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第十七話 美少女が追い詰められる

第十七話 美少女が追い詰められる



 放課後になって、俺は部室に入りベランダに出る。この高校の教室のベランダはつながっている。だから外からなら隣の教室に移動するのは簡単だ。


 ここから春原と赤月の様子を見よう。事前に隣の空き教室に入って窓を少し開けたことで外にいても声が聞こえやすいようにしていた。


 盗聴器とか設置できたらスパイみたいでかっこいいのだが、さすがに高価で犯罪の臭いがするからやめておいた。


 ベランダに出てから数分で春原が教室に現れた。


 教室内で見せる春のような穏やかな雰囲気はない。


 俺や琴音といるときに見せる氷のような冷徹さもない。


 あるのは緊張と恐怖に耐え忍んでいる女の子だ。


 それでも赤月たちがくると教室内の自分に見えるように振舞った。


「待たせたな、春原。もしかしてワタシたちに会いたくて早く来てたのか?」


「そうかもね。赤月さんたちとはあまり話したことがないけど、これを機に仲良くなれたらいいなと思っているからね」


「仲良く? 無理に決まってるだろ。

 その薄っぺらい笑顔と善人ぶってる態度が気に食わないんだよ。

 お前本当はそんなみんなから好かれるような性格してないだろ?」


 真実を確かめるように、値踏みするように赤月の鋭い眼光が春原を射抜いた。


 視線を向けられた春原は一瞬肩を震わせる。


「私の嫌いな部分を伝えてくれてありがとう。

 私の行動が赤月さんを不快にさせてしまったことは謝る。でも私のこういう性格を好きでいてくれる人もいるから変えることはできない。

 それと最後に赤月さんが言ったことは私にはよくわからないかな」


優等生っぽい回答をしたうえで最後の質問はとぼけた。


「そんなので逃げられると思ってるの? こっちは証拠あるんだよ」


 赤月の取り巻きの一人の藤原がスマホを取り出し、写真を見せる。


 スマホの画面が小さくてよく見えないが誰かの写真である。


「えー、誰この地味女wー。つーか机に『死ね』とか『ブス』とか書かれてるんですけどw。マジうけるw。

 もしかしてこの子っていじめられてるかわいそうな子w?」


 もう一人の取り巻きの安田が盛大に吹き出す。


「桃花ひどくないか? クラスメイトの顔くらい覚えておけよ」


「そう言われてもな~w。こんな地味な女いたっけw?

 あっれ、でもなんか春原に似てねw?」


「大正解」


「うっそーん、あんな学校中でちやほやされてる女がこんなに地味でいじめられてたのw」


 春原の写真を見て3人がゲラゲラ笑い合っている。


 春原の背中は遠目からでもわかるほどにカタカタ震えていた。


「お前、高校デビューだったんだな」


「……」


 何も答えない春原を無視して赤月が続ける。


「何となくお前の振る舞いって嘘くさかった。おまけに気弱な人間が発する弱者の臭いもぷんぷんした。

 で、足踏んだり、机蹴ったり軽くビビらせてやっただけなのに、めっちゃ怯えてんの。

 他校の友達にお前のこと知ってるやつがいて、中学のことを聞いたらいじめられっ子だったらしいじゃん」


「あなたたちは何が望みなの?」


 毅然と声を出せるように意識しているようだが、表の顔の穏やかさも裏の顔の冷たさもない無機質な声だった。


 まるで諦めてしまったような声だった。


「おいおい、それだけか? 啖呵切ったり、泣きわめいたりしないのか?」


「そーだぞー、つまんねーよw」


「もう、桃花、つまんねーって言いながら笑ってるし。

 春原もさ、もっと面白いことしてよ。

 例えば、まずは謝罪しよっか。いじめられっ子がイキってすいませんでしたって」


「い、いや……」


 湿り気を帯びた小さな拒絶だった。


「あ? お前バカにしてんのか?」


 赤月の目と眉が吊り上がり、怒りが爆発する。


「誰のせいでワタシがクラスの中で二番手の立ち位置にいると思ってんだよ!

 お前みたいな高校デビューの陰キャが調子乗って目立つからだろ!

 周りにちやほやされて自分が可愛くなったとでも思ってんのか?

 ありえねーから」


「……私は別に、目立ちたかったわけじゃない……。ただ、馬鹿にされないように、いじめられないようにしようとしただけ……」


 か細い声で赤月に反論した。


「お前がどう考えてたかなんて知らないんだよ。

 もしかして、目立つつもりはないけど前より可愛くなって自信持っちゃった? ないない。

 クラスの中心になって楽しい学校生活送れると思った? ないない。

 根暗な陰キャはどう足掻いたって陰キャなままなんだよ。身の丈に合わない妄想すんな。

 ワタシの言ってることがわかったら土下座で謝罪しろ。しなかったらこの写真広めるからな」


 春原は動かない。いや、動けない。足がすくんでいる。


「謝らないと春原の素がバレてみんなから嫌われるぞw? なぜなら今のお前のことがいいって思ってみんな仲良くしてるからw。陰キャだって知られたらみんな友達じゃなくなるだろうなw」


「あっれー? 春原、顔真っ青じゃん」


 そりゃそうだ。学校において、1人でいることは悪でありいじめの的にされる。しかも赤月にマークされれば誰も手を出せないだろう。


 それでも春原が動かないのはすべてわかっているからだ。ここで謝ったところで自分の過去は明るみに出ると知っているからだ。赤月にいじめのターゲットにされて残りの学生生活が苦痛になると確信しているからだ。


 それだけ強く確信してしまっているから今の春原の心と体はひどくもろい。


 しびれを切らした赤月が藤原に指示を出す。


「栞奈、座らせて」


「あいよ」


 藤原が春原の背後に周り、肩を下に押す。


 春原はあっけなく膝から崩れ落ち、正座の態勢になった。


「様になってるじゃねーか」


 赤月たちは写真を撮り始めた。


「春原ー、こっちに目線くれー」


「クラスで自分が中心だと思った人間のこの顔ちょうウケるw」


「涙で顔に髪が張り付いてる姿、これぞいじめられっ子て感じ」


 春原の惨めな姿の撮影会はしばらく続き、終わった後も3人で撮った写真を見せあって笑っている。


 悪趣味だ。だからといって俺が止めに行くわけではないけどな。春原には先に帰れと言われていた。加えて俺が行って標的にされるのも嫌だ。


 ここは使うしかないな。


 『秘技・先生にチクる』を。


 ベランダをかがんでそーっと部室の扉まで進む。


 が、イスが倒れる、いやそれよりも大きな音が春原たちがいる教室から聞こえた。


 気になって様子を見に戻る。


 イスの1つが壁際で倒れている。おそらく蹴っ飛ばしたのだろう。


「あのさー、あんた立場わかってるの?

 ワタシはあんたみたいな芋女にクラスの地位を奪われたの。

 これってブジョク罪とかメイヨキソン罪に当たるからね? ワタシらは被害者。

 でもそれを寛大なワタシは謝罪するだけで許してあげようってわけ」


「マリカやっさしー」


「よ、大天使w」


 言っていることがめちゃくちゃすぎる。いつもの冷静な春原なら淡々と切り返せるが、今は何も答えない。


「何もしゃべんなくなっちゃたよ。つまんな。

 ワタシが直接土下座の仕方を教えたげる」


 赤月は足を振り上げ春原の肩に置く。そして置いた足を肩ごと自分の方向に引きずる。その勢いで春原は前に態勢を崩す。頭をぶつけないように手を前に出した。


「やればできるじゃんw。いい眺めだよw」


 3人とも携帯で動画を撮り始める。


 やりすぎだ。止めに入ろうと窓に手をかけたところで教室の扉も空いた。


「イエーイ! 日直で遅くなっちゃったー」


 この場にそぐわない明るく元気な挨拶で琴音が入ってきた。


 ていうか、教室間違えてる上に今日は来なくていいと伝えたはずなんだが。


 まあ、これが安心と信頼の琴音クオリティ。


「お前誰だ?

 いや誰でもいいや。ここから失せろ」


 春原の土下座を途中で邪魔された苛立ちを隠そうともせず、殺気立った様子で赤月が言った。


「あたしは2組の竜胆琴音だよ。1組の不良さんたちと、うずくまっているのは……スノハラ?」


 琴音が春原を視界に捉えて、表情に戸惑いが浮かんだ。


 直後に怒りが浮き出る。


「ねえ、ここで何してるの?」


 琴音が一歩前に出る。赤月は春原から足を下ろして、一歩後退する。


「お、お前には関係ないだろっ。早く出ていけ」


 赤月がひるむ。


 琴音の怒気が一瞬で膨れ上がり、それまでは赤月たちが支配していた空気を塗り替えた。


 やばい。既視感だ。琴音が試合で本気を出すときの雰囲気に似ている。


 だが、似ているだけで全く違う。今琴音の中にあるのは試合に勝つという向上心ではなく、悪を憎み罰する正義感だ。


 昔暴れて半殺しにしたという噂が流れるほどのことをしかねない状況だ。


「この状況を見たら関係があるとかないとかの問題じゃないよね?

 それにあたしはスノハラの〝友達〟だから絶対に助けるよ。

 スノハラ、勉強を教えてもらった借りはこれで返すから」


 琴音は静かに拳を握りしめる。


「竜胆さん、やめて」


 ずっと憔悴していた春原が声を上げた。


「なんでスノハラが止めるの?」


「こういうのは部外者が関わってもいいことはないの。下手したら竜胆さんも嫌がらせをされるかもしれない」


 本気で心配しているという意思を乗せた言葉で琴音を説き伏せようとする。さっきまでは声も出ないような状況だったのに今は琴音の目を見定めて凛とした声で忠告している。


「そうだぜ。賢い春原の言う通りw。お前は引っ込んどいたほうが身のためだw」


「金魚のフンは黙ってて」


 琴音はわずかに目線を安田に向けて言い放つと、すぐに春原に向き直った。


「スノハラがあたしの心配をするなんて意外。明日は雪でも降るのかな?」


「私は冗談なんて言ってないわよ」


「ノープロブレム。

 こんな誰かを威圧したり、貶めたりすることでしか自分の存在を主張できない猿山のガキ大将みたいなやつにあたしは負けないから」


 琴音がゴキゴキ指を鳴らしながら赤月を見据える。


「こんな進学校で暴力沙汰なんてシャレにならねーぞ?

 謹慎や停学じゃ済まず、退学になるかもしれないぞ?」


 琴音の圧に怯えて赤月がやめさせようとするが止まらない。


 琴音が動いた。


 駆けだして、無駄のない動きで大きく腕を振りかぶる。


 俺はその動作を見る前に直感で外から窓に足をかけて教室内に入った。


 あーあ。琴音、お前は高校卒業したら警察官になるんだろ?


 警察官の試験がどんなものかは知らないが、ここで問題行動してもいいことないだろ。


 その拳の使い方を間違えるな。


 俺は赤月の前に庇うように立った。


 瞬間、琴音の拳が俺の左頬にめり込む。


 頭がグラグラする。


 口の中が鉄の味。


 少しの浮遊感の後に背中とお尻に衝撃。


 俺は窓際の壁に殴り飛ばされた。


「ミッチー⁉ なんで⁉」


 琴音が怒りから我に返って俺に駆け寄り、頭を膝の上に乗せる。


 膝枕されてるけど、その相手が琴音かぁ。まあ、でも安心するなー。


◆◆◆


 目が覚めてぼんやりと目を開ける。ゆっくりと視界を広げると白い天井があった。


 どうやら保健室のようだ。


「ミッチー起きた!」


 その声で完全に目が覚めた。


 琴音と春原がベッドの横から俺の顔を見ている。


 どうやら心配をかけてしまったようだ。とりあえずもうひと眠りしよう。


「ちょ、なんで2度寝しようとするし」


 琴音が布団をひっぺはがす。


「別にいいだろ。このベッドふかふかで寝心地いいんだから」


 俺がそう話すと、呆れまじりのため息が聞こえた。


「元気そうね。心配して損したわ」


「琴音だけじゃなく、俺のことも心配してくれるのか。いつからそんなに優しくなったんだ?」


「うるさいわね! 私のせいでこんなことになったんだから心配くらいするわよ」


 少しからかっただけだが怒らせてしまった。


「過去のトラウマえぐられた春原こそ大丈夫なのか?」


「佐々木くんにはデリカシーってものがないのかしら?

 もう少しオブラートに包んで聞くべきよ」


「いじめられないように努力したのにまた同じようなことをされたけど大丈夫か?」


「余計ひどくなってる。

 別にいいけど。

 特に気にしてないから大丈夫。身の丈に合わないことをしていたのは事実だから。

 このことが広まったら幻滅されて友達いなくなるかもだけど」


 そこが問題なんだよな。春原は努力して自分を変えたのにあんな奴のせいでめちゃくちゃにされてしまった。


「スノハラの過去については大丈夫!

 逃げていったあいつら追いかけてあたしが黙らせといたから!」


 太陽のような笑顔で言っているが、どう黙らせたのかが怖くて聞けない。


 訝しむ視線を向けると琴音が答えた。


「殴ったりしてないよ! 

 あいつらの前で校舎の壁に向かって拳を叩きつけて『もしまた同じようなことしたらこの壁みたいに粉々になるからね』って注意しただけで、平和的な解決だよ!」


 危ないことはしていないと慌てて否定しているが、全く否定できていない。


「それよりミッチーのこと殴ってごめん!」


 琴音が深々と頭を下げる。


「いいよ。琴音の内申に響かなくてよかった。警察官志望の人間が学校で暴力事件起こしたとか笑えないから」


「うーん、実は本気で殴るつもりなんてなかったんだけどね。

 ああいう奴らは1度怖い思いさせておけば十分。だから殴る一歩手前で止めて軽くビビらせれば良かったんだけど、ミッチーが割り込んできてびっくりしたよ」


「俺の行動って意味なかった?」


「うん。あ、でも女の子を庇ったのはかっこよかったよ!」


「私もそう思うわ。意味はなかったからダサかっこよかった」


「まじかーーーーー」


 正直、女の子を庇うために颯爽と現れる俺かっこいいって思ってたけど何にも意味なかったの? 琴音も赤月も守れて2人からモテるんじゃねって思ってたのに。


 はずい。妄想と思い上がりで恥ずかしすぎる。


 俺が顔を真っ赤にして身もだえしていると保健室の先生が来た。


「佐々木くん、傷は大丈夫そう?」


「はい」


「それなら良かった。骨は折れていないけど、転んだにしてはひどい怪我だから何もなくても念のためにお医者さんに診てもらって」


「わかりました」


 暴力事件が起こったなんて知られたらまずいから琴音と春原はさっきのことを隠しているようだ。


「保健室の鍵閉めちゃうから用がなければもう帰って」


「はい」


 俺たちは荷物をまとめて保健室を出た。


◆◆◆


 その日の夜、春原からレインが来た。


「明日の昼休みにB棟の校舎裏に来て」


 唐突だ。なぜ部室じゃないのだろうか。


「用件は?」


「人がいない場所で直接2人で話したいから、用件はまだ言えない。

 とにかく、明日の昼休みにB棟の校舎裏に来い」


 さっきよりも言い方が強くなっている。レインではこれ以上話してくれなさそうだ。


 俺は「了解」のスタンプを送ってレインを閉じた。


 何の用だろうか。昼休みのB棟は他の生徒の目につきにくいという理由でカップルの聖地みたいになっている。


 あそこを1人で歩くのは気まずい。


 ただ、指定された場所は校舎裏である。人はいないが、日当たりが悪く、じめじめしているから昼休みを過ごす場所としては不評だ。普通に部室で良いと思うのだが。春原が何をたくらんでいるのかわからない。


 明日俺から春原に部室に場所を変えることを提案するか。


読んでいただきありがとうございます!


作品が面白いと思った方は☆5、つまらないと思った方は☆1の評価をお願いします!


6/4追記

誤って6/4に投稿してしまいました。


評価やブックマーク、作者の他作品を読んでいただけると大変うれしいです!


次回の投稿は6月5日です!


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