8.みんな一緒の生活
そうして、ヴィヴとミラが私の屋敷に滞在するようになって半月ほどが経った。
二人は驚くほどすんなりと、この屋敷になじんでしまっていた。
とってもおいしいけれど素朴なポリーの家庭料理は、二人の口にも合ったようだ。ヴィヴたちが連れてきたメイドであるエステルは、ポリーに料理を教わり始めた。
ちなみにエステルの夫でありヴィヴの執事であるダニエルは、馬についてブルースと情報交換していた。
うちの屋敷にいる馬たちは、普段はブルースが荷馬車を引かせるのに使っている。
貴族たちが飼っている上品で綺麗な馬ではなく、もっとがっしりとして素朴な品種の馬だけれど、ブルースがたいそう可愛がっているので、肉付きも毛艶も最高だ。
野生の勘と愛情メインで馬の世話をしているブルースと、きちんと手入れの仕方を学んでいるダニエル。まるで逆の二人の交流は、いい刺激になっているようだった。
仲良くなったのは、彼ら彼女らだけではない。ミラはミラで、比較的年の近いステイシーになついていた。ミラが六歳でステイシーが十二歳だから、ちょっと年の離れた姉妹といった感じなのだろう。
ステイシーの手が空いた時など、二人で屋敷の廊下を追いかけっこしている姿が見られるようになった。時には庭の一角で、ステイシーがミラに花輪を作ってやっていることもある。
そしてヴィヴは、庭を歩き回る私にくっついてあれこれと見学するようになっていた。
彼は植物についての知識も豊富で、話していて楽しい。けれど、こうやって張り付かれているとギフトが使えない。
ある程度庭は造った後だし、今は手入れが主な作業ではあるから特に困らない。ただ……もうしばらくしたら、街道に続く道の花壇を夏の花に変えたいのだけれど。
そんなことを考えていたら、ヴィヴがさらに意外な行動に出た。
なんと彼はきらきらとした貴族の普段着のまま、私たちの庭仕事を手伝うようになってしまったのだ。あの服、間違いなく絹なのに。
「すげえなあ、庭仕事に精を出す貴族様なんて、ご主人様しかいないと思ってたんだけどなあ」
面白がっているブルースは置いておいて、ヴィヴに頼んでみることにした。
「ヴィヴさん、服が汚れますから、どうぞ離れて見ていてくださいませ」
しかし彼は整った顔に土汚れをつけたまま、切なげに首を横に振った。抜いたばかりの雑草をしっかりと握って。
「お願いです、この楽しい作業に僕も加えてください。仲間外れは悲しいです」
「……楽しい……んですか?」
完璧に予想外の返事にぽかんとしていると、ヴィヴはにっこりと笑った。
「ええ。狩りやカードゲームなどに明け暮れる生活より、ずっと楽しいです」
どうやらヴィヴは、本気のようだった。王子様のような見た目に似合わず、ちょっと変わった趣味だ。
しかし、このきらきらの服で庭仕事をするのだけは止めたい。うっかり小枝にでもひっかけたらと思うと、こっちの心臓がもたない。
仕方がないので、私が着ているのと同じような素朴な作業着をもう一着縫い上げた。ヴィヴの寸法についてはエステルが知っていたので、縫うこと自体はそう難しくなかった。
けれどそもそも彼は、こんなものを着てくれるだろうか。
「ヴィヴ、その……庭仕事用に、あなたの服を用意したのですが……いえ、嫌でしたら……」
作業着を恐る恐る差し出したら、ヴィヴは顔をぱあっと輝かせた。
「ありがとうございます! こんなに素敵な贈り物をいただけるなんて……」
そうしたら、通りがかったミラがきゃあと叫んだ。
「あっ、いいなあ! ミラも欲しい!」
「……庭仕事、するの? ミラちゃんも?」
「する!」
ミラは即座に断言した。……この子も変わったところがあるし、もしかしたら本当に庭仕事に参加する気かも……?
もうここまできたら、一人分も二人分も同じだ。開き直って彼女の分の服も縫った。アップリケなんかもつけて、可愛らしくしてみた。
「お兄ちゃんとおそろい! でも、もっとかわいい!」
「ミラ、よかったですね。ありがとうございます、アリーシャさん」
「いえ、喜んでもらえてなによりですわ」
そうして、私たちはみんなで庭仕事に精を出すようになってしまった。
おかげで作業がはかどったけれど、落ち着いて考えたらとんでもない光景だ。貴族が二人、それに元貴族が一人、みんなして平民のような作業服を着て雑草を抜いているなんて。
この二人、本当に貴族なんだろうか。そんなことを疑いたくなるくらいに、二人は気取らない、気持ちのいい人物だったのだ。
最初こそお互いにさん付けで呼んでいたけれど、自然と親しみを込めた呼び捨てになっていた。これも、普通の貴族ではまずあり得ないのだけれど。
そうしていつの間にか私たちは、みんなで一つの大きな家族みたいになっていた。
生まれも育ちも身分もばらばらの私たち。それぞれ別の理由でここにやってきて、たまたま一緒に暮らしている。
みんなで家事やら庭仕事やらに励み、ちょっとしたことで笑い合う。そんな素敵な時間が流れていた。
ハロルドは夫としては最低だったけれど、一応彼のおかげで、こんな素敵な場所を手に入れた。そして、素敵な人たちと一緒に過ごせている。まさか、こんなことになるなんてね。
前世の分と現世の分と二つ分合わせて、今が一番幸せかも。そう思わずにはいられなかった。
そんなある日、私たちは広大なハーブ畑のすぐ隣にある茶畑に集まっていた。そこには、みずみずしい若葉をどっさりと茂らせたお茶の木がずらりと並んでいる。
いよいよ、『ハーブと茶葉を用意して、ハーブティーの茶葉を作ってみよう計画』が本格的に動き出すのだ。
この若葉を摘んで、蒸して干せば緑茶ができる。蒸さずに発酵させれば紅茶になるけれど、今回は緑茶にすると決めていた。貴族は普段紅茶を主に飲んでいるし、目新しさもあっていいと思う。
ちなみに茶の若葉から茶葉を作る工程については、ポリーが詳しく知っていた。私はうろ覚えだったから助かった。
「それじゃあ、みんなで茶の若葉を摘んでいきましょうか」
そんな私の号令に合わせて、全員がぷちぷちと葉をむしり始める。手に手にかごを持って。
「アリーシャ様、ずいぶんとたくさん摘むんですね? 私たちが飲む分より、ずっと多いです……」
作業の合間に、ステイシーが不思議そうに話しかけてくる。
「売りに出そうと思っているのよ。そろそろジャスミンのつぼみも大きくなってきたから、あれと合わせてジャスミンティーを作るつもりなの」
「ジャスミンティー、ですか?」
「ええ。緑茶のきりりとした苦みと、ジャスミンの華やかな香りがきっと合うと思うの」
ジャスミンティーは前世で飲んでいたけれど、生まれ変わってからは飲んでいない。だからここでは、間違いなく珍しいものだろう。
できあがったら、まずはみんなに試飲してもらうつもりだ。あの香り高いお茶を飲んだら、みんなはどんな顔をするのかなあ。そんなことを考えたら、ついにやけてしまう。
麦わら帽子で笑みを隠していたら、今度はポリーがゆったりと話しかけてきた。
「アリーシャさんは面白いことを考えるものですねえ。きっと素敵なお茶になると思いますよ。どんなお菓子が合うか、考えてみるのも楽しそうです」
「お菓子! ミラ、食べたい!」
「そうですね、僕も気になります。ポリーさんの料理はとてもおいしいですから。でもそれ以上に、アリーシャのお茶がどんなものになるのか気になってたまりません」
ミラとヴィヴも会話に加わり、その向こう側ではダニエルとエステルが無言でうなずいていた。ぴったり同じタイミングで。
「だったらあなたも、ジャスミンの花を摘むのを手伝いませんか? 夜明けと同時に、開き始めたジャスミンの花を一つ一つ摘んでいくんです」
ヴィヴにそう誘いかけると、彼は嬉しそうに笑った。
「はい、喜んでご一緒させていただきます」
朝日が差し込む庭園で、甘い香りを放つジャスミンの花を手に取るヴィヴ。そんな姿を想像して、やっぱり王子様みたいだとちょっとうっとりしてしまう。……もっとも、素朴な作業着の王子様だけど。
「おおいご主人様、俺の受け持ちの列は摘み終わったぞお」
ブルースのそんな声に、我に返る。いけない、いつの間にか手が止まっていた。
「ありがとう、じゃあポリーを手伝ってあげて」
そう答えてから、自分のかごを見る。そこにたまっている葉を見て、こっそり微笑んだ。
今のところ、私の計画は順調すぎるくらいに順調だ。そんなことを思いながら。