第十三話 美少女の明るい兆しと不穏な兆し
第十三話 美少女の明るい兆しと不穏な兆し
春原は昨日うまくいかなかったという世界史から教え始めた。歴史というのは物事の積み重ねだから何かと紐づけながら覚えていくやり方とは相性がいい。
「エジプト文明やメソポタミア文明がなぜ発展したと思う?」
春原はこれまでの知識を使えば導ける質問をする。
「えーと、昨日も勉強した気がするんだよなぁ。
……川があるからだ!」
悩んだ末に閃いた顔は輝いていた。
「正解よ。ちなみになんて川の名前かは覚えている?」
「ピクルス・ユーブラッド川!」
「ピクルスで血を流すのって意味が分からないわ。
ティグリス・ユーフラテス川よ。この近くにあったのがメソポタミア文明。
エジプト文明の近くにあった川は何かわかる?」
「ナイス川!」
「ナイル川。
ここはテストで聞かれやすいから確実に答えられるようにして。でないと赤点を取る可能性が高まる」
「だいじょぶだいじょぶー。何とかナイルよ」
「ふざけてないで次に行くわよ」
春原がバンッと机を叩き、上から琴音を睨みつける。
「はい……」
琴音はしゅんとして勉強に戻る。
勉強は順調に進んでいる。問題集を解かせても6割くらいは正解できているところを見ると、教え方は正しいと思える。
あとは琴音が授業中にこれを実践できるかだ。
◆◆◆
「今日はここまで」
今日の勉強を俺が締めくくった。
「まだやることは山積みよ?」
「あたしだってまだ勉強できる」
二人の声がハモった。
「習慣化で大切なことは無理せず長く続けることだ。今日はこの辺で終わりにして休憩にしよう」
普段勉強しない琴音に過度の負担をかけるべきではない。加えて、もう少しやれる、と思えるところで終わらしたほうが明日へのモチベーションになる。
◆◆◆
この日から春原と琴音の放課後のテスト勉強は続いた。最初は春原が付きっきりで面倒を見ていたが、将来的には琴音が一人で勉強を続けられるようになるために春原の手ほどきは減っていった。
自分なりに勉強のやり方やペースがわかった琴音は順調に成果がでているように思える。
「またこの問題間違えているわよ。何度言ったらわかるの?
学園のマドンナたる私が教え導いているのだから同じ間違いは繰り返さないで。
もしかしてあなたの脳はカニ味噌でも詰まっているのかしら?」
「カッチーン。
なんでそんな冷たい指摘の仕方しかできないのかな?
あたしは褒めて伸びるタイプだからそこ意識して教育したほうがいいよ。
てか自分からマドンナとか言うのやめたほうがいいよ。寒いから」
勉強の成果が出れば絆が生まれると思ったが相変わらずの喧嘩は続いている。
「褒めて伸びる? 笑わせないで。褒めるところがない人が言うセリフじゃないわよ。
あいにく、マドンナはみんなから言われているのだからしょうがないのよ。寒さの心配もいらないわ。むしろ最近は暖かくなってきたせいで下着が蒸れて暑いのよ。竜胆さんにはそういうことがなさそうで羨ましいわ」
春原は腕を組んで自分の胸を強調する。
「あ、あたしだって最近は大きくなってきて苦しくなってるんだよね。
いやー、肩凝るわー」
「安心して。AカップがBカップになったところで負担はあまり変わらないから」
「今Bだし! 何ならCよりのBだし!」
おそらく俺がこの二人の勉強に付き合っているのはこういう喧嘩を仲裁するためなんだろうな。
「お前らよく飽きずに毎日のように勉強できるよな。もしかして喧嘩するほど仲が良いってやつか?」
「「違う」」
仲いいじゃねぇか。
こんな感じで勉強しつつ喧嘩しつつでテスト当日を迎える。
◆◆◆
高校入ってからの初めてのテストである。俺は比較的に勉強に自信はあるが、それでも初めて受ける試験というものには少なくとも緊張する 。
テスト1日目の最初の科目は数学。解く前に全部の問題を流し見る。
難易度は中の中といったところか。一年生最初のテストだからそこまで複雑な内容でもないし、難しい問題も多くあるわけではない。進学校の定期テストということで身構えていた部分もあったが意外と簡単だ。
これなら琴音でも赤点を回避することができそうだ。
続く現代文、化学基礎の難易度も似たようなものだった。
◆◆◆
1日目が終わった下校途中、琴音を見つけた。
「琴音」
「ミッチーじゃん。テストお疲レモン」
「変な挨拶だな」
「疲れにはビタミンCが良いって言うからつなげてみたんだ。
どう? 天才じゃない?」
相変わらずアホだ。こういう琴音の頭の悪い挨拶はしょっちゅう聞くからいつの間にか俺は無視するようになっていた。
「そんな天才様に聞きたい。今日のテストはどうだった?」
琴音は自信満々の笑顔で俺にピースサインを突き出した。
「2点しか取れなかったのか。ドンマイ、明日の科目も諦めずに頑張ろうな」
「ちっがーう!
Vサイン! だいじょうV!」
顔を真っ赤にして怒りを示しながら琴音は否定した。
「それが本当ならいいことだな。俺も春原も協力した甲斐があった」
「本当に良かったのかな~? もしかしたらミッチーやスノハラの点数を超えてるかもよ?」
「そのぐらい点数が取れてるといいな」
正直、そこまで勉強ができるほど成績が上がるとは思えないが、今の琴音からは何かを努力して結果を出せた人間が出す雰囲気をまとっている気がする。
そっけない返事をした俺だがもしかしたらという可能性を感じている。
「あー、その反応からミッチーは信じてないな!」
「そんなことはない。その調子で頑張れ。明日もテストがあるから無理しない程度に勉強をしたらゆっくり休むんだぞ」
「そうやって上から目線であたしにアドバイスできるのも今日が最後だからね!
それじゃあね、バイバーイ」
分かれ道に差し掛かると、琴音は大きく手を振りながら帰路についた。
◆◆◆
3日間のテストが終わり、それぞれの授業でテスト返却が始まった。返却が終わった後に解説を始めるが、結果に一喜一憂して興奮している生徒がほとんどなので聞いている生徒はほとんどいない。中でも賑わっているのは春原の周りである。「穂乃果ちゃん、何点?」「92点」「すごーい」「私も穂乃果みたいに頭よくなりたーい」など盛り上がっている。日頃から注目を集め、かつ成績優秀だという評判があれば当然だろう。
だが、この状況を面白く思っていない人間もいる。赤月マリカである。距離的には聞こえないだろうが、舌打ちをするし貧乏ゆすりもしている。自分がクラスの中心、いわゆる一軍になれていないことに対するヘイトが日に日に増しているように見える。
◆◆◆
休み時間になってもテスト結果の話題はなくならない。勉強が嫌いな学生は多くても、学業が本分である学生には切っても切り離せないものだからだ。
突然、その盛り上がりに水を差す音が響く。
ドン。
取り巻きを3人連れた赤月が春原の机の脚を強く蹴った。そして強く春原を睨みつける。春原はその視線から逃げるようにすぐ下を向いた。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのこと。その様子を見た赤月は嗜虐的に笑った。
「ごめん、足ぶつかっちゃった」
「……」
挑発するように座っている春原を上から見下ろしながら赤月は言ったが、春原は無言。
「ちょっと、赤月さん。わざとだよね?」
何も言わない春原に代わり姫宮が抗議する。
「は? 何のことだ?」
「机の脚、わざと蹴ったよね?」
「わざとじゃねーよ。当たっちゃったんだよ」
「わざととしか思えないんだよね。最近穂乃果に対する嫌がらせが多すぎる。
筆箱や教科書を机から落としたり、足踏んだり、聞こえるように大声で穂乃果の悪口言ったり」
「そんなこともあったな。でも偶然だからな。それともワタシがわざとやったっていう証拠あるの?」
「くっ……」
何も言い返せない姫宮は悔しそうだ。実際こんなの証拠もなにもクラス全員が見ているからそれで証言としては十分だと思うが、赤月はそれを派手な見た目と声の大きさで威圧感を出して、他の生徒を黙らせている。
「何にもないのかよ、ハッ。冤罪だよ、冤罪。むしろこっちが訴えてやってもいいくらいだが、寛大なワタシは許してやるよ。
ってことでいいよな、春原?」
再び視線が春原に向く。
春原は下げていた顔を上げて微笑みながら言う。
「うん、気にしてないからいいよ」
「その顔マジでムカつく。今度お前の本性暴いてやるから覚悟しとけよ」
吐き捨てるように言って赤月は去った。
隣の席の春原の肩は小刻みに震えていた。膝の上に置かれた手は皺ができるくらいスカートを強く握っていた。
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