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悠長に行こう  作者: 丹午心月


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第七話 しかして不意に到来する

 十四月に入り、今年も残り二ヶ月弱となった。悠次が亡くなってから十一ヶ月半が経ち、悠次の遺影は縦六寸、横四寸の大きさだった事もあって、八千代が土の入った小瓶と一緒に化粧台に飾り、毎日猪口に水を入れて供えていた。

 今日は水伯が来る事になっていて、明良はいつもより遅く家を出た。水伯は近頃、十時半を過ぎた頃に来訪している。颯はそれまで玲太郎の面倒を見ているが、今日の玲太郎はご機嫌斜めだった。

「うのだちゃんがくれるおかしがたべたい」

「急に何? どないしたん?」

「おーかーしー」

「さっきご飯食べたのにお腹空いとらんだろ? どしたん?」

「ほなって、もうじきたべられなくなるって、あーちゃんがゆーとった」

「ああ、ほれはしゃーないな。兄ちゃんの研修が終わるけん、診療所に行かんようになるもんな」

「うのだちゃんのおかし、おいしいのよ。わかる?」

「分からん。食べた事がないもん」

「えっ」

 大袈裟に驚く玲太郎が可愛くて、颯は笑顔になった。

「わらうは、めっよ」

「ああ、ごめん」

 颯が笑顔のまま言うと、玲太郎は眉を寄せ、深いしわを作った。

「そろそろ水伯が来るけん、美味しい甘味処に連れてってもらおう、な?」

「あまみどころってなに?」

「甘い菓子を出してくれる店の事」

「ふうん」

 少し思案して颯を見る。颯は玲太郎の手を見ていた。両方の人差し指の先を着けては離してを繰り返していて、その動作がいじらしかった。

「あまいはちがうのよ。うのだちゃんのおかしなのよ」

「宇野田さんでないとあかんのんかいな?」

「うん」

「えっ、あかんのん? ほなオレは水伯に甘味処に連れてってもろて、あまーい菓子を食べてくるわ。玲太郎は行けへんのんかいな?」

 玲太郎はそう言われて顔を横に向けるとしばらく無言になった。颯はそれを見詰めている。

「どないするん? 行けへんのん? 美味しい菓子が食べられるじょ?」

 颯を見ると笑顔になった。

「いく」

「ほな、宇野田さんのお菓子が食べられへんのんは我慢してくれるんかいな?」

「がまんする」

「ありがとう。ほな水伯が来たら連れてってもらおうな。水伯やったらお店いっぱい知ってそう」

 満面の笑みを浮かべて颯が言うと、玲太郎も釣られて満面の笑みを浮かべた。玲太郎の機嫌が直ったようで颯が一安心していると水伯が遣って来た。二人で玄関へ向かい、水伯に甘味処の話をすると直ぐ行く事になった。玲太郎をその場に置き、颯は外套を取りに行く。玲太郎は式台に座る。

「すいはく、くつとって。はく」

「はい」

 返事をすると沓脱石くつぬぎいしにある小さな靴を取り、腰を屈めて玲太郎に履かせた。

「ありがと~」

 笑顔で礼を言うと、水伯も笑顔になった。

「どう致しまして」

 すると、食堂の方から颯の声が聞こえて来た。昼食までには戻るというような事を言っていた。それから直ぐに颯が来て、沓脱石に立っている玲太郎を見ると、水伯に玲太郎の外套を渡した。

「ごめん、これ着せてもらっていい? ありがと」

「どう致しまして」

 まだ着せていないがそう返事をして受け取ると玲太郎に着せる。

「今日は早目に帰らせて貰って、必要な荷物を受け取りに行く積りだったのだけれど、ついでだから先にそれを受け取りに行こうと思うのだよね。だからお昼を食べてから帰って来るというのはどうかしら?」

 外套を着ながら靴を履き掛けていた颯が足を引っ込めた。

「かんまんのん?」

「構わないよ。滅多にない事だから外食しようね。玲太郎はそれでもよいかしら?」

 颯はまた食堂に向かった。玲太郎は不思議そうな顔をした。

「がいしょくってなに?」

 外套を着せて貰い、沓脱石から下ろして貰った玲太郎は水伯を見上げる。

「外でご飯を食べる事だよ。何か食べたい物はあるかしら?」

「うーん…、あまあーいおかしたべる」

「それは勿論行くのだけれど、お昼ご飯ね。何か食べたい物はない?」

「ようしょくたべたい」

「洋食ね、解った」

「すいはくのごはん、すきなのよ」

 何故か照れながら玲太郎が言うと水伯が微笑んだ。

「有難う。今日は私が作った物ではないけれど、何処どこか良さそうな所を探そうね」

「はーい」

 元気良く返事をすると外へ出て行き、水伯はそれを追い掛けた。颯は戻って来ると、玄関の戸が開きっ放しで誰もいなくなっていて、焦って靴を履いた。外に出ると辺りを見回しながら戸を閉める。庭の真ん中に二階建ての一軒家があった。それが水伯の飛行船だ。玄関の戸口にしか見えない乗降口の前に二人が立っていて、水伯が颯を見ると軽く挙手をした。

「お待たせ」

 早歩きでそこまで行くと水伯が柔和な表情になる。

「さあ、入って。解っているだろうけれど二階だよ」

「はーい」

 玲太郎は返事をすると中へ入る。颯もその後に続く。水伯に合わせて造ってある為、頭を下げなくても乗降口に入れる。一階は正面と裏に乗降口があり、両方とも引分の引き戸になっている。床は外側が板間、内側が玻璃はりで出来た床になっていて下が丸見えだ。大引や根太も見えていて、それが甚だ邪魔に思える。それから中央に立派な大黒柱があるが同様に邪魔に思える。入って直ぐの左手にかね折れ階段があって、それを上って二階へ行く。二階は四方は腰壁があるものの玻璃張りになっていて、中央には大きな机があり、椅子が六脚あった。玲太郎は手前に並んでいる真ん中の椅子を引くと振り返った。

「はーちゃん」

「はいはい」

 颯が椅子を更に引いて玲太郎を座らせた。

「ありがと~」

「どういたしまして」

 その左隣の椅子に座ると出発するのを待った。ヌトは颯の隣に浮いている。ハソとニムも乗り込んでいて一階にいる。誰かに連絡を取っているのか、水伯の声が聞こえて来たが何を話しているかまでは判らなかった。話が終わったようで階段を上る靴音が聞こえる。二階に上った途端、徐に景色が動き始めた。

「それでは出発するよ。目的地は阿女倉あめくら島ね。此処ここから北北東辺りに位置している島になるのかしら? 今から余っている芋を買いに行くね」

 そう言いながら手摺を握った。すると玲太郎が左手を挙げた。

「はーい」

 颯は振り返って水伯に顔を向ける。

「阿女倉島な、なろたじょ。和紙が名産品なんでなかったん?」

「芋も名産品だよ。その中に蜜芋というのがあって、それで作られているお菓子は砂糖を使っていなくても甘くて美味しいよ。それを食べに行こうか? 小豆の産地で有名な所へ行ってお善哉ぜんざい餡子あんこ餅でもよいのだけれど、どうする?」

「みつ芋、食べてみたい!」

 颯が目を輝かせて言うと、玲太郎の方に向く。

「あまーい芋と、あまーいあんこ、どっちが食べたい?」

 玲太郎は微笑んでいる颯を見詰めて少し考える。

「んーとね、いもがよいのよ。いも」

「蜜芋は今頃が収穫期だから美味しい物が食べられると思うよ」

「やったー! いも、ありがとお~」

 玲太郎がはしゃいでいる。水伯はそれを見て穏やかな表情になる。高度が半里程まで来ると水平に動き出した。

「高度が低めだから途中で山に当たりそうになったら左に回避するからね。一応言っておくね」

「はーい」

 玲太郎は理解していないが返事をする。颯は笑顔になった。

「そう言えば、玲太郎に外套を着せたのだけれど、袖が短くなっていたよ? 新調しようね」

「いや、今年はこれでええ。ちょっと短いけんどいけるじょ。秋用でもう少ししか着いへんだろけん勿体ないわ」

「そう? それならばよいのだけれど……。でも玲太郎も三歳と九ヶ月くらい? にしては大きいよね。その服も結構大き目にしておいた筈なのにもう着られないものね」

「田井先生も言よった、玲太郎は大きいって。三じゃく七寸くらいあるんやけんど五歳くらいの身長っちょったかいな」

「それならば冬服は新調しようね。それにしても、そう言う颯も大きいよね。今は幾つあるのかしら?」

「オレ? オレは六尺三ずんくらいになっとった」

「それだけあるの? 凄いね。まだ十一だよね? この前、沢山の服を新調したけれどまだ大きさは合っているのかしら?」

「うん、十一。この前出してもろたんはまだいけるよ。ほなけんど、来年着られるかっちゅうたら判らんな。このまま行ったら成人する頃には七尺行きそう」

 そう言うと声を上げて笑ったが、水伯は苦笑した。

「本当に行くのではないかしら。私が六尺五寸だから、来年には抜かれるかも知れないね。颯も服を新調しないといけないけれど、明良は大丈夫なのかしら……」

 進行方向を見詰めながら真顔で言った。

「兄ちゃんは今五尺八寸くらいとちゃうだろか? あんまり伸びとる印象はないけんどな」

 軽々しく答えると玲太郎を見た。玲太郎は窓の外の景色を眺めていた。時折雲の中に突っ込んで真っ白になるが、それでも楽しんでいるようだった。

「五尺八寸ね。もう直ぐ成人だけれど、まだ伸びるだろうね」

「ほうなん? いつ頃止まるもんなん?」

「三じっ歳までは伸びる人もいるそうだよ」

「へえ、ほれはほれでごっついな。オレはそろそろ止まってもええわ。色んな所で頭ぶつけて痛い思いをするんがつらい」

「ああ、それはあるよね。特に和伍の建物は鴨居が低いからね。でもナダールの建物は天上が高いから鴨居も高くて安心だよ?」

「ほうなんじゃ。ほなけんど前は一気にようけ伸びたのに、最近は少ししか伸びとれへんけんな、止まりよるんかも知れへんな」

「そうなのだね。話は少しずれるけれど、私は長い年月を掛けて背が伸びたから、一気に伸びるという感覚が羨ましいよ」

 微笑んで颯の方を見る。颯は体を玲太郎の方に向けて座っていた。

「水伯は成長がごっつい緩やかなんやったっけ」

「そうだよ。二千五百年程の年月を掛けて三尺伸びたからね」

 颯は水伯の方に目を丸くして顔を向ける。

「ほの年数からして想像が出来んな。なろた歴史が生きて目の前におる感じやな」

 水伯は苦笑すると、また進行方向へ向いた。すると玲太郎が颯の方を向く。

「おはなしおわった?」

「うん、いけるよ。どしたん?」

「まどのとこでおそとみたいのよ」

「分かった」

 立ち上がって玲太郎を抱き上げると椅子はそのままにして左手の窓際へと向かう。

「こっちはまえ?」

「雲が後ろに流れて行っきょるけん、後ろやな。前が良かった?」

「まえがええじょ」

「分かりました」

 丁寧に返事をすると反対側へ行き、水伯の邪魔にならないように隅へ移動した。玲太郎は額を窓にくっ付けて下を見ようとしたが真下は見えなかった。それでも流れる景色を楽しんで見ている。颯も前を見て雲の中を行く様子を楽しんでいた。


 水伯が一階へ下りて行き、飛行船が上昇を始めた。それから前に進んだり、下降したり、左に進んだり、左前に進んだりしてからまた下降を始めた。水伯が二階に戻って来る。

「思ったよりも南下していたようで手間取ってしまってご免ね。このまま下りると農家さんがあるのだけれど、その農家さんで芋を買って積み込むからね。これを其処そこに置かせて貰ったままで、箱舟で甘味処へ行こうか」

 颯が声のする方へ振り返ると、玲太郎が挙手をする。

「はーい」

 それを見て颯も挙手をした。

「はーい」

 水伯は微笑むと頷いた。更に調整をしながら着陸をすると水伯が先に降りた。颯は辺りを見回して、納屋の前に停めた事が判った。玲太郎を抱いたまま一階へ下りると、裏口が納屋に向いていて納屋の中と、そこにいる水伯の姿が少し見えた。裏側の乗降口が勝手に開くと箱が次々と入ってきた。颯は数を数えながらそれを見ていた。玲太郎も目を丸くしてその様子を見ている。全てを積載し終え、乗降口が閉まったが、両脇に積まれた木箱の山は壮観だった。

「全部で八十箱だったわ。こないにもどうするんだろか……」

「どうするて?」

「何に使うんだろうかって事」

「たべるにつかう」

「ほうやな、こんなに多いけん、ほうだろな」

 裏の乗降口前に水伯の姿が現れ、颯と目が合うと手招きをした。水伯はいつの間にやら帽子を被っていた。颯は頷いて正面の乗降口から降り、左側へ回り込んで水伯の下へ向かった。納屋の前に来ると、農家の人が出て来て辞儀をすると、颯も玲太郎を支えながら辞儀をした。玲太郎は颯の胸に顔をうずめた。農家の人は中年で中肉中背、肌が良く焼けていて颯に向かって白い歯を見せた。颯も釣られて笑顔になる。

「水伯さんのお子さんですか?」

「いえ、知人の子です。これでもまだ十一歳なのですよ。弟は三歳です」

「えっ! 十一でこんなに大きいんですか! 凄いですね。そうやって弟さんを抱いていると親子に見えますね……」

 颯は苦笑する。水伯は箱舟を顕現させた。

「それでは暫く船を置かせて頂きますが宜しくお願いします」

「はい。いってらっしゃい」

 水伯が箱舟に乗り込むと、颯は後ろに乗り込んで玲太郎を横に座らせた。箱舟が動き出すと颯は農家の人にまた辞儀をした。

「行ってきます」

「いってらっしゃーい」

 手を振って見送ってくれ、颯も振り返って手を振った。

「美味しいお店の場所を聞いたから、其処へ行こうね。割と近くにあるみたい。川野瀬と言うお店なのだそうだよ」

「ほんま。かわのせな。玲太郎、もうじき美味しい芋が食べられるじょ」

「やったー! いも、ありがと~!」

 万歳をして喜んだ。それを見た颯も嬉しくなる。

 ヌト達三体は上空から追い掛けている。ヌトの左隣にいるニムが横目で見る。

「ヌトが此方こちらにおるとは珍しいな。どうした?」

「いや、灰色の子がおるし、わしが傍におらぬでもよいと思うてな」

「ふうん」

 ニムの左隣にいるハソが言った。ヌトが眉を寄せる。

「それは止めい」

何故なにゆえよ? 颯も玲太郎も、ふうんと言うておろうが」

「お主が言うと苛立ちを覚えるわ」

「ふうん、そうなのであるか」

 わざと言うと「くくく」と笑った。ヌトの眉間の皺が深くなった。

「ハソもからかうのはせよ。そのような事よりも、甘味処に行くと言うておったから、其処へ向かっておるのか?」

「そうであるな。あまーい芋を食うらしいぞ」

 ヌトが言うとニムが小さく二度頷いた。

「ふうん、芋かよ。旨いのかどうか、試しに食うてみたい所よな」

「その、ふうんと言うのは宇野田の口癖が移っておるだけぞ。であるから止めぬか」

 気怠そうにヌトが言うと、ハソは嫌そうな表情をした。

「そうであったのか。そういう事は早く言えよ」

「お主はいつも天井付近でおったのに、聞いておらなんだのか? 序に言うておくが、んも~もであるからな」

「そうなのであるか。会話なぞ聞いておらぬからな。大抵は聞き流しぞ」

 それを聞いてヌトは脱力した。ニムは苦笑いをしている。


 大きな街の中へ入って行くと、その一角にある駐しゅう場に箱舟を置き、三人は徒歩で移動を始めた。水伯が玲太郎の手を引いていたがそれも最初の内だけで直ぐに抱き上げた。玲太郎は顔を埋めて水伯に抱き着いていた。颯は人と擦れ違う事が多いと感じて水伯の後ろを歩いている。

「わしはこの人混みが苦手であるから上で待っておるわ。此処からでも見とうない……」

 顔をしかめたハソがそう言って直ぐに上昇した。二体はそれを見送ると、また三人に視線を戻して付いて行く。上から見ている事もあって、行き交う人々が良く見える。

「言う程に人はおらぬと思うのであるが……」

 ヌトが呟くとニムは苦笑した。

「ハソはこの数がもう駄目なのであろうて」

「ふむ。難儀な事よの」

「永い事、籠っておったからな。わしでもこれは割と多いと思うぞ。灰色の子の半径五尺以内に常に人はおるからな」

「人混みと言うとひしめうておる事を言うと思うのであるがな」

「それも人混みではあるが多過ぎるであろうて。これでも玲太郎の住んでおる島に比べると人が多い方ぞ」

「街に行った事なぞのうて比べようもないわ」

 ヌトは肩をすくめてニムに一瞥をくれた。

「わしは帰りに近くの街へ寄る事があるのであるが、此処の方が多いと断言出来るぞ」

「そうなのであるか。玲太郎の人見知りというのか、あれが直らねば人の中に行くのは無理であろうて」

「それは確かにそうではあるが……。あれが直るとは思えぬがな」

 ニムは首を傾げて言った。ヌトもそれに頷いた。

「それにしても、何をしに街へ行くのよ?」

「ああ、わしを感知出来る子がおらぬかと探しておるのよ」

「そうなのであるな。おらぬのは仕方なかろうて。昔のように簡単に見付からぬようになっておるのよ」

 ヌトが言うとニムは無表情になった。するとヌトが止まった。

「店に入ったぞ。此処で待機するか」

「ヌトは店に入らぬのか?」

「今日はよいわ。たまには離れておるのも良かろうて」

 二体は三人が出てくるのを待つ。ハソは気配が辛うじて感じ取れる程に離れているようだった。今日は所々に雲が浮かんでいる程度の晴天で、若世島よりも風が冷たかった。


 蜜芋の菓子を堪能した後、飛行船を置いた農家まで戻ると農家の人に礼を言って飛行船に乗り込んだ。上昇してから停まると昼食まで時間があった為に話し合う。どこかへ寄り道して時間を潰す事になり、水伯の提案で和伍国の最南端に位置する島へ行く事となった。阿女倉島から真っ直ぐ南下すると最南端の沼尾嘉ぬまおか島がある。迷う事もない上に、行き易い事が理由だった。

「この格好で阿女倉は少し寒かったけれど、沼尾嘉は暖かいから格好は気にしなくても大丈夫だよ」

 立ったままで手摺の傍にいる水伯が言うと、最初と同じ椅子に座っている颯は横目で見る。

「ほら最南端やけん若世よりもあったかいだろうけんど、この格好で阿女倉はほんまに寒かったじょ。あんなに寒いんだったら言うて欲しかったわ。ほいたら厚着して来たのに……。水伯が薄着やけんいけると思たんが悪かったんかも……」

「颯は意外と寒がりなのだね。それにしても人に頼り過ぎるのはいけないという教訓を得たのだから、これはこれで良かったのではないかしら」

 柔和に微笑んで言うと、水伯に顔を向けた颯は苦笑する。

「ほうやな。ほう思た方がええんかも知れんな。ほなけんど、オレが寒がりっちゅうんはないと思うんやけんどな。ナダールのじいちゃんのとこもほんなに寒いとは感じんかったような気がする」

 それを聞いて水伯は素の表情になって首を傾げた。

「ナダールの北に位置するウィシュヘンド州でも、イノウエ邸の屋敷は真ん中辺りとは言えども、外は相当寒いのだけれどね。それを知っていて着込んでいたでしょうに。それに颯が寒くないと感じているのは建物の中ね」

 冷ややかな口振りでそう言われ、颯は少し沈思した。水伯は柔和な表情でそれを見ている。

「うん、言われたらほうかも。ごめんじょ」

 水伯は頷く。颯は些か落胆をしているようだった。

「イノウエ邸のある位置は和伍の最北にある島よりも北にあるからね。真冬は本当に寒いのだけれどね」

「言われた通り、記憶にないくらい少ししか外に出とらんけんなあ」

 そう言って笑うと、水伯も釣られて笑う。

「雪が積もったら外で雪合戦でもしようね」

「出来るん? ほんなに寒いんやったら、ほんなん出来んのんとちゃうん?」

「手袋にはっ水を施せば大丈夫だよ。動いていれば温まるし、長時間遣らなければ大丈夫でしょう。私が保温魔術を掛ければ済む問題ではあるのだけれど……」

「玲太郎、雪合戦しようとか言よるじょ。やるかいな?」

 颯の隣に座っている玲太郎に顔を近付けて言った。玲太郎は颯を見ると首を傾げる。

「ゆきがっせんってなに?」

「雪を丸めて球を作って投げ合うんだよ」

「ゆきってなに?」

「ナダールのじいちゃんちに行った時、周りが白かったん覚えてない? あの白いんが雪よ。冷たーいやつな。分かる?」

「わからん」

「覚えてないかあ……。ほなまた雪が積もったら水伯と一緒に雪合戦やろうな?」

 玲太郎は満面の笑みになる。

「わかった、やろうな」

 颯も笑顔で頷いた。玲太郎は水伯の方を見る。

「ゆきがっせんなのよ」

「解っているよ。雪合戦しようね」

 水伯も笑顔を見せた。玲太郎は大きく頷く。

「若世で雪が降るのは山の上だけなのかしら?」

「多分。ばあちゃんがほんな事を言よったような気いがするわ」

「そうなのだね。若世は暖かいものね」

「ほんなに言う程、南に位置しとる訳でもないんやけんどな」

「十分南だよ」

「ほうかいな? 沼尾嘉よりかは北にあると思うけんど」

「沼尾嘉と比べるのは駄目だよ。最南端なのだからね」

 そう言ってから一階に下りて行った。

「もうじき外に出られるけんど、どれくらいあったかいんだろな」

「さっきのとこ、さむかったのよ」

「ほうやな。若世があったかい地域なんじゃってよう分かったわ」

「あったかいはええじょ。さむいはだめだよー」

 直ぐに人の口真似をする玲太郎が可愛くて、颯は思わず笑ってしまった。

「どしたん? わらうことがあるん?」

「あ、いや、玲太郎が可愛いなあと思て」

「んも~、わらうはだめよー」

「ほの宇野田さんの口癖、やめへんのん?」

「くちぐせ?」

「んも~ってやつ、言い続けるん?」

「うん。んも~おもろい」

 笑顔で言うと、颯は苦笑する。外に目を遣ると青空が広がっていて雲一つなかった。暫くは青空の中にいたが、木々が見えるようになって来ると着陸した。反対側を見てみると青空と海が広がっている。颯は立ち上がるついでに玲太郎を抱き上げて一階へ下りて行く。

「此処はね、神座嘉こうざか村という所の端で崖の上なのだよ。昔は此処で良く神楽かぐらを舞わされたものだよ。懐かしくてつい来てしまったけれど、良かったかしら?」

「うん、かんまんよ。ほれにしても海の方、絶景やな。うちんくの近くとはまたちゃうわ」

「あの岬の辺りは遠浅だからね。あれはあれで綺麗だと思うけれど、此処は結構高い崖だからふちの近くまで行くと視界が海と空だけになって浮いている感覚に陥るよ」

 穏やかな表情で言う水伯を見ていた颯は眉を顰める。

「ふちの近くはちょっとおとろしいな」

「本当に際の方まで行かなければ大丈夫だと思うのだけれど、万が一落ちても私が助けるから大丈夫だからね」

 そう言うと先に飛行船を降りて行った。颯も降り、水伯の行く方へ向かう。またいつの間にやら水伯が帽子を被っている。それよりも膝まである草が邪魔で歩き難くく、飛行船を降りてからずっと足もとを見ていたが、それも辺り一面の草が一瞬で刈られて倒れると歩き易くなった。視線を上に遣ると野晒しになっている残念な姿をした高さ約八寸の舞台が目に入って来た。

「何でこんなとこに舞台があるん?」

「此処で神楽を舞うのだよ。そうすると地震が減るとされているのだけれど、この舞台の状態を見るに、もう遣っていないのだろうね。昔は小まめに新調されていた筈なのだけれどね……」

 古びていて所々朽ちて穴が空いていたが、それも次の瞬間には綺麗になった。

「それにつけても、颯は外套は脱がないのかしら? 暑くないの?」

「ああ、ほう言えば暑いな。玲太郎は暑うない? いける?」

「んー、あついじょ」

「ほな上着脱ぐで?」

「ぬぐ」

 それを聞いて玲太郎を下ろし、外套を脱がせた。それから自分も脱いで、腰に巻き付けて前で袖を結び、玲太郎の外套は腕に掛けた。そして、玲太郎が離れないように手を繋ぐ。その間に水伯は靴を脱いで舞台に上がっていた。足が舞台に同化しているように見えて凝視すると裸足だった。

「何で裸足?」

「舞おうと思ってね。此処では裸足がお約束だったのだよ。服が黒いのは目をつぶって貰おうかしら」

 気が付けば帽子も脱いでいた。柔和な表情が一変して真面目な表情になり、舞台を足で踏み鳴らして舞い始めた。それを二人と三体が見ている。ヌトは仏頂面で颯の隣にいたが、ハソとニムは飛行船の真上にいた。

「凄いわ……、これは凄いと言わざるを得ぬぞ」

 ニムが感心するとハソも同様だった。

如何いかにも。灰色の子の魔力は傑出しておるが、このような事をしておったとはな」

「毎日張り付いておった訳ではないから、知らなんだわ……。このような事までさせられておったのであるな」

「好きで遣っておったのやも知れぬぞ。地震が起こらぬように岩盤を微細に動かしておるわ。相当の時間を掛けて遣るのであろうな。……む、来たか」

 玲太郎が何気なく顔を横に向けた。すると、海の方には巨大な頭が出ていた。丁度顔半分が出ているといった感じで、大きな目がこちらを見ている。見た事のある髪の色、目の色、肌の色をしていた。異様な光景もあって颯の方に向き直して見上げる。

「はーちゃん、あっちにぬとがひとつある」

 颯は玲太郎に顔を近付ける。

「オレはヌトが見えんけん言われても分からんのんよ。ごめんじょ」

「んも~」

「ごめんなんやけんど水伯が神楽を舞いよるけん、ほれ見とってくれる?」

「わかった」

 そう返事はした物の、やはり巨大な頭が気になって横を向いてそちらを見ている。すると物凄い速さで小さくなりながら近付いて来て、瞬く間に目の前にいた。玲太郎は目を丸くする。四尺に身を縮めている。声を上げそうになるのを必死で我慢している玲太郎は、颯の手を強く握った。颯も握り返して来たが、安心は出来なかった。

「れいたろうであるな?」

 その問いに恐る恐る頷く。ヌト達と同じ声だった。髪型は前髪が目の上で揃えられ、横と後ろ髪は後ろで緩く一つに結ばれて、長さは肩甲骨の下辺りまである。服の模様の色は群青色だったが、玲太郎はそこまで見ていなかった。

「近くに来たら会おうと思うておったのであるが、存外早くに来たな」

 優しく微笑むが、玲太郎の顔は強張ったままだった。

「噂には聞いておったが、チムカの魔力に良う似ておるよな。懐かしいぞ」

 玲太郎の無反応な様子は気にしていない様子で一方的に話し掛けている。

「懐かしい顔も揃うておるな。嬉しいぞ」

「ふん。心にもない事を言うでないわ」

 玲太郎の傍に来たヌトが言う。シピはハソとニムに目を遣っている。

「ハソ達は此方に来ぬのか?」

「玲太郎が騒ぐのでな。わしは特別よ」

「わしも騒がれぬから、特別よな」

 シピは玲太郎に微笑み掛ける。玲太郎は無表情でシピを見た。

「さて、と。わしもこの子に印を入れて、家の木に帰るとするわ。灰色の子にも久し振りに会えたので満足であるからな」

「印を入れるのかよ?」

「当然ぞ。これで初めて八つの印が揃うな」

 そう言うと人差し指を玲太郎の額に着けた。玲太郎はその指の冷たさに驚いて少し仰け反ったが、指が追い掛けて来た。

「暫し隠忍いんにん致せ」

 玲太郎はシピが何を言ったのか理解出来なかったが微動だにしなかった。正確には動けなかった。自分の体が自分の物ではなくなかったかのような感覚だった。

「これはこれは……。反発しおるな」

「入れ難いであろう。わしもそうであったぞ」

「わし等が見えておる子は本に久しいな。何時いつ振りぞ」

 ヌトは玲太郎の様子を見ていてそれに応えなかった。少ししてシピが指を離すと、にわかに玲太郎を中心にして衝撃が波紋のように広がった。そしてそれは星の裏側にまで届いたが、それを知る者はこの場にいなかった。余りの衝撃に皆が玲太郎に目を遣った。

「覚醒しおったぞ……。この信じ難い魔力はどうした事よ……、有り得ぬわ……」

 シピの表情が強張っている。ヌトは険しい表情になった。ハソとニムも傍に遣って来た。玲太郎はいつものように喚く事はしなかった。

「どういう事ぞ? これは一体どうしたのよ?」

 ニムが玲太郎を見ながら心配すると、ヌトは険しい表情のまま口を開く。

「シピが印を入れたらこのざまよ」

「印が八つ揃うと覚醒するのかよ……」

 驚いた様子のハソが言うと、颯が屈んで玲太郎に視線を合わせ、手を玲太郎の手から離して肩に置いて揺すった。

「玲太郎、玲太郎、いけるで? 何があったん?」

 放心状態の玲太郎は、揺すられるままに体を揺らした。俄に我に返ると、颯の方を向いて抱き着いた。水伯は急いで靴を履いて颯に駆け寄った。

「今の衝撃は何? 玲太郎が覚醒したから起こったのかしら?」

「え? 覚醒したん?」

「玲太郎が覚醒しているよ。これは私の手には負えない程に膨大だよ。質も最高だね」

 難しい顔をした水伯が言うと、颯は玲太郎を抱き上げた。玲太郎は顔を埋める。

「なんやよう分からんけんど、神様がもう一体来たらこうなってもたんは分かる」

 颯はシピを見ながら言った。

「そうなのだね。それでは神様が玲太郎に何かをしたのかしら」

「だろうな」

 そう言うとヌトを見る。ヌトも颯を見て、目が合っていると感じる。

「ふむ。颯はわし等が見えるようになったのであるか?」

「……うん、なっとるな」

「それは嬉しい誤算であるが……、玲太郎が覚醒をしたのはわし等が入れた石が八つ揃ったからであると思われるのよ」

 水伯は颯の視線の先を見て眉を顰めた。

「若しかして……、若しかして颯も神様が見えるようになったのかしら?」

「うん、なんやさっき変な感覚が体を突き抜けたと思たら、見えるようになったし、話も普通に出来るようになってもたな……」

 俄に信じ難いがヌト達を目にし、実際に声を耳にして実感が湧いてきた。シピは宙に浮くと玲太郎の背中に手を当てた。

「れいたろうよ、良う聞け。れいたろうにはれいたろうにしか出来ぬ事がある。その内の一つが灰色の子を直すという事だ。灰色の子は壊れておる。直せるのはれいたろうしかおらぬ。これはわしからの依頼になるのであるが、どうか直して遣って呉れぬか。呉々も、呉々も頼むぞ」

 そう言って玲太郎の背中を優しく二度叩いて下にいるハソ達を見る。

「それではわしは戻るとするわな。また会おうぞ」

 物凄い速さで海の中に消えて行った。颯は呆気に取られ、海を眺めている。ニムはハソを見ると、ハソはヌトを見ていた。

「逃げ足は天下一品よな」

 渋い表情をしたヌトが言う。ニムがヌトに視線を移す。

「それよりも玲太郎のこの魔力はどうする? わし等では束になっても太刀打ち出来ぬぞ」

「覚醒したら、チムカとは全く似つかぬ魔力になってしもうたな」

 全く関係のない事を言うヌトに、ハソは思わず笑ってしまった。

「笑う所ではないのであるぞ。この魔力、どうするのよ。わし等では敵わぬのであるぞ」

 ニムが怒り気味に言うとヌトが気の抜けた表情になる。

「それはわし等も解放されるやも知れないという事になろうて」

「それにつけても、颯と直接話が出来るのであるぞ? わしが話してもよいか?」

 目を輝かせたハソが言った。颯は苦笑しながらハソに視線を遣る。

「今でなかってもええよな? 水伯と話がしたいわ……。なんやもう、よう分からん……」

 脱力している颯は、思考が追い付いていないようだった。

「ああ、よいぞ。わしは後でも構わぬ。済まぬ……」

 申し訳なさそうに言うと、颯は頷いて水伯を見た。水伯は心配そうに颯を見る。

「どう申されているのかしら?」

「さっき来た神様は灰色の子に久し振りに会えて嬉しいって言うて帰ってった。後はなんやよう分からん事を言よって、後はどうでもええような内容やな」

「そうなのだね……」

 視線を下に遣って黙考を始める。颯は力一杯に抱き着いている玲太郎の背中をさする。

「玲太郎がこれだけ膨大な魔力を持っているから、神様の監視は当然続くよね。それならば私が玲太郎を育てようと思うのだけれど、どうかしら?」

 真顔で颯を真っ直ぐ見て言った。颯は固く目を閉じた。

「ニムは玲太郎には太刀打ち出来んとか敵わんとか言よったけん、はっきり言うてニムに敵わん水伯には任せられるかっちゅうたら不安でしかないんやけんど」

 ニムは目を剥いて口を両手で押さえた。

「大丈夫だよ。神様の魔術は私には通用しないから。……とは言えども、私には神様が見えないから、私の魔術も神様に通用しないのだけれどね。そういう理由から対立した時は力になれないのは事実なのだけれど、私が玲太郎を育てながら魔術を教えた方が現実的だと思うのよ。玲太郎の魔力がこれだけ膨大であっても、神様が直々に教えるとも思えないからね」

「如何にも。教えると言うても、わし等とは根本的に違うような気がするのよな」

「わしが遣ってもよいが」

 ハソに続いてヌトが言うと、颯は目線に合わせて浮いてる二体を交互に見た。

「うん、気持ちは嬉しいけんど、ニムがな……」

「いや、わしは玲太郎を倒そうと考えた訳ではのうて…」

「暴走したら止めねばならぬからな、それを真っ先に考えるのは致し方あるまいて」

 ニムに助け舟を出したのは意外にもヌトだった。

「とにかく、玲太郎が水伯みたいに長生きになるって事よな? ほれは確実よな?」

 颯は水伯を見ると、水伯は徐に頷いた。その複雑そうな表情を見た颯は顔を顰める。水伯は颯の隣に行き、両肩に手を添えた。

「話は船に乗ってからにしよう」

 颯は頷いた。水伯は柔和な表情を颯に見せると先に歩いて行く。颯は前を歩く水伯の足下を見ながら歩いた。玲太郎の力は抜けていたが、抱き着いたまま離れそうになかった。


 ナダール王国の王都にある水伯の別邸で昼食を頂く事になった。別邸のあるロデルカ市は阿女倉島の気候に近い。ナダール王国は夜中で暗がりの中、広大な敷地内にある広々とした駐舟場に飛行船が下りて行く。敷地内は煌々と照らされ、繊細な彫刻が建物を飾り立てている様子が見える。水伯の後ろを付かず離れずの距離で付いて行き、水伯に出して貰った外套に身を包んで玲太郎を抱いて建物の中へ入ると、広い玄関広間に使用人達が出て揃っていた。五十人はいて、颯は申し訳ない気持ちになった。

「閣下、お越しになる十五分前にご連絡を頂いても此方の準備が間に合いませんので、もう少し時間の猶予を頂けますでしょうか?」

 身なりのよい茶色に白髪交じりの髪の男が穏やかな口調で言った。熟年であったが、初老にも見える。

「先に言っていた通り、泊まらないし、私達の事は気にしなくてもよいから、皆はもう寝なさい。目的のご飯は私が作るから厨房と食材は借りるよ。掃除もしっかりとしておくから任せて。起こして悪かったね。解ったら寝てお出で」

 柔和な笑顔を向けられても、その男は穏やかな表情を崩さなかったが、涙が一筋、頬を伝って落ちた。

「わたくし共に何もさせては頂けないのでしょうか?」

 声を震わせながら言うと、水伯は無表情になる。

「役者顔負けの演技だね。恐れ入る。……早く寝ろ」

 二人は見えない火花を散らしているようだった。

『すいはく、じゅもんゆーた』

 颯の肩に埋めている玲太郎の声が聞こえた。颯は微笑む。

『世界共通語やな。ここの土地の言葉が全世界で使えるようになっとるんよ。オレは半分くらいしか分らんわ』

 小声で言った。玲太郎は顔を颯の方に向ける。

『んも~、わからんわ』

 熟年の男は衣嚢から手巾を取り出すと涙の跡を拭き取って衣嚢に戻し、颯の方に体を向け丁寧に辞儀をする。

『我が閣下の情けないお姿を見てさぞ落胆の事と存じます。この屋敷の執事を任されております、ポバル・メイジューモ・ランダンテ、と申します。どうぞポバルとお呼びくださいませ』

 颯は焦って軽く辞儀をした。

『池之上颯と言います。こっちは弟の玲太郎です。よろしくお願いします』

『いけのうえ…、ヴィスト・ラノメラ・イノウエ様の令息でございましたか。お夜食は只今ご用意致しますので、我が閣下と共に、これよりご案内いたしますお部屋にてお待ち頂けますと幸いでございます』

 颯は怪訝な表情になると、水伯に近寄って後ろから声を掛ける。

『父ちゃんって、ほんな仰々しい名前だったん?』

『そうだよ。ヴィスト・ラノメラね、ウィシュヘンドの古い言葉でヴィストは高潔という意味、除籍されて返上した中間名のラノメラは古代ガラージャ語で、真摯…真面目で熱心という意味になるね。本当に仰々しいでしょう? 貴族だから仕方のない事なのだけれどね』

『こ、高潔……、名前負けとはこの事か……』

 顔を顰めて言うと、水伯が軽く二度頷いた。

『残っていない真摯の方は体現しているのだけれどね……。それにつけても、ポバルも皆も寝なさい。後は私が遣るから』

「恐れながら閣下…」

 和伍語を理解しない者もいる為、共通語に切り替えたポバルの表情が困惑に変わった。

「和伍では、仏の顔も三度撫ずれば腹立つと言われるのだが知っているかい? これで三度目になるよ?」

 水伯は遮って冷めた目付きでポバルを見る。

『はやて様、れいたろう様、ごゆるりとお過ごしくださいませ。それではごぜんを失礼致します』

 ポバルが丁寧に辞儀をすると一同も辞儀をして足早に去って行った。颯は水伯の顔が見えなかったが、ポバルの表情が強張ったのを見て、水伯の恐ろしさを垣間見たような気がした。

『邪魔者がいなくなったから、部屋へ案内しようね』

 振り返って柔和な表情で言うと、颯は頷いて水伯の後ろに付いて行く。

『すいはく、じゅもんないん?』

『呪文ね…、呪文は終わりだよ。玲太郎に解るように話さないとね』

 また振り返りながら言った。玲太郎は笑顔になる。

『ほんま。ありがとお~』

 玲太郎はあの大人数の前で体が強張っていたが、今はよい感じに力が抜けている。飛行船に三体を残して来たのも影響しているかも知れない。

(玲太郎が水伯の世話になるっちゅう事は、ここや北の家みたいにでっかいとこで慣れん人と接して生活するっちゅう事になるんか……。ほれはほれで返事するんに気が重おなるな。まあ、兄ちゃんに意見を聞かんとあかんけん、オレだけではどうにも出来んのやけんど……、ほなけんど……)

 水伯が扉を開けて入った部屋は客室のようで、小ぢんまりとした部屋にねり色の壁紙、黒茶の腰壁、左右の壁には大き目の絵画が一点ずつ飾られている。額縁は精巧な物で静物画よりも価値がありそうだった。飾り気のない錆色の長椅子が一脚が手前にあり、脚の短い机を挟んでやはり飾り気のない錆色の一人掛けの椅子が三脚並んでいた。窓掛けがなく、所々に照明を配置されている庭が見える。部屋は集合灯で照らされていてとても明るかった。

『此処が一番気楽にいられると思うから此処にしたけれど、良かったかしら?』

『うん、どこでもええよ。ほなけんど水伯がご飯作ってくれるんや悪いな』

『あれ、すわるのよ』

 玲太郎が長椅子を指で差して言うと、颯は長椅子に玲太郎を下ろした。

『靴履いてないけん床に足着けんとってよ? 汚あなるけんな』

『わかった』

 その様子を見てから水伯は扉の所へ行く。

『ご飯を作るのは大した事ではないからね。それでは暫く待っていてね』

『お願いします』

『しま~す』

 水伯が静かに扉を閉める。颯は玲太郎の隣に腰を下ろすと両前腕を膝に置いて前屈みになった。

『もうよるだから、ふろはいってねる?』

 顔を玲太郎の方に向ける。

『ご飯食べたら家に帰るんじょ。ほれからまたご飯食べて、ほんで風呂に入って寝るんよ』

『ふうん』

 玲太郎が颯の背中に覆い被さるように乗る。

『玲太郎は体が変になったとか、どっか変になったとか、なんかない?』

 そのままよじ登って背負われている形になると、腕を颯の首に回した。

『おんぶ!』

『いや、おんぶはええけん。体に変なとことか、何かおかしいとことかないん? いけるん?』

 左手を後ろに回して玲太郎の尻を支える。

『んー、さっきのとこで、ごわっとなって、ぎいいってなって、きもちわるかった?」

『何で疑問形なん……。ほんでさっきのとこって、ヌトにそっくりな人が来た所?』

『ぬとがよっつになったとこ』

『四人な。…四体か。ほなやっぱり覚醒した時やな。体は今いけるんで?』

『うん、いける。いまならばいっぱいはしれるじょ』

『走りたい?』

『さんぽしたーい』

『今日はまだしてないもんな。家へ帰ったらしよう』

『いえー? いつかえるのよ』

『晩飯までには帰る』

『いまたべるの、ばんめしなのよ?』

『今から食べるのは昼飯』

『おそとくらいのよ? ひるめし?』

『確かに外は暗いけんど、玲太郎とオレにとったら昼飯になるな』

『へんなのよ~』

 颯は笑うと、玲太郎は頬を膨らませる。

『わらうはめっよ』

『ほなっておかしいもん。ここは夜中の三時くらいやし時間的に食べるもんは夜食になるはずなんよな。夜中の三時くらいやのに、夜食なんだろか? とか、玲太郎とオレにとったら昼飯なんやけど、どう言うんが正しいんだろな、とか思たら、なんやおかしいなってもてな』

『そうなの』

『うん、ほうなんよ』

 玲太郎の尻を優しく叩き始める。

『ねむいはないのよ。ごはんたべるの』

 玲太郎が颯の肩を軽く何度も叩いた。颯は苦笑して手を止める。

『お腹空いた?』

『ぺこぺこ。はやくたべたい』

『今水伯が作ってくれよるけん、もうちょっと待とうな』

『わかった』

 腰を曲げた体勢がきつくなって来て背中を真っ直ぐにすると玲太郎がずり落ちた。

『んも~、おちたじょ』

『おんぶは終わり。ほれにしても今日行った甘味処の菓子、美味しかったな。覚えとる?』

 玲太郎は颯の横に来て膝の上に座った。

『おぼえとるじょ。あのな、いものあんでな、こなのねったかわにつつまれとって、ほんでやいとるやつな。あまーいはおいしいのよ』

 得意満面になって言ったが、颯にはその表情が見えなかった。

『よう覚えとるな。小麦粉を練った皮の中にみつ芋のあんこが入っとるやつな。美味しかったな。もう一皿食べたら良かったわ』

『ぼく、ふたさらたべたのよ。おいしかった』

『ほうやな。オレは五皿食べた。美味しかった。…ほれにしてもあの街、結構人がおったな』

『ひといっぱいはだめなのよ』

『ああ、ほうやな。玲太郎は人いっぱいはあかんのんな。少しでも無理やもんな。オレも苦手やけんど』

『にがてってなに』

『嫌っちゅう事な』

『いやはにがてじょ』

『うん、ほうじゃ』

 玲太郎の様子はいつもと変わりなく、体調も良さそうではあった。魔力が覚醒して何か変わった事があるかも知れないと思っていた颯は、玲太郎の穏やかな気配も変わりなくて安堵した。

 飛行船の中では水伯と話をしたのはどこでご飯を食べるかという話だけだった事もあって、まだ不安が全て取り除かれた訳ではなく、玲太郎の行く末が心配だったが、現在考えられる最善策はもう解り切っていた。颯は何もかもを忘れてしまいたかったが、それは出来なかった。玲太郎を横抱きして持ち上げると、玲太郎が喜んで奇声を上げた。

『きゃー!!』

『きゃーとちゃうじょ。静かにせんと人が来てまうわ』

『これたのしい、すきすき』

 そう言って笑った。颯は左右に大きく揺らした。

『もっとはやいんのがええわ』

『ゆっくりでええだろ。早あにしたら頭が変になるじょ』

『いひひひひ』

 楽しそうな玲太郎を見て颯も顔が綻ぶ。

『ここに来るまで二時間半くらいは和伍の島をいっぱい見て回ったけんど、結構高い山があったなあ』

『わごすごいのよ。おおきいやまいっぱいじょ』

『ヌトが、わしが作ったってじまんしよったけんど、ほんまなんだろか』

『ぬと、すごいじょ。ぼくにえほんよんでくれるのよ』

『ほうやな、凄いよな。ほなオレも玲太郎に絵本読んみょるけん、凄いんちゃうん?』

『はーちゃん、すごいすごい』

『兄ちゃんも凄いな?』

『あーちゃんもすごいのよ。ほなけんど、すぐぼくにだっこするじょ』

『玲太郎が可愛いけんしゃーないな』

『ほんま』

『ほんま。玲太郎が可愛いんが悪いけん諦め。これはほんまに諦めるしかない』

『あきらめ?』

『兄ちゃんには抱っこされるんはしゃーないけん、受け入れるしかないって事よ。分かる?』

『あきらめはないのよ。ぎゅーされるとくるしいのよ』

『オレはほんなに強おにぎゅーっとせんじょ?』

『あーちゃんはぎゅーってやるのよ』

『兄ちゃんは玲太郎の事が好きで好きで堪らんけん、ほうなってしまうんだろな。ほれはもうしゃーないんよ。諦め』

『えええ、あきらめはない』

『兄ちゃんが生きとる限りやられるだろけん、早い内に諦めよ』

 揺らしていたのを止めると、玲太郎を膝に乗せた。

『んも~、もうちょっとやってほしいのよ』

『ちょっと休憩。休ませて』

 玲太郎の重さを感じないとはいえ、颯は少々疲れた。

『あ、外とう着とるまんまだったわ』

『ん? がいとう?』

『この厚手の上着の事な。ここあったかいし、脱いどこうかいな』

 玲太郎を横に座らせると、外套を脱いだ。玲太郎も真似をして脱ごうと留め具を外し始めた。

『どれ、オレがやろか?』

『いーいーの、ぼくがやるのよ』

『さよで』

 脱いだ外套は軽く折って自分が座っている真後ろの背もたれに掛けた。ふと目の端に扉の前に細身の衣こうが映ると顔を向けた。服掛けが六本掛かっている。立ち上がると外套を掛けに行った。

『はーちゃん、ぬげたじょ』

 そう言って颯に向かって外套を差し出した。

『はいはい』

『はいはいっかいって、あーちゃんゆーじょ』

『はい、失礼しました』

 玲太郎の所に行って小さな外套を持つとまた衣桁の方へ行く。玲太郎の外套も掛けると長椅子に戻らず、窓の外を見に行った。

『あ! はーちゃんずるい。ぼくもみたい』

 長椅子の上で軽く地団太を踏んでいる。颯は微笑みながら迎えに行く。

『はいはい』

『はいはいっかいー』

『はーい』

 玲太郎を抱き上げると窓際へ戻る。庭には背の高い照明器具と低い照明器具があり、夜とは思えない程にとても明るい。道の脇に植えられいる常緑樹の低木が綺麗に切り揃えられている。

『船が下りよる時に明るうになっとるんが見えとったけんど、この一帯はこうなっとるんだろなあ』

『ん?』

『この家の近くにある家も、ここみたいに明るいんだろうなって』

『ほんま。あかるいの』

『多分な』

『ふうん』

 二人は暫く庭を眺めていた。玲太郎は飽きてきたのか、颯の耳を引っ張ったり、頬をつついたりし始めた。颯は玲太郎の方に顔を向けると怖い表情を作った。

『めっ』

『んふっ』

 悪戯っぽく笑うと体を仰け反らせる。颯は慌てて右手を背中に回して支えた。

『なんしょん。危ないだろ。外見るんは飽きたん?』

『んー、あきた』

 玲太郎は目に入って来た絵画を指で差した。

『あれみる』

 颯は差している方を見て、絵画へ近寄って行く。玲太郎は体勢を戻した。

『大きいけん、近くで見たら迫力あるなあ。この部屋には不釣り合いなくらい豪華なわ、額ぶちが』

『えはきれいよ。このはなはなに?』

『オレも知りたい』

『しらない?』

『知らんわ。ごめんじょ。この赤いんは牡丹に似とるな』

『ぼたん?』

『田井先生が診療所で植えとるやつ。五月くらいに赤あて大きい花が咲くん、覚えとれへん?』

『おぼえとれへん。わからんじょ』

『ほんま。ほなしゃーないな』

『このしろいんはなに?』

『ほの白い花も分からんな。ごめんじょ。先に言うとくけんど、黄色も分からんけんな』

『ふうん……。はーちゃんしらないことばっかりなのよ』

『無知でごめんじょ』

『んも~』

 颯は玲太郎の鼻を摘んだ。玲太郎がその手を舐めると、颯は思わず手を離した。

『舐めるなよ~。オレの手え、汚いんじょ?』

『へいきなのよ。ほなけんどしょっぱいだった』

『ほんま。ほな舐めんようにな』

『はなやったら、またなめるのよ』

『ほなやらんとくわな。おとろしいおとろしい』

『はーちゃん、そろそろおしっこ』

『え!? すぐ出る?』

『まだでない、もうすぐでる』

『ほらあかんな。もうちょっとはよう言うて欲しかったわ』

 颯は扉を開け放したままで慌てて水伯の気配がする所へ向かい、迷う事なく厨房へ辿り着いたが、それと同時に水伯が厨房から出て来た。

『どうかしたのかしら?』

『玲太郎がしっこって言よるけん、厠はどこかいなって聞きに来たんやけんど…』

『おしっこなのよ。でそう』

 玲太郎が困った顔をすると、水伯は柔和に微笑んだ。

『一番近い所なら、一旦玄関まで戻って此方に向かって正面から左手側の一つ目の扉がそうだよ。私が連れて行こうか?』

『いや、いける。玄関の左側の一つ目な、ありがと! ほな』

 そういうときびすを返して早足で向かった。なるべく揺らさないように歩く。言われた通りの扉を開けて中に入って行き、暫くすると出て来た。

『どうなるかと思たけんど、中に台があって良かったわ。ほれにしても、厠は早めに言うてくれんと困るけん、早めに言うてよ?』

『はい。ごめんじょ』

 玲太郎が深刻な表情で言うと、颯は微笑んだ。


 食事を終えると暫く休憩をし、その後に王都よりも南方にある倉庫へ芋を預けに行き、それから何ヶ所の寄り道をして帰路に就いた。とは言っても約十分で家に到着してしまった。

 颯は水伯に貰った自分と玲太郎の外套を手に取り、我が家を目の前にして安心した。玲太郎は後ろにいて、更にその後ろに水伯が紙袋を抱えている。

 家の中に入ると先に玲太郎の靴を脱がして上がらせた。水伯が式台に荷物を置いていて、颯はそれを持って先に居間へ寄る。その後に外套を片しに行った。ようやく居間で腰を落ち着かせる事が出来た颯は眉を顰めた。

「水伯って毎日こんなに慌ただしいん? ごっついよな。感心するわ」

「此処まで彼方此方あちらこちらへ行くのは珍しいよ。そもそも和伍の各島を見て回るなどという事はしないからね」

「やま! やまいっぱいみたのよ。みどりだろ、あか、きいろ、しろもあった」

 椅子に座っている玲太郎が嬉しそうに言うと、水伯も笑顔になる。

「そうだね。沢山の山を見たよね。街にも行ったし、八千代さんと明良にお土産を買ったものね」

「水伯、ありがと。楽しかったわ。街歩きは疲れたけど……」

 水伯は正面に座っている颯に目を遣る。

「これだけ人気のない所に住んでいるから、人がいるだけで疲れるのではないのかしら」

「ほれはあるなあ。診療所でも待合室に三人おったら多いと思うもん。今日は多過ぎて疲れたわ」

「ぼくはつかれたはない。げんきよ」

 水伯はそう言う玲太郎に顔を向けると柔和な表情になる。

「玲太郎はそう簡単に疲れなくなったからね。これからは何時でも元気だよ」

 颯は無意識に無表情になった。それを見ていたヌトは俯いてしまった。ハソとニムも玲太郎が喚かなくなった事に気付いてヌトと共に颯の傍にいて、二体は顔を見合わせている。下手に声を出すと颯にまで聞こえてしまう為、二体は無言で傍にいた。

「玲太郎は私と一緒にずっといる事になったら、いてくれるかしら?」

「うん? ずっといっしょ? すいはくと?」

「そう」

「あーちゃんとはーちゃんは?」

「一緒にいられなくなるね」

「いられなく?」

「そうだよ、別々になるの。でも時々は会えるよ。会えなくても毎日話せるように出来るけれどね」

「んー?」

 飲み込めない玲太郎に向かって、水伯は真面目な表情になる。

「良く聞いて。玲太郎はこれから魔術を身に付けなければならない。私が教える積りなのだけれど、そうなると毎日私が此処に通う事になる。それだと都合が悪いから、玲太郎が私の家に来て、私と一緒に生活をするようにしたいのだけれど、よいかしら?」

 玲太郎は満面の笑みになる。

「ええよー。すいはくといっしょたのしい」

 物凄く軽い乗りだった。水伯も満面の笑みになる。

「そう? それでは今日から一緒に私と暮らそうね」

「わかった」

 颯はそれを見ていて、言葉にならなかった。

「術ならわしが教えると言うに……」

 渋い表情をしたヌトが呟くと、颯が苦笑しながらヌトを見た。玲太郎も聞こえていたのか、ヌトの方に顔を向けた。

「ぬと、しーっ」

 ヌトは眉を顰めると口をへの字にして黙った。ヌトの後ろに浮いているハソがヌトに耳打ちをする。

「灰色の子が帰るまでは話さぬ方が良かろうて」

 ヌトは無反応だったが、何故かニムが頷いた。

「水伯、ほんな急に玲太郎を連れて行かんでもええんとちゃうん?」

「颯、思い立ったが吉日と言うから今日でよいのだよ。元々玲太郎は私が預かる気でいたから、好い機会だと思ったのだけれどね。書類も全て揃っているから、後はヴィストの署名を貰うだけになっているのだよ」

 真っ直ぐ見詰めてくる颯に向かって柔和な笑顔を見せる。

「ナダールでは魔術を習うという事は通信制度では習えない。そうなると明良も颯も学校に通わざるを得なくなる。学校に行っている間は玲太郎の面倒が見られなくなる、でしょう? その間は誰が玲太郎の面倒を見るのか。……八千代さんに押し付ける訳にはいかないよね、連れて行けないのだから。そうなると人を雇う事になるのだけれど、玲太郎がそう簡単に心を許す訳もなく、手に余って来る。それでは誰に頼むのか?」

 颯は視線を玲太郎に移した。玲太郎はヌトを見ているようだった。水伯はそれでも颯を見ている。

「私しかいないよね。遅かれ早かれ私が面倒を見る事になるのだから、今日連れて帰ってもなんら問題はないと思うのだけれどどうかしら。玲太郎が神様の事を見えていて、神様が玲太郎の面倒を見てくれるにしても、此処ではもう限界だものね」

 視線を机に落とした颯は頷いた。

「ほんなに言い包めようとせんでも理解はしとるよ。ただもうちょっと一緒におりたいなって……」

「ナダールで魔術を習って、早く箱舟を操縦出来るようになって、毎日うちに通えばよいではないのかしら。王都の家にいてもよいとは思っているのだけれど、人が多いから相当解雇しないといけなくなるけれどね」

 颯は目を少し丸くして水伯を見た。

「え? 何で解雇せなあかんの?」

「信用出来ないからに決まっているでしょうよ。ポバルの人選だから余計にね。……玲太郎がどれだけ凄いのか理解しているのではなかったのかしら。神様が太刀打ち出来ないと言う程なのだよ? 質は最高、量は膨大、私以上に厄介な人物として周知されるのは困るからね。玲太郎が何処にいても安心出来るように、何処かに吹聴しそうなポバルも含めた全員解雇でもよい程だね」

「えっ、ポバルさんはいい人そうっぽかったけんど……」

「客の前で涙を流してみたり、雇い主を貶めてみたり、私を舐めている嫌いがあるし、色々あるから解雇でよいと思うのだけれど……。私が直接連れてきた客であっても、ヴィストの息子だと言ったから一番質素な客室に通しそうだったものね」

 颯は眉を顰めると視線を横に遣った。

「えっと……、今日おった部屋って、一番質素な部屋とちゃうかったん?」

 徐に水伯へと視線を戻す。水伯は笑いを堪えているような表情をしていた。

「やはりそう思う? あの部屋は殆どが簡素な物なのだけれど一番豪華な部屋なのだよ。総額数千億こん程だね。美術品は価格が変動するから確かな金額は言えないのだけれど、今は五千か、それ程度かしらね」

 予想外の金額に颯は衝撃を受けて愕然とした。

「まさか、あの額縁だけでほの金額!?」

 水伯は声を抑えて笑った。

「それはないね。あの椅子の革も今では絶滅している動物の革だから値は相当張るよ。兎にも角にも、言われなければ判らない物だから気にしないでね」

 俄に颯が突っ伏すと、玲太郎が驚いてそれを見た。

「あー! ほんな事ならもっとちゃんと見とくんだった……。絵えやぼけーっと見よっただけじゃ……」

「えね、きれいだったのよ。あかときいろと、えっと……」

「……白」

「ほうじゃ、しろしろ。きれいなえだったのよ」

 満足そうな玲太郎が笑顔になる。颯は頭を上げて頬杖を突いて溜息を吐いた。

「あーちゃんににあいそうなはな、いっぱいあったじょ」

「ほれは兄ちゃんに言われんじょ、悲しむけん」

 暢気な玲太郎を横目に見ながら言った。玲太郎は「うん?」と言って首を傾げる。

「ふふ。あの絵はね、ガップツァック・フェルエネ・ソルの晩年の絵で、額縁も彼が作った物なのだよ。私が初期に支援者になっていた事に対するお礼に、と貰った物なのだけれど、もう片方の絵は見なかった? 同じ題材で描かれている絵なのだよね」

「ガップツアック・フェネエ? …有名なんだろうけんどオレは知らん……。派手な額縁の方だけ見た。もう一つは覚えてない……。見てないけんなあ……。まさか見てない方の絵が高いとか?」

「額縁が派手な方が高いと思うよ。査定して貰った事は一度もないのだけれどね。今だから言うのだけれど、私が持っている建物の中でもあの部屋が一番高価だから掃除要らずの魔術を施してあって、使用人は誰も入れない、所謂いわゆる開かずの間だよ」

 颯は更に衝撃を受けた。その様子を見て水伯は笑いを堪えた。

「真面目な話になるけれど、颯はナダールで強制覚醒してどうする積りでいるのかしら」

 両手で顔をこすると思考を切り替えた。

「オレは玲太郎の面倒を見ながら…と思とったけん、ほれが出来そうな学校を探そうって考えとったんやけんどな。魔術は魔力の事があるし、覚醒せん事には進路や決められへんもんな。じーちゃんも王都に家があるけん、ほっちで通えるとこ探すか? っちゅうてくれとったんやけんど、オレが学校に行っとる間、水伯の言う通り誰に玲太郎を見てもらうかは、正直水伯以外やったらヌトしか思いつかんかったんよな」

 ヌトの頬が微かに緩み、ニムは急いでハソの口を押さえた。

「玲太郎が覚醒してしもたら、もう水伯に任せるしかないもんな。ここでヌトに魔術を教えてもらうんはちゃうなって、ほれは分かっとるんやけんど、もう少し一緒に暮らしたいって気持ちが強おて……」

 その後は言葉が出て来ないのか、何も言わなかった。水伯は頷くと颯を真っ直ぐに見る。

「それでは玲太郎の面倒を見るという憂いが消える訳だから、自分が何を遣りたいのか、遣って行きたいのか、良く考えながら魔力に合った進路を考えなくてはね。覚醒してからにしろ時間はあるから、卒業してからは私の所に住めばよいのではないかしら。玲太郎もその方が喜ぶだろうしね」

「えっ、かんまんのん?」

 颯の表情が一変して明るくなった。

「全く構わないよ。寧ろ大歓迎だね」

「今年飛び級してな、卒業試験ももう受かっとるけん、後は卒業式に出るだけなんやけんど、卒業式が終わったら行ってもかんまんかいな?」

「うん? もう学校は卒業式以外は行かなくてよいのかしら?」

「ほうじゃ、オレはもう卒業式だけ。他の子は上の学校の受験がこれからっちゅうんもあって、ほとんどが休みよ」

 水伯は軽く二度頷いた。

「それならば颯も今日から家に来る? 卒業式は私が出ればよいと思うから一緒に行けば問題ないよね。ああ、八千代さんも迎えに来ないとね」

「ええんかいな? オレは嬉しいんやけんど」

「勿論今日でなくてもよいのだけれど。少しの間、考えてみる?」

「いやっ、今日行くじょ。持ちもん全部持って行きたいけんど、ほれはどうしたらええんかいな? いらんもんは持って行ってから選別するっちゅうんはあかんかいな?」

「木箱を出すよ。行李こうりの方がよいかしら。本は大して持っていないでしょう?」

「うん、本はほんなにないけんど、使つことった教科書とかは持って行きたい。悠ちゃんが落書きしとるんがあるけん……。後は服とか目覚まし時計くらいだろか?」

「それでは玲太郎の分も詰めてしまおうかしら」

「ほな、先に服を置いてある部屋に案内するわ」

「解った」

 そう言って水伯と颯が立ち上がり、颯はヌトを見下ろす。

「ヌト、ごめんやけんど玲太郎の面倒を見とってくれる?」

「よいぞ。此方は気にせず、荷造りをして来い」

 ヌトの後ろでハソとニムが不敵に微笑んだ。二人が部屋を出て行くと、玲太郎が近付かなくても喚かない事でお近付きになろうとハソとニムは企んでいた。

「玲太郎、わしはハソであるぞ。解るか? ハ・ソ。言うてみろ」

「ぬと」

「わしはヌトではないのよ。ハ・ソであるぞ、ハ・ソ」

 ハソを押し退けてニムが玲太郎の正面に来た。

「わしはニムよ。ニム。なにぬねのの「に」に、まみむめもの「む」な」

「ぬとなのよ。わかる?」

「違うのよ、わしはニムなのよ。解る? 髪型が違うであろう? それで憶えるのはどうであろうか」

「ま、今は近付けるようになった事を喜べよ。憶えられるのはまた次に致せ」

 余裕綽々の態度のヌトに苛立ちを覚えた二体は無表情になった。

「ぬとはみっつ、よっつもあるのよ。すごいよー」

 ふとある事を思い出したヌトが玲太郎を見る。

「玲太郎、ヌトが四つになった時、四つ目のヌトが玲太郎に何かを言うておった言葉を憶えておるか?」

「わからんじょ。なに?」

「いや、訊いてみたかっただけよ。済まぬ」

「んも~。むつかしいはあかんじょ」

「そうであるな。済まぬ。部屋から絵本を持って来るとするわ。暫し待っておれよ」

「わかった。まつよ~」

 玲太郎が朗らかな表情で言うと、ヌトは西側の壁をとおり抜けて消えて行った。

「わしがニムよ。解るか? わしが一番髪が短いのよ」

「わしはハソな。前と横上が此処までで、後ろ髪が長いのがハソな。解るか?」

 ニムとハソが身を乗り出すかのように自身を指で差した。

「ぬとがふたあつね。わかる?」

 二体は必死な表情だったが一瞬にして無表情になった。

「何時になったらヌトから脱せられる日が出来るのであろうか」

 ニムが呟くと、ハソは鼻で笑う。

「来ぬやも知れぬな」

 二体は虚しくなった。

「ぼく、まじゅつをならうの。まじゅつたのしい?」

 玲太郎が話し掛けて来た。突然の事でニムは驚いてしまった。

「楽しいとも。わしが教えてもよいのであるがな」

 ハソが笑顔で言うと玲太郎は真顔になって「うーん」と唸った。

「むつかしい?」

「難しい事もあろうが、直ぐ出来るのもあろうて」

 ニムが笑顔で言うと、ハソが顔を顰めてニムを見た。

「わしが話すからニムは黙っておれよ」

「わしとて話したいわ」

 小競り合いが始まると、壁から本を抱えたヌトが現れた。

「お主等、何を遣っておるのよ……」

「いや、何……」

 ハソが言葉を詰まらせている間に、本を玲太郎の前に置いて表紙をめくった。

「<ぎいち、はしる>であるが、これで良かったか?」

「うさぎのやつね。ええよ」

「では玲太郎が読むか?」

「ぼく、まだぜんぶのじがおぼえてはないのよ」

「解らぬ所はわしが教えるから、試しに読んでみよ」

 そう言うと玲太郎の膝の上に本を置いた。玲太郎は本を持ち、ヌトが人差し指で差している平仮名を読み始めた。二体はそれを恨めしそうに見詰めた。

 三度目を読んでいる途中で水伯と颯が戻って来た。水伯は玲太郎が絵本を音読している様子を見て少し驚いていた。

「もう平仮名が読めるのかしら?」

「うん。ヌトが見てくれよるけん読めよるみたいやな」

 水伯は眉を顰める。

「神様を子守に使っているのかしら?」

「ほうじゃ。手つどうてくれるけん、頼んみょるんやけんどあかんかった? 兄ちゃんは神様やのうて悪霊扱いしとるけん、子守はマシと思うんやけんどな」

 苦笑しながら水伯は颯と共に玲太郎の向かい側に行って座った。

「神様はこういった事に手を貸さないと思っていたのだけれど、思い違いだったようだね」

「いや、ヌトだけよ。玲太郎が嫌がるけん、ハソとニムはせえへんのんよ」

「成程。玲太郎は特別、という訳なのだね」

「ほうと思う。実際ケタ違いの魔力持ちになってしもたけん、余計特別っちゃ特別なんだろな」

「結果論であるがそうなるな。そうでなくとも、産まれた時から特別であったぞ」

 颯の隣にいたハソが言うと、颯がハソを見た。ハソはそれに気付いて颯を見ると笑顔を見せた。

「玲太郎の何が特別なん?」

「何が……か、そうであるな、玲太郎は世界に愛されておる所であろうか」

「ふうん、ほうなんじゃ」

 水伯は右横に向いて颯が見ているであろう辺りを見ているが、気配は感じても何も見えなかった。

「神様は何を仰っているのかしら」

 颯は水伯の方に顔を向ける。

「玲太郎は産まれた時から世界に愛されとって特別なんやって」

「そうなのだね」

 小さく二度頷くと、視線を玲太郎に移した。颯も玲太郎を見る。

「それにしても颯は神様の名を呼び捨てにしているけれど大丈夫なのかしら?」

「識別するだけの記号やけん、呼び捨てでかんまんって言われとるじょ。ほれに神様っちゅうんは人が勝手に言よるだけで神様とちゃうっちょったよ。人間を作ったっていう意味では合うとるとは言よった。ほな神様になるでえな。おかしな話よな」

「ちょお、うるさいのよ? えほんよんでるからしーっよ」

「ごめんじょ」

 水伯はそれを聞いて「ふふ」と小さく笑った。颯は今度はこちらを一瞥したヌトを見詰めている。ここ数年、傍にいた気配が目に見えるようになって不思議な気持ちになっていた。

 玲太郎が絵本を読み終えると、三人で散歩に出掛けた。勿論三体も付いて来た。しかもハソとニムはヌト同様、玲太郎の傍に付いている。小走りで先を行く玲太郎を後ろから見守っている水伯は穏やかな表情だった。水伯の少し前を歩いている颯は些か険しい表情をしている。


 ヴィスト達の夕食が終わったであろう頃、食堂にいるヴィストの下へ水伯が書類を持って向かった。八千代の隣に座った水伯の雰囲気がいつになく冷ややかで、湯呑みを両手で包んでいたヴィストは身構えた。

「このような時間に悪いね。この書類に署名をして貰いたいのだけれど」

 大き目の封筒から書類を出して、ヴィストに差し出した。ヴィストは水伯からその書類に視線を移し、受け取ると内容を確認した。

「養子…縁組? どういう事?」

 不快感をあらわにして水伯を見た。水伯は無表情でヴィストを見ている。

「玲太郎を養子にしようと思っているから、それに署名をして貰いたいのだよね」

「な、なんで玲太郎を?」

「八千代さんを育児から解放する為、とでも言っておこうかしら」

 眉を顰めて書類を見詰めている。

「知らないだろうけれど、明良も颯も次に進学する学校では通学する事になるからね。そうなると面倒を見るのは八千代さんになるのだけれど、それは玲太郎の性質上、無理な事だから私にお鉢が回ってくるのだよ。それならば一層の事、私の子にしてしまおうと思ってね。私が責任を持ってお前よりよい教育を提供するよ」

 ヴィストは初めて水伯にお前呼ばわりされると、頭に来て眉を顰めた。

「お前って……。その言葉遣いはないんじゃないのか」

『お前で十分だ。私に名を呼ばれる栄誉をお前に与える気はもうないからな』

「なんでブーミルケ語なんだよ? 和伍語で話せよ」

『私はサドラミュオ大公、スイハク・サドラミュオ・ロデルカである。イノウエ家にいたからこそ馴れ馴れしくても許してはいたが、今のお前にそれは許さない。私が何者であるかを思い出し、私の事は二度とスイハクと呼ぶな』

「イノウエ、イノウエ、イノウエって煩いんだよ。もう関係ないんだぞ」

『イノウエの金で育ち、教育を受けた身であるにも拘らず、感謝も出来ないのだな』

「その金で育ててくれなんて頼んでねぇよ」

『だから子供達の養育費を支払わなかったのか? 育児放棄も徹底していて本当に情けない……』

「水伯には関係ないだろうが」

『先程スイハクと呼ぶなと言った筈だが、もう忘れたのか? これだから鳥頭は困るな』

 俄に空気が冷え、それと同時に威圧感で気圧されたヴィストは身震いした。

『私が何者であるのかはイノウエ家で過ごしていたのならば嫌と言う程教え込まれたはず。その私に歯向かうのであれば容赦なく叩き潰す』

 凍てつく空気の中、留実が自身の体を抱いてずっと震えている。

「ヴィスト君、これ、どうなっとるん? 水伯がおとろしいんやけんど……」

 八千代の周辺の空気だけは変わらず、震えている二人を不思議そうに見ていた八千代は水伯が何を話しているのか全く解らなかったが、怒っている事だけは肌で感じていて水伯の方を見る事が出来なかった。

「私の名を呼ぶなと言っている」

 水伯は静かに低い声で言い、留実を睨み付けるとまたヴィストに視線を戻す。留実は水伯の眼光に恐れをなして俯いてしまった。

「妻は関係ないだろ!」

『スイハクと呼ぶ事を許していないから注意をしたまでだ。本来ならばお前の役目なのだが、それも果たせないとは嘆かわしい。私はナーダル王国唯一の大公だから庶民が気軽に名を呼べない筈なのだがな。それは和伍国の民となっても変わりはない。元とは言え侯爵家の坊ちゃんなのだから理解して然るべきだと言うのに、ほとほと見下げ果てた奴だ。それに土地を買う時に無担保で金を貸した私に対して取る態度ではないが』

「それは感謝しているし、借金はもう返し終わったし、今は関係ないだろ」

『感謝、ね……。ではその感謝の印にその書類に署名をして貰おうか』

「それは嫌だ」

『それならば育ててもいない子供に執着する理由を訊こうか』

 ヴィストは俯いて暫く黙ると、手元に万年筆が出現した。それは見覚えのある品で思わず目を見張った。

「こ、これは、……これはどこで手に入れたんだよ!?」

 それを手にして水伯に見せた。

『それはイノウエ家の者が持てる私からの贈り物。お前が手放した物の一つだが、最後にもう一度だけ使わせて遣る。それで署名をして貰おうか』

「嘘だ。これは父上が私の為にあつらえてくれた万年筆のはず。いつの間にか消えてなくなっていたのに…」

『イノウエ家は本当に残念な頭の子が増えたな。ガーナスから何を聞かされたのかは知らんが、イノウエ家であれば私が持たせている品だ。今後、作る事はないだろうがな』

 震える手で万年筆を両手で握り締めた。そして固く目を瞑る。

『育児放棄を理由に裁判でも起こそうか? その方が後腐れがなくてよいかも知れんな』

 水伯が立ち上がろうとするとヴィストが俯いたまま口を開いた。

「……署名するからこの冷気を止めてくれ」

 俄に温度が戻ると威圧感も消え、ヴィストの震えが止まった。留実はそれでも震え続けている。八千代も漸く水伯の方に顔を向ける事が出来たが、いつもと違って真顔になっていて、それが何故だか甚だ恐ろしく感じ、直ぐに顔の向きを戻した。

 ヴィストが書くべき箇所に書き込むと水伯に差し出した。水伯はそれを受け取り、確認する為に書類に目を通す。

『私が名乗り、それでもお前の言葉遣いが正されなかったのは遺憾な事だ。侯爵家で教育を受けていたのにも拘らず、事の重大さを認識出来ていない証なのだからな』

 書類を大き目の封筒に入れるとヴィストに目を向けた。ヴィストが持っていた万年筆が俄に消える。

『書類は確かに受け取った』

「ちょ…、ちょっと待てよ。さっきの万年筆をくれよ」

『烏滸がましいな。お前には持つ権利のない物だ。さて、お前が私に喧嘩を売ったと判断し、制裁を加えると宣言をしておく。覚悟はしておけよ』

「なっ、書類に署名しただろうが!」

 大声で言うと、水伯は冷ややかな目でヴィストを見る。

「それとこれとは別の話でしょうよ。それにその言葉遣いが許される立場かしら? お前はそれで私に喧嘩を売ったのから、この事態を引き起こした己を呪いなさい」

「家族同然の付き合いだったのに、どうして急に態度を変えるんだよ? おかしいだろ」

「幾度となく指摘されても言葉遣いを改めないその根性に敬意を表し、徹底的に制裁を加える事を宣言し直すね。手加減はしないけれど、今日は上機嫌だから命は取らないでいて上げる。……それから私はイノウエ家の者を家族だと認識している時は子供の頃だけ。大人に成れば部下だね。初代は以外はね」

 静かに立ち上がると、八千代の方を見ていつもの柔和な表情になる。

「失礼しました」

 八千代にだけそう言うと部屋を出て行く。八千代は呆気に取られて水伯の後ろ姿を見送っていた。

「クソッ!」

 ヴィストは拳で食卓を叩いた。留実は震えながらヴィストを見る。

「ヴィスト君、水伯ってほんなに偉かったん?」

 気の抜けた八千代は嫌気が差し、顰めっ顔をして留実を見る。

「名前を呼ぶなと言われたのにまだ言うとは救いようがないな……。ほれに教えたはずやのに留実は覚えとらんのんやな。ほんま夫婦揃ってめでたい頭をしとんやな……。水伯さんは生き神様よ。神様に向かってあの態度はないわ」

 八千代は食卓に両手を突いて立ち上がった。湯呑みを持つと台所へ下りて行く。ヴィストは怒りに任せて顔を歪ませた。

「神様……? 違うね、ただの化け物だ!」

 言った瞬間、全身に怖気が走った。留実は心配そうにヴィストを見ている。


 水伯は満面の笑みで居間へ戻ると玲太郎の隣に座った。颯がそれを目で追っていた。

「なんか声が結構聞こえてきよったけんど、言い合いでもしよったん?」

「そうだね。立場を弁えないヴィストの言葉遣いが悪くて注意したのだけれど直さなくてね。それで少々言い合いをしてしまったのだけれど、煩くしてごめんね」

「いや、声が聞こえてくるなーくらいで、うるさいって事はなかったけんいけるじょ」

 そう言われて微笑んだ水伯は、ぬるくなった茶を二口飲んだ。

「ほれにしても、兄ちゃんに報告したらどうなってまうんだろ。ほれが心配じゃ……」

「明良は玲太郎が大好きだからね……。相当気落ちするのだろうね」

「うん……」

 颯は話す前から気落ちした。玲太郎はそんなのはお構いなしで笑顔だ。

「あーちゃん、そろそろかえる?」

「そうだね、そろそろ帰って来るのではないかしら」

「ほんま」

「そうしたら明良とは当分会えなくなるから、確りと挨拶をしておこうね」

「はーい」

 玲太郎が挙手をして元気に返事をする。そして湯呑みを両手で持つと残っている乳を飲み干した。そんな玲太郎とは対照的に、颯は明良が待ち受ける現実に対してどう思うかを思慮し、気が重くなっていた。

 何も知らずに帰って来た筈の明良は何故か不機嫌で、八千代を前に一人黙々と夕食を摂っている。

「今日な、三人で阿女倉島に行っとったんやって。ほんでお土産をもろたんやけんど、ご飯を食べ終わったら一緒に食べような。砂糖が入っとれへのんやって」

 包装紙を綺麗に外して箱を開けた。

「川野瀬はお店の名前みたいやな。ひい、ふう、みい……八つあるけん、四つずつな」

 そう言ってから立ち上がり、水屋から小皿を二枚出してきた。箱に入っている菓子楊枝で四個ずつ小皿に移し、一枚を明良の方に置く。

「有難う。ばあちゃん、この鳥肉と野菜の味噌炒め、凄く美味しいよ」

「ほんま、ほな良かった。今日増え過ぎとるキコ鳥を二羽捌いたんよ」

 腰を下ろしてそう言うと明良を見る。

「それでもまだ多いよね」

「ほうなんよな。卵が多いけん、ちょっと孵したろと思たらやり過ぎてもたわ。おん鳥から始末せなと思て、とりあえず二羽な」

「キコ鳥って年寄りの方が味わいがあって美味しいよな」

 明良の隣に座っている颯も身を乗り出して話に入ってくる。

「そう? 老いていると硬くて噛み難いけどね。若い方が軟らかいし味もさっぱりしていて食べ易いよ」

「ほうだろか……」

 八千代は笑顔になる。

「まあ好みの問題じゃわ、な」

「ほうやな」

 颯も笑顔になって明良の方を見た。明良は鶏肉を口に頬張って咀嚼している。八千代は残っている量を確認すると席を立って台所へ下りて行った。すると直ぐに戻って来た。

「颯もお茶いるで?」

 八千代の方を見た颯は頷いた。

「うん。ほれと水伯の分もお願いしてええかいな? 一応玲太郎の分も」

「はいな」

 返事をするとまた姿が見えなくなった。

「今日は長居をするんだね」

「何が?」

「水伯」

 そう言って横目で颯に一瞥をくれると汁椀を手にして味噌汁の具を口に運んだ。

「兄ちゃんに話があるみたい」

「ふーん」

 明良は鼻で返事をしてから食べ終えるまで無言だった。颯は明良が芋餡の包み焼きを食べている間に水伯と玲太郎を連れて来た。水伯は八千代の隣に座り、玲太郎は颯が膝に乗せた。

「今日は嫌な予感しかしなかったんだよね。帰って来てこうだと、的中しているんだろうなと思えるよ」

 最後の芋餡の包み焼きを箸で半分に切り分けると、片方を摘んで口に入れた。颯は苦笑するしかなかった。

「それ以外に何かなかったかしら? 体に異変があったとか、何かを感じたとか、精霊が見えるようになったとか」

 明良は勿体ぶって長目に咀嚼をしてから飲み込む。残りの芋餡の包み焼きに視線を遣ったまま、重い口を開いた。

「何かを感じて精霊が見えるようにね……、なったよ。確かになって、田井先生のつい精霊が見えたよ。宇野田さんにはいなかったけど、糸のような物が胸から出ていたのは見えたね」

「ほな悪霊も見えるん?」

「悪霊もきちんと見えているね、残念だけど……」

 八千代が驚いて思わず口に手を遣った。

「あ、ばあちゃん、あのな、悪霊っちゅうても悪いもんでもない、かいな……、悪いもんでもない事もないんやけんど、うん、まあ……いけるっちゅうか……」

 颯が言い淀んだが、八千代には伝わったようで颯を見ながら何度か頷いた。

「兎にも角にも、玲太郎が覚醒してしまってね、私の養子にする事にしたよ」

 水伯が包み隠さず話した。明良は最後の芋の包み焼きを大して噛まずに飲み込んでしまった。そして、それを茶で流し込もうと茶碗に手を伸ばしたが、まだ熱くて少し啜っては飲み、少し啜っては飲みを繰り返した。

「ごめんね。食べ終わるまで待てばよかったね」

 そう言って水伯が苦笑すると明良は胸を擦った。

「嫌な予感ってこれではないと思うんだけど……」

 徐に茶碗を置いて、水伯に目を遣った。

「そうなのだよ。今日、玲太郎を私の家へ連れて帰ろうと思っていてね。颯も一緒に来ると言うから、颯もなのだけれど」

「えっ!? 今日!?」

 明良は驚きの余りに思わず大きな声が出て、水伯から颯に視線を移した。颯は明良を見て苦笑する。

「裏切者……」

 明良は颯を睨み付けながら小声で言うと、颯は無表情になった。また茶碗を持つとまだ熱い茶を飲み干した。

「それで?」

「それで、明良はいつ来る? 診療所に勤めるのは何時までなのかしら?」

 些か目を丸くして水伯を見る。

「十五月二十日までだけど……」

「それならば二十一日に迎えに来るね。荷造りはその日にしよう。箱や行李は必要なだけ用意するからね。そうでなくとも、時折玲太郎を連れて会いに来る積りでいるのだけれどね。それから学校に通学し始める前日まで家にいればよいね。ああ、準備があるだろうから、もう少し前になるかしら」

「え? 私まで行っても構わないの?」

「大丈夫だよ。家は知っての通り広くて部屋は幾らでも余っているからね。三人共一緒の部屋がよいと言うならば用意をするよ」

 颯が笑顔になる。

「オレは三人一緒でええよ」

「私も三人で構わない」

 透かさず明良も言った。水伯は柔和な笑顔になる。

「それではそうしようね。今の時期は寒いし、雪焼けするしで長時間に亘る外での散歩は厳しいから、家の中で散歩をしてね。大きな温室もあるから其処でもよいけれど」

「さんぽ! するする! いまいく?」

 俄に玲太郎が会話に入って来た。颯が苦笑する。

「散歩はせえへんのんよ。もうすぐナダールの水伯の家へ行くけんな。ほの後だったらええよ」

「んも~、いまなのよ」

「もうちょっと待って。ほいたら明るいとこで散歩が出来るけん、な?」

「しょーがないな~」

 明良以外は微笑んで見ていた。水伯は八千代の方に顔を向ける。

「それで、唐突で申し訳ないのだけれど、八千代さんが所有している土地家屋の全てを買いたいのです。どうかしら? 金額の提示はお任せします。私は億万長者なので相場より高くても構いません」

 柔和な表情で言うと、八千代は強張った。

「ええ……、急に言われても……」

「そうですよね。率直に言うと八千代さんを巻き込みたくないので、宜しければ八千代さんも家に来て下さいませんか。玲太郎も慣れた物を食べる方がよいと思うし、颯も明良もが憂いが減るしね。生活費等の面倒は私が見ますから心配無用です」

 八千代はそう言われて唇を噛み締めた。

「お返事の期限は明良が此処を出る一週間前程、そうですね…、十五月の十二日にしましょうか。明良が私と直通の音石を持っていますから、それまでに明良を通して連絡を貰えればと思います」

「……分かりました。ようよう考えます」

 困ったような表情で八千代が答えるのを、その場にいる全員が見ていた。

「ほな玲太郎、そろそろ兄ちゃんに挨拶して。またなーって」

「にいちゃん、またなー」

 颯が玲太郎の左腕を持つと振った。すると、これ以上落ちない程に肩を落として半泣きの表情になり、何も言わず部屋を出て行ってしまった。

「あ……あれ?」

 玲太郎に抱き着いて泣くと思っていた颯は拍子抜けした。玲太郎は腕を握っている颯の手を舐めた。

「あー、舐めたらあかんて言うたろ?」

「いひひひ」

「私が明良の所に行ってくるね」

 そう言うと水伯が食堂を出て行った。それを颯は見送る。

「玲太郎、ちょっと待っとってな。兄ちゃんともちゃんと挨拶して行かんとな」

「わかった」

 颯の膝の上に立とうとして颯の上着を握って立ち上がった。颯は玲太郎の腰に両手を添えて支える。

「ほうじゃ、ばあちゃんにも挨拶せなな。ばあちゃん、いつもご飯をありがとうって。また食べさせてなーって」

「ばあちゃん、ごはんおいしいありがと~。またたべたいなー」

 微笑んで言うと、八千代も顔を綻ばせた。

「ほうやな、また食べに来てな」

「水伯があんな事を考えとるとは思とらんでびっくりしたけんど、ばあちゃんも来てくれるよな?」

 八千代は一呼吸置く。

「うん、まあ、前向きに考えるわ。ほなけんど私ももうじきお迎えが来る身やけんな……」

「まあほんな事言わんと長生きしてだ」

「水伯さんの家って、大きいんだろ?」

「北の家は一遍行ったっきりやけんど、ナダールのじいちゃんちより大きいかった。飾り気のない外観でな、大きい石を積んだような感じだろか。ろっ階建てだったと思う。いや、しちはち階かいな? 敷地が広おて、ここの周辺の畑が丸ごと入るくらいに広かった。建物も十軒はあったような気がする。……もっとかも? ほんで今日行っとった王都の家は外観がごっつうてな、ほんまにごうかでな、向こうは夜中だったんやけんどどこもかしこも明るかったし、敷地は北の家に比べたら狭いんだろうけど、ほれでも広いと思たわ。大きい建物があると思たら舞踏会を開くための物っちょったわ」

 八千代は颯に釣られて目を丸くして聞いていた。

「ぴんと来んけんど敷地が広いっちゅうんは分かった。建物も大きいんやな」

「うん、大きい。部屋もいっぱいある。北の家は図書室っちゅうんで? ほとんどがほれっちょった」

「ほうなんじゃ。蒐集家なんかいな」

「しゅうしゅうか?」

「うん、集めるんが趣味の人の事。蔵書家っちゅうた方がええんかいな。本を一杯持っとる人の事な」

「勉強になるわ。ありがと」

「ばあちゃん一人くらい増えてもいけるんかいな?」

「いけていけてじゃ。北の家は知らんけんど、王都の家は使用人が五十人くらいおったわ。外も見回りしよった人がちらほらおったしな」

「へえ、多いなあ」

「へえ、おおいなあ」

 玲太郎が八千代の真似をすると、二人は微笑んだ。颯は直ぐに話を戻す。

「ナダールのじいちゃんちは何人っちょったかいな……」

「ああ、侯爵様の所は、確か三十八人だった」

「ふうん、ほれでも多いな」

「案内してもろたけんど、侯爵様の家も広いじょ」

「水伯の北の家は、あっこより広いじょ」

 二人は屋敷の話で盛り上がっていた。玲太郎は意味が解らない事も多かったが話を聞いている。


 一方、水伯は勉強部屋にいる明良と対面していた。

いずれはこうなるんだからって解ってはいるんだけど、ちょっと急過ぎて……」

 涙を流しながら言った。水伯は手拭いを出すと明良に差し出す。

「有難う。別に放っておいてくれても良かったのに……」

 受け取ると涙を拭った。水伯はそれを聞いて苦笑した。

「あれだけ悄然とされては来ない訳にはいかないからね」

「そんなに悄然としていた?」

「それはもう見るからに落胆していたからね。玲太郎の事が大好きだものね。だから仕方がないのだけれど、またすぐに会えるというのに……。近い内に連れてくるしね」

 明良は涙が溢れていて何も言えなかった。

「覚醒してしまったからには魔術を習得しなければならないのだけれど、颯はヌト様に遣って貰う積りでいたよ。明良は嫌なのでしょう?」

 即座に小さく頷く。

「それは嫌だ。悪霊の手はこれ以上借りたくない」

「私も悪霊だと思うのだけれど、尊い存在なのだよね、一応は……。兎にも角にも、私が教えるのが一番よいと思うから家に連れて行くよ。暴走したらと考えると恐ろしいけれどね。そうならないように教えなければね」

「……玲太郎、そんなに凄いの?」

「まだ話していなかったね。私なんて目ではない程に凄いよ。神様が全員で挑んでも無理な程にね」

「それはそうだろうね。離れている私にすら衝撃が体を突き抜けて行ったくらいだから……。その瞬間に物凄く嫌な予感がしたんだよね……」

「そうは言っても二ヶ月弱の話だよ」

「玲太郎の寿命を考えたら、そんなの一瞬の事だよね……」

「……そうなるね」

 明良はまだ涙が溢れていて、手拭いを目で押さえていた。

「まだ小さいのに、何故こんな事に……」

「それは私が悪かったと思うよ。私が沼尾嘉に連れて行かなければ、このような事にはなっていなかったからね」

「水伯の所為ではないよね。完全に悪霊の所為だよ。やはり悪霊は悪霊でしかなかった」

 水伯は頷くと暫く無言になった。

「何はともあれ、明良も何時までも玲太郎を自分の都合に付き合わせては駄目だよ。元々私が介入する積りでいたし、それが少し早まってしまったけれど、私が暫く仕事量を減らして面倒を見るよ。その辺は安心してね」

「……暫くってどれくらい?」

「魔術が使えるようになる程度かしら。並行して人馴れの練習もして、家庭教師を付けて勉強をして貰って……という感じかしらね」

「魔術が使えるようになる程度ってどの程度?」

「そうだね、最低でも宙に浮いて貰って、火、水、風、土、光の顕現とか所謂基礎と言われる魔術は使えるようになって欲しいね。玲太郎程の魔力があるのならば得手不得手は誤差のような物だろうけれど、一番大切なのは魔力の制御。これが確りと出来るかどうかが問題なのだよね。私や神様にはどうにも出来ないから、暴走しても自分自身で立て直せるようにならなければならない。それも踏まえると期間を指定する事は難しいよね」

「そう……」

 大分涙が落ちなくなって来たのか、手拭いを目から離して水伯を見ていた。

「明良がイノウエ家に入っても出入りは自由だから、何時でも玲太郎に会いに来てよいからね」

「水伯の家って、結構色々な所にあるよね? ウィシュヘンドにずっといる気?」

「それはまだ考えていないね。明良や颯が王都の学校へ通うのならば、王都に玲太郎を連れて行かないと会えないものね。浮遊が出来るようになって、それなりの速度が出せるようになって、箱舟の免許を取れば北に帰るかしら。魔力如何いかんではそうもいかないけれどね。そうなった場合は、王都にも幾つか家があるけれど、新たに用意しても構わないしね。あ……、玲太郎の魔術を見られなくなるね。暴走されたら私の障壁程度なら軽く突破するだろうから、それならば郊外に家を買って、週末に来て貰う形を取る方が現実的なのかしらね。……それとも毎日送迎する?」

 明良は頭を振った。意外な反応に水伯は些か驚いた。

「玲太郎とは長期休暇の時に会う事にして、それ以外は我慢するから、ウィシュヘンドにずっといて玲太郎の魔術を見てくれる方がよいね」

「そう、解った。でも颯が首を縦に振るとは思えないから、我慢する必要はないかも知れないね」

 そう言って柔和な笑みを浮かべた。明良は頷く。

「有り得る……」

「さあ、涙も乾いたようだし、玲太郎に挨拶して貰えるかしら」

「うん、そうする」

 濡れた手拭いを水伯に渡すと手にした瞬間に消した。そして二人は立ち上がると勉強部屋を後にした。


 水伯はまた八千代の隣に座ると、冷めた茶を飲んで喉を潤した。明良は颯の膝の上に立っている玲太郎を抱き上げ、そのまま椅子に座った。

「あーちゃん、くるしいのよ」

「うん、もう少しね」

「んも~」

 玲太郎はこの儀式を毎日遣っていて、これが明良との別れを意味する事を理解していた。玲太郎は明良の柔らかな髪を触ったり、頭を撫でたりして明良が離してくれるまでの時間を潰す。颯は慣れているが、水伯と八千代は苦笑しながら見ている。三人はそれぞれ茶を飲んだ。そして先に飲み干した水伯は席を立つと八千代を見る。

「それでは私はお先に失礼しますね。色好いお返事をお待ちしています」

 柔和な笑顔で言うと、八千代も穏やかな表情で頷いた。

「返事はほんなに遅おにならんようにします。お土産、ごちそう様でした」

「颯、先に乗っているから存分にね。どうせまたすぐ来るのだろうけれどね」

 そう言って食堂を出て行った。颯は無表情で明良と玲太郎を見ている。

「明良っちゃ、いっつもこんなん?」

 八千代が颯に訊いた。颯は八千代の方を見ると大きく頷いた。

なごうて十分弱だろか」

 そんな声を気にしない明良は、存分に玲太郎を抱き締めた。

「まあばあちゃん、また来わ。何遍も来るわ。来るんは遅い時間になるだろけどな」

「ほな弁当こっしゃえるわ。朝食べ、な?」

「十二時間の時差があるけん、ここに二十一時に来たら向こうは九時やな。もんたらすぐ朝ご飯になるけん、ちょうどええかもな?」

「あ、時差の事、わっせとったわ。夜食べてすぐは食べられへんな」

 二人は声を上げて笑った。玲太郎が顔を颯に向ける。

「んも~、わらうはめっよ」

「玲太郎の事をわろたんとちゃうんやけんどな。ごめんごめん」

「ふうん、ならばよいよ」

「まあ、兄ちゃんの頭でも撫でたげてだ。ええ子ええ子って」

「ええこええこ」

 玲太郎はまた明良の頭を撫でる。

「れーいーたーろーうー」

 明良は玲太郎に甘えているのか、更に強く抱き締めた。

「ぐえ~」

 玲太郎が声を上げると緩めた。

「んも~、ぎゅーしすぎじょ」

「ごめんね」

「ほな、そろそろおわる?」

「まだ」

「えええ」

 それから十五分が経過して玲太郎の体の力が抜け切った頃に漸く解放した。

「もうよいよ」

「うん、ほな玲太郎を連れて行くわな。どうせすぐ会うけん、見送りはええじょ。ほなまたな」

 颯は椅子を食卓の下に入れ、玲太郎を抱き上げると明良に次いで八千代にも笑顔を見せて食堂を出て行き、式台に置かれた外套を玲太郎に被せるようにして、靴を履くと玲太郎の靴を持って外に出る。

「もういくの?」

「行くよ。見送りはなしやな」

 飛行船の乗降口前で待っていた水伯が颯を見た。

「もう大丈夫なのかしら?」

「うん、いけるっぽい。お待たせしました」

 そう言うと乗り込んで二階へ行くと、玲太郎用に足を高くしてくれていた為に手前の真ん中の椅子に玲太郎を下ろした。玲太郎に被せている外套を取ると背もたれに掛ける。

「はー、あーちゃん、ごっつかったな」

 玲太郎が椅子に立ったまま言うと、颯は玲太郎の靴を床に置いて左隣の椅子に腰を掛けた。

「玲太郎、兄ちゃんとはこれで当分会えんけんな」

「とうぶん?」

「うん、さん日くらい。会いたあなったら水伯に言いよ?」

「え、あーちゃんとにさんにちあえないの?」

 玲太郎は眉を顰めた。颯は笑顔で頷く。

「うん、会えんな」

「かみかわかすの、だれがやるの?」

「水伯かいな? オレかいな?」

「はみがきは?」

「水伯かいな? オレかいな?」

「ふうん……。うん? ふろはだれとはいる?」

「誰と入りたい?」

「はーちゃんとはいる」

「分かった」

「ほな水伯に髪乾かしてもろて、歯あ磨いてもらおうな」

「わかった」

「今日から玲太郎は水伯の子になるんよ。分かる?」

「ええ、すいはくのこ?」

「水伯がお父さんになるんだよ」

「ほんま?」

「ほんま」

「すいはくがおとうさん? おとうさんってなに?」

「父ちゃんの事よ」

「なんもせんひと?」

「いや、父ちゃんはほんまは色々してくれる人よ」

「ふうん。それはへんじょ。とうちゃんはなんもせんひとなのよ」

 そんな話をしていると、水伯が二階へ上がって来た。玲太郎は足音のする方に顔を向け、水伯の顔が見えると指を差した。

「すいはくがとうちゃんなの?」

「そうだよ、今日から玲太郎の父親になるね。父ちゃんでも、お父さんでも、父上でも、お父様でも、何とでも呼んでね」

「えええ? わからん」

 水伯と颯が笑うと、玲太郎は頬を膨らませる。

「わらうはめっよ」

「ごめんごめん」

「つい笑ってしまったよ。ご免ね」

 水伯が颯の前に座ると柔和な笑顔を見せる。

「それではこれからは私の事を水伯ではなく、父上と呼んでくれる?」

「ちちうえ?」

「そう、父上」

 玲太郎は颯の方を見る。

「はーちゃんは?」

「はーちゃんでええよ。ほれはほのまんまで」

「わかった」

 また水伯の方を見る。

「ちちうえ、かみかわかす?」

「乾かして欲しいのならば乾かすけれど、急にどうしたのかしら?」

「兄ちゃんが玲太郎の風呂上りに髪乾かして歯あ磨かっしょったけん、代わりにやって欲しいみたい」

「成程。髪も乾かすし、歯も磨きますし、大抵の事は遣りますとも」

 笑顔で言うと、玲太郎も笑顔になる。

「ちちうえ、ありがと~」

 そう言って満足したのか椅子に座った。

「とうちゃんとちちうえ、ちがう?」

「一緒じょ。なんで?」

「ほなって、とうちゃんはなんもせんのよ? ちちうえはしてくれるゆーとる。へんなじょ」

 水伯は苦笑すると玲太郎を見る。

「あの父ちゃんが異常…、変なだけであって、遣ってくれる父ちゃんは色々と遣ってくれるのだけれどね」

「ほんま」

 険しい表情で水伯を見ると、水伯は柔和な笑顔になる。

「本当だよ。私は今日から玲太郎の父上だから、玲太郎と話し合いながら良き父上になって行こうと思っているから、どうか宜しくね」

 玲太郎は釣られて笑顔になった。

「よろしくね~」

 颯は些か複雑な心境でそれを見ていた。玲太郎は水伯と顔を見合わせて笑い合っている。

「ちちうえは、はーちゃんのちちうえ?」

 玲太郎が颯を見ると、颯は玲太郎を見て首を横に振った。

「ちゃうよ。オレの父上はナダールのじいちゃんがなるんじょ。二ヶ月後くらいにな」

「え、ちちうえ、ちゃうの?」

「父上は違うけんど、兄弟やけんな。いつまでもずうっとずうっと玲太郎の兄ちゃんやけんな」

「ふうん。はーちゃん、あーちゃん、ぼくのにいちゃんじょ。ほなけんど、ちちうえちゃうのよ」

「ほうじゃ」

「んも~、むつかしいのだめよ~」

 水伯はその様子を微笑ましく見ていたが、ふと何かを思い至った。

「そう言えば最低でも共通語を覚えないといけなくなるね。颯は共通語はどの程度出来るの?」

「下学校で半分くらいの点数かな……。一応及第点はもろとるけんどな」

「それならば玲太郎と一緒に基礎から遣ろうね。家庭教師を雇うから頑張ろうね」

 颯は衝撃を受けて情けない表情になった。水伯は玲太郎に目を遣る。

「玲太郎も追々はブーミルケ語が話せるようにならないとね」

「うん?」

「今、話している言葉以外に二つ話せるようになろうね」

「え、ことばおぼえるの?」

「そう、二種類ね」

「にしゅるい?」

「世界共通語とブーミルケ語」

「むつかしいのだめよ~」

 玲太郎が首を横に振っている。颯が水伯に目を遣る。

「ブーミルケ語ってどこの言葉なん?」

「ウィシュヘンド州がナダール…と言うかチルナイチオに統一される前の国の言語だよ。元はブーミルケ皇国という国だったのだけれど、その辺は習っていないのかしら?」

「ナダールの事は大してなろてないなあ」

「そうなのだね。それでは歴史もだね。他に弱い教科はないのかしら?」

 颯はそう訊かれて暫く悩んだ。

「んーと、音楽と美術。卒業試験に関係ないけん、からっきしじゃ」

「侯爵家に入るのだからそれは必須になってくるね。それではそれも習えるようにするね。それから剣術ね。運動不足解消には持って来いだよね」

「ええ? ほないにしてくれんでかんまんじょ。ほんまに」

「遠慮しなくてもよいからね。あのヴィストの子だからと幻滅されないようにしなくてはね」

「いやいや、軽視されてもかんまんじょ。玲太郎と一緒に共通語だけ習うわ」

 困ったような表情で丁寧に断る。

「此方の学校に通うのだから歴史は必須でしょうよ。貴族は目が肥えていないといけないから芸術も必須だし、礼儀作法に剣術も遣らなくてはね。毎日の食事が美味しくなるよ」

 水伯が不敵な笑みを浮かべて言うと、颯は悔しそうな表情になる。

「やるやるー! きょうつうご、れきし、ひっす、げいじゅつ、ひっす、れいぎさほう、けんじゅつね、ぼくもやるのよ」

「玲太郎が遣るのはね、世界共通語と魔術ね。歴史と芸術と礼儀作法と剣術はまだまだ後だね」

「ええ、そうなの?」

「そうなの。魔術を使えるようになろうね」

「たのしい?」

「とっても楽しいよ」

 颯は水伯の作り笑顔がとても胡散臭く見えた。

「わかった。ぼくがんばる」

 それを横目で見ていた颯は大きな溜息を吐くと、水伯が颯を見た。

『どうかしたのかしら?』

『強制覚醒がちょっとおとろしいなあと思て……。魔力がなかったらどうしようもないもんな』

『それはもう成り行き任せだよね。魔力が少なかったり、質が低かったりしたら、その中の最善と思われる選択をすればよいよ。だから勉強と剣術を頑張ろうね』

『結局の所、ほこに行きつくんかあ……』

 また溜息を吐いて体勢を崩し、頬杖を突いた。

『何事も遣っておいて損はないのだけれど、それを糧と出来るかどうかは本人次第だからね……。イノウエ家は色々と噂をされてはいるけれど、今や二千年以上続く伝統のある侯爵家でそれなりの言動が求められるから、それは気を付けなければならないよ。……とは言えども、社交場に行かなければ大丈夫だとは思うのだけれどね』

 颯は真面目な表情をして姿勢を正す。

『分かりました』

 水伯はそれを見て二度小さく頷き、玲太郎に視線を移す。

『玲太郎は習い事を徐々に増やしていこうね』

『はーい』

 朗らかに返事をした玲太郎は颯に向かって両手を広げた。

『だっこ』

 玲太郎の方を見た颯は微笑む。

『はいはい』

 先ず膝の上に乗せてから抱くと、玲太郎は颯の肩に頭を預けた。

『どしたん? 眠いん?』

『ほなってよるやもん』

 そう言っていると日が差し込んできて飛行船の中が明るくなった。玲太郎は頭を起こして窓の外に目を遣った。

『あれ? よるでないの?』

『今、お天道様が出ている所に向かっているからね。家の方はまだお天道様は出ていなくて、出るまでにもう少し掛かるのだけれどね』

 水伯も外を見ながら言った。颯は水伯を見る。

『ほういや、日照時間が短いんやったっけ』

 玲太郎が颯に顔を向けた。

『なに?』

『お日様が出とる時間が短いんよ。ほの代わり、夏はお日様がなごうおるんよ』

『おひさま、みじかい?』

『ほうじゃ、今は暗い時間が長あて、明るい時間が短いんよ』

『ふうん』

 また窓の外に目を遣ると、徐々に暗くなってくる。

『あれ? くらいよ?』

『薄暗あになって来たな。もうじき着くんかいな』

 水伯は立ち上がって、椅子の位置を戻すと階段の方へ行く。

『そろそろ微調整するから、下に行ってくるね』

 そう言って階段を下りた。玲太郎は窓の方を見ている。

『窓のとこまで行こうか?』

『ん、ここでええじょ』

『はいはい』

 そしてウィシュヘンド州にある水伯の本邸に着くと、水伯は屋敷の玄関の正面に飛行船を下ろし、屋敷の二階にある部屋の中に魔術で荷物を運び始めていた。颯はそうとは知らずに降りる準備を始める。

 外に出ると気温は体の芯から凍えるような冷たさで、辺り一面が白くて王都の屋敷とは違って暗く、行き先を誘導するかのように小さな光の玉が宙に浮いている。

 目の前にある建物は重厚で、大きな岩をそのまま使っているような印象を受ける。南向きの八階建てで華美な装飾もなく、高さのある窓枠も至って簡素だった。玄関庇が延び、その下にある十段の階段を上ると大きな玄関扉がそびえ立つ。扉には精緻な細工が施されており、そこだけが異様に浮いていた。その両脇を磨り玻璃が填め込まれていて、玄関庇の真上からも磨り玻璃が填め込まれて屋根まで延びている。

 玄関口を入って行くと光の玉が消えた。そこには吹き抜けの広間がある。王都の屋敷よりも広く、中に入った瞬間にとても暖かく感じた。広間の床は磨かれた石で腰壁があり、壁は白くて右手側の壁際には長椅子と脚の長い机があって、その上には白磁の花瓶に蜜柑色の花が活けてあって雰囲気を和ませている。それに衣桁と服掛けが三本、絵画は小さな物が三点飾られているだけで、左側の壁際には二階へ続く折り返し階段があった。正面には親子扉が一枚あり、厠になっている。暫く呆気に取られていた颯は我に返ると、手を繋いでいた玲太郎を見る。

『わあ、天井が高いなあ。前に来た時はちゃんと見んかったけん、思っとったんより広いな。……玲太郎、今日からここが玲太郎の家になるんじょ』

 屈んで外套を脱がせながら言うと、玲太郎は周りを見回している。

『そとはさむいのよ。でもなんや、ここはあったかい』

『ほうやな、家の中はあったかいな』

『玲太郎、颯、上においで』

 二階から水伯が言った。颯は声のする方を見上げ、玲太郎も同様にする。

『はーい』

『階段上れる?』

『うん、いけるじょ』

 颯は先に歩く玲太郎を追いながら外套を脱いだ。階段を上っていると、途中で踊り場があった。玲太郎はそこを小走りで進み、また階段を上る。蹴上の高さが六寸程だが玲太郎は苦にならないようだった。

『おまたせ~』

 玲太郎が水伯の下へ行くと先に東に向いて歩き出す。

『先ず、この北側の方は真ん中のこの扉が厠ね。それから北側の部屋は殆どが資料室になっているからね』

 そう言って東側へと進む。

『此方だよ。三人の部屋を用意したからね。気が早いけれど、明良の分も用意してあるから』

 二つ目の部屋の扉が開いている部屋へ入って行くと意外と奥行きがあり、床は板間、左側に寝台が三台あって等間隔で並んでいる。真ん中には長椅子が二脚向かい合わせに置かれ、間には脚の短い机があった。右側には折れ戸が六枚付いている。水伯はそちらを指で差す。

『この扉を開くと衣装箪笥でもう玲太郎と颯の服は片したから後で確認してね。寝間着と下着は浴室の隣にある脱衣所に用意してくれるから入っていないからね。だから衣装部屋はなしね? 枕は厚みがない方がよいと思ったから、それを五基ずつ用意してあって各自で好みの高さに調整してね。一室飛ばして来たけれど、其処が勉強部屋になっていて、玲太郎は其処で遊べるようになっているから、一応後で見て貰えるかしら。それでは次の部屋へ行こう』

 颯は玲太郎と手を繋いだ。水伯に続いて更に東に進むと三人の図書室、小さな台所、資料室、執務室、資料室が二部屋続いて更に水伯の部屋となっており、その奥には直角に北へ曲がる廊下と階段があった。一行は南棟の正面階段へ一旦戻る。

『東棟と西棟、南棟の二階の階段から西側、此方側ね』

 水伯は見ていない方を指差す。颯はそちらを一瞥する。

『それと三階から上は殆ど本とか芸術品とかで、扉に何が置いてあるのか書いてあるのだけれど、私以外は入れない魔術を掛けてあるのだよ。玲太郎ならば入れるかも知れないから一応言っておくけれど、触ったり、壊したりしても大丈夫だからね。私は執務室で仕事をしてくるから、散歩がてらに探検するなり、入浴して少し寝るなりしておいで。入浴するのならば浴室は一階の南棟にあるから使用人を探して案内して貰うか、探し当ててね』

『はーい』

『ありがと』

 二人が返事をすると水伯は執務室へ行った。颯はそれを見てから勉強部屋へ向かう。引っ張られる玲太郎は颯の顔を見上げる。

『どこいくのよ?』

『勉強部屋。一応どんな部屋か見とこうかと思て』

『ふうん』

『玲太郎のおもちゃもあるはずやけん、見ておかんとな』

『おもちゃ!』

 颯が扉を開けると勉強机が二台と、背の低い勉強机が一台あった。奥にある厚そうな絨毯の上には見慣れた玲太郎の玩具が入った箱が置かれていた。玲太郎は「おもちゃー!」と言いながら駆け寄って行った。

『なんでこんなはよおに用意が出来るん? 水伯、ごっついな……』

 颯も中に入り、南側にある二窓に目を遣るとそちらへ向かった。

『ふうん、壁の内側と外側に窓がついとるんじゃ』

 手前にある観音開きの窓を開けて、奥の窓も開けてみたかったが、身を乗り出しても指先が届く程度でどうにも出来なかった。

『壁が相当厚かった……』

 窓を閉めて玲太郎を見ると、靴を脱いで絨毯に上がって複数の玩具を出していた。

『おもちゃで遊ぶ気?』

『うん、あそぶ』

『家の中を色々見て回れへんのん?』

『うーん、おもちゃがええじょ』

『さよで』

 颯は閉扉しに行き、そして勉強机に外套を置いた。高い天井を見上げると集合灯が二台あって、灯りが点いていて眩かった。椅子を引いて腰を掛けて玲太郎の方を見る。どれで遊ぶのかを決めたようで、座り込んでいる。ハソとニムがその傍にいて、ヌトは颯の傍にいた。

(ほんまだったら今頃風呂に入って寝る用意をしよる頃やな……。なんや今日一日で色んな事があり過ぎて頭がこんがらがっとるわ。勢いでここまで来たけど、これで良かったんだろか……)

 玲太郎の後ろ姿を眺めながら頬杖を突き、働かない頭を休めた。ヌトはそんな颯を見ていたが、颯は薄暗い窓の外を見ていた。

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