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7.色とりどりの庭めぐり

「きれい! すっごくきれい!」


 玄関から一歩踏み出したとたん、ミラがそうやってはしゃぎだした。


 玄関を出ると、花に彩られた道がまっすぐに伸びている。すぐ北に走る街道と屋敷をつなぐ道を、思いっきり飾り立ててみたのだ。ヴィヴたちは馬車で屋敷に来ていたから、さっきはじっくりと見られなかったのだろう。


 道の両脇には、ずらりと並ぶ季節の花々。今は春なので、パンジーとチューリップだ。


 パステルカラーで統一して、フリル咲きや八重のものも取り混ぜて。とっても可愛い春の花壇になった。それこそ、妖精くらい来てもおかしくなさそう。


 夏になったら、ヒマワリの行列を作ってみようと思う。その足元には、鮮やかな赤や黄色のケイトウもいいかも。花? がもさもさしていて面白いし。ぱーっと派手で、夏らしい。


 この道は、この屋敷の玄関口のようなものだ。だからたくさんの花が咲き乱れるように、目いっぱい気合を入れることにしたのだ。スタンダードながら、華やかになるように。


「こうして間近で見ると、さらに美しいですね」


 ヴィヴも嬉しそうに目を細めてかがみ込み、ふんわりとした八重咲のチューリップに顔を寄せている。


 お姫様のドレスのような優しい桃色のチューリップ、そしてその隣にひざまずく王子様のようなヴィヴ。


 絵になり過ぎる。カメラがないのが残念過ぎる。写真が駄目なら肖像画でも……。


 ついついそんなことを考えてしまって、ヴィヴをしっかりと見つめてしまう。と、いきなりどすんと何かがぶつかってきた。


「ねえねえお姉ちゃん、お兄ちゃんって素敵だよね?」


 見ると、腰のところにミラが抱き着いていた。満面の笑みでこちらを見上げている。彼女はついさっきまで、色とりどりのパンジーとにらめっこしていたはずなのに。


「え、そ、そうね。ヴィヴさんは綺麗な方ね」


 戸惑いながらもそう答えると、ミラの笑みがさらに深くなった。えへへ、などとつぶやきながら、頭をこちらにもたせかけてくる。


 これ、なつかれちゃったのかな。可愛いけれど、どうしたらいいんだろう。抱きしめちゃっていいのかな。いやよくない。


 そうしてわたわたしていたら、ヴィヴがすっと立ち上がった。今度は、花畑を背負った王子様にしか見えない。


「ミラ、アリーシャさんを困らせては駄目ですよ」


「はあーい」


 たしなめるにしては兄の言葉は甘く柔らかく、そして妹の返事は無邪気そのものだった。


 やっぱりヴィヴは、ミラをとっても可愛がっているんだろうな。ちょっぴり甘やかしてしまうくらいに。そんなことがありありとうかがえる様子だった。


 もっとも、ヴィヴの気持ちも分かる。すぐ近くに咲いていた黄色のパンジーを一本手折って、ミラに渡す。


「はい、どうぞ。お近づきのしるしよ」


「わあい、ありがとう!」


 ミラは頬を赤くして、両手でしっかりと花を受け取った。そのままぺこりと頭を下げている。きらきらの金髪がふわふわ揺れて、とっても可愛い。天使かな、妖精かな。


「よかったですね、ミラ。あとで押し花にしましょう」


「うん!」


 そんな妹の頭を、柔らかく微笑んだ兄がなでている。ここだけ空気がきらきらしている。


 ここの花畑を思いっきり豪勢にしておいてよかった、背景としてちょうどよかった。ついそんなことを思ってしまうくらいに、微笑み合う二人は美しかった。




 そうして春の花壇を存分に楽しんでから、庭の別の区画に移っていった。


 まずは分かりやすく、作りかけのローズガーデン。バラは環境を選ぶと聞いたので、風通しと日当たりのいい良い場所を特別に用意した。


「最近植えたところですので、まだ若い株ばかりですが……」


 ここにあるバラはどれも若くて小さな株ばかりということもあって、ガーデン全体がすかすかした感じだ。育つことを考えて、隙間を開けて植えてあるのだ。


 庭園のあちこちには、ブルースに頼んで作ってもらった木のフェンスが立てられていて、そこにはバラのツルがちょろりと巻き付いている。青くて短くて細い。


 いつかはこのツルが、みっしりとフェンスを覆う予定ではある……一年くらいはかかるかな? なにぶん経験がないもので、何とも言えない。


 そんな風に未完成の庭だけれど、もう小さなバラの花があちこちで咲いていて、辺りにはふくよかな香りが満ちている。さっきの花壇ほど華やかではないけれど、これはこれでいい感じだ。


「わあ、いい香り」


「そうですね、うっとりとするような素敵な香りです」


 そう言って目を細めていたヴィヴが、すっとこちらに向き直った。


「生き生きとした株ばかりですし、これからが楽しみですね。この庭の手入れをしているのはどなたなのでしょうか。とても良い腕をお持ちです」


「あ、私ですわ。みなに手伝ってもらいながらですけれど……」


 そこを褒められると、返答に詰まってしまう。ここの木々はみんな、私がギフトで生み出したものだから。


 これからについては……うまくいくといいなあ、って感じだし。最悪、全部枯れてしまって一からやり直し、という可能性だってある。私の腕前なんて、まだ未知数だ。


 こっそりと思い悩む私とは裏腹に、ここでもミラは大はしゃぎしていた。次々とバラの匂いを嗅いで回ったり、散ったバラの花びらを拾い集めたり。貴族の令嬢というより、本当に普通の無邪気な子供だ。


 そしてヴィヴは、早く他の区画を見て回りたそうな顔をしていた。失礼にならないように押し隠しているようだけれど、時々ちらちらそわそわしている。


 彼の探し物は、とある植物。そしてそれは、どうやらここにはないらしい。だったら、次の場所に移ろうか。まだまだ、色んな区画があるし。


 次の場所で、二人はどんな反応を見せるのだろう。そんなことが、ちょっと楽しみになっていた。




 そうして次にやってきたのは、イングリッシュガーデン。要するに、自然の雰囲気を残した西洋風の庭だ。庭に興味のない人だと、なんか草がもさもさしているだけという感想になるかもしれない。


 前世の頃からずっと憧れていたイングリッシュガーデン。でも庭付きの家なんて夢のまた夢で。ここにきてようやっと、その憧れを形にできたのだった。


 色々造り方はあるらしいのだけれど、一番簡単なやり方で造ってある。慣れたら、もっと色々試してみればいいのだし。


 今私たちの目の前にあるのは、奥のほうに背の高い木や草が植わっていて、そこから手前に向かって順に背丈が低くなる、そんな姿の花壇だ。


 そしてさっきのローズガーデンとは違い、ここは既に植物がみっしりと植わっている。


 あちこちで春の花が咲き誇っているし、その隙間でもさもさしているのは夏の花の茂みだ。各季節の花をごちゃまぜにして植えたから、これから秋くらいまでずっと花盛りの予定だ。


 素朴な、けれどとっても愛らしい花々を見ていたヴィヴが、ふと身を乗り出す。


「あれは……ミントでしょうか? 僕の知っているものとは、少し違うような……」


 その言葉にぎくりとする。実はそこに生えているのは、ミントではなくニホンハッカなのだ。ミントと似ているけれど、もっと背が高くて華奢で色が濃い。


 花壇の中にこっそり混ぜ込むくらいなら大丈夫かなと思ったのだけれど、まさか見つかってしまうなんて。私たちの中では一番植物に詳しいポリーですら気づいていなかったのに。


「ええ、それはたまたま、少し珍しい種類のものを手に入れられたので……」


 そう言葉を濁すと、ヴィヴは目を輝かせた。春の花壇よりも、ローズガーデンよりも、はっきりと興味を示している。


「そうなのですか。それでは薬効も、少し違うのでしょうか?」


 あ、そこに食いつくんだ。薬効、薬効……何だったかな。確か……。


「普通のミントよりもずっとさわやかで、喉やお腹に良いのだそうです。よければ、一枚食べてみますか?」


「ぜひお願いします。ミラもいただきますか?」


 私が人数分の葉をちぎっていると、ヴィヴがミラに呼びかけた。


 花盛りの茂みに顔を突っ込まんばかりにしていたミラが、とことことこちらへやってくる。


「なあに、お兄ちゃん?」


「この葉を、アリーシャさんが分けてくれました。体にいいんだそうですよ」


 ヴィヴに手渡された葉を、ミラはためらいなく口にして……ぴゃあ、と叫んで飛び跳ねた。


「お兄ちゃん、これ、口が涼しい!」


「新鮮なもののほうが、より効くのよ。ほら、これで口直しをして」


 わたわたと暴れているミラに、近くの花を一輪摘んで渡した。赤いサルビアの、細長い筒のような花。前世では、何回か吸ったことがある。もちろん、子供の頃の話だけど。


「ここに口をつけて、ちゅっと吸うの」


「わあ、甘い! おいしい!」


 ミラの目がまんまるになり、それからぱあっと笑顔になる。やっぱり子供にはこっちのほうがいいだろう。


 自分の分のハッカの葉を口に放り込んで、噛んでみた。割となじみのあるさわやかさが、青臭い香りと共に広がっていく。


 大人の味だなあと思いながらさらに噛みしめていたら、ヴィヴと目が合った。彼は幸せそうに蜜を吸っているミラを見て、それからこちらに軽く会釈してきた。


 ミラは体が弱いのだと、彼はそう言っていた。だからこそ、体によさそうなものを食べさせたくなるのかな。ふと、そう思った。




 そんな風に歩き回っているうちに、そろそろ日が傾いてきていた。


「それでは、屋敷に戻りましょうか」


「案内、ありがとうございました」


「たのしかった!」


 ヴィヴもミラも、満足そうに笑っている。その表情に、こっそりと胸をなでおろしていた。


 二人に見せていたのは、この庭のほんの一部でしかない。


 そしてそこに生えていたのは、普通の貴族が手に入れることができるもの、つまり農家から種や苗を買えたり、あるいはその辺の野山で見つけられる植物ばかり。


 要するに、ここにあっても不自然ではない植物たちばかりなのだ。……一つだけ、うっかりしていたけれど。


 私のギフトについて伏せておくためには、珍しい植物は隠しておくに限る。ヴィヴもミラも悪い人ではなさそうだけれど、秘密を知る人物は少ないほうがいい。


 ……でもヴィヴの探し物を本気で探すのなら、珍しい植物が集まっているところにも案内してあげるべきなのだけれど……。


 無言で悩みながら、みんなで屋敷の中に戻っていく。去り際にヴィヴが、ちらりと庭に視線を向けていた。切なげな、真剣な目つきだった。

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