第三話 美少女が変わったわけ
第三話 美少女が変わったわけ
春原と一緒に廊下を歩いている。
一緒に下校するのだから当たり前のことだ。だが相手は春原穂乃果、学園のマドンナ。この状況をどう感じるかは2種類いるだろう。
一方は可愛い女子を連れて歩くことに浮足立ったり、優越感を感じたりする人間。
もう一方は自分なんかが可愛い女子を連れて歩いて悪目立ちしないだろうか、相手に悪いのではないかと感じる人間。
俺はどちらかと言えば後者だ。春原と歩いているところなんて見られたら、クラス中の男子に嫉妬される。女子からは春原が俺と歩くことで春原の評判が落ちるだろう。これは春原も危惧しているだろう。
「佐々木くんは何も気にしなくて大丈夫よ」
こちらの思考を読んでいるかのように声をかけてきた。
「それで、中学時代のことだけど、」
「穂乃果ちゃーん」
春原が話し出そうとしたところで部活終わりの体操着姿の女子に声を春原がかけられた。
「丸山さん、部活お疲れ様!」
春原は一瞬で猫かぶりモードになった。
「あーりーがーとー」
丸山はお礼を言いながら春原に抱きついた。
「よしよし、えらいえらい。」
いきなり抱きつかれて少し面食らったが頭をポンポンする春原。
猫かぶりモードだから顔はにこにこしているが実際はわからない。
汗臭いのが移るから早くどけよと思ってるかもしれない。というか、思っているに違いない。春原は空いた手でカバンからシーブリザードを取り出し、丸山の首筋にたらす。
「ひゃっ、ほ、穂乃果ちゃん⁉」
「丸山さん、スキンシップはうれしいけど過剰だと苦手な人もいるから気をつけてね。それに女の子が汗かいたままでいるのは良くないからちゃんと処理してね」
春原は優しく、そして自分が嫌っているわけではないことを伝えながら過剰なスキンシップをやめるように促している。さらにここに女の子要素も加えて過剰なスキンシップをやめてくれと言っていることをぼやかしている。
「はーい。ふー、穂乃果ちゃん成分補充できたから元気になったよ。まだ片づけがあるから部活に戻るね。ばいばーい!」
丸山は春原から離れて手を振りながら去っていく。
「お前は1年生なのに他クラスの友達とももう仲がいいんだな」
「丸山さんは例外よ。彼女がなれなれしいだけ。同じ保健委員で一緒に話す機会があっただけで特別仲が良いわけではないわ」
「丸山が聞いたら悲しむぞ」
「それはそれでいいんじゃないかしら。丸山さんは人と距離を詰めるのがうまいのではなく、距離感をわかっていない人だからそれを知る良いきっかけなるかもしれないわね」
◆◆◆
下駄箱に向かいながら話を再開する。
「話が遮られてしまったわね。中学のときのことだけど」
「よう、春原!」
またも話を邪魔される春原。
今度は同じクラスのバスケ部男子で学級委員長の竹沢だ。
絵にかいたような高身長&爽やかイケメンである。
「竹沢くんは部活終わり? バスケ部って体育館だよね?
なんで下駄箱に?」
「教室に忘れ物したから取りに行くんだ。
それより俺めちゃくちゃ汗臭いよね。そのシーブリザード貸してくれない?」
竹沢は自分の体操着の胸元をパタパタしながら、春原のカバンから覗くシーブリザードを見て言った。
余談だが、普通汗臭い男子って敬遠されがちだが、竹沢は例外だろう。むしろ汗が爽やかさを引き立てている。現実世界に風早くんを召喚したのかもしれない。
もし並の女子が汗をかいた竹沢を見ればダッシュでタオルを届けにくるに違いない。竹沢汗拭き選手権勃発である。
「いいよ」
春原は快くシーブリザードを手渡した。
同じことを俺がしていたら気持ち悪がられている。明らかに女子の私物を使いたいという下心があると思われる。
つくづく、言葉とは何を言うかより誰が言うかだと考えさせられる。
竹沢はシーブリザードを使いながらこちらに疑問を投げかけた。
「珍しい組み合わせだけど春原と佐々木って仲良かったの?」
「席が隣どうしなんだよね。図書館で偶然会ってね、せっかくだから一緒に帰ることにしたの」
「……ふーん。そっかそっか、詮索して悪かったな」
竹沢は一瞬訝しんだ表情をしたがすぐニカっと笑って俺と春原の両方を見て謝った。おそらく、春原の誰にでも分け隔てなく接する普段の行いから考えて俺といることに納得したんだろう。
「別に気にしてない。俺みたいな陰キャと春原が一緒にいたら不思議に思うのは当然だ」
「佐々木くんはこう言っているけど、話してみると結構面白いから機会があったら話してみてね」
「おう、よろしくな、佐々木」
「よろしく」
そう言いながら俺は自然と差し出された佐々木の右手を握り返した。
「じゃあ、また明日!」
竹沢は教室のほうに去った。
「私と佐々木くんが二人でいるところを見られていても何も問題なかったでしょ?」
「そうだったな。俺の取り越し苦労だった」
何も問題はなかった。ここで俺は改めて春原のすごさを感じた。
まず、竹沢から仲が良いか聞かれたときに直接は答えずに関係性だけを伝えて、俺を傷つけないようにしていた。
そして卑屈な俺の発言をフォローするとともに竹沢と話す接点も作った。
こういう細やかな配慮を普段の生活でしているから周りから慕われるんだろうな。
「帰り道なんだけど、今は部活帰りの生徒も多いし駅までは遠回りにはなるけど人が少ない道を選ばない?」
「だな。話の腰を折られるのも厄介だし、いくら春原の人当たりの良いイメージがあっても不特定多数の人間に俺といるところ見られたら面倒事になるかもしれないしな」
◆◆◆
飲食店やカラオケ、雑貨屋が並ぶ駅に直結する道とは別の少し迂回して駅に向かう道を春原と俺は歩いていた。
周囲には同じ学校の生徒はいないからさっきみたいなことにはならないだろう。
「ようやく話せるわね」
「ああ、ここなら知っている人に会う可能性は低い」
春原は改めて周囲の様子を確認してから話し出した。
「中学の時、いじめられていたの」
「それは意外だな。もっと詳しく説明してくれ」
「意外だと思うなら、もっと大きなリアクションを取りなさいよ」
「わあ、意外~」
棒読みで言った。
「ふざけていないで」
「雰囲気重くなりそうだから盛り上げようとしただけだよ」
「そんな気回さなくて大丈夫よ。いじめられていたとはいえ、そこまで深刻ではなかったから」
「でも今のストレスがたまる八方美人をしている原因なんだろ?」
性格を変化、いや、春原の場合は自分に合っていない性格だから歪めたと言ったほうが適切だ。そんな出来事なら深刻なはずだ。
「相対的に見たらマシって感じね。テレビで報道されるほどの深刻さではないってこと」
そうは言っているが表情は暗い。話が始まるまでは気持ちを整理する時間を上げたほうがいな。
◆◆◆
歩いて数分、春原が覚悟を決めた目でこちらを見た。
「もういいのか?」
「ええ、大丈夫。
……私がいじめられたのは中学2年生の夏休み明けだった。
いじめの原因はクラスの人気な男子に告白されたこと。クラスのリーダー格のオシャレ女子がその男子が好きで逆恨みされた。
当時の私は今みたいにキラキラした性格ではなかったわ。むしろ地味だった。教室の隅で同じくらい地味な女子2人の友達とグループを作ってた喪女だった。顔立ちは整っていたけどオシャレとか身だしなみに気は使わなかった。性格も引っ込み思案だったから誰も私のことなんて気に留めなかった。
でもそれが原因だったのよね。私をいじめた女子からしたらなんでこんな地味女に意中の相手を取られたんだって感じで苛立ったのでしょう。性格も内気だったからいじめやすかったんだと思う。
いじめの内容はベタベタのベタよ。上履きや体操服、教科書が隠されたり、みんなから無視されたり、聞こえるように陰口を言われたり、机を蹴られたり……とにかくありふれたものばかりだった」
春原は長く話して疲れたのか一息ついた。
しばらく日が沈みかける空を眺めた後、話を再開した。
「ありふれていた内容だからといって楽なものではなかったわ。当たり前すぎるいじめだったからこそいじめられているという現実を直視せざるを得なかった。ニュースやドラマ、ネットで見るようなままだった。
いつ悪化するのかっていう恐怖もずっとあった。
まあ、最後まで酷く悪化はしなかったんだけどね。
いじめてた奴らもやりすぎると教師が介入して内申点に響くと思っていたんだろうね。最悪、私が自殺なんてしたらあいつらの人生終わりだし。その辺の判断ができてたのはいじめをする人間にしては賢かったのかもしれないわ」
すべて吐き出した春原は吐き出した分を補うように大きく息を吸った。
「春原はそいつらに復讐したいと思わないのか? いじめていた奴、助けなかった友達やクラスメイト、対応しなかった教師や学校に」
「全然思ってないよ。確かにいじめられていたときは本気で自分が世の中で一番不幸な人間だと悲観していたし、色々な人のことを恨んだ。
でも今思えば、一番悪いのは自分、弱かった自分。いじめられるような隙を見せていたのが悪いの。
今はそういう自分を捨てて強い自分になれた。そのきっかけをくれたのはいじめだったから、もう今は何とも思ってないよ」
春原は笑顔でそう言ったが、その顔は今までで一番作り物めいていた。
「今日は話を聞いてくれてありがとね。明日からよろしく」
「ああ。拒否権が俺にはないからな」
「そうだったわね。じゃあね」
春原の話を聞いていたらいつのまにか駅についていた。
俺と春原の家は反対方向だからここでお別れである。
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次回の投稿は4月29日です!
4月24日追記
春原穂乃果の髪色を訂正します。 ブロンド→黒髪