第二話 美少女にお願いされたら断れない
第二話 美少女にお願いされたら断れない
教室に入ると、いつも通りの喧騒が広がっていた。いつも通りと言っても最近になってのことだが。
ゴールデンウィークが明けて数日が経った教室内には複数のグループが形成されている。特にその傾向は女子に強い。
窓際の前方は春原を中心とした明るく穏やかな女子グループ。容姿も見た目も優れた陽キャオブ陽キャである。多くの男子はちらちらと様子を見ながら話しかける機会を伺っている。
春原グループの対角に位置する廊下側の後方には赤月マリカを中心とする派手女子グループがいる。金髪を緩く巻いた長い髪、校則を無視した短いスカートに濃い化粧など、これぞギャルって感じのギャルである。ギャルって怖そうで、可愛かったとしても男子は近づけない。これがオタクに優しいギャル的な人だったら救いがあるのだが、世界はそんなに甘くない。
クラスの陰キャ男子代表選手田中が自分の席を占領している赤月に声をかけたところ、赤月はガンを飛ばした後、そのまま友達との談笑に戻った。談笑の内容は田中をバカにしていた。ガン無視である。ガンだけにね。わかりやすいくらいの女王様気質である。
だからクラスの中心が自分ではなく春原であることを気持ちよく思っていない。
主な女子のグループは春原と赤月のグループである。他の女子は2、3人で空いている場所にいるか自分の席で一人でいる。
男子は部活や趣味でグループに分かれている。分かれてはいるが、女子ほど明確に区切られているわけではない。席が近ければグループに関係なく話す。
ちなみに俺は一人でいることが多い。席は窓側の後ろ。グループが居座る場所ではない。
か、勘違いするなよ。別に人に話しかけることができないとかじゃないからな!
すみません、嘘つきました。人に話しかける勇気がありません。
俺は人に話しかける勇気はないが、話しかけられれば話せるという典型的な人見知りのタイプである。
◆◆◆
「ごめん、足踏んじゃった」
赤月が春原の前を通っただけのことだが、明らかにわざとである。
「別に痛くないから気にしてないよ」
春原は笑って受け流す。
「チッ」
あからさまな舌打ちをして赤月は去る。
「穂乃果ちゃん大丈夫?」
姫宮が心配して声をかける。
「大丈夫」
「赤月さん最近穂乃果ちゃんに対する嫌がらせ多くない?
この前だって穂乃果ちゃんの机蹴ったり、筆箱を床に落としたりしてたよね」
「うん。最近そういうの多いかも」
「春原、そういうことは早めに先生やオレたちに相談してくれよな」
男子の学級委員の竹沢も心配しにきた。
「うん、ありがとう。私は大丈夫だから気にしなくていいよ」
◆◆◆
クラスで一悶着あっても一人でいる人間の休み時間の過ごし方は変わらない。読書かスマホか睡眠だ。今日は小説を読む。
読み始めて10分ほどでチャイムが鳴り、生徒が席に着く。
春原もグループの定位置から自分の席である俺の隣に帰ってくる。
「おはよう、佐々木くん」
「おはよう」
昨日の件のことも赤月のこともあったが春原はいつも通り挨拶してきた。
「今日の放課後、部室に寄るからよろしくね」
春原は誰にも聞こえないように小声で、しかし誰かに聞かれたとしても大丈夫なように教室内で使うような優しい声音でそういった。
「了解」
それを聞いた春原は微笑んで、先生がいる前を向いた。
ていうか昨日、もう二度と部室に来るなって約束しなかったけ?
◆◆◆
放課後、ホームルームが終わった後、俺はすぐに部室へと向かった。春原は友達と談笑してから来るから、もう少し時間がかかるだろう。俺はセーブがしやすいノベルゲームをして時間をつぶすことにした。ノベルゲームは名前の通り小説をゲームで読むようなものである。小説と異なる点はエンディングが複数ある場合が多く、一つの作品で何度も楽しめる。そのエンディングは自分の選ぶ選択肢によって変化するところも面白い。
30分ほど、プレイしたところで春原が部室に入ってきた。
「ノックくらいしたらどうだ?」
コンコン。
「遅えよ。入る前にするもんだろ」
「ごめんなさい。あなたが自慰行為に勤しんでいる可能性があったから、その配慮が足りていなかったわ」
斜め下の方向で淡々と謝罪された。
「そういう配慮じゃねえよ。人としての礼儀のことを言ってるんだよ」
「……」
春原は唖然としていた。いや、呆れていると言うべきだろうか。
「黙ってないで何か言えよ」
「ごめんなさい。朝、学校に来てもクラスメイトに一人も挨拶しないあなたに礼儀について言われるなんて思わなかったの」
それはこっちのセリフである。さんざん俺のことを馬鹿にしているこいつに礼儀について諭されたくない。
加えて、俺は極めて礼儀正しい人間である。ここは一つ、春原に俺の礼儀正しさを証明してやろう。
「春原、挨拶をすることは確かに一般的には礼儀正しい行いだと言えるだろう。ただ、お前は毎日電車で隣になった人間やすれ違う人間に挨拶をするか? しないだろ。見知らぬ人に挨拶をすればその人に対して不快感を与える場合があるからだろう」
春原は少し思案し、自分の理解が正しいかを確かめるたるめに俺に質問した。
「佐々木くんにとってはクラスメイトは見知らぬ人間だから、挨拶をしないほうが礼儀正しいと思ってるってこと?」
「半分は正解だ」
そう言うと、春原はこてん、と首を少し傾けた。素で出た行動だろう。これまでの辛辣な言葉との反動ですごくかわいく見える。
咳払いをして気を取り直し、説明を続ける。
「クラスに仲が良いやつがいない俺でも流石にクラスメイトを見知らぬ人間だとは思っていない。
俺の礼儀正しさを証明するにはそもそも礼儀について考える必要がある。
礼儀とは人間関係や社会生活の秩序を維持するために必要なものだ。一見すれば、挨拶をしたほうが人間関係や社会生活は安定しそうに思える。しかし俺のようなボッチに急に挨拶されたら相手はどう思うだろうか。戸惑い、恐怖し、不審がるだろう。そしてそこからいじめに発展する。いじめが発生しているクラスの人間関係や秩序が安定しているとはいえないだろう。逆説的に挨拶をしない俺はクラスの秩序を安定させている。礼儀の目的を十分に達成しているのである」
俺はドヤ顔で春原を見る。
「はあ……」
こめかみを指で押さえる春原。
さしもの春原も驚嘆しただろう。
春原のような陽キャにとっては挨拶をすることは当たり前にできることで、しないと人間関係に亀裂が入るものと考える人間には驚いたに違いない。
俺のことを褒めていいぞ。
「あなた馬鹿なの?」
返ってきた言葉は心無い罵倒だった。溢れんばかりの賞賛を浴びるはずだったのに。
「佐々木くんが言っていることは挨拶をできない、しない人間の言い訳にしか聞こえないわ。それに、挨拶だけでいじめになるとは考えにくい。いじめられるなら挨拶以外にも原因があるのでしょう。
佐々木くんは勇気を持って挨拶をした後に、雑談を振られたけどうまく話を盛り上げられなくて気まずい思いをしたことがあって、挨拶をするのが怖くなっただけでしょ」
「なぜお前がそれを知っている⁉」
驚嘆したのは俺のほうだった。
「あら、そうなの? 鎌をかけたつもりだったのだけれど」
春原はにやにやしながら苦悶の表情を浮かべる俺を見る。
「くっ、策士め。俺の古傷をえぐるとは、やってくれる」
「引っかかる間抜けが悪いのよ」
「間抜けと言えば、誰にもバレたくない秘密を人の部室に勝手に入って自ら明かしたやつがいたような気がするなー?」
反撃とばかりに俺はにやついた顔で煽る。
「いたわね、そんな人。戸締りをしない間抜けのせいだけれど」
「二度と部室に来ないと昨日約束したのに来た間抜けもいたな」
「それよ。私が今日来た目的は」
さっきまでのふざけた会話と違って真面目な表情で話した。
「頼みがあるの」
「ことわ……」
「佐々木くんに拒否権はないわ」
春原の頼みを一瞬で断ろうとしたが封じられる。
「拒否すればこの部室のことをバラす」
「なら俺は春原の素をバラす」
俺がそう言うと、春原は妖しく微笑んだ。
「果たしてそれはうまくいくかしら? 学内で圧倒的な人気を誇る私の悪口を佐々木くんのような虫けらゴミくずミジンコうんこ製造機な生徒が言ってもただのやっかみにしか聞こえないわ。私の評判には傷がつかないの」
「虫けらゴミくずミジンコうんこ製造機って形容詞なの? 長くない?」
「MGMUのことね」
「そんなふうに略すの⁉」
「最近流行りの17パーソナリティ性格診断テストの性格の一つよ」
「ねーよ! 勝手に一つ追加すんな! そして一つだけ診断結果がかわいそすぎるだろ!」
「問題ないわ。MGMUの該当者は佐々木くんだけだから」
「俺だけかわいそすぎるだろー!」
両手両ひざを地面につけ、悲しみに俺は打ちひしがれていた。
俺がしくしく泣いている間に春原はパシャパシャ部室の写真を撮っている。
「何をしてるんだ?」
顔を上げて俺は尋ねた。
「物的証拠を作っているの。佐々木くんの私に関する証言は証拠がないただの妄言だけど、私には確たる証拠がある。というわけで、私の要求に従ってもらうわ」
「俺はまだイエスとは……」
俺の言葉を遮って春原はさっき撮った写真を見せながら言った。
「先生に教えるよ?」
「イエス、ユアマジェスティ」
俺は神聖スノタニア帝国の国民になっていた。
◆◆◆
部室の机に向かい合って俺たちは座っている。正面に春原がいる。美人と二人でいると妙に緊張する。
視線を春原から机の上にある春原のカバンにスライドする。プリキュアのような小さい女の子のキャラクターのキーホルダーがついている。春原のイメージには合わなくて気になった。
「春原ってこういうキャラクター好きなのか?」
「ええ。可愛いものは基本好きよ。特に純粋無垢な幼い女の子が。愛でたり、いじめたりしたくなっちゃう」
訂正、イメージ通りサドだった。
「それがどうかしたのかしら?」
「何となく気になっただけだ。
で、俺に何をしてほしいんだ?」
神聖スノタニア帝国皇帝ホノカ・ヴィ・スノタニアに忠誠を誓った俺は聞いた。
春原くらい人望があれば頼みを聞いてくれる人間なんていくらでもいるだろう。わざわざ俺を脅してまで叶えたいこととはなんだろうか。
「……単刀直入に言うわ。私は周りからの評価をすごく気にしているの。
みんなから悪く思われないように、変な人だと思われないように行動してきた。馬鹿にされないように勉強も運動も身だしなみも頑張った。
その結果、みんなからは優等生だと思われるようになった。私は自分の目的を達成できてうれしかった。
でも私の考える優等生像以上にみんなの優等生像は大きかった。学園のマドンナなんて呼ばれるほどになっちゃった。
自分の素を出すのが怖くなった。私が素を出せば今いる友達とは離れ離れになっちゃうかもって。それでね、」
「話が長い」
俺が単刀直入に言った。
今話していた春原はこれまでと別人だった。さっきまで俺に対して罵倒していた春原は堂々とこちらの目を見て、楽しそうに話していた。
今の春原はおどおどしていて、下を向いて苦しそうに話している。単刀直入と言いながらも話は長くなっている。
おそらく俺が春原の秘密をバラしても誰も信じないだろうが、万が一でも信じる人がいるかもしれない。それを恐れて春原は抑止力となる俺の秘密を手に入れた。今の春原の様子を見れば必要以上に自分の素がバレることを恐れていることがわかる。
これ以上話させるのは酷だろうか。正直、空気が重い。
「要するに、どんな人にも良い顔をする八方美人を直しながらも友人関係を維持したいってことだろ?」
俺は春原の話を短くまとめた。
春原は無言でうなずいた。
そして、大きく深呼吸をした。
「女の子の話は最後まで聞いてあげなきゃだめよ」
自分の中にある膿を吐き出したからか、声が軽くなっている。
「悪かったよ。でも、話してる間の春原の雰囲気がおかしかったから『察して』あげたんだよ」
「そう、デリカシーがあるのかないのかわからないわね」
「素直に俺の優しさを受け取っておけ」
「そうするわ」
春原の要求は聞いた。確かにこの悩みは普段仲良くしている友人には相談できない。だが、春原は不慮の事故と強引な手段で相談相手を作ることができた。
俺が相談に乗ったところで解決できるかはわからないが、解決するためのピースはまだ残っている。
「ところで、お前がそんな性格になったことに何か原因でもあるのか?」
原因を知ることができれば解決にはグッと近づく。もしその原因が先天的な性格によるものだとしたら苦労する。今までの性格を変えるなんてよほど大きな出来事がないとできない。
「中学時代が原因よ。今話しておきたいことだけれど、あいにく最終下校時刻が近いわ。帰り道で話しましょう」
時計を見ると時刻は17時45分。最終下校時刻の18時に迫っている。グランドで部活をしている生徒も片づけをしている。
駅までは帰り道一緒ということで、歩きながら話すことにした。
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次回の投稿は4月24日です!
4月24日追記
春原穂乃果の髪色を訂正します。 ブロンド→黒髪