第一話 美少女の秘密を握ってもいいことはない
第一話 美少女の秘密を握ってもいいことはない
どの学校にも必ずマドンナと呼ばれる絶対的な人気を持つ女子がいる。
この学校におけるマドンナとは誰に聞いても春原穂乃果と答えるだろう。彼女の容姿の美しさは誰もが認めるところであり、特に印象的なのは背中まで伸びる緩く巻いた艶やかな漆黒の髪と大きな翠色の目だ。
「おはようー」
春原が教室に入ると誰もが目を奪われる。一瞬にしてクラスの視線を集める。まさに完璧で究極のアイドルである。
「穂乃果ちゃん、おはよう」
「うん、おはよう」
「ねえ、昨日の動画見た?」
「うん、昨日のおわりしゃちょー面白かったよね」
何気ない会話だけでも彼女の美しさが表れる。漆黒の髪が揺れるたび、笑顔で目が細くなるたび、声を発するたび、一挙手一投足が彼女の美しさを表現する。
「みんな席に着けー」
教師の掛け声とともに春原は友達との会話をやめ、席に戻る。
「佐々木くん、おはよう」
「ああ、おはよう」
春原はそう言いながら俺の隣の席に座る。目立たないクラスメイトである俺に対しても挨拶をかかさない。
◆◆◆
「じゃあ、この問題を春原、解いてみろ」
「はい」
数学の時間、指名された春原は颯爽と黒板に向かった。席から黒板の前に向かうだけなのだが、その姿は凛としていて見る者をくぎ付けにした。
チョークで数式を書き、解を求めたところでチャイムが鳴った。
「正解だ。よくできた。解説は次の時間に行う」
教師が締めくくり授業が終わる。
「穂乃果ちゃん、あの問題が解けるなんてすごいね!」
「やっぱり頭いいね」
「さすが、穂乃果。さすほの!」
授業が終わって春原の席にクラスメイトが集まり、口々に賞賛する。
「みんな褒めすぎだよ。私だってできてたかすごい不安だったんだよ」
「またまた穂乃果はご謙遜を~。数式を書く手は自信に満ち溢れていたよ」
春原の友達の姫宮が茶化す。
「時間があまりなかったから急いでただけだよ」
春原はまた謙遜をした。
「そう? てか、あの問題の解き方教えてよ」
「うん、いいよ」
春原は集まったクラスメイトに解き方を解説する。
「おー、わかりやすいね。先生よりも」
「うんうん、僕はこの問題まったくわからなかったけど、春原さんのおかげで理解できたよ」
「ありがとう。私でよければいつでも教えるよ」
微笑みながらクラスメイトのお礼に春原は答えた。
「そうだ、春原さん、今度一緒にテスト勉強しようよ」
「賛成ー。穂乃果ちゃんがいればテスト対策は万全だね」
「う、うん。みんなで勉強したほうが捗りそうだもんね」
少し表情が曇ったが、すぐ笑顔に戻り快諾した。
俺はその様子を見て、春原が少しかわいそうに思えた。
◆◆◆
放課後になり、日直の仕事を終えた俺はとある場所へ向かう。B棟4階の図書館の隣にあるボランティア部の部室である。俺の通う桐山高校の校舎は4階建てのA棟とB棟に分かれている。A棟には学生が普段使う教室やそれぞれの科目の授業準備室や更衣室がある。B棟は理科室や図書館、部室などの特別教室があり、2つの棟は2階にある渡り廊下でつながっている。
主要な特別教室や部室は1階と2階に集中しているため、わざわざ4階にくる生徒はいない。図書館で本を借りる生徒は少ないし、勉強する生徒は家や予備校、ファミレスなどでするから、図書館の利用者はあまりいない。つまり、B棟4階は人がいない穴場である。ここに目をつけた俺はボランティア部に入った。
部員は俺だけ。去年まで3年生が3人いたようだが卒業した。今年部員が集まらなければ廃部になっていたようだ。ただ、桐山高校の校則では部員は最低3人いないと部として認められないため、あと2人集めないと今年で廃部となる。俺の見つけた学内の秘密基地が使えなくなってしまう。
部室の前に来たが、少し扉が開いていた。
おかしい。いつもめんどくさいから戸締りはしていないが、戸締りをしていないとばれないように扉はしっかり閉めている。誰か中にいるのだろうか。こっそり扉の中を覗くと、春原穂乃果がいた。なんで学校の人気者がこんなところにいるんだ?
「はーーーーーー。疲れたーーーーー」
窓から外を見ながら、春原が普段からは想像できない大きなため息をついた。
人気者は人気者で大変なんだな。
「大体、みんな私のこと女神か何かだと思ってるわけ? 好かれるのはいいけどこんなに注目されるなんて思わなかった。てか、私に近づいてくる女って大体男目当てなのよね。可愛い私の近くにいれば男のおこぼれもらえると思って。ふざけんなよ。そんなことのためにいい子ちゃんでいるわけじゃないのよ」
春原が愚痴を言っている。学校のマドンナの意外な一面を見てしまった。春原に気を使ってここは見なかったことにして帰るべきだろう。しかし、俺の部室である。今、見逃して今後も居座られたら不都合がある。帰ってもらおう。
部室の扉に手をかけ、開ける音がすると同時に、愚痴を言い続けていた春原が一瞬で振り向いた。
「え⁉ 佐々木くん!」
「おっす、春原」
知らない間柄ではないし、軽い挨拶で済ませた。
「な、なんで佐々木くんがここにいるの?」
驚いているのか、慌てているのか、早口で問いかけてきた。
俺は部室の中央にある4つ並べられた机の前まで近づいた。
「それはこっちのセリフだ。ここは俺の部室だ」
「部室? 何部の?」
「ボランティア部」
「佐々木くんって部活入ってたんだ。いつもすぐ教室から出るし、他クラスの人と交流してるところも見たことないから帰宅部だと思ってたよ」
こいつ、間接的に俺のことをボッチだと言っていないか?
「とにかく、ここは部室だから関係ないやつは出ていけ」
「そうだね、勝手にお邪魔してごめんね」
彼女に申し訳なさそうに謝られると、強く言い過ぎたかもしれないと少し良心が痛んだ。
「いや、俺も戸締りしてなかったのも悪いから気にするな」
「うん、気をつけてね、バイバイ」
「ああ」
別れの言葉を告げ、扉に向かう途中で春原は「そういえば」と言って足を止めた。
「ここで私が何をしてたか聞かないの?」
春原は背を向けたまま質問した。
「別に興味ないよ」
冷静に答えたつもりだが、どう聞こえただろうか。
たしかに早く出て行ってほしいという気持ちが先行して、追い出し方が強引だったかもしれない。この部室のことを怪しまれているだろうか。
部室の秘密がバレないか俺が不安になっていると、それとは関係ないことを聞かれた。
「ここで私が話していたことを聞いてた?」
窓のほうを向いて話していたことか。
「疲れたとか女神だとかいい子ちゃんとかの話か?」
言った瞬間に春原すごい形相でこちらに詰め寄ってきた。
春原の圧に押されて壁際まで俺は後退した。
直後、俺の左頬に風が通った。反射で目を閉じた。
殴られたと思ったが痛みはなかった。
恐る恐る目を開けて状況を確認する。
彼女の手は俺の左肩上の壁についていた。そして春原の顔が息が触れ合う距離にあった。
つまり、壁のドンをされている。
いつも遠くからしか見ていなかった彼女の美しさを至近距離でみることでその暴力的な美を見せつけられる。
男女問わず惹きつける切れ長の大きな瞳、瞳の美しさを際立たせる長いまつ毛、妖艶だがそれでいて扇情的すぎない潤んだ薄い唇。
気づけば俺は息をするのも忘れて彼女の美しさに見入っていた。
「さっきのことは忘れて。そして誰にも言わないと約束して」
「ああ」
一言絞り出すだけが精一杯だった。彼女の美しさと普段の柔らかな雰囲気とは異なる有無を言わせない態度に俺は他の言葉を奪われた。
肯定の意を示すと彼女は俺から離れた。
「そう。なかなか素直ね。でも逆に怪しいわ」
たしかに、理由も見返りも要求しないで相手の提案に従うのは不自然だよな。理由については普段の学校内のイメージを崩すことになるからとかだろうけど。
「約束の代わりにこちらも一つ要求する。早く部室から出ていけ。そして二度と入ってくるな」
俺の要求に対して春原は腕を組んで少し考え込む。
何を考えているのだろうか。春原はこの部室に用はないだろうし、今後用事ができることもないだろう。
「佐々木くんは口約束って信用できる?」
急な質問が飛んできた。
「相手による」
「そうよね。私と佐々木くんは信用できる相手かしら? クラスが一緒で席は隣だけど挨拶以外の会話はしない。そんな相手と私の完璧な優等生イメージを覆す情報を話すなという重大な約束を口頭だけで済ますのは、私としては不安でしかないのよ」
なるほど、俺の持つ情報のリスクと信用が釣り合っていないということか。
「じゃあどうするんだ? 俺が春原の優等生イメージを壊すメリットはないぞ?」
「メリットはあるわ。私の優等生イメージを壊すと脅して卑猥なことを要求するのよ」
春原ってこういうこと言うんだな。
「誰がするか。するとしたらさっきの要求でしてるよ」
「そうね、普通ならそうするわ。でもあなたがサディストだとしたら話が違うわ。私が約束で安心した後を狙って卑猥な要求をしてくるかもしれない」
「被害妄想だろ!」
普段の春原からは考えられない言動が続いている。こっちが素なのだろうか。
「とにかく、私は立場を対等にしたいの。そこで、佐々木くんの秘密を一つ明かしてほしいわ。自分から明かさないのであれば私が暴く」
春原はこちらの秘密などお見通しだという目で提案のような脅しをした。
「秘密なんてない。あったとして、まともに話すことが初めての人間の秘密を暴けるなら暴いてみろ」
「それはフラグというのよ、佐々木くん」
不敵に笑いながら春原は教室の端にあるロッカーに向かっていた。
「ここには何があるのかしら?」
ロッカーの角を触りながらこちらに嗜虐的な視線を向けて問うてくる。
「な、何もないと思うぞ」
「何もない? そんなわけないでしょう。部室に佐々木くんが来てからおかしいと思っていたの。普段の私と様子が違う姿や何をしていたかを指摘しないこと、そしてやたらと部室から追い出そうとしてくる。何か隠していることは明白。この教室で隠せる場所があるとすればロッカーだけ」
やばい、こいつもう気づいたのか? ロッカーの中身を確認される前に話を逸らすか、帰ってもらわなければ。
「あー、思い出したー。俺実は秘密があってさー、同じクラスの山田さんのことが好きなんだよね。誰にも言わないでくれよー」
我ながら迫真の演技だ。俺の秘密を明かしたから、早く帰れ春原。
「なにその白々しい演技。棒読みすぎ。そもそもクラスに山田さんなんて女子はいないわ」
くそ、田中とか佐藤にしておけばよかったか? いや、そういう問題じゃないか。
とにかく早く相手が納得する俺の秘密を話さなければ。中学の時好きな女子の体操着の匂いを嗅いでいたこと? 躓いても何もなかったかのように歩くことを週一回以上していること? 授業中にテロリストに襲われる妄想をしていること?
自己批判ばかりで気分が沈むだけだ。何かないのか?
「もういいわ。佐々木くんが苦しんでいる顔を見ればロッカーの中身を確認しなくてもこの部室の存在だけで私の秘密への抑止力になりそうだから」
「それは助かる。ありがとう」
この部室の安寧が守られたようで一安心だ。今後は脅されないように春原には絶対に近づかないようにしよう。
「とでも言うと思った?」
「え?」
安心したのも束の間。不穏な一言が告げられた。
「ここまできて中身を確認しないで帰るわけないでしょう」
「おい、人がせっかく安心したのにそこを狙うなんて性格が悪いぞ! てか、さっき自分で言ったことだろ!」
「そんなこと言ったかしら? 言ったとして証拠はあるの? いつどこで何時何分何秒地球が何周回ったころ?」
「このクソ女……」
俺の言葉なんて気にしていないようで春原は早速ロッカーを開ける。
「それじゃ、オープン!」
春原が片端からロッカーを開け続けると、ゲーム機や数々のゲームソフト、Wi-Fiのルーターが姿を見せる。
「あら、ここはあなたのゲーム部屋だったのね。意外としょぼいわ。ゲームなんて家でやればいいじゃない」
春原は呆れていた。
「みんなの場所である学校に自分だけの居場所があるとわくわくするだろ? そしたら充実させたくなったんだよ」
子どもっぽすぎる回答に春原は「はあ」とため息だけで返事をした。
並んだゲームソフトを見ながら春原は答えた。
「ゲーム自体が駄目だけど、こういうのを学校に持ち込むのはより良くないと思うわ」
手に取っていたのはエロゲのソフトだった。
「返せ!」
俺はゲームソフトをひったくった。
「やれやれ、これだから童貞は。どうりでこの部室はイカ臭いのね」
「ど、童貞じゃねーし! ていうかここでそんなことしてねーよ!」
「そうよね、万が一にでも自慰行為を生徒や先生に見られたら、いたたまれないものね。いや、むしろ見られたらどうしようという状況でより興奮するのかしら? なんなら見られたのが女子生徒や若い女教師だったら、そのままチョメチョメする展開を期待しているの?」
春原がとんでもないことを平然とした顔をして、早口でまくし立てた。
「お前はエロ漫画の読みすぎだ!」
「清純な乙女に対してなんてことを言うのかしら。セクハラよ」
「さっきから下ネタ言ってる春原のどこが清純なんだよ! 清純って言葉を辞書で調べたほうがいいぞ」
春原は本当にスマホで検索し始めた。
「清純とは清らかでまじりけのないこと。けがれなく純真であること。まるで私のことね」
「おっと、今までの会話と辞書の言葉の意味を照らし合わせれば、清純に対する認識の齟齬は生まれないはずだぞ」
「そんなことよりも、佐々木くん。世の中の清純派アイドルや女優って本当に清純だと思う?」
こいつ話を急に変えやがった。今までのツッコミがすべて無駄になった。
「なんだよ、藪から棒に。まあ、表立って恋愛や金銭的なスキャンダルがなければ清純だと思う」
「私も同じ見解だわ。ここで重要なのは『表立って』ってこと。実際に本人が男遊びが盛んだったり、金使いが荒かったり、足が臭かったりしても、それがバレずに表面上清楚であれば何も問題がない」
足が臭いことは清純派と関係があるのだろうか。むしろ清楚で可愛い子の足が臭かったら、それはそれで興奮するのではないだろうか。
「でもバレたら致命傷なのよ。今まで積み上げてきた清廉潔白なイメージのせいで少しのスキャンダルで大炎上の可能性がある。積み上げてきたイメージは本人の性格を無視して周囲の大人やファンが勝手に作り出したものなのに」
春原はうつむきがちに語っているから表情は読み取れない。ただ、その声には同情の念が込められていた気がする。
「結局、春原は何が言いたいんだ?」
「察して」
出たよ。女子の「察して」。ほとんどヒントなんて与えていないのに自分が望む行動を促そうとする言葉。選択する行動を間違えばひどく不機嫌になる理不尽な言葉。
こと恋愛に関しては女尊男卑の日本社会において女子の「察して」に対抗できる男は数少ないだろう。その数少ない逸材がこの俺だ。
「知るか」
「そう、童貞には荷が重かったようね。佐々木くんと対等な約束もできたし、私はもう帰るわ。佐々木くんもナニかしてないで早く帰ったほうがいいわ」
「余計なお世話だ」
「それじゃあ、さようなら」
春原は立ち去る。
その背中からはいつもの明るく優しい雰囲気もさっきまでのとげとげしくも生き生きと会話した雰囲気も感じられない。
春原の背中は色々な方向から力を加えられ圧縮されて、悲鳴を上げているように見えた。
「もし普段の生活で疲れたり、ストレスがたまったりしたら俺でよければ話くらいは聞いてやるよ。」
「……ええ」
短い沈黙の後、淡白な返事が返ってきた。
背中越しで表情は見えなかったが、少し笑っていた気がする。
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4月24日追記
春原穂乃果の髪色を訂正します。 ブロンド→黒髪
次回の投稿は4月23日です!