エピローグ
最終話です
エピローグ
「おはよう」
「穂乃果! ちょっとこっち来て」
春原が教室に入ると、姫宮は手を取って廊下に連れ出す。
たぶん、切羽詰まった表情と声で昨日の赤月のことを心配しているのだろう。
数分して姫宮と別れた春原が自席に戻ってきた。
「佐々木くん、おはよう」
「おはよう」
短い挨拶をして俺は昨日の疑問を問う。
「今日の昼休みのことなんだけど、なんでB棟の校舎裏なんだ? 部室でよくないか?」
「部室だと竜胆さんが来る可能性があるでしょう? あなた以外の誰にも聞かれたくないのよ」
「そっか」
納得はできていない。
俺以外に聞かれたくない話ってなんだろうか。八方美人を直しつつも今の友人関係を維持したいって話だろうか。
でもそれなら琴音も春原の素を知っているわけだから聞かれても問題はないはずだ。
もしかしたら春原は人がいない場所ってことよりもB棟の校舎裏にこだわっているのではないか。
「B棟の校舎裏って何かあるのか?」
「っ……。何にもない。とにかく来てね」
春原の顔に緊張が走る。
「はいはい」
何かあることは分かったが、隠したがっていそうだからこれ以上本人に詮索するのはよそう。
◆◆◆
1時間目は体育で男女が更衣室に向かう。着替え中の竹沢に声をかける。
「なあ、竹沢」
「うん?」
「B棟の校舎裏って何かあるのか?」
「ぶふっ」
竹沢が驚きのあまり噴き出した。
「大丈夫か?」
「お、おう。
佐々木は誰に呼び出されたんだ?」
呼び出したなんて一言も言っていないのになぜか言い当てられた。
「春原」
「ぶっふっーーーーーーーー」
さっきよりも大きな動揺を見せた。
「おい、本当に大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。
そっかー、そうだったのかー。隠してるみたいだったけど最近お前ら仲良さそうだったもんなー。
まじかー、俺も狙ってたんだけどなー」
竹沢は顔を天井に向けながら悔しそうにつぶやいている。
「おい、どういうことだ。説明してくれ」
「知らないのか?」
「何をだ」
大きなため息をつかれながら俺は説明を受ける。
「B棟の校舎裏ってのはな、この学校の有名な告白スポットなんだよ」
「あんな暗くてじめじめしているところが?」
「ああ。あの暗くてじめじめしているのはいわば告白する人間の緊張や不安な気持ちを表しているんだ。 だが、校舎裏から一歩でれば日が当たるカップルの聖地に行ける。告白への不安と成功への期待が入り交じるエモさが告白スポットになった理由だ」
じゃあ、俺は今日の昼休みに春原に告白されるのか? 信じられない。
竹沢からこの話を聞いてから俺は授業に終始上の空だった。
◆◆◆
約束の時刻になり、足早に目的地まで行く。心臓は早鐘のようにな鳴り、その音を振り切るように歩く足を早める。
昨日まではカップルの聖地ということで気後れしていたが、今では自分の鼓動だけが気になっていた。
春原に告白されるかもしれないことを知ってから俺は動揺しまくっている。
もしかして俺は春原のことが好きなのか?
それとも美人に告白されるということで浮足立っているだけなのか?
わからない。
「あら、早いわね」
いつの間にか到着していたようで、そこにはすでに春原がいた。
「お前こそ、早いな」
緊張を悟られないように返答した。
「そうかしら。いえ、そうね。少し緊張していて早く来てしまったわ」
「それで、何の用だ?」
春原の顔が日陰でもわかるくらい赤い。
会ってから目線が合わない。
動きもぎこちない。
緊張している様子がこれでもかってくらい伝わってくる。
「実は、佐々木くんに伝えたいことがあって呼び出したの」
「うん」
俺は恋愛をしたことがないから告白にどれだけ勇気が必要かなんて想像がつかない。
でもここまで真剣に自分の思いを伝えようとしてくれている人間の言葉を軽々しく受け取っていいわけはない。
春原が何度か深呼吸をして気持ちを整えている。
そして最後に大きく息を吸って俺の目を真っ直ぐ見て言葉を紡ぐ。
「好きなの……竜胆さんが」
「え?」
俺の中の時間は止まった。
自分が告白されるものだと思っていたから予想外すぎた。
春原ってそっち側だったの?
俺の聞き間違いかな?
「今、琴音のことが好きって言った?」
「うん」
まじか、聞き間違いじゃなかった。
春原のことを真剣に考えていた自分が恥ずかしすぎて死にたい。
この衝撃的なカミングアウトを受けて俺はなんて返したらいいんだ?
ていうかもう関わりたくない。
「そうだったのか。いやー、びっくりだね。でも今の時代はそういうことも意外とあるらしいから、いいんじゃないかな。それじゃ、お幸せに~」
俺は片手を振りながら校舎裏から出る。
「んぐっ」
出ようとしたら、春原にワイシャツの襟を掴まれ、引き戻される。首元にはシャーペンの先が突きつけられている。
「お願いがあるわ。私と竜胆さんのことで協力してほしいの」
「この状況だと協力ではなく、脅しでは?」
「どちらでも良いでしょう。それに竜胆さんのテスト勉強を手伝ってあげた貸しがある。協力してくれるのよね?」
「そういえば、そんなこともあったな」
「物分かりが良くて助かるわ。あなたにとってメリットもあるからちゃんと協力してね」
「メリット?」
春原は俺を解放して、制服のポケットから生徒手帳を出す。
「校則では、部活動として認められるためには部員が3人以上必要となっているわ。
つまり、あと2人いないと佐々木くんの部室は学校に取り上げられる。
そこで私と竜胆さんが部員になればボランティア部を存続させることができる」
「なるほど。だが、お前は入るとしても琴音が部員になるのか?」
「そこは頑張りましょう」
「プランないのかよ。まあいいか、一緒に考えよう。
で、協力って具体的に何をすればいいんだ?」
「難しいことは何も要求しないわ。私と竜胆さんの接点を作ってくれればいい。さりげなく2人きりにしたり、2人で出かけるようにしたりしてほしいの」
「部活っていうのも接点作りの1つか。
2人で出かけることに関しては自分で誘えよ」
「無理よ。だからあなたに口実を作る協力を頼んでいるの」
「女子同士なら口実なんて考えなくてもいいと思うけどな。
ま、俺のギャルゲーの知識が活きるときが来たと前向きに捉えるよ」
「何だろう。すごく不安」
「大丈夫。僕最強だから」
ドヤ。
「あまり強い言葉を使うな。弱く見えるぞ」
ドヤ返しされた。
「今俺の実力を認めれば許してやろう。俺には8000人の彼女がいる!」
ドヤ返し返し。
「富・名声・力、この世の全てを手に入れていない男の言うことは違うわね。さすが童貞王」
グサッ。
「それが人に頼む態度かよ!」
「そんなことよりも早く教室に戻りたいわ。昼ご飯を食べる時間がなくなっちゃう」
「そんなこと扱いかよ。でもそうだな、戻るか」
◆◆◆
戻る道すがら春原に聞いた。
「なんでお前は琴音のことを好きになったんだ?」
「一目惚れ」
「は?」
「前に言わなかったっけ? 小さくて純粋無垢な可愛い女の子が好きって」
言ってたな。カバンに付いてたキーホルダーがそういうキャラクターだった。
「確かに琴音はイメージ通りかもしれないな」
「そうなの!
天真爛漫な性格、童顔で高校生には見えない起伏の少ないスタイル、あの幼さ全開の存在、そそるわ。いじめたくなっちゃう」
恍惚の表情で妖しく微笑む春原。
さらに春原は琴音の魅力を語る。
「しかもこの前、私を助けてくれた竜胆さんの姿ときたら、もう!
かっこよすぎ! 王子様! 濡れる!」
こいつやべえ。ドン引きだ。
「まあ、愛の形は人それぞれだからね。いいんじゃないかな」
春原の元の性格に加えて琴音の容姿や性格も春原がちょっかいかける要因になっていたのか。
「ところで、竜胆さんに今、彼氏はいるのかしら? 過去にいたのかしら?」
「今も昔もいない、と思う。琴音から恋人の話は聞いたことがない。そういう噂もない」
「つまり、処女ね。竜胆さんの初めては私がもらうわ」
春原が舌なめずりをした。
「本人の合意の上で頼むぞ」
「もちろん。愛がないと虚しいだけだもの。
佐々木くんは竜胆さんのことを何とも思っていないの?」
「異性としては見ていない。小さいころから一緒にいるから兄妹みたいなものだ」
「ヘタレラブコメ主人公みたいな回答ありがとう」
「1ミリも感謝の気持ちを感じないのだが」
知りたくもなかった春原の性癖を知ったところで教室に近づいた。
「私はお手洗いに行ってくるから、先に戻ってて」
「おう」
すごく疲れた。自分が知らないところでフラグが立っていて、告白イベントが起こったのかと思ったら、全然違った。
まさか俺じゃなくて琴音のほうにフラグが立っていたとは。
◆◆◆
あれから1週間が経った。2人とも部室には1度も来ていない。久しぶりに1人で静かにゲームができる平穏な日常を取り戻せたことに安堵しつつも、少し物足りなさも感じている。
もうあいつらが来ないことに寂しさを感じながら今日も放課後に部室のドアを開ける。
「ミッチー、遅刻―!」
元気な、いや元気すぎる声で注意を受けた。
「いや、遅刻とかないだろ。部活を始める時間なんて決めてないんだから」
「あたしより遅い時点で遅刻だよ」
「自己中だな。
久しぶりだが、何か用があるのか?」
「用がないと来ちゃダメなのかな?」
セリフがあざとい。そのあざといセリフを兄妹同然に育ってきた俺に言える精神の図太さは認めてもいい。
「帰れ」
俺は琴音の背中を押して帰宅を促す。
「ウソウソウソ! ちゃんと用があります!」
「なんだ?」
「最近のスノハラどうなのかなって思って。
あたし出しゃばりすぎちゃったことしたから」
さっきの元気はどこへやら。か細い声で不安を打ち明ける。
琴音なりに悩んでいて、それで最近部室にいなかったのかもしれない。
「何も問題はない。赤月たちは何もしていない。お前の脅しが効いたんだな」
「ミッチーが吹っ飛ばされたおかげだね。殴った瞬間に蜘蛛の子ちらし寿司みたいに一目散に逃げていったよ」
「蜘蛛の子を散らす、な。蜘蛛の子ちらし寿司とか気色悪すぎるだろ」
「それな」
「絶対わかってないだろ」
テストで赤点は回避したようだが、相変わらずバカだ。
「良きかな良きかな。じゃあ、スノハラは相変わらずクラスでアイドル面してるってわけね」
「まあな。ちょっと変わったけど」
「変わった?」
「前よりも自分をさらけ出している感じ」
あの一件から春原は少しずつ変わった。
必要以上に周りに合わせるようなことはしていないし、嫌なことは嫌と断る姿を目にするようになった。
薄っぺらい愛想笑いも減って本当に楽しいときだけ笑うようになった。
ついでに毒舌も吐くようになった。最初、クラスメイトは戸惑っていたけど春原が気にした様子を見せないからクラスメイトも受け入れた。
なんなら前よりも人気が出たかもしれない。辛辣な毒舌を吐く美人が一部の層には刺さっている。
春原が変われたのは琴音のおかげだ。
赤月と琴音が話していた時、琴音は春原のことをはっきりと友達と言った。表のアイドル然とした顔と、裏の口が悪い黒い顔の両方を知った上で友達と言った。それは春原にとって本当の自分を見せる自信につながったに違いない。
春原自身は琴音との関係を友達で終わらせる気はなさそうだが。
「あら、二人ともいたのね」
ちょうど話題になった人が部室に颯爽と現れた。
「久しぶり! 元気そうで良かった!」
「久しぶりね、竜胆さん。あなたも相変わらずお元気そうで何より」
春原の顔が少し赤い。こいつは本当に琴音に惚れているようだ。
「最近、お前部室に来なかったけど何かあったのか?」
「友達との約束を後ろ倒しにしていたから、そのしわ寄せがきていたのよ。佐々木くんには起こりえないことね」
一言余計だ。
「入部届は持ってきたか?」
「ええ」
カバンから1枚のプリントを取り出し机に置く。
「じゃあ、これは先生に届けておく」
「任せたわ。それと……」
春原が目線で合図を送る。「竜胆さんを誘って」と。
「琴音も一緒に部活に入らないか?」
「え?」
きょとんと首をかしげる琴音。唐突な誘いに理解が追いついていない。
説明を加える。
「この学校って部員が3人いないと部として存続できないらしいんだよ。だから琴音も入部してくれないか?」
「今の部員ってミッチーとスノハラだけ?」
「ああ。このまま2人だけだと、来年の春に廃部になる」
琴音は俺と春原を交互に見比べる。最後に春原と見つめ合う。春原が照れて視線を外す。
なんか甘酸っぱい空気が流れてるのだが。ラブソースイートでも流れてきそうなのだが。
「あたしも入部する!」
こいつ、まさか春原目当てか? 両想いなのか?
「琴音、ありがとう」
「勘違いしないでよね! 別にミッチーとスノハラが仲良くなることを阻止したいなんて思ってないんだからね!」
「琴音、お前は何を言っているんだ?」
「佐々木くん、よくやったわ。でも、あなたは私の愛の障害になる」
春原が俺の肩にポンと手を置くが肩を掴む手の力が強い。
「春原も何言ってるんだ?
今めちゃくちゃ順調じゃん」
さっきの視線で琴音の好意に気づかなかったのか? やれやれ、鈍感で困る。
「ミッチーとスノハラって順調なの⁉
ミッチー、スノハラから離れて!」
俺に春原を取られそうで焦っているのか。可愛いやつだな。
琴音が俺の体を引っ張って春原と距離を取らせる。
これからこの部室は春原と琴音の愛の巣になるのか? 元は俺の部室だったのにいづらすぎるだろ。
部員が3人集まって部を存続させることができた。
1人は学園の誰もが憧れるアイドル・春原穂乃果。
1人は美少女で幼馴染み属性を持つ・竜胆琴音。
普通は2人が俺を取り合うラブコメが起こるはずなんだがな。
美少女と美少女が集まっても俺にラブコメが起こらないのはなぜだろう。
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