か弱い女の子のスキンシップの威力じゃないんだよ」
「ミッチーがやわなだけだよ、鍛えな。
春原さんもお待たせ、今日は勉強頑張ろうね!」
「うん、竜胆さんが赤点取らないですむように私も頑張るね」
「いや、そんなに目標が低くちゃだめだ!
やるからにはてっぺん……は無理だからミッチーを超えよう!
ミッチーに勝てる点数を取れるくらいまで頑張るよ!」
自分の実力を考えて目標を修正したのだろうが、無理に決まっている。
今まで勉強を教えてきたのは俺である。だからこそ琴音の学力や勉強に対する集中力や記憶力は把握している。琴音では俺の点数は超えられない。
「そ、そうだね。ライバルがいるとやる気はでるよね。
でもまずは赤点回避できるようにしようね!」
春原的には赤点を避けられる程度に教えて(かなり大変だが)お役御免になりたいと思っているから教える目標地点を下げようとする。
「うーん、そこを目的にするとモチベーションが上がらないんだよねー」
「なるほどね、じゃあ小さい目標と大きい目標に分けようか。赤点回避を小さな目標、佐々木くんに勝つことを最終的な大きな目標にしよう」
効果的な妥協案の設定だと思った。無理に大きな目標を持たせるわけではなく、かつ一番の目標を達成したあとにもモチベーションを維持できる。
「それだ、いいね!」
横に並んで歩く春原にダンディ坂野の「ゲッツ」のポーズを向けて提案に乗った。
「目標も決まった、優秀な家庭教師も確保した、これはもう勝利の方程式が完成したようなものだね」
「実際に式を計算する本人はまだシャーペンも握ってないけどな」
「ミッチーは水差さないでよ。
あ、もしかしてあたしに負けるのが怖くて勉強しないようにやる気を削ごうとしてる?」
琴音は俺を挑発しているような目で見る。相手を挑発したりバカにしたりするときの表情のうざさは世界一かもしれない。
「誰がそんな心配するか。
琴音に今まで勉強を教えていたのは俺だ。実力なんてたかが知れてる」
「その油断が命取りさ。
弟子とはいつかは師を超えるんだよ。いつまでも弟子が自分より下だと思っていたら足元をすくわれるよ」
「彼我の実力差も計算できないようなら勝利の方程式とやら組み立てなおしたほうがいいな」
「ふっ、どちらの計算が正しいか証明しようではないか。
ところで彼我ってどういう意味?」
漫画みたいなやり取りを琴音としていたが、今のセリフで台無しである。
「そんなこともわからない奴は論外だ」
「難しい言葉を使ってあたしを動揺させようって魂胆だね。あたしはそれくらいじゃ動じない。
春原さん、駅までダッシュ! 早く勉強しないと!」
動じてるじゃねーか。
駅の方向に走り出す琴音を俺と春原も追いかけた。
◆◆◆
「じゃあな、俺はこっちだから」
俺と琴音の家の分かれ道に差し掛かった。
「え? 佐々木くんは来ないの?」
春原は驚きと不安をにじませた表情をしていた。
琴音を一人で面倒を見るのは酷だろう。春原は自分の素も隠さなくてはいけない。琴音というストレス要因を抱えながらになるが、頑張ってもらいたい。
が、意地悪でやっているわけではない。琴音に対して爆発せずに演じ切ることができれば他の場面で演じるなんて楽勝だ。
春原は自分が性格を変えて生活をしていることにストレスを感じているが、それが苦にならないように訓練させるという解決方法だってある。
「女子が二人いる部屋にお邪魔するのは気が引ける」
「ミッチー、いいの~? 女の子の部屋に上がれるチャンスだよ?」
「琴音の家は何回も行ったよ。女子の部屋にはカウントしない」
「えー、それならあたしの家に行くことに気兼ねはないよね?」
琴音が発言の矛盾をつけるようになっているとは……。琴音の脳みそでも成長はするんだな。
「琴音を気遣って建前を使ってやったんだ。本当は琴音に教えるのはウルトラスーパー疲れるのに成果が全然でないからやりたくないだけ。そこに気づけ」
「成果が出ないのはミッチーの教え方のせいで、あたしは関係ないから!
今回教えてくれるのは春原さんだから成果でるよ!
ミッチーは覚悟しててね!」
「わ、ちょっと。急に走らないでよ」
琴音は春原の手を引いて家まで駆けだした。
春原には琴音の教育はもちろんだが、自分の課題の克服にも頑張ってもらいたい。
◆◆◆
「お邪魔します」
誰かの家に上がるのは久しぶりで緊張する。
「お邪魔します」と言った声は震えていただろうか。小さすぎていないだろうか。竜胆さんのご両親にはなんて挨拶をすればいいかしら。
ぐるぐると考えていると竜胆さんが声をかけてきた。
「そんなに緊張しなくていいよ。今はあたし達だけしかいないから」
「そうなんだ。誰かの家にお邪魔するのが久しぶりだから緊張してたよ」
「あたしの家なんかで緊張しなくていいよ。
部屋は階段上がって2階にあるから先入って待ってて。飲み物用意してくるね」
「うん、ありがとう」
言われた通り階段を上がると部屋があった。すぐに竜胆さんの部屋だとわかった。なぜなら「琴音」と彫られた木の板が扉に吊り下げられていたからだ。状態からかなり年季が入ったものだと考えられ、幼いころから使っているに違いない。
部屋に間違いがないことを確認して、取っ手を掴み扉を押す。
部屋に入ると爽やかな柑橘系の香りに包まれた。
とてもいい匂い。他人の部屋って独特の匂いがあって苦手なこともあるけど竜胆さんの部屋の匂いは落ち着くわね。
部屋の内装に目を滑らせると、一番気になったのは何かのトロフィーや賞状だった。
よく見ると空手や柔道、剣道など様々な武道の大会の功績だった。
竜胆さんってこんなに武道が達者だったのね。活発で明るい子だとは思っていたけど意外だわ。
「お待たせー」
ジュースとお菓子が乗ったお盆を持って竜胆さんが部屋に入ってきた。
「竜胆さんってたくさんの武道を経験しててすごいね」
竜胆さんが入ってきてすぐにスイッチを入れて私は猫を被った。
「でしょ? あたしは将来お父さんやお母さんみたいに警察官になるのが夢なんだ。だから強くなるために小さいころから色々習ってたんだよね」
自信と希望に溢れた顔で春原さんは答えた。
「それにしても本当に色んな武道をやってる」
「まあ、武道自体にもすごくハマったんだけどね。
ただ、ハマりすぎていつも汗だくになって家に帰ってたから、あたしの部屋がすごく汗臭くなってたんだ。ミッチーが部屋に遊びに来たとき「汗臭っ」って言われてそれがなんだかすごくショックで泣いたことがあったんだよね。
それでお母さんに頼んで部屋の芳香剤は凄くこだわった記憶が今でもある」
昔のことを懐かしんで楽しそうに竜胆さんは語った。
私には竜胆さんみたいな将来の夢がない。昔から熱中して取り組んでいたこともない。懐かしんで微笑むことができるような友達もいなかった。私にないものを持っている竜胆さんが輝いて見えたし、うらやましいと思いながら少し嫉妬もした。
「警察官になりたいなら勉強も頑張らないとだね。早速始めるよ」
「うげー。警察官の試験に勉強なんてなくなってしまえばいいのに」
「つべこべ言ってないで始めるよ。
さっきの勉強で英語に関しては、単語力が足りてないと思うからまずは単語テストをして実力を測るよ」
Handsomeを訳せない学力は相当まずい。というかよくその実力でこの学校に入れたものだ。佐々木くんががんばったのかしら。
「テスト問題は春原さんが作ってくれるの?」
「いや、アプリを使う。今から問題を作るのは効率が悪いし、机に向かって勉強するよりはスマホでゲーム感覚で始めたほうがやりやすいと思って」
「なるほど、名案だね。単純な暗記科目ってすぐ眠くなるからね。
なんのアプリを使うの?」
「オレンジ」
私は自分のスマホに入っている果物のオレンジのキャラクターがいるアイコンのアプリを見せた。
「オレンジ? 全力で見逃さないといけないね」
よくわからないことを言いながらも竜胆さんはアプリのインストールをし始めた。
アプリの設定も終わらし、早速問題を解く竜胆さん。
タップするだけで問題が進むからサクサク解ける。10問1セットを5回繰り返したところで一度打ち切る。
「なるほどね~、これは結構頑張らないといけなかも……」
ざっと正答率を見ると1割から2割ほど。かなりひどい。あほすぎる。4択なのに25%を切るという正答率の低さ。
ここから赤点回避をすることは至難だわ。
いや、赤点回避を目標にはしているけど、今日だけ勉強を教えて、試験日まで竜胆さんと会わないようにすればいいじゃないか。うん、そうしよう。
「あ、ミッチーからレインが来てる。春原さん宛てみたい」
私が厳しい学力の状況を伝えたにも関わらず早速携帯でメッセージアプリのレインを見ている。
これがスマホで勉強する弊害である。スマホは簡単に効率的に学習を進められるツールである一方、それ以上に勉強を阻害するツールでもある。
「なんて来たの?」
「『琴音が赤点を回避できなければ春原の責任だ』だって。
ミッチーみたいに教え方が下手じゃない春原さんが教えてくれれば赤点なんて取らないのにね」
きっとこれは警告だわ。竜胆さんが赤点を取れば春原のせいにされるぞ、という。
竜胆さんが自分の失敗を他人のせいにするような人には見えないけど、自分の成績の低さを佐々木くんのせいにしているからわからない。もちろん冗談で言っているのだと思うけれど可能性はゼロではない。
もし私が途中で竜胆さんの教育を投げ出したり、雑にしたりしてそれが言いふらされたら、私のイメージが崩れてしまう。
「私はそんなに教えるのは上手じゃないと思うな。
そうだ、佐々木くんにも手伝ってもらおうよ。私が忙しくて勉強見てあげられないときもあると思うから」
「ミッチーに頼るのはだめ。
ミッチーの手を借りずに好成績を取って見返してやるんだから!」
最終目標は佐々木くんを超えることだったわね。かなりの無茶ブリぶり。
どんな目標にしろ、一番の優先事項は竜胆さんの実力を知ること。
英語の実力はわかったから他の科目も知りたい。
「今日って学校で何か課題出た?」
学校の課題がどのくらいこなせるかは定期テストを攻略するうえで重要だわ。テスト難易度と課題の難易度はリンクしているから課題ができれば赤点は回避できる。
「数学Ⅰと世界史の課題が出てるよ」
「じゃあ、数学の課題から終わらせよう!
ひとまず、竜胆さんが一人で解いてみて」
「わかった!」
竜胆さんは机に向かい問題集を開いて解き始めた。
竜胆さんが問題を解く間、私はどのように解説するかを考えるために教科書を開いてい
た。
因数分解か……。これは数をこなして慣れて早く解けるようにするのが一番の分野ね。竜胆さんの場合は方法を理解しているのかが怪しいところだけど。
10分ほど経ってから竜胆さんの解いた問題を答え合わせする。
全問間違い。
それも白紙ではなく、よくわからないけど途中式が大量にある。1問解くのに1ページ使っている。
「竜胆さんこの途中式の意味について教えてくれるかな?」
「いやー、問題を見てもさっぱりわからなくてさ。こういう時は音楽を脳内再生してテンションを上げるよね。あたしが流した曲はvs.~知覚と快楽の螺旋~。これを流した瞬間に色々閃いたね!」
テレレレレテレレレレテレレレレテレレレレタラララ~、と竜胆さんは口ずさむ。
言わずと知れたドラマ「ガリレオ」のメインテーマだわ。どうりで途中でフレミングの左手の法則の手で顔を隠していたのね。謎の大量の途中式の理由がわかったわ。
「閃いて自信満々なところ申し訳ないんだけど、全問間違いだよ。解説するから次は頑張ろうね!」
未だにガリレオの曲のフレーズを口ずさんでいる。そんな教わる気があるのかわからない竜胆さんへの苛立ちを隠しながら励ます。
「このあたしが全問間違い? 実に面白い」
何も面白くない。テスト2週間前なのだから危機感を持ってほしい。
「1問目は共通する因数をかっこでくくってあげるの」
話が進まなそうだからスルーすることにした。
「ちょっと~、無視はひどいよ。春原さんってガリレオ嫌い?」
嫌いなのは竜胆さんかもしれないわ。
「嫌いじゃないよ。でも今はテストが近いから勉強に集中すべきだよ。勉強して数学ができるようになれば湯川学みたいになれるよ」
湯川学は物理学者だけど。
「なるほど、vs.知覚と快楽の螺旋を流しながら問題を解けたらかっこいいね!
あたし頑張るよ!」
ようよくやる気を出してくれたみたい。ただ、教えてもどこまで理解してくれるか、そのやる気がいつまで続くかわからないわ。
「1問目はさっき言った通りかっこにくくってあげれば問題が解けるの」
共通しているx²を前に持ってきて、x²を取り除いた残りの数値をかっこ内に入れる。一つ一つの手順を竜胆さんと確認しながら進める。
「簡単じゃん」
類題の2問目の解説も終えると竜胆さんは理解してくれたような感想を述べる。
「それじゃあ、この問題解いてみて」
私は類題を問題集から2問選んで竜胆さんに解いてもらう。
「うん! 余裕だね!」
笑顔で問題を見て解き始める。
「どっちも正解だよ」
どうせ教えたことを一瞬で忘れてまた間違えると思ったけど、ちゃんと解けていて良かった。私は感動で軽く泣くかもしれない。
「やった! ま、このくらい朝飯前だよ!」
このくらいのことは中学でもやるから褒めるほどではないけど、私も自分の苦労を評価する意味もこめて褒めることにした。
「よくできました。教えている私もわかってもらって嬉しいよ」
「春原さんの教え方はあたしのペースに合わせて教えてくれるし、答えがどうなるかを理由もつけて教えてくれるからわかりやすい。
ミッチーなんて答えがそうなる理由とか公式の意味とか教えずに「とにかく解法パター
ンを暗記しろ!」だもん。ほんと、つまらない」
佐々木くんは勉強を教えるのは苦手なのかしら。勉強ができるとはクラスメイトから聞いたことがあるけど教えるのは苦手みたいね。まあ、自分で勉強するのと教えるのとではかなり違うからしょうがないか。
「じゃあ、次の問題にいこうか。これはたすき掛けっていう解き方を使うんだけど……」
私はたすき掛けの説明をしてさっきと同じように一つ一つ手順を確認しながら問題を解説し、竜胆さんに自力で問題も解かせることができた。
どうやらしっかり理解しているようで問題を正解している。
教えれば理解しているから勉強ができないのは普段から勉強習慣がついていないだけだ
からかもしれない。
地頭が悪いわけではないから教えるのはそこまで苦ではない。話を脱線するのはしょっちゅうで、そのせいで1時間かけても30分で教えられる内容しかできなかったりするが、佐々木くんと竜胆さんの関係なら教えるのを嫌がるほどではないと思う。
なぜ佐々木くんは竜胆さんに勉強を教えることを頑なに断ったのかしら。
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