第十一話 頭が悪い美少女の取説
第十一話 頭が悪い美少女の取説
夜、琴音から電話がかかってきた。
「もしもし、ミッチー」
琴音にしては電話のテンションが普通だ。
「どうした、元気がないぞ」
「そんなことないよ。普通だよ」
「テンションが普通だから元気がないと言っているんだ」
「あー。そういうことかー」
「なんかあったのか? 今日は春原と勉強していたんだろ?」
「勉強はしていたんだけど、どうやら春原さんを怒らせちゃったみたいなんだよね。
怒りだしたとき、イメージにあった柔らかいほわほわした感じがなくなって、真逆の周囲を寄せ付けないような冷たくてとげとげしい雰囲気に変わったんだよね」
「へー」
どうやら春原は自分の素を出してしまったようだな。
「へーってリアクション薄くない?
あの学園のマドンナの春原さんの知られざる一面を今教えたんだよ。なんかもっと反応してよ」
「たまげたなー」
「めっちゃ棒読み。もしかして知ってた?」
「うん、知ってた」
「だよね、そりゃ知らないよね……って知ってたの⁉
なんで⁉」
俺は春原の過去を話さずに素を知った経緯について話した。
◆◆◆
「なるほどなるほど、それでミッチーと春原さんが一緒に部室にいたのか」
「琴音はどうするんだ?」
「どうするって何を?」
「今後の勉強とか秘密を他の人にバラすのかをだよ」
「うーん、別に春原さんの秘密をバラそうとは思わないかな。知られたくないことみたいだし」
「お前はすでに俺に話してるがな」
「ミッチーはノーカン。話し相手がどこにもいないから」
ひどい侮辱を受けたが否定できないからスルー。
「勉強は?」
「言われたことに納得している部分もあるんだけど、許せないこともあるんだよね。
それを明日言いに行く。ムカつくほど勉強の教え方はわかりやすいからまたお願いしたいかも。まあ、引き受けてくれるかわからないから断られたら諦めるけど」
「ちなみに春原に何を言われたんだ?」
「頭が悪いってことをいちいち表現を変えて言われたり、低身長とか貧乳って言われた。全っ然勉強に関係ないじゃん! もはやただの悪口だよ!」
琴音は理不尽な罵詈雑言を受けたことにかなり憤慨している。
まあ、春原の言っていることは間違ってはいないな。春原みたいなスタイルの良い人間からしたら琴音みたいな幼児体型は悪口の格好の的だろう。
「春原らしいな」
「まじでムカつく!
ちなみにミッチーはなんか悪口言われたことあるの?」
「友達がいないとかモテないとか言われたな」
「あいつほんと性悪だね。
普段はみんなにいい顔してるのに腹の底ではバカにしてるよ。
これはもうスノハラだよ。パワハラ、セクハラと同じハラスメントだよ。
あたしがガツンと言ってあげないと!」
「ほどほどにな」
口論になれば琴音が春原に勝てるとは思えない。
「それはあいつの対応次第かな。
ミッチーは明日スノハラを放課後部室に呼んどいてね。
あたしの要件は以上。じゃあね」
琴音は自分の言いたいことだけを言って電話を切った。
◆◆◆
電話が終わった後にレインの通知のバイブが鳴った。
春原からの不在着信と未読のメッセージがたまっている。
今日の件のことだろう。春原に大事なことを伝え忘れていたこともあるからちょうどいい。俺は春原に電話かける。
「もしもし、俺だ」
プツン。電話が切られた。もう一度電話をかけなおす。
「なんでさっき電話切ったんだ? 俺に電話かけてただろ?」
プツン。また電話が切られた。
「もしもし、もう切るな。都合が悪いならメッセージで話すか?」
「電話を始める前に名乗ってもらってもいいかしら。オレオレ詐欺と勘違いしてしまうわ」
「女子高生にオレオレ詐欺する詐欺師なんてどこにいるんだよ。佐々木道人だよ」
しかも、オレオレ詐欺はかける側するものだろ。
「それで、なんの用?」
「不在着信とメッセージがたまってたから用があるのは春原だろ」
「なるほど、女子からの不在着信とメッセージがあったから意気揚々と電話をしたわけね。モテない男に勘違いさせてしまったかしら?」
「誰もそんなことは言っていない。喧嘩売ってるなら今度は俺が切るぞ?」
「ごめんなさい。無意識とはいえ、モテないというあなたのコンプレックスを刺激してしまったようね」
謝罪の気持ちなんて微塵も入っていない謝罪を受ける。
「要件は? 今日のことだろうけど」
「今日の勉強会の最後に……」
「詳細についてはさっき琴音に聞いたから大丈夫だ」
「そう。竜胆さんは私のことについてなんて言ってた?」
「明日話したいことがあるから部室に来いって言ってた」
「わかった。行くわ。
私の素を言いふらす様子はあった?」
春原が一番の懸念点を聞いてきたが、その声に緊張はなかった。直近で俺にバレているから、耐性がついているのかもしれない。
「バラす様子はなさそうだな。知られたくなさそうなことを言いふらす気はないって言ってた」
「意外といい人なのね」
「俺にバレたときとは脅しもしてきたことを考えると、何もしないなんて対応が大違いだな」
「竜胆さんは今日会っただけだけど、バカで単純な性格ってことがわかった。誰かをバカにしたり、貶めたりして楽しむような人じゃないわ」
逆に考えると、俺は誰かをバカにしたり、貶めたりして楽しむような人だと思われていたのか。
「確かにな。琴音のそういう一面は見たことがないから当たってる」
「竜胆さんと幼なじみのあなたのお墨付きがもらえたから心配はいらないようね。
それであなたの要件は何?」
自分の聞きたいことが終わったことの合図として俺に春原は俺に話を振った。
「琴音に勉強を教えていて違和感を抱かなかったか?」
「ええ、感じたわ。教えたことをすぐ忘れたことかしら。単純に頭が悪いと考えることもできるけど、改めて考えると異常だわ。
丁寧に教えたことなのに問題集を解かせたら一問も解けていなかったの。この物忘れの激しさはどういうこと?」
春原は琴音の特徴を的確に質問してくれた。俺の説明もスムーズに行える。
「春原は忘却曲線って知ってるか?」
「ええ、人が何かを覚えた後にそれをどれだけ覚えられているかって話よね」
「それを示しているとも言えるが実際は違う。とりあえずそのことはおいておくが、琴音の場合、その忘却曲線の下がり方が異常なんだよ」
「どういうこと?」
「通常の人間の記憶力だと、20分経つと覚えた情報の4割を忘れると言われている。裏を返せば6割は覚えていることができる。
ただ、琴音の場合は20分経てばほぼ100%覚えたことを忘れる」
「は? そんな人がいるの? 単純に頭が悪いとかではなく何かの病気ってこと?」
俺が言った内容に春原は驚き、そしてその感情は心配に変わる。
「どうだろうな。そのことについて本人や家族に聞いたことはない。そもそもこれは俺の仮説だ」
「もしその仮説が正しいなら竜胆さんに勉強を教えることは厳しいの?」
「やり方を変えれば覚えさせることはできる。実際の忘却曲線は人が一度覚えたことを再度覚えるためにかかる時間を示したものだ。忘却曲線の実験では一度忘れたことをもう一度覚えるときの時間は一回目よりも短い時間で済むとされている。
つまり、20分で100%忘れる琴音には10分勉強したらそれまでの内容を復習させる必要がある。そのときに覚えるのにかかる時間はそこまでいらないし、記憶を定着させやすくできる」
これが琴音が学校の授業についていけない理由でもある。50分間時間があれば最初に教わったことなど覚えているはずがない。
「理屈はわかったわ。でもどうしてそれを竜胆さんに教えてあげないの?」
「忘却曲線のことがなかったとしても琴音はバカだ。今の話は理解できない。もっとかみ砕いて今の話をしたことがあるが、伝わらなかった」
「それが理由で世界史の問題集が全然解けていなかったのね」
「ちなみにどんな教え方をしたんだ?」
「まさしく学校みたいな教え方ね。重要語句を紐づけたり、背景事情についても詳しく話した。眠くならないように竜胆さんに考えさせるような質問も投げかけたわ」
「友達に教える分には100点だが、琴音に対しては0点だ」
「なんで今のことを先に教えてくれなかったわけ?」
不満と怒りの混ざった声で問い詰められた。
これに関しては全面的に俺が悪いから謝罪と埋め合わせをする必要がある。
「すまん、言い忘れていた。お詫びとして俺も琴音の勉強を手伝う」
「それは当然よ」
まだ不満らしい。足りないか。何か考えておくか。
「私、実はお願いしたいことがあるかもしれないなー」
急に願望を聞いてほしそうなことを話し出す春原。
「どうしたんだ?」
「お願い聞いてくれるの?」
「内容による」
「あっそ。今から何らかのアクシデントでどこかの部室の写真をクラスのグループレインに送っちゃうかもなー」
結局脅しかよ。
「わかったよ。聞いてやる。何が望みだ?」
「快く引き受けてくれてありがとう。でも願い事は後で話すわ 」
「今でもいいだろ」
「い、今はまだ、その、心の準備ができていないというか……」
なんか急に照れてもじもじし始めてるぞ。もちろん電話越しだから様子はわからないが、それでも雰囲気が伝わってくる。
「まあ、いいや。話せるようになったら話してくれ」
「う、うん。ありがとう」
急にしおらしい態度を取られてなんか話しづらい。俺からの要件は済んだし、電話を終わらすか。
「俺から言いたいことは以上だ。春原からは他に何かあるか?」
「特にないわ」
「わかった、また明日よろしく。おやすみ」
「おやすみなさい」
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