第十話 美少女×美少女のテスト勉強②
第十話 美少女×美少女のテスト勉強②
「数学の課題は終わったから世界史の課題をやろうか」
「うん! 理解できると勉強は楽しくなった気がする!」
良い傾向だわ。このまま勉強を少しでも好きになって私が教えなくても済むようにしたいわ。
「課題の内容はオリエント文明についてね」
「オリエンタルラジオだね! 武勇伝武勇伝、武勇伝デンデンデデデン、レッツゴー!」
またなんか始まったわね。英語のときも数学のときも必ず脱線してる。むしろその発想力がすごいわ。終わるまでは休憩をしていよう。
「ホノちゃんいつものやったげて」
「……」
「ホノちゃんいつものやったげて」
竜胆さんがすごくこっちを見ている。
「私?」
「そうだよ! 勉強進まないよ!」
え? これに付き合ってあげないと勉強進まないの?
「ちょっと恥ずかしいな。勉強に関係なさそうだし」
「大ありだよ! 気合が入る!」
「でもなー。武勇伝やる時間を勉強に充てたほうがいいと思うな」
「それってあなたの感想ですよね?」
うざ。
「オリエント文明っていうのは……」
もう強行突破するわ。
「いーやーだー。聞きたくない」
しつこいな。
一回くらい付き合ってあげたほうが早いわね。
「一回だけだよ」
「よっしゃ!
ホノちゃんいつものやったげて」
「おお、聞きたいか私の武勇伝」
「そのすごい武勇伝を言ったげて」
「私の伝説ベスト10」
「レッツゴー!」
「居酒屋で席のみ予約、ホントに注文せず席だけ使って帰ったよ!」
「店に入れたけど未成年だからお酒は飲まない、ナイス判断!」
「「武勇伝武勇伝、武勇伝デンデンデデデン、レッツゴー!」」
「合唱コンクールでソロパート、口パクで乗り切ったよ!」
「すごい、ピアノのソロになってる!」
「「武勇伝武勇伝、武勇伝デンデンデデデン、レッツゴー!」」
「バレンタインに固まり切っていないチョコをあげたよ!」
「わお、義理チョコならぬギリチョコ!」
「「武勇伝武勇伝、武勇伝デンデンデデデン、レッツゴー!」」
「ホワイトデーのお返しにはクレオメって花をもらったよ!」
「花言葉は「想像したほど悪くない」! チョコは意外とおいしかった⁉」
「「武勇伝武勇伝、武勇伝デンデンデデデン」」
「カッキーン」
「すごいよ~、ホノちゃんすごすぎるよ~」
「はい、もう終わりにしよう」
「えー、盛り上がってきたところなのに。
でも、めっちゃ面白かったよ!
ティッコトッコにあげていい?」
「恥ずかしいからだめ!
ていうか撮ってたの⁉
消して!」
いつの間に撮っていたのかしら。私は本気で焦っていた。この動画が拡散されたら私の
イメージは清楚で優しい女の子から面白いノリのいい女子になってしまう。そういう女の
子が悪いとは思わないけど、陰で調子乗ってるとか言われたりしていじめに遭う可能性が
ある。
「あ、ごめん、もうミッチーに送っちゃった」
「てへぺろ」って動作をしながらこちらに事実を告げた。
「もう、これ以上誰にも送らないでよ。
佐々木くんにも動画を消すように言いたいからレイン教えて」
竜胆さんとレインを交換して佐々木くんのレインをもらう。
佐々木くんにさっきの動画を消すように連絡したところ「今回琴音が見事に赤点を回避
し、今後も琴音の勉強を見てくれるなら消す」と返信がきた。私は「了解した、約束は破
らないでね?」と返した。
そして次に竜胆さんのスマホから動画を消すための作戦を始める。
「竜胆さん、佐々木くんのレインが送られてないからもう1回送ってもらってもいいか
な?」
竜胆さんのスマホを奪うためにはまず意識を私から外す。ロックを解除してもらうため
にスマホを操作してもらう。
「送れてなかった? じゃあ、おく……」
スパっと手を横に薙ぎ、スマホを奪う。そしてすぐに竜胆さんから背を向けて動画を削
除する。
「わっ、返してよ!」
「はい、どうぞ」
動画の削除が終わったのでスマホを返した。
「あー! 春原さんの武勇伝が消えてる!」
「ごめんね、どうしても拡散されたくなかったから消しちゃった」
「ひどいよ、春原さん。あんなに面白い動画を消すなんて」
こっちのセリフよ。勉強を教えに来たのに遊んでばっかりで、教える側の立場になってほしいわ。
「はいはい、ごめんなさい。勉強再開するわよ。
オリエント文明っていうのは、ティグリス・ユーフラテス川流域のメソポタミア文明とナイル川流域のエジプト文明の二つの文明なの。……ってもう眠そうだね」
勉強再開数秒で竜胆さんはウトウトしていた。
「世界史ってなじみがないカタカナの言葉がいっぱい出てくるから話聞いているだけで眠くなってくるんだよね」
竜胆さんにしては珍しく真っ当な苦手な理由を述べた。
「なるほど、インプット中心だと退屈するよね。アウトプットも混ぜながら解説するよ」
「今まで歯の治療してたの? あたしは別に歯は悪くないよ」
「違うよ、それはインプラントね。インプットとアウトプット。インプットは知識や情報を取得すること、アウトプットは得た知識や情報で問題を解いたり、行動を起こしたりすること。
わかった?」
「ばっちり!」
竜胆さんは満面の笑みで親指を立てる。
「インプットとアウトプットについて説明してみて」
「ソフトキャンディの中にグミが入っているお菓子が口の中にある状態をインプット、ソフトキャンディの中にグミが入っているお菓子が口の中にない状態をアウトプットだよね?」
「それじゃ、インぷっちょとアウトぷっちょだね。竜胆さんは真面目に答えてるの?」
「大まじめだぜ」
嘘をついているようには見えない顔で言い切られた。
正直、ぷっちょのことを「ソフトキャンディの中にグミが入っているお菓子」と表現する人を本気で答えているようには見えないけど、表情から嘘をついているようにも見えない。だから怒れず、いらいらがたまっていく。
「正解はインプットとアウトプットだよ。
最初に説明したように内容を吸収するのがインプット、今みたいに覚えた知識を思い出す作業がアウトプット」
「なるほど、インプットが勢いよくバズったポストにわらわら湧いてリプライする人でアウトプットがシーズン中に売り切れなかった商品や傷物を割引価格で販売することだね」
「それはインプレゾンビとアウトレットの説明だね」
「あちゃー、言葉の意味を覚えるのってやっぱり難しいね」
インプレゾンビとアウトレットの定義を答えるのができてなぜインプットとアウトプットの意味を答えられないのかが謎だわ。
また話が脱線した。なぜ毎回のように新しく話を進めようとしたら、真っ直ぐ内容にいかず迂回してしまうのかしら。
思うように進まず、私はまた苛立ちがたまってしまう。
「言葉の意味は気にしなくていい。大事なのは中身だから」
「だね!」
そう言いながら竜胆さんが勢いよくバズったポストにわらわら湧いてリプライするぷっちょがインプット、シーズン中に売り切れなかったぷっちょを割引価格で販売することがアウトプットと言っているのが聞こえたけど、もう気にしない。
「さっきの続きだけど、どっちも川の近くに文明が栄えているよね。それはなんでだと思う?」
「水が飲める!
サバイバル系の番組で見たことあるよ。水と睡眠があれば2,3週間は生きられるっ
て。逆に水がなかったら、5日くらしかもたないって」
学校の勉強は覚えないのにこういうことは覚えているのね。
「その通り。でも水って飲むだけが使い方じゃないよね?
文明は多くの人が集まって作られるものだけど、どうして水があると多くの人が集まって生きることができたのかな?」
「食物を栽培できるから!」
「正解。ムギの栽培が始まってから農業が行われるようになったり、羊などの牧畜も開始されたりするようになったんだよ」
「ほへー、ためになったね~」
話を理解してくれたのか、どこぞの中学生みたいな反応をする。
竜胆さんに対する質問を交えながら、世界史を物語のように解説することで寝ずに私の
説明を聞いてくれている。
◆◆◆
課題の範囲の説明を終えたところで一度休憩を挟むことにした。私がとても疲れたからだ。竜胆さんは嫌いな勉強をやっているのに疲れているようには見えず体力は問題なさそうだ。
問題なのは私の体力だ。まわりくどい教え方をしているせいですごく消耗する。加えて何度も脱線する竜胆さんの話を勉強に戻さなければならない精神的な疲労もある。
「お手洗い借りてもいい?」
「どうぞー。出て左にあるよ」
「ありがとう」
竜胆さんと同じ部屋にいたら話しかけられて休む暇がなさそうなのでお手洗いに逃げることにした。
ふう、疲れた。個室に入って一人になったことで、ため息が漏れた。素とは異なる自分を長時間演じていること、竜胆さんの理解力と集中力の管理、脱線話の修正などいろいろなことが重なって私はもう限界だ。
休憩が終わったら世界史の問題集を解いてもらって丸つけしたらもう帰ろう。
◆◆◆
「お待たせ」
「お帰り」
「じゃあ勉強再開しようか。さっきやった世界史のまとめとして問題集を解こうか」
「うん、さっきの説明わかりやすかったから解ける気がする!」
竜胆さんはノートと問題集を開いて問題を解き始める。
その表情は真剣そのもの。さっきまでのふざけた様子とは違う。問題を解く姿から自信が漲っている。目線が問題集とノートを行き来し、シャーペンは一定のリズムでノートに文字を刻む。
これなら大丈夫そう。私は安心して少し眠りについた。
◆◆◆
どのくらい眠っていたのだろうか。目を覚ますと竜胆さんは漫画を読んでいた。
「あ、起きた」
「ごめん、寝ちゃってた。どのくらい寝てた?」
「30分くらいかな」
「そう。問題は解き終わった?」
「バッチリ! 丸つけお願い」
「うん」
私が寝ている間に自分で丸つけをしても良かったのに、わざわざ私にやらせるのは自信があるから見てもらいたいということだろう。
かなり苦労はしたが私の教え方には自信がある。
これでようやく苦労が報われる。そう思うと少し緊張する。
今私は人の成長の瞬間を目の当たりにしようとしている。学校は嫌いだけれど教師という仕事も悪くないかもしれないわね。
きっとこの感動は竜胆さんでないと味わえなかったに違いないわ。
ありがとう、竜胆さん。
私は問題集の答えとノートを見比べて答え合わせを始める。
◆◆◆
死ね、竜胆さん。
全問間違いだったわ。
竜胆さんの低レベルな脳みそに合わせて丁寧に丁寧に教えたのに。色々なストレスをかみ殺して優しく教えていたのに。脱線話を毎回軌道修正していたのに。武勇伝まで付き合ってあげたのに。
プツン、と今までの不満が爆発した。
「竜胆さん、この結果はどういうこと?」
全部にチェックがついているノートを開いて竜胆さんに見せる。
「え?」
私がこれまで出したことがない低く底冷えするような声で問い詰めると竜胆さんは困惑した。
「なんで1問も解けていないのかしら? 同じ質問を二度も繰り返させないでくれる?」
空気が変わったことを感じた竜胆さんの体が強張っているのがわかる。
あー、やっちゃったわ。せっかく学校内で優等生イメージ作れたのにここで台無しね。
引き返して何もなかったように今までの演じている私に戻ればごまかせたかもしれないけど、なんかもう止まる気がしない。今日の竜胆さんとの勉強だけじゃなくて今までの学校生活での苦痛がここで一気に流れ込んできて止まらない。
「英語のときも数学のときも世界史のときもなんでいつも私の話を聞かないで別のことを話し始めるの?」
「毎回変なボケを挟むのもやめてくれる? あなたは教わる立場であることを理解して」
「今日家に連れてこられたことも迷惑だった。相手が嫌がっているのがわからないのかしら?」
「世界史はすごく丁寧にあなたの貧しい脳みそでも理解できるように教えていたのに、なんで一問も解けていないの?」
「佐々木くんのことだって、どうして自分が勉強できないことを他人のせいにしているの? あなたがバカなだけでしょ」
「佐々木くんにテストで勝ちたいみたいな身の程知らずな目標も持たないで。低次元な思考を持つあなたに付き合わされる私のこと考えたことある?」
「部室で抱きつかれたのも気持ち悪かった。初めて会う人への距離感じゃないよ。
あなたに触られるとバカと低身長と貧乳が移りそう」
勢いよくまくし立て続けたせいで私は息が上がっている。
「な、なんでそんなこと言うの?
春原さんはそういう人じゃないよね?」
竜胆さんの表情には戸惑いの他にも恐怖の感情がにじんでいる。
それでも私は構わずに攻撃的な口調を止めなかった。
「そういう人ってどういう人?
今日が初対面なのに私という人間を知っているつもりにならないで」
「ごめん」
「じゃあね」
私はカバンを持って春原さんの部屋を出て、階段を降り、挨拶もなく家を出た。
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